悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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17.婚約者に、可愛い花嫁さん(あくまで予定なのですが)と言われました。

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 初めて街で摂った朝食は、とてもおいしかったし楽しかった。 

 焼き立てのパンと温かいスープ、それに親しいひとたちの明るい笑顔。 

 本当に最高の時間だった、と私はベーカリーを出てからも楽しい気持ちが自然と沸き上がるのを感じた。 

「他の店が開くまでまだ時間があるから、先にこの街の大聖堂へ行ってみようか」 

 パトリックさまの発案で、私たちは大通りを歩く。 

 そして。 

「こちらが大聖堂ですか?やはり、他の建物より大きいのですね。それに何だか、重みを感じます」 

 辿り着いた石造りのがっしりと重厚な建物を前に、私は神妙な気持ちで深呼吸した。 

 学園都市と同じ長さの歴史があるというその建物は、やはり何か威厳が違うと感じて、私は思わず胸元で手を合わせる。 

「王都の大聖堂とは、随分趣が異なるのですね。粗削りなのに、とても尊厳を感じます」 

 そんな私の隣でリリーさまが、同じように尊敬の眼差しで大聖堂を見上げていらっしゃる。 

 

 こちらとはまた違うという、王都の大聖堂はどんな感じなのかしら? 

 

 見たことのない私が思っていると。  

「王都の大聖堂は、美しい尖塔と白亜の建物に施された浮彫が見事なんだよ。ここの大聖堂も見事だけど王都のは確かに趣が違うよ。何て言うか、もっと優美な感じがするかな。今度、一緒に行こうか?」 

 パトリックさまが優しく教えてくれた。 

「はい、是非」 

 パトリックさまの言葉に、私は一も二もなく頷く。 

 街に来ること自体初めての私は、当然のように王都の大聖堂も知らない。 

 けれど、リリーさまがこの大聖堂とは趣が違うと言い、パトリックさまが説明してくれた外観を想像すると、そちらも是非見てみたいという気持ちが湧く。 

「そうか。パトリックとローズマリー嬢の結婚式は、王都の大聖堂で行われるのだな。そのときは、僕達も招待されるといいね、リリー」 

「ええ。そうありたいです」 

 アーサーさまの問いかけにリリーさまが微笑んで答え、そのリリーさまの頬にアーサーさまが愛しげに手を添えた。 

「もちろんです。もしものお話にはなりますが、そういうことがありましたら、おふたりとも是非、よろしくお願いいたします」 

  

 ああ、やっぱりおふたりはお似合いです。 

  

 今日も眼福ありがとうございます、の思いで私は心を込めて言う。 

「あるに決まっているからね、ローズマリー」 

 またもうっとりした私を現実に戻すよう優しく手を取って、パトリックさまが大聖堂の階段を昇り始めた。 

 パトリックさまと、王都の大聖堂で挙式。 

 それは、何事も無ければ訪れるであろう未来だけれど。 

  

 物語は、どうなるのかしら? 

 

 思い、私は隣を歩くパトリックさまを見る。 

 がっしりとした、という体形ではないのに、さらりとした触り心地のよい力強い手と、程よく筋肉のついた肩幅は、とても頼りがいがあって頼もしい。 

 それに、凛とした横顔とか凛々しい眉とか怜悧な瞳とか、パトリックさまの素敵なところをあげたらきりがないと思う。 

「きっと、結婚式での正装姿も素敵なのでしょうね」 

 前を行くアーサーさま、リリーさまと距離がひらいたのにも気づかず、私はうっとりと隣のパトリックさまだけを見上げて声にした。 

 声に。 

 音にしてしまった。 

「あっ、あのっ!」 

 言ってしまってから、怒涛のように現実に襲われ、内心の言葉をうっかり音にしてしまった事実に物凄く焦った私だったけれど。 

「俺は、ウェディングドレスを着たローズマリーはとても綺麗だろうな、と思っていた」 

 どこか恥ずかしげに、そして私と同じように立ち止まって言ったパトリックさまの目元がほんのり赤く染まっていて、私は恥ずかしくも嬉しい気持ちでいっぱいになる。 

「ね。ローズマリーは、こういう所で結婚式を挙げるのもいいと思ったりする?」 

 恭しく私の手を取り直し、再び歩き出しながら、パトリックさまが大聖堂を見上げた。 

「素敵、だとは思いますけれど。でも、それは」 

 それは無理でしょう、と私はパトリックさまを見る。 

 王家の結婚式は王宮にある聖堂で行われ、それ以外の高位貴族は王都の大聖堂で挙式、というのがこの国の通例。 

 当然、私の家もパトリックさまの家も、結婚式は王都の大聖堂と決まっているはずで、それは個人の希望で変えられたり出来なかった気が、する。 

 しかも、パトリックさまは公爵家の嫡男。 

 数多あまたいる貴族の手本とされ、王家に準ずる立場で、通例を覆すことは難しいと思う。 

「うん。王都の大聖堂は決まりだよね。王家も来るし、諸外国からも賓客が来るだろうから、警備の面でもそれは絶対だと思うけど。でも俺は、もっと身内だけで式を挙げるというのにも憧れるんだよね。だって王都のは、もうなんていうか、俺たちの結婚式という名の国をあげての行事になるだろうから」 

「ああ。それはそうですね」 

 苦味を帯びたパトリックさまの声と瞳に、私も思わず遠い目で頷いてしまった。 

 この国で最高位の貴族の結婚。 

 その時は、それぞれの領地で領民にお祝いのお裾分けがあるし、王都やその他の都市で特別な市も立つし、王都にはパレードを見るために、より多くのひとも集まる。 

 何より、外国からの貴賓や観光客も多くなるから、経済効果も活発になる。 

 そのため、結婚式の前後を含め、まるで、というか、国をあげてのお祭りそのものの騒ぎとなるのだ。 

「まあ、それはそれで貴族の義務だと思うし、たくさんのひとに祝われて幸せだとも思うんだけど。でも、俺たちの結婚式、っていう感じではないかなあ、と思えて」 

 ごつごつとした石造りの階段を昇りながら言うパトリックさまに、私もふと想像を巡らせる。 

 もしもこの大聖堂で、身内だけの結婚式を挙げるとするなら。 

 その日私は、純白のウェディングドレスを着て、この階段を昇るのだろう。 

 そして、父さまにエスコートされて祭壇までの道のりを歩く。 

「ね。そうしたら、ふたりであの祭壇の前に並ぶんだよ」 

 大聖堂の奥に鎮座する祭壇。 

 大聖堂の入り口からそれを眺めて、私はパトリックさまへと視線を移した。 

「ね、ローズマリー。待っているから、ちゃんと俺に辿り着いてね」 

「はい」 

 迷いなく答える私の髪を嬉しそうに撫で、パトリックさまは私の手を引いて大聖堂のなかを進んで行く。 

 厳かな大聖堂のなかに降り注ぐ温かな陽の光。 

 清々しい思いで、パトリックさまに手を引かれ歩いていた私は。 

「アーサーたちも傍に居なかったし、さっきのも加算対象だったけど、特別免除してあげるね。俺の可愛い花嫁さん」 

 そう、悪戯っぽく笑うパトリックさまの言葉に固まった。 

「ん?不意打ち成功かな?そんなきょとんとした顔も可愛い。でも、そんなに加算ばっかりしないから安心して」 

 ちょん、と笑顔で私の鼻の頭をつついたパトリックさまは、楽しそうに歩き続けて。 

 私も、パトリックさまに手を引かれて歩いて行くけれど。 

 

 俺の可愛い花嫁さん。 

 

 私の頭のなかでは、パトリックさまのその言葉がくるくると回り続けていた。 

 

 
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