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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第71話 こちらも負けはしない

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 「皆。どうだった・・・ルカ、お前の所に行ったあの女。どうだ」
 「そうですね。あれは、化け物の類ですね」
 「そうか・・・」

 ネアルも同じことを思った。
 自分に怪我が無くても、あの女には苦戦しただろう。
 それが正直な感想であった。

 ブルーが前に出た。

 「ネアル王。それよりも、私は・・・あのクリスを止めないといけないかと」
 「そうだな。ブルーの言う通りだ」

 ネアルは南の戦場の事は、報告で聞いただけだ。しかし、その内容を精査していくと、自分の戦場よりも何も出来なかったのではないかと思った。
 シャーロットにだいぶ好き勝手にやられた戦場よりも、何も通用しなかったのが南の戦場。
 気持ち的には負け戦に近いだろう。
 それほど、王国の五将はクリス一人に何も出来なかったのだ。
 五人いても、誰も通用しなかった。
 この事実が、彼らの心に重くのしかかっている。 

 「んん。消耗戦・・取れる手はそれしかないと思います。皆さん、どうですか」

 ゼルドが皆に聞くと、セリナがすぐに同意した。

 「私もそう思います。あの指揮を崩すのは難しい。ならば、指揮が意味をなさないくらいに、兵を消耗させるしかないかと」
 「そうか・・・たしかにな。だが、それを許してくれるだろうか。あの男だぞ」

 ネアルは思う。そんな単純な事を、フュン・メイダルフィアが気付かないわけがない。
 何か対抗策を用意しているはず。
 彼と戦うには、生半可な策では通用しないと、確信しているのだ。

 「うち。変だと思うのが一個ある」
 「なんだ。アスターネ。何が気になった」

 ネアルは人の話を聞くようになった。
 この頃から、意見交換の機会が増え始めた。

 「大砲。あれはどうしたのかなと? うち、覚えているんだけど。ギリダートって大砲配備の都市だったはず。王国の最前線の三つの都市は大砲を用意していた気がするんですけど。ね? 砲弾。あれってまだあるはずなんじゃ? 奪ったなら、なんであれを使わないのかなっと?」

 平凡な質問に皆が唸る。
 大砲を使用しないのには、なにか意味がありそうだった。
 
 「たしかに・・・防衛でも使えるタイミングがあれば使った方が良いだろうな。そうなると、何か罠があるか・・・それとも、単純にクローズが使いきったか? いや、待てよ。四方を囲まずに、東門だけを破壊してギリダートを落としたのだ。という事は生き残っている大砲はまだあるはずだ」
 「ああ、なるほど・・・そうだとしたら・・・」

 イルミネスがぼそっと言ったのを聞き逃さなかった。
 ネアルが聞く。

 「おい。イルミネス。寝そうになるな。何か思いついたのか」
 「・・ん? は、はい。そうですね。砲弾がゼロ。それは考えられない。ネアル王のご指摘の通りに、一方向の門のみを破壊したので、少なくとも反対方面の砲台が生きていてもおかしくない。そこにある砲弾もです。ですので、最低一桁は弾を確保しているでしょう。二桁も持っていたら、いかに迅速にここを落としたかの証明となりましょう。それか何かの兵器で、大砲が封殺されたのかもしれませんね。あちらはどうやってここを落としたのでしょうかね。詳細が分からない。こちらに逃げてきた兵士たちが少なく、前線で戦ったらしい兵士たちは、ほぼ全員があちらの捕虜になりましたからね。そこらへん。まさかとは思いますがね。よくわかりません」

 イルミネスの意見にネアルが同意する。

 「いや、お前の考えは合っていると思う。捕虜にする意味に、情報を与えないという意味が含まれていると思うのだ。もし、クローズたちを解放すれば、どうやってこの都市が落ちたのかを証言してしまうから。クローズを捕虜とした。だから今の私たちは、この結果だけを知っている状態だ。壁に穴が開き。壁に船がめり込んでいる状態が見えているだけ。それしか情報がない。彼の考えは情報にあると見た」

 そうネアルたちは、今の都市の状態を詳しく知らない。
 ギリダートはどのようにして落ちたのかをだ。
 実は、ギリダートから出て行った兵士たちは、数が少ないが多少はいる。
 その中身は、西の兵と内地の担当の兵だった。
 南と東と北にいた兵士らは、クローズが粘り強く話し合いをしてくれて、納得の上でサナリアへと向かう形を取ってくれたのである。
 だから、現在のギリダートにいるのはクローズの腹心オーブルで、彼が少数のギリダート兵をまとめながら帝国兵と共に治安を維持している。
 緊急事態を経験したはずのギリダートが、平常運転しているのは、このように見事な調和の結果であった。
 帝国と王国の兵が一緒に働いても何も問題がないのが不思議だった。
 ギリダート兵の扱いも捕虜なんかではなく、普通の一般兵と変わらないのも、市民たちにとっては安心する材料となり、平常運転が出来るのである。
 敗北イコール奴隷になる。
 これが常識の国の中で、このような融合がスムーズに行われたのは奇跡にも近い。
 これも上手くいったのは、太陽の人フュンの力なのかもしれない。

 「それで、イルミネス。お前の考え。その続きがあるのだな」
 「あります。話してもいいのですか?」
 「いい。話せ」
 「それでは・・・た、フュン大元帥殿の考えは、おそらく遅延でしょう。攻撃を主体には置かず、防衛をする。そして限りある砲弾を使って効率よく守るのが作戦でしょうな。これを破る方法は、先程の会話にもあった消耗戦でしょうな。あれをやり続けることが重要でしょう」
 「しかし、それだけでは無理だと思うぞ・・・それに大砲も来るのだ。消耗戦は難しいはずだ」
 「はい。ですが、大砲に限りがあるのは明白です。私の予想では、帝国が用意した砲弾は無いと見ていい。あの門の壊れ具合。特に一枚目の壁の壊れ具合は、信じられない量の砲弾で壊れた結果だと思いますので、出し尽くしたといってもいいはずです」
 「そうか・・・しかし、砲弾なぞ、他の都市から補充すればいいのではないか」

 イルミネスが歩き始めて、皆の前にあった地図の前に立つ。
 都市名を言い、指を指していく。

 「それは出来ないでしょう。王。私が各戦場の情報を読みました所。まず、王がいたガイナル。ここは大砲での戦いが無かった。というよりも大砲を運んで戦うような場所じゃありません。次にフーラル川の戦いも大砲は使用されていません。これも言質が取れています」

 二つの地域にバツを書く。
 大砲を使っていない地域である証だ。

 「そして、ここアージス平原でも使用なし。次にガルナ門でも使用なし。さらに最後に、ビスタにも大砲や砲弾がありませんでした。報告書に書いてあります。それで、私の予想ですが、そこの大砲はシャルフに移動したのだと思いますね」
 
 ビスタの隣のシャルフを指差した。

 「シャルフにだと。民たちが移動した先かもしれない都市か」
 「ええ。ネアル王。大元帥殿は、最初からビスタを守る気が無かったのですよ」
 「なんだと。守る気がない?」
 「はい。勝つつもりがあっても、守るつもりはなくて、アージス平原で戦っていた。だからアージス平原は奪われてもいい。そしてそこからビスタまでも奪われてもいい。そんな考えがどこかにあったのでしょう。それが今回の戦の鍵でしょうね」
 「そ、そんな事・・・ありえるのか」
 「はい。大元帥であるのなら、それくらいの大胆な考えはするでしょう。それに、ビスタは後で奪えばいいと考えているはず。だから・・・」
 
 会話にタメが出来た。
 イルミネスは盤上でフュンの考えを見抜く。

 「線を引きます。ビスタから北。ビスタから南。ビスタから東です」

 線を引いた後。

 「ビスタは、民が移動しました。それも忽然と消えるようにです。その際、こちらに分からないように移動したのであれば、ここに地下道があり、そして南北の移動を選択することはない」
 「ん?」
 「ここに地下道を作って、脱出路を作る際に南北へ移動するのがありえないのです。この形で、移動は不可能です」

 線を太く書くと、見えて来るものがある。
 イルミネスはネアルに聞く。

 「王。こうなるとどうなるか。わかりますか」
 「・・・そうか。ガルナ門。ここから民たちが見えてしまうのか。南北に逃げた場合に!」
 「はい。そうです。なので、東側に道を作り、死角になる部分で逃がしていくはずです。そして、この東で繋がるのが・・・」
 「シャルフか。そこが本当の最終防衛ラインか!」
 「そうです。大元帥殿は、設定したラインを下げたのですな。だから、ビスタを奪われても良しとした。ここギリダートが奪えるのであれば、ビスタなど奪われてもどうでもいいと、大胆に割り切って考えたのですよ」
 「・・・化け物め。なんたる考え方をしているのだ・・・フュン・メイダルフィア! 民の住む場所を変えてもいいだと。あ、ありえん」
 
 ネアルも驚いているが、周りにいる将たちも驚いている。
 考え方が普通じゃない。
 戦術は簡単。中央突破だ。
 これは誰もが考えられる事だが、そこに至る道のりは考えることが出来ても、失敗すると思って決断が出来ない。
 それが今回のフュンの作戦であった。

 「それで・・」
 「ん? まだあるのか」
 「はい。大元帥殿は、この道を再利用する気でもあると思いますよ。この道が都市の中に繋がるのなら、あっという間に奪還が可能だ。おそらく、二重に道を作ったりして、こちらが看破しても、中に入り込む策を立てているかと。だから入念に調べた方が良いでしょうな」

 まだドリュースらの抜け道の報告を受けていないのに、イルミネスの予想は合っていた。

 「そうか・・・ん? どうした」

 イルミネスは更に地図に書き込みを加えた。

 「王、見てください。このように、シャルフ。リリーガ。この両都市を斜めに結ぶ。そしてこのビスタ。ここも結ぶと三角形になるのです。こうなると、我々は帝都を目指せない。ここに見えない防波堤があるようになります。なぜなら、ここから出撃したらおそらく・・・」
 「そうか。この二都市から挟撃されるのか!」
 「ええ。ですから、ビスタを奪えても、そこから王国が何も出来ないだろうと考えたのが大元帥殿です。だから大胆にも大都市を捨てたのですよ」
 「・・・んん」
 「しかし。そうなると、帝国は、こちらのリリーガ。そしてこっちのシャルフにも兵を置かなくてはならない。挟撃の為ですね」
 
 イルミネスは、リリーガとシャルフを指差した。

 「という事は兵としては分散しています。なので、物量が出れば王国は勝てるのです。各個撃破が可能なのですぞ。ですが今はそれが取れない。なぜなら、我々が今、ギリダートに兵を集中させてしまったからです」

 最後にイルミネスは、ギリダートを指差した。

 「ああ。そうだな。こっちは八方塞がりだな」
 「はい。しかし、それを逆手に取ります。ビスタ。ここから、斜めに移動して、たしか・・・ここに、ミラークという村があったはず。ここを攻めるフリをしましょう」
 「なに? そこを攻めるだと。何の意味がある。村など価値がない」 
 「いいえ。あります。ここを攻めれば、シャルフ。リリーガ。双方が緊張状態に入り、おそらく出撃をしてくれるはず。少なくとも、都市の中にいてくれるはずです。こうなると、この向かいにあるリリーガから、こちらに対しての援軍が来ません。ということは、大元帥殿は今の数で、この突出した地で戦わないといけない。なので消耗戦に意味が出てくるのです。援軍を出せる余裕を失わせる。それが目的です」
 「・・・なるほど。そういうことか。リリーガに対する嫌がらせの出陣か」

 ミラーグ周辺を指差して、イルミネスは邪悪な笑みをした。

 「そういうことです。こちらのビスタでは、勝ち負けすらもいらない。そもそも戦わなくてもよろしいのです。相手の兵を引っ張りだすだけで、我々は勝利する。ただし、時間が掛かりますがね」
 「・・・そうだな。だが、その策が一番いいだろう。よし。イルミネスの通りに行こう。ブルー。いや待てよ。すまないがセリナ、再びビスタに戻ってもらう。お前がドリュースに直接会って連絡しろ。今のイルミネスの指示通りに動けとな」
 「わかりました。急ぎます」
 「ああ。我々は消耗戦を仕掛けるぞ。こちらも大規模な戦いをする」
 
 ネアルとフュンの戦いが死闘となるのはここからだった。
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