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31.挿話<カカリア>ウィリアム視点

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 僕が初めてローズマリーに会ったのは、5歳になる少し前のことだった。 

 ほんの数人での集まり、とはいえ、初めて他家でのお茶会に参加する僕は、とても緊張していたのを覚えている。 

 その頃の僕は他人と関わるのが余り得意ではなく、自邸の侍女とさえ目を合わせて話すのが難しい子どもだったから、他人の家などもってのほか。 

 しかも、使用人も多い屋敷など考えただけで気が遠くなり、選べるなら迷わず荒れ地の一軒家へ行く、と思うほどだった。 

『そんなに緊張しなくても大丈夫よ。母様のお友達のお家だし。それにね、ウィルと同じ年の、可愛い女の子がいるのよ』 

 母はそう言って心配ないと笑ったけれど、それは自分が楽しみなだけなような気がした。 

 だって、いるのは僕と同じ年の女の子だというのだ。 

 そんな未知の生物、どうしていいか判らない。 

 他人との交流に慣れさせよう、ということなのだとは判ったけれど、そのときの僕には不安の要素でしか有り得なかった。 

 けれど。 

『はじめまして。ウィリアム・ウィルトシャーです』 

『はじめまして。ローズマリー・ポーレットともうします』 

 初めて会ったローズマリーは、思わず緊張を忘れ、見惚れるほどに可愛かった。 

 淡い桃色の可愛いドレスはローズマリーの白い肌を引き立てていたし、レースを使った可愛い髪飾りがふわふわとした髪に揺れるのも可愛い。 

 そして何より、可愛いカーテシーをしてにっこりしたローズマリーの笑顔はとびきりだった。 

 正に、可愛いの権化。 

  

 かあさまの言うとおり、だった。 

  

 同じ年の女の子に会うのは初めてで、何を話せばいいかも判らなかったけれど、ローズマリーは人懐っこくて、僕の拙い話を何でも楽しそうに聞いてくれて、僕も楽しい気持ちでいっぱいになった。 

 僕とローズマリーは仲良く並んでお菓子を食べ、母たちとも話をした。 

 それから、ふたりで遊んでいらっしゃい、と、母親たちににこにこと言われ、一緒に庭へ出てふたりで遊んだ。 

 子どもらしく走り回って遊ぶうち、僕たちは本当に仲良しになって、また一緒に遊ぶ約束をして、その日は別れた。 

 そして、その日から僕たちは互いの家を行き来するようになった。 

『がいこくのごほんが、たくさん』 

 僕の家の書庫を初めて見たとき、そう言ってローズマリーは驚いて、ぽかんと口をあけてしまった。 

 そして、慌てて両手で自分の口を押さえる。 

 そんな表情も仕草も、ローズマリーは可愛い。 

『えほんも、あるんだよ』 

 外語で書かれた文字だけれど、そこにはきれいな絵もあって、文字を読めない僕たちでも楽しむことが出来る。 

 父が教材に、と用意してくれたそれを僕はローズマリーと共に机に広げた。 

『なんてかいてあるの?』 

 自国の文字は読めるようになってきているローズマリーだけれど、外語はまったく知らないらしく、僕をきらきらとした目で見つめてくる。 

『えっと。これはね』 

 僕は、まだ大して読めもしないくせに、父や母が教えてくれて知っていた幾つかの文字や単語を胸張って、言い換えれば偉そうに、ローズマリーに教えた。 

『すごい!』 

 するとローズマリーは、益々瞳を輝かせ、本当に嬉しそうに笑ってくれた。 

『すごくないよ。ほんとは、まだこれだけしかしらないんだ』 

『でもしっているのもあったでしょう?やっぱりすごいとおもうの』 

 素直に褒められて、バツが悪くなった僕が素直に言っても、ローズマリーの態度は変わらなかった。 

  

 もっとたくさん、よめるようになりたい。 

 

 こんな、小手先の苦し紛れの知識ではなく、もっと堂々とローズマリーに教えられるようになりたい。 

 外語だけではなく、様々な知識を身に付けたい。 

 思った僕は、益々勉強に力を入れた。 

 元々、外国と強く結びつきを持つ仕事をしていた家だったこともあって、外国のことを学ぶ素地は整っており、両親も僕の知識欲を喜んで満たしてくれた。 

 そして5歳のとき、僕は初めて外国へ行った。 

 父の仕事の関係で連れて行ってもらった、ほんの3日だけだったけれど、僕は街を歩くだけでも本当に楽しかった。 

 そして外国で得た知識。 

『あのね、ローズマリー。がいこくではね、ローズマリー、っていう名前は、ローミー、ってよぶんだって』 

『ローミー?ローズマリー、なのに?』 

『うん。それでね、ぼくもローズマリーのこと、そういうふうによびたくて。でも、ローミー、よりも、ロミィ、がかわいいな、って』 

 この国で、ローズマリーをローミー、と呼ぶことは珍しい。 

 けれど、それが一般的な国もある。 

 ならば、もっと特別な、僕だけが呼ぶ愛称がいい。 

 そのとき、僕はどきどきしながらそんなことを考えていた。 

『それなら、わたしもウィル、って呼んでもいい?』 

 もしかして、ローズマリーは嫌がるかも、という心配は杞憂に終わり、ローズマリーは可愛い笑顔でそう言ってくれた。 

『もちろんだよ!ロミィ!』 

 嬉しくて、本当に嬉しくて、僕は、僕の世界に光が満ちるのを感じていた。 

 それから、成長していくに従って、僕もローズマリーも学ぶことが増え、それぞれの世界も広がって、一緒に遊ぶ機会は子どもの頃ほど取れなくなった。  

 けれどそうなって却って、僕は、ローズマリーへの恋心をはっきりと自覚した。 

 友人としてではなく、傍にいたい、いて欲しい。 

 婚約、したい。 

 独占欲を伴うその感情に、僕は特段戸惑うことは無かった。 

  

 なんだ。 

 そういうことだったのか。 

 

 そう、納得した。 

 子どもの頃からのローズマリーへの感情。 

 それは既にしてもう恋だったのだと。 

 ここでもし、僕とローズマリーの家の間に家格の違いや、跡継ぎについての問題があったとしたら、僕も悩んだと思う。 

 しかし僕の家もローズマリーの家も、同じ侯爵家。 

 ローズマリーには嫡男である優秀なお兄さんがいるから、ローズマリーが家を継ぐ必要はない。 

 つまり、嫡男である僕のところへ嫁ぐに何の問題もない。 

 両家の仲も良好で、互いの領地も安定している。 

 問題になるとすれば、僕に友情以上の気持ちを持ってくれているかが不安なローズマリーの気持ちだけれど、それはゆっくり待っていい。 

 いきなり恋人らしくして欲しいとまでは願わない。 

 これまで通りに過ごす時間。 

 そこに、婚約者としての時間を少しずつでも加味していけば、穏やかに新たな関係を築いていける。 

 ローズマリーと僕なら、そうできる。 

 そのときの僕はそう確信していた。 

 

 兎に角。 

 ロミィが僕を特別視してくれるようになるか、が問題、だよな。 

 

 今現在、僕に特別な感情を持っているようには見えないローズマリーが、この先僕に恋愛感情を持ってくれるかだけが問題だ、と僕は苦笑しつつも幸せな気持ちでいっぱいだった。 

  

 

 けれど、それが僕の幻想でしかなかったと知ったのは、ローズマリーの13歳の誕生日のとき。 

 僕にも婚約の話が持ち込まれるようになって、僕はそのなかにローズマリーの名が無いことを残念に思うと同時に、ローズマリーへも同じように婚約の申し込みがあるということだと理解して、一日も早く両親にローズマリーと婚約したいと告げなければローズマリーを誰かに取られてしまう、と確信した。 

 けれど、いきなり家から婚約を打診するのは、政略になってしまう気がして嫌だった僕は、招かれていたローズマリーの誕生日に、直接プロポーズしようと決めた。 

 僕達ふたりが望めば、双方の両親も親戚も、何も文句はないはず。 

 ただやはり問題なのは、ローズマリーの気持ち。 

 

 驚くか、引かれるか。 

 

 嫌悪されたり、あからさまに拒絶されたりなんてしたら立ち直れない、と思いつつ、ローズマリーとふたりきりで話す機会を得た僕は、初めて会った日から幾度も共に遊んだ庭で衝撃の事実を知ることになった。 

  

 

 ~・~・~・~・~・


カカリア:花言葉 秘めたる想い


 
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