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15.激烈桃色さん呼びがばれ、更に進化してしまいました。

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「お店。ほとんど閉まっていますね。やはり、今日がお休みだからでしょうか」 

 まだ朝の静謐な空気の残るなか、私達は石畳の道を歩く。 

 ここは、たくさんのお店が集まる通りのようだけれど、その多くは営業していない。 

 やはり休日だからか、と私が残念に思っていると。 

「確かに、学校や役所、王宮は公休日だけれど、こういう商店はどちらかといえば公休日が稼ぎ時だったりするから、別の日に休むことが多いんだよ。だから、今日休みの店はほとんどない。心配いらない」 

 パトリックさまが、くしゃりと髪を撫ぜて大丈夫だよと笑ってくれた。 

「そうなのですか?」 

「うん。今はまだ早い時間だからね。開店していない店が多いけれど、店内ではもう開店の準備をしている所も多いよ。食べ物を扱っている店とか」 

 パトリックさまの説明に、店の奥をじっと見つめてみれば、確かに奥の方は明かりがついて、忙しく働く人影が見える。 

「本当。準備も大変なのですね」 

「この辺りは治安もしっかりしているし、客通りも多い。この通りに店を構えられたら凄いと言われる反面、維持する努力も相当なものなのだろうな」 

 パトリックさまが、一軒一軒の店を見つめる瞳が温かく真剣で、私は思わず息を呑んだ。 

「この辺りは、衛生的にも問題なさそうだね」 

 そうおっしゃるアーサーさまの瞳も真摯。 

 そんなアーサーさまもパトリックさまも既に為政者の目をしていらして、私はおふたりの覚悟を強く感じる。 

「ああ。経済もよく回っているし、人々の顔も明るい。警邏も勤勉だし、識字率も高い。行政の手が行き届いていると言っていいと思う」 

 アーサーさまとパトリックさまの会話を聞いていて、私はふと疑問に思ったことを口にした。 

「あの。この辺りは衛生的に問題ない、とおっしゃったということは、問題のある場所もあるということですか?他の、警邏や識字率の面でも?」 

「ああ、そうだよローズマリー嬢。この国にはまだ、人が生きるに快適と言えない場所も多い。だから、それを失くし、隅々まで暗部の無い国にしていくのが僕の夢であり目標だ」 

 凛々しくおっしゃるアーサーさまを、リリーさまが静かな瞳で見つめていらっしゃる。 

 

 その瞳を見た私は確信した。 

 この国は、このおふたりが未来を背負われてこそ、平和で幸せになれるのだと。 

 

 それなのに今、リリーさまは激烈桃色さんにアーサーさまを奪われるかもしれない心配をされている。 

 

 激烈桃色さんは、本当にアーサーさまを想っていらっしゃるのかしら? 

 それとも、パトリックさまを? 

 

 どちらだろうと考えれば考えるほど、激烈桃色さんはおふたりに近づこうとしている気がして、私は判らなくなった。 

「ローズマリー。どうかした?」 

「ええ。激烈桃色さんが本当に想っていらっしゃるのは、アーサーさまなのか、パトリックさまなのか、どちらか判らないとおも・・って・・!!」 

 周りを見ることもせず、自分の考えに没頭していた私は、かけられたパトリックさまの声に自然と答えてしまい、青くなる。 

「激烈桃色さん、って?ああ!あの迷惑女か!ローズマリー、うまいこと言うな」 

 それなのに、パトリックさまは面白そうに笑い出した。 

「パトリックさま、忘れてください」 

 私は慌てて言うのに、パトリックさまは楽しそうに笑うばかり。 

「いいじゃないか。事実、名前を聞くのも不快だからね。これからあの迷惑女のことはそう呼ぶことにしよう。まあ、人前では無理だけど俺たちの間ではそれでいい。激烈桃色迷惑女。あの女に相応しい呼び名だ」 

 深く頷くパトリックさまは本当に満足そうで、忘れてくれる気配も無い。 

 それに、何か付け加えられてより酷いことになっている、と私はあたふたしてしまうのに。 

「いいね。四人のときはそうしようか」 

 アーサーさままで楽しそうにおっしゃるのに私は顔が引き攣るのを感じ、救いを求めるようにリリーさまを見た。 

「激烈桃色さん。確かに、言い得て妙、ですわ」 

 それなのにリリーさままで楽し気な微笑みを浮かべて、そうおっしゃった。 

  

 ああ、微笑みが麗しいです。 

 ですが私は、撃沈の思い深し、です。 

 こういう状態を、詰んだ、というのでしょうか。 

 何となく罪悪感を覚えます。 

 まあ、色々言われはしたのですが。 

 

「決まりだな。ね、ローズマリー。もしまたあの激烈桃色迷惑女に何かされたら、必ず俺に言うんだよ?」 

 そんな風に少しもやもやしていたら、パトリックさまが真っすぐに私を見て言い、その言葉にアーサーさまも強く頷かれた。 

「リリーも。きちんと僕に言ってね?もちろん、状況に応じて僕かパトリックに言えば必ず助ける。ふたりともね」 

 真剣な様子のおふたりに、心がほっこり温かくなる。 

 そうして、リリーさまと私、ふたり同時に頷いたのを見て、おふたりは益々笑みを深めた。 

「まあ、今日は不快なことは忘れよう」 

「そうだね。楽しい一日にしよう。では皆さま、こちらへどうぞ」 

 パトリックさまがおどけたように言って、一件の店の前で執事のようなお辞儀をする。 

「いい香り」 

 私は思わず目を閉じ、おいしそうなパンの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。 

「本当。とてもいい香りがしますわ」 

 リリーさまも同じように顔をほころばせる。 

「香りだけじゃなくて味も保証しますよ。さあ、お嬢さま方中へどうぞ」 

 執事の真似事継続中なのか、パトリックさまがそう言って店の扉を開き、礼をしたまま私たちを招き入れてくれる。 

「道化師みたいだぞ、パトリック」 

 そう言って、まずアーサーさまがリリーさまをエスコートしながら入られたのに、私も続く。 

「堂に入っていらっしゃいます。とても素敵です、パトリックさま」 

 

 道化師なんてことはないです! 

 

 思った私は、アーサーさまに聞こえないよう、そっとパトリックさまに耳打ちした。 

「ふぇ!?」 

 扉を支えたままにこにこと立っていたパトリックさまは、そんな私に驚いたのか、空気が抜けたような声をあげる。 

「本当に、とても素敵です。あ、あの。執事って万能選手みたいで凄いなとわたくし常日頃思っておりまして。で、その凄さをパトリックさまは見事に体現していらっしゃるので、本当に素敵だと思ったのです。気持ちが溢れてしまい耳打ちしたりなんかしてお嫌でしたら本当に申し訳ありません」 

 うっとり言ってしまってから、もしかしてパトリックさまは嫌だったのだろうかと焦り不安になって、私は早口で謝罪した。 

「いや・・謝らないでいい。心構えが足りなかっただけだから・・ああ・・最高・・これで素とか・・最強すぎる」 

 すると、パトリックさまはよく判らないことを言いながら幾度も首を振っている。 

「あの。パトリックさま?暑いですか?」 

 心持その顔が赤くなった気がして、私はそう尋ねた。 

 まだ暑いという気候ではないけれど、店内に入って体調に急激な変化があったのかも知れないと心配になる。 

「ううん、大丈夫。ローズマリーに褒められて凄く嬉しくて。そんな風に言ってもらえると思っていなかったから驚いただけだけど、うん。加算だよ」 

 挙動不審な様子で、暫く何かぶつぶつ言っていたパトリックさまが一転、悪戯っぽい笑みを浮かべて。 

「え?加算!?」 

 

 今この状況でですか!? 

 

 驚き思わず足を止めた私を促すようにそっと背を押しながら、パトリックさまが満足そうに頷いた。 

「うん。今の全部で、ひとつだけの加算にしておいてあげるからね」 

「それは。ありがとうございます?」 

 特別対応だと言わないばかりの言い方に思わずお礼を言ってから、私はあらと首を捻る。 

 

 今のって、お礼を言うべきことかしら? 

 でも、たくさん増えるよりいいからいいのかしら? 

 

「ふたりとも。店先で見つめ合ってどうした?」 

 アーサーさまの笑みを含んだ声に、私はパトリックさまとふたり、見つめ合うような姿勢で店の扉付近に立ち止まったままでいる事実に気がついた。 

「あ、申し訳ありません」 

 私が慌てて動くと、パトリックさまも私の隣に並んで店のなかへと足を踏み入れる。 

 なかではたくさんのひとが買い物をしていたけれど、幸い誰かの邪魔になったりはしなかったようで、私はほっと胸を撫でおろす。 

「ここに並んでいるパンを自分で選んで席に持っていくことも出来るけど、どうする?席に座ってからスープやサラダとセットで頼むことも出来るよ」 

「そうだな。とりあえず、席に着こう。不慣れな僕たちがここに居ては邪魔だろう」 

 パトリックさまの言葉に、店内を見ていらしたアーサーさまがそうおっしゃってリリーさまに視線を移された。 

「ええ、そうしましょう。それにしても、朝早くから随分たくさんのひとが居るのですね」 

「そうですね。朝食を買いに来るひとも居るでしょうし、ここで昼を買って仕事先へ行くひとも結構いたりするのです」 

 リリーさまの言葉に答えるパトリックさまの説明を聞きながら見ていれば、本当にたくさんのひとが来店し、買い物をして帰って行く。 

 初めて見る街のひとの買い物風景が珍しくて、私は席に着いてからも周りを見渡してしまった。 

「ローズマリーは何にする?」 

 隣に座ったパトリックさまがそう言って渡してくれた羊皮紙には、料理の名前が並んでいる。 

 ここから料理を選ぶ、ということなのだろうとは思う、のだけれど。 

「えと、あのすみません。どうしたらよろしいのでしょうか?」 

 如何せん初めての私はそれをどうしたらいいのか判らず、パトリックさまに尋ねた。 

「うん。まず、この羊皮紙に書いてある料理が、この店で頼める料理ってこと。で、朝選べるメニュウは、この部分。色々なセットがあるから、好きに選んでいいんだよ。スープやサラダを頼むことも出来るし、ハムや卵料理もあるね」 

 ひとつひとつ指し示しながら、パトリックさまが丁寧に教えてくれる。 

 それに従い、私は不慣れながら何とか朝食を注文することが出来た。 

「ありがとうございます、パトリックさま。お蔭様で助かりました」 

 アーサーさまやリリーさまより不慣れだった事実に若干落ち込みつつ、パトリックさまがいてくれて本当に良かったと心から思う。 

「どういたしまして。今回は、アーサーたちも目の前に居たことだし加算は無しにしてあげる」 

 そんな私に、パトリックさまはにっこり笑って言った。 

「そ、それは当然と思います!アーサーさまがいらっしゃるのですから!」 

 アーサーさまが同席している場での言葉遣いが加算対象になるなんて、それはあんまりなので、今回加算対象にならないのは当然だと私は強く頷く。 

「加算?僕がいると加算にしなくて当然って、どういうことだい?」 

 

 

 
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