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29.焼却炉事件勃発、のようです。

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 色々あったけれど、激烈桃色さんは改めてAクラスに在籍ということに正式に決まった。 

 『現時点の実力でAクラスは大変厳しいとは思うが、そう何度もひとりだけ特別に編入させるわけにはいかない』という学園の判断だったと言うことだけれど、激烈桃色さんはとても嬉しそうだった。 

 

 パトリックさまやアーサーさまと一緒にいられるから、よね。 

  

 思えば私は複雑で、何となく落ち着かない気持ちになる。 

 それでも、激烈桃色さんの現状を考えれば、誰かが一緒に勉強した方がいいのかな、なんて思い、だからと言ってパトリックさまが激烈桃色さんの勉強をみて、そのうち恋に落ちて、などということになったらどうしよう、と私はひとり悶々としてしまった。 

 パトリックさまは優しいし、教え方もうまい。 

 自分の知っていることを相手が知らなくても絶対馬鹿にしたりしないで、きちんと判るように説明してくれる。 

 だから、もしも激烈桃色さんがパトリックさまと一緒に勉強することになれば、もっとパトリックさまに惹かれてしまう、と案じていたら、激烈桃色さんは先生が特別補講をすることに決まった。 

 良かった、と思ってしまった私は、心が狭いと思う。 

 それでも、『絶対、私以外に夢中になんかさせない』と言えるほど自分に自信のない私は、思わずため息を吐きそうになりながら、今、放課後の図書室で返却された本を本棚に戻す作業をしている。 

「あら?ウィリアムから?何かあったのかしら」 

 すると、一匹の紅の蝶が真っすぐに私へと飛んで来るのが見え、私は首を傾げた。 

 きれいな紅のその蝶は、ウィリアムの連絡蝶。 

 連絡蝶は、風魔法を扱う人たちが使う連絡手段で、蝶に自分のメッセージを乗せて相手に伝えるというもの。 

 というよりは、蝶が自分のメッセージの形なのだ、と風を使うひとは言うけれど、残念ながら風魔法を扱えない私には感覚で理解することが出来ない。 

 他のひとに見られることなく、相手に真っすぐ届くのが特徴、と言われるその蝶が私の前まで到達して止まったので、私はそっと両手を上向けた。 

『緊急事態だ。すまないが、今すぐ教室まで戻って欲しい』 

 そして確認したメッセージに驚いて、急ぎ一緒に作業していた先輩を探して事情を話せば、幸い戻すべき本はすべて戻し終えていたし、既に閉館時間で後は戸締まりのみなので構わない、と快く許可してくれた。 

『いいから早く戻りなさい。何かあったら相談してね』 

『気を付けて行けよ』 

 ありがたくもそう言って送り出してくれた先輩方にお礼を言って、急ぎ教室へ戻った私は、放課後だというのにたくさんのひとが残っている教室の中央で、激烈桃色さんが何かを訴えている姿を見つけた。 

「遅くなってすみません。何があったのですか?」 

 言いながら教室へ入れば、皆さんが困ったような顔で教室の中央へと視線を投げる。 

「それで、マークルさん。教科書がなくなったのは確かなのね?」 

 アイビィさんが尋ねると、激烈桃色さんは勢いよく頷いた。 

「確かよ!なんであたしを疑うの!?」 

「貴女を疑うわけではありません。ですが、それがどうしてローズマリー様とリリー様のせいになるのですか?」 

「だって、リリーとローズマリーが犯人だから!」 

 アイビィさんの言葉にぎょっとして思わず周りを見れば、皆さん呆れた様子で肩を竦める。 

「ローズマリー。ごめんなさいね、これはあの物語の一場面よ。だからマークルさんは、あのようなことを。でもわたくし、まだアーサー様に物語のことをお話ししていないの」 

 リリーさまが傍に来て、そっと私の手を握り、小さな声で呟いた。 

 ということは、今回のこれは恐らく、聞いていた物語の『焼却炉で教科書を燃やす』という場面で、アーサーさまはそのことをまだご存じない、ということ。 

「大丈夫です」 

 不安そうなリリーさまの手を握り返し、アーサーさまにお話しできていなくとも無理はない、と私はこくりと頷いた。 

「放課後、ジョージとふたりで楽しく掃除をしていたら突然『教科書がなくなった、ローズマリーとリリーが犯人だ』と、マークルさんがわめき始めたのですわ。でも安心してください。誰も信じていませんから」 

「そうですよ。いつもの虚言だと分かっています。僕らクラス全員、彼女の虚言の証言者のつもりでここにいるのです」 

 呆れたように言う、アイリスさんヘレフォードさまの美化委員コンビ。 

「お掃除、いつもありがとうございます」 

 その手にある掃除用具を見て、おふたりは放課後の掃除をしていてくださったのだ、と私は感謝の気持ちを伝える。 

「マークルさん。『だって』では、説明になりません。なぜ、おふたりが犯人だと言い切れるのです?」 

「そうでなくちゃならないからよ!あのね!あたしは嫉妬されて廊下で貶されたり、噴水に落とされたりするのよ!」 

 教室の中央では、代わらず激烈桃色さんが私とリリーさまが犯人だと言い募っているけれど、確かに誰も信じている様子はない。 

「貶された?いつですか?」 

「転入して来てすぐ!まだFクラスにいた時、中庭に面した回廊で!みんなも知ってるはずよ!」 

 激烈桃色さんの言葉に、ウィリアムが疲れたようなため息を吐いた。 

「あれは、君がローズマリーに一方的に絡んだって有名な話だ」 

 その言葉に、アイビィさんも力強く頷く。 

「ええ。わたくしもそう聞いています。突然貴女がローズマリー様の前に立ちはだかって暴言を吐いたのだと、多数の証言があったようですね」 

「それはだって!ローズマリーがさぼったから!」 

「え?わたくし、図書委員のお仕事、きちんとしましたけれど?」 

 思わず言えば、激烈桃色さんが、きっ、と私を見据えた。 

「そうじゃないわよ!ボケ!本当だったら、あんたがあたしに突っかかって来るはずなのに、いつまで待っても来ないから、あたしが行ったんじゃないの!馬鹿なの!?」 

  

 え? 

 本当だったら、私が激烈桃色さんに? 

 それはあの、物語ではそうなる、ということ? 

 

「暴言はやめろ。ローズマリーが突っかかる筈だった?君は一体、何を言っているんだ」 

 混乱していると、激烈桃色さんを不快そうに見ていたウィリアムが、強い口調でそう言った。 

「何って。ローズマリーが、ちゃんと役目を果たさない、ってことよ。意地悪な性格してるんだから、もっとちゃんとしてもらわないと」 

「ローズマリーは、意地悪な性格などしていない」 

「あたしの方が詳しいの」 

 言い切った激烈桃色さんに、ウィリアムが拳を握る。 

「馬鹿も休み休み言ってもらおうか。君の方が詳しい?ローズマリーと僕は、子どもの頃からの付き合いだ。君よりずっと付き合いは長く、深い」 

「だとしてもその知識は間違いよ。ローズマリーはあたしが気に食わなくて、とにかく色々意地悪するの。リリーと一緒に」 

「どうしてそうなるのですか」 

 アイビィさんが大きなため息を吐き、眼鏡の縁を摘んで持ち上げた。 

「さきほど君は、噴水に落とされる、と言っていたな。それはあの、正門近くにある噴水のことか?」 

「そうよ!なんだ、ちゃんと判ってるじゃないの」 

 冷静さを取り戻したウィリアムの問いに、激烈桃色さんが大きく頷く。 

「でもあの噴水、今改修工事中でしょう?わたくし達が入学する前から、ずっと」 

 アイビィさんが、不思議そうに不可能なのでは?と首を傾げた。 

「だから!今じゃないの!もう少し先の話よ!」 

「先の話?」 

「これからされるの!」 

 激烈桃色さんは、嬉々として答えるけれど、ウィリアムとアイビィさんは黙って顔を見合わせ、教室中に何とも言えない空気が漂う。 

「ローズマリー」 

 ぎゅ、と私の手を握るリリーさまの手を強く握り返し、その身を守るように私は肩を寄せた。 

「大丈夫です」 

「リリー様、ローズマリー様、わたくし達もお傍にいますわ」 

 そう言って微笑んでくれるみんなに、私は胸が熱くなる。 

「もう!信じてよ!ローズマリーは、自分の婚約者のアーサーがあたしに夢中になったのが許せないの!リリーも、婚約者のパトリックがあたしに夢中なうえ、甘くて優しいのを嫌がってるし!だからあたしをいじめるの!」 

「マークルさん。いつも言っていますが、呼び捨てはいけませんわ。それに、色々混乱もされているようです。リリー様のご婚約者がアーサー殿下、ローズマリー様のご婚約者がパトリック様、です」 

 王子殿下まで平気で呼び捨てにするうえ、婚約者を取り違えるとは、とアイビィさんのこめかみがぴくぴく動く。 

「混乱なんてしてないわよ!あのね、本当はもうそうなってるはずなのよ!それなのにローズマリーがちゃんとしないから、まだパトリックとリリーが婚約してないだけなの!」 

「なんですか、それは」 

 アイビィさんが、意味不明と脱力した。 

「だってそうなんだもの!だから本当なら、アーサーの婚約者はローズマリーなの。それで、ローズマリーがあたしの教科書を盗んだのよ!アーサーを取られて悔しいから!あ、リリーに命じたかもだけど!とにかく今回の主犯はローズマリーよ!」 

「ローズマリーは君にアーサー殿下を取られて、その報復に君の教科書を盗んだか、サウス嬢に盗むように命じた、と?君は、そう言っているのか?」 

「そうよ!ローズマリーとリリーは揃ってあたしに意地悪するの!なんでかってそれは、アーサーもパトリックもあたしのものになるから!」 

 私とリリー様が親友だと知っているし、私が身分的にそんなことはし得ないと分かっているウィリアムは、私が公爵令嬢であるリリーさまに命じるなんて有り得ないだろうと首を振るのに、激烈桃色さんは胸を張って言い切った。 

「君は、馬鹿なのか?」 

「ウィルトシャー級長。彼女の学力の低さは、あなたもご存じではありませんか」 

「確かにそうだけれど。何というかこれは、それ以前の問題だと思う」 

「ええ。わたくしもそう思います」 

 何とも辛辣な学級長と副級長の言葉に、周りも大きく頷いている。 

「もう!本当なんだってば!今は、本当ならローズマリーはアーサーと婚約してるの!それが本当なのに、ローズマリーがちゃんとしないからこんなことになってるんだってば!みんなもちゃんと理解して!」 

 そんななか、ひとり周りを見渡しながら叫んでいた激烈桃色さんの目がぱっと輝いた。 

 この目の輝きには、心当たりがありすぎるほどにある、と私が思っていると。 

「アーサー!パトリック!ローズマリーとリリーがあたしの教科書を盗んだの!っていうか、主犯はローズマリー!ふたりはグルなのよ!」 

 激烈桃色さんは、やっぱり、な名前を嬉しそうに呼んで走り出した。 

「リリー。こちらへおいで。僕の腕のなかへ」 

「ローズマリー。遅くなってすまない」 

 そしてまたも激烈桃色さんを鮮やかにスルーしたアーサーさまとパトリックさまは、真っすぐ私とリリーさまの傍へ来た。 

「パトリック!ローズマリーがあたしの教科書盗んだの!」 

 リリーさまをしっかり抱き寄せたアーサーさまは望みなし、とでも思ったのか、激烈桃色さんが私を背にしたパトリックさまににじり寄る。 

「ローズマリーが、君の教科書を盗んだ?」 

「そうなの!」 

 パトリックさまは、その場から動くことなく激烈桃色さんを真っすぐに見て尋ねた。 

 その視界に、私はいない。 

  

 パトリックさま。 

 もしかして、激烈桃色さんの言葉を信じていらっしゃる? 

 

 常になく激烈桃色さんと目を合わせているパトリックさまが不安で、私の心はぐらぐら揺れた。 

「なんのために盗んだんだ?」 

「焼却炉で燃やすためよ!」 

「焼却炉で燃やすため?君は、どうしてそれが判った?」 

「知ってるの!パトリック攻略の大切なイベントだから!それなのにアーサーの婚約者のローズマリーがメインでやるのってなんか変、って思ってたけど!」 

 パトリックさまをきらきらした瞳で見上げ、言い募る激烈桃色さんはとても可愛い。 

「ウェスト公子息。彼女の話を信じるのか?」 

 ウィリアムの苦い声に、パトリックさまが視線を向けたのが分かるけれど、その表情は私からは見えない。 

「精査する必要はあると思っている」 

 けれど、聞こえた言葉に私は眩暈がしそうになった。 

 

 パトリックさまは、私を疑っている。 

 

 思えば、自立しているのも難しく感じるほど。 

 周りも動揺して、パトリックさまと激烈桃色さん、そしてウィリアムをぐるぐると見ているのが分かる。 

「みんな信じてないでしょう!?ねえ、パトリック、本当だもんね」 

  

 あ! 

 

 喜悦満面の激烈桃色さんが身体ごとパトリックさまに手を伸ばし擦り寄って、ふたりが優しく抱き締め合う未来が見えた気がした私は、思わず心のなかで声をあげ、物理的に顔を逸らしてしまった。 

 それでも視線でふたりを追ってしまうのだから、どうしようもない。 

「じゃあ、確認しに行こうか」 

 けれど、激烈桃色さんをいつも通り華麗に躱し、パトリックさまは私に向かって鮮やかなウィンクをした。 

「っ!」 

 瞬間、私の思考は停止し、白くなる。 

 

 ええと、今から精査しに行くのですよね? 

 それなのに、そのウィンクは。 

 えっと、パトリックさま。 

 どういうこと、でしょうか? 

 

 

 

 
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