悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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1.悪役令嬢の腰巾着だそうです。

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「ローズマリー、大変なの!わたくしは悪役令嬢で、あなたはその取り巻き。そして、わたくしたちは断罪されてしまうのよ!」 

 いつものように招かれた、リリーさまの自室。 

 いつもと違って人払いがされ、侍女さえいないリリーさまと私、ふたりだけの空間。 

 そこで私は、有り得ないほどに動揺したリリーさまの声を聞いた。 

「すみません。おっしゃっている意味が、よく」 

私の両手を強く握り締めるリリーさまの手を安心させるように握り返しながら、私はそっとリリーさまを椅子に座らせる。 

「ああ、ごめんなさい。わたくしったら激しく動揺してしまって。そうよね。いきなり言われても困るわよね。少し待ってね」 

 椅子に座り、自身を落ち着かせるようにリリーさまが大きく息を吐く。 

学園の寮の一室とは思えないほどに広く立派な部屋に午後の優しい陽が差し込んで、リリーさまの見事な金髪を照らす。 

ゆったりとした、いつもと変わらない時間。 

そのなかで、リリーさまの様子だけがいつもと違う。 

「リリーさま。どうぞ、ごゆっくり。焦らなくとも大丈夫です」 

 その髪も容姿も、物語の主人公のように美しいリリーさまを見つめながら言えば、リリーさまが真っすぐに私を見た。 

その、偽りを許さないエメラルドの瞳。 

「わたくしにはね、ローズマリー。前世の記憶があるの。というか、つい最近思い出したの」 

 瞳を逸らさないままにリリーさまがおっしゃる言葉を、私は心の中で反復する。 

 

 前世の記憶? 

 

 リリーさまは聡明な方だ。 

有りもしないことを考え無しに言って、周りを混乱させることなど絶対に無い。 

そう知っている私でさえ、その言葉は容易に飲み込めるものではなかった。 

「前世の記憶、ですか?それで、リリーさまは何かお困りなのですか?」 

 この部屋に私が入って来てからのリリーさまの動揺を思い出し、私はそう尋ねた。 

「ええ」 

 深く頷くリリーさまの懊悩の様子を見て、私も改めて背筋を正す。 

「それは、先ほどリリーさまが仰った、断罪、と何か関係があるのですか?」 

 断罪という、平和と程遠い言葉。 

だからこその動揺だろうと予測しつつ、私は真っすぐにリリーさまを見つめ返した。 

「ええ。あのね、前世を思い出したと言っても何というか、ひとつの物語だけなの」 

「物語、ですか?」 

 その物語が、私たちの断罪とどう関係するのか判らず、私は首を傾げてしまう。 

「わたくしが前世でプレイしていたゲームの物語だけ、思い出したの。その物語は、今実際にわたくし達が生きているこの国、そして、この学園が舞台になっていて。わたくしは主人公をいじめる悪役令嬢で、貴女はその悪事の片棒を担ぐ取り巻きなの。もっとも、実際には貴女はわたくしの取り巻きではなく親友なのだから、物語と違うこともあるのだけれど」 

 考えつつ、リリーさまが言葉を探してお話ししてくださっているのは判る。 

だけれど、申し訳なくも私にはリリーさまが何をおっしゃっているのか良く判らなかった。 

「ええと、申し訳ありません。私達が居るこの世界が実は物語で、そのなかでリリーさまは悪役令嬢?で、私はリリーさまの取り巻きで。私達が主人公をいじめる、ということでしょうか?でも、何故ですか?何故、主人公をいじめるのですか?」 

 悪役令嬢という言葉に聞き馴染みは無いけれど、悪役と付くのだから善人ではないということは判る。 

それに、私はリリーさまの取り巻きではなく親友だと自負しているけれど、周りから見て、ということなら取り巻きという役どころにも納得ができる。 

けれど、何故私達が主人公をいじめなければならないのか。 

そこが、とても疑問。 

「アーサー様とパトリック様が、その主人公に夢中になってしまわれるからよ。それに嫉妬して、主人公をいじめてしまうの」 

 声を落として言ったリリーさまを、私は思わずまじまじと見た。 

「アーサーさまが、リリーさまではなく、その主人公を、ですか?」 

 普段のアーサーさまを知っている私には到底信じられず、胡乱な目をしてしまう。 

「アーサー様だけでなく、パトリック様もよ」 

 大事な所を聞き逃しているのでは、とリリーさまがその名を口にする。 

 それでも、私に余り焦りは無い。 

 結婚前から浮気を許すとかそういう気持ち以前に、実感が無いという方が正しい。 

 有体に言ってしまえば、パトリックさまに対しての興味が薄い。 

「パトリックさまと私が婚約しているとは言っても、それは家の決めたことですもの」 

 確かに私は、四大公爵家のひとつであるウェスト公爵家の嫡男パトリックさまと婚約している身ではあるけれど、それが政略以外の何物でもないと自覚もしている。 

 そしてそれは、パトリックさまの方でも同じ気持ちだと確信している。 

 そうでなければ、幾らお互い領地と王都を行き来して育ったとはいえ、生まれた時からの許嫁なのに16歳で社交デビューするまで一度も会わなかった、などという事態にはなっていない筈。 

だから、当然のこととしてそう言ったのだけれど。 

「わたくしとアーサー様だってそうよ。王家と公爵家。理想の組み合わせだったのでしょう」 

 私の気持ちはよく判る、と言わぬばかりに頷くリリーさまとは立場が違うと思う。 

確かに、王太子となることが決まっているアーサーさまと、四大公爵家のひとつであるサウス公爵家のご息女リリーさまの婚約が、おふたりの気持ちに依ってだけ結ばれたとは私も思っていない。 

けれど、アーサーさまを見ていれば判る。 

アーサーさまはリリーさまを心から愛しく想われて、大切にしていらっしゃる。 

「確かに、アーサー様はわたくしを大切にしてくださっているけれど。それを言うならパトリックさまの方が。まあ、自分のことは判らない、ということなのかしら」 

「リリーさま?」 

 何事かを呟くリリーさまの言葉が良く聞こえなくて名を呼べば、リリーさまはいつも通りの落ち着いた笑みを浮かべた。 

「とにかく、対策をたてましょう」 

 入学したばかりの学園。 

 まさかこんなことに巻き込まれるとは予想もしていなかった私は、とにかく思考を切り替え覚悟を決めて、自分が断罪されない道を模索することとなった。 

 




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