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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる
第54話 フュンが率いているのは、軍ではなく全てである
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帝国歴531年5月9日。
帝都の東にて。
「シガー。フィアーナ。よく来てくれましたね」
「はっ。フュン様が呼んでくれるのであれば、私はどこへでもお供します」
「大将。ついに来たんだな! あたしも戦えるのかよ。最高だぜ」
双方の反応は相変わらず。
シガーとフィアーナはフュンの要請に応じて、帝都に来てくれた。
「全軍で来ましたか? 大一番ですよ」
「はい。サナリア軍と・・・」
シガーはフィアーナの方を横目で見た。
「大将、当然あたしの狩人部隊も連れてきているぜ」
「そうですか。ありがたいです。ここは、帝国の皆さんに証明したい所でしたからね。僕らのサナリアが帝国でも重要な役割を果たせるのだとね」
「もちろんです。証明しましょう」
「ああ、あたしもやったるわ」
彼ら二人はサナリア軍を連れて来てくれている。
そして。
「これを持ってきましたよ。どうですか。フュン様。デカいですよね」
「いや、大変でした。車輪で運んでいても重い、重い」
ジャンダとパースもやって来た。
彼らが運んできた物は、変わった形の巨大な船。
サナリアの元関所に置いて置いた船を帝都まで運んできたのである。
「そうですね。これが僕らの切り札。ソフィア号・・・サナリアの箱舟だ。これで、僕らは大陸に新たな太陽を登らせるんですよ」
フュンが目の前にある船を見上げた。
「フュン様。太陽の戦士たちも集まりました」
フュンの隣に現れたのはレヴィ。
登場と同時に頭を下げた。
「あ、レヴィさん。来てくれましたね。そちらも準備がいいですね。そうですか。全員いますね」
太陽の戦士、総勢七百。
その先頭に立つのは七人。
ラインハルト。ジーヴァ。ママリー。ナッシュ。ハル。リッカ。エマンド。
彼ら七人は、七班の各隊長となっていた。
「ええ、皆さんやりますよ。いいですね」
「「はい。フュン様」」
七人の隊長たちが跪くと、太陽の戦士たちも同じ動きをした。
「あとは・・・来ましたね」
「拙者。参上だよ~」
袴姿の女性がフラフラと歩いてきた。
女版サブロウのような恰好である。
「あなたは相変わらずですね」
「フュン様。拙者、地獄の特訓から帰還しただよ。もうなんのなんの。鬼のような女性から、鬼のような訓練を受けてしまったせいでだよ。死ぬ思いをしただよ・・・ああ、大変だっただよ」
「おい。その鬼のあたしがここにいること。忘れてんのか。シャニ!」
「・・・・ぎぇ!? 鬼女がいるだよ!!」
「誰が鬼女だ」
「うわああああ、なんでお師匠様がここにいるんだよ~~」
追いかけまわされているシャーロットを見ながら、フュンが呟く。
「いや、サナリアに召集掛けたんですから。サナリアの将軍であるフィアーナがここにいるのは当然でしょうに・・・」
「殿下」「我ら来たぞ」
「ええ。久しぶりです。ニール。ルージュ。今回は僕と行きますよ。いいですね」
「「もちろんだ。やったー!」」
フュンの両脇に立った双子は、フュンに頭を撫でられて嬉しそうであった。
「フュン。いよいよなのですね。この計画は・・・」
集まる場所にゆっくり歩いてきたシルヴィアは、ソフィア号を見上げて言った。
「ええ、そうですよ。これで勝負をかけます」
「そうですか。私・・・一緒にはいけませんかね?」
「当然駄目です。あなたは体力を回復させてから、前線に来てください。でもどうせ注意したって、あなたはこちらに来そうですから。あらかじめ許可を出しておきましょう。いいですか。来てもいいのは、リリーガまでですよ。いいですね」
「そんなに念を押さなくても・・・いいですよ。わかりましたよ」
シルヴィアは少しだけ不貞腐れた。
フュンのそばにいられない不満と、戦いに出られない焦りが出た。
「私が行くのは、あなたが嫌なのですものね。いいでしょう。ここは大人しく今回は休んでおきましょう」
「はい。お願いします。僕に任せてください」
フュンは笑顔で、血気盛んなシルヴィアを宥めた。
彼女にも戦場に行きたい気持ちが残っているのだ。
「フュン様」
「クリス。準備出来ましたか?」
「はい。親衛隊とボランティアと共に、出撃を開始します。先に船を運び。後から兵士を送り込みます。私とパース、ジャンダで調整していきます。フュン様はどうしますか」
「そうですね。僕も最初から一緒に行って、兵士は・・・シガー。あなたにお任せしても大丈夫ですか」
「はい。任せてください」
「ええ。ではシガーに兵士たちの進軍を任せます。フィアーナも彼についていってください。それとシャニ」
フィアーナとシャーロットの動きが止まった。
二人ともフュンの方を向く。
「フュン様、なんだよ」
「あなたも帝都軍を率いてください。軍長です。いいですね」
「はい! わかりましただよ」
「ええ。フィアーナとシガーと共に来てくださいね」
「はいだよ」
シャーロットは笑顔で敬礼をした。
「では、いきましょうか。クリス。頼みます」
「はい。フュン親衛隊の配備が出来次第で、動き出します。彼らが民間人を調整してくれていますからね」
「わかりました」
サナリアの箱舟計画。
それは、サナリアが作り出したガルナズン帝国の最高傑作となる船を、帝国最前線都市であるリリーガの前にあるフーラル湖にまで運び出し、この戦争で活躍させるのが目的の計画。
帝国の陸地は、この五年で道路によって結ばれている。
そこに車輪を付けた船を、皆で引っ張って運び出すのだ。
しかし、船が巨大であるために、運び出すには万を超える人員が必要だった。
なのでそれを補うために、サナリアの馬と、帝都とサナリア人の民間人の協力体制を敷いていたのだ。
フュン親衛隊のメンバーが、彼らを先導して船は進む。
この日から箱舟計画が始まっていった。
帝国歴531年5月10日。
関係者全ての者に見送られて、サナリアの船は移動を開始した。
道路が整備されていたとしても、巨大な船を引っ張りながらの進軍は遅い。
この時間のかかる作業の為に、各地の戦闘が長引いてもらわないといけなかった。
なぜなら、この移動を王国側に知られたくないのである。
それとサナリアに船を置いていた理由も同様で、出来るだけ敵に知られたくない事から、王国から見て最大の奥地に隠していたのだ。
運び出す作業を急ぐ彼ら。
帝都からリリーガまで、二十日はかかると予想していた。
だから、その最中にどこかが敗北して偵察ルートを確保された場合に、この事態を知られる可能性が高くなり、相手に対処される恐れがある。
フュンのプランBにあった遅延行動の意味とは、このプランCの大元にあるサナリアの箱舟計画の一部で繋がっていたのだ。
勝負の時に、誰にも知られずに勝ちたい。
これが彼の考えであった。
◇
帝国歴531年5月20日。
リリーガを目指して、全軍が移動している頃。
「フュン様」
「ん? ラインハルト??」
右前方にいた太陽の戦士ラインハルトが船の横を歩くフュンの所まで戻り話しかけてきた。
「どうしました?」
「フュン様。ハスラからの連絡が・・・」
ラインハルトは、17日に起きた広域戦争の中身を聞いた。
「な!? ヒザルスさんと、ザンカさんが・・・そんな。あの二人でも、勝てなかったのか・・・そうか。あのネアル王がいるから。あそこが苦しい戦場になったのですね。申し訳ない・・・んんん。これは想定外です。まさか、あちらを本命にしているとは・・・・」
二人の死を悔しがるフュンは、奥歯が嚙み千切れそうなくらいだった。
ウォーカー隊は家族。
フュンにとっても二人は家族なのだ。
「どうしますか。ネアル王がいるのならば、フュン様かクリスがあちらに行きますか」
「いえ、行きません」
フュンは援軍に行くことを選択しなかった。
「ジーク様たちを信じます。プランはBで行くと?」
「予定はそれでいくらしいですが。しかしCを念頭に置くとの話でした。ジーク様は、BよりもCに。早めに移行してもらいたいらしいです」
「そうですね。そうする可能性は高いですね・・・ええ、僕はヒザルスさんとザンカさん。二人の命も背負います。必ず勝たせます。帝国に勝利を必ず・・・ここで負けたら、命を賭けてくれた二人に申し訳ない」
悔しくても悲しくても、フュンは決意を新たに前へと突き進んでいった。
◇
帝国歴531年5月24日
サナリアの箱舟が、リーガ跡地に近づいている頃。
フュン親衛隊が指揮を取り、ボランティアとなる帝都民が五回目の交代をしていた。
この戦争。
国の力で勝つ。
フュンは全ての人の思いを背負って戦うのではなく、全ての人と共に戦おうとしていた。
戦うのは、何も兵士だけの仕事じゃない。
一般人をも無関係にさせなかったのだ。
長い距離を兵士と一般人が運び出している現状。
この事から、国が一丸となって、この戦争に挑んでいる事が証明されていたのだ。
そして、ここで連絡が入る。
フュンが船の横で地図と睨めっこしていた所に、レヴィが隣に来た。
「フュン様」
「はい。どうしました」
地図を畳んだフュンが、レヴィに顔を向ける。
「ハルクが亡くなったそうです」
「ハルクさんが!? なぜ?」
「それがサブロウからの連絡で・・・」
レヴィは、サブロウの影から来た連絡をそのままフュンに説明する。
「そうですか・・・僕の作戦の為にですね。申し訳ない。ハルクさんもですか。でも、ハルクさん。凄いですよ。あのエクリプスを・・・・倒すなんて。僕にもシルヴィアにも出来なかった事だ」
ハルクはサナと雰囲気が似ている。笑顔などは瓜二つであるのだ。
その顔を思い出すフュンは、悔しさと称賛が同時に溢れる。
でも申し訳なさはない。
彼は武人。哀れみはいらないのだ。
「僕が彼を死なせたようなものです・・・しかし、僕は彼女に謝りませんよ。そんなことしたら、サナさんは僕を怒るでしょうからね。これは謝らないで、僕らに託してくれたハルクさんと、その思いを継いだ彼女の為にも、僕はあそこで勝つしかないですね」
「はい。そうなると思います」
親友のサナの事をよく理解してる。
ハルクの思いをサナが継いでいるはず。
作戦を完遂させるために、彼女もまた動き出してくれるはずだととも思っている。
「レヴィさん。プランC。これにビスタも移行しているのですね」
「そのようです。ビスタの住民が移動をし始めるとのことです」
「そうですか。やりますか。この作戦に変えましょう。ここで終了ではないですね。進みます」
プランCに突入しない場合。
リリーガ手前のリーガ跡地に、サナリアの箱舟ソフィア号を一旦収容することになっていた。
実はリーガからリリーガへ、都市を移した理由はここにあった。
サナリアの箱舟計画は当時から考えられた計画で、この船を隠す為に、跡地には高さのある建物を残しているのだ。
この計画が終われば、完全撤去をしようと思っている。
しかし、今回はプランCに移行することにより、フュンはこのままリリーガまで船の移動を続けた。
フュンが考えた作戦は3つ。
プランA
それは、そのまま普通に戦って勝つ。
アージスとハスラの両方で、戦って勝てるならそれでよしとする作戦。
攻勢を基準とする行動である。
プランB
こちらは、Aが上手くいかない可能性があった場合。
戦いを長引かせて、相手がどのような戦略で攻撃するかの見極めをする。
慎重に物事を進めるルートであった。
防衛を基準とする行動である。
プランC
最終計画。これはプランA、Bの両方から辿り着く計画。
戦って勝てる場合でも、時間を出来るだけ掛けて戦った場合でも。
やるべきことはギリダートの奇襲攻撃である。
箱舟があったのはサナリア。
大陸最東端にある。
王国が偵察することは不可能に近い場所。
だから、フュンは故郷で海や川がないのに、船を造船して、敵に知られないようにしていた。
過去には、いくつかの試作品がため池に並べられていたりしたが、今回のソフィア号はその完成品である。
ちなみに、サナやリエスタが、初めてサナリアに訪れた時に疑問に思った船が、この計画の試作品であったのだ。
「やれることを精一杯やるしかない。レヴィさん。もう少し移動を早めたい。これをクリスと親衛隊に連絡してください。お願いします」
「わかりました」
船を見上げてから、フュンは呟く。
「これで勝たないと、他に作戦はない。成功させねば・・・いけませんね。この戦いに終止符を打つ楔の戦いです」
戦う前からフュンは、箱舟がフーラル湖へと出て、ギリダートを奪取する想像をしていた。
帝都の東にて。
「シガー。フィアーナ。よく来てくれましたね」
「はっ。フュン様が呼んでくれるのであれば、私はどこへでもお供します」
「大将。ついに来たんだな! あたしも戦えるのかよ。最高だぜ」
双方の反応は相変わらず。
シガーとフィアーナはフュンの要請に応じて、帝都に来てくれた。
「全軍で来ましたか? 大一番ですよ」
「はい。サナリア軍と・・・」
シガーはフィアーナの方を横目で見た。
「大将、当然あたしの狩人部隊も連れてきているぜ」
「そうですか。ありがたいです。ここは、帝国の皆さんに証明したい所でしたからね。僕らのサナリアが帝国でも重要な役割を果たせるのだとね」
「もちろんです。証明しましょう」
「ああ、あたしもやったるわ」
彼ら二人はサナリア軍を連れて来てくれている。
そして。
「これを持ってきましたよ。どうですか。フュン様。デカいですよね」
「いや、大変でした。車輪で運んでいても重い、重い」
ジャンダとパースもやって来た。
彼らが運んできた物は、変わった形の巨大な船。
サナリアの元関所に置いて置いた船を帝都まで運んできたのである。
「そうですね。これが僕らの切り札。ソフィア号・・・サナリアの箱舟だ。これで、僕らは大陸に新たな太陽を登らせるんですよ」
フュンが目の前にある船を見上げた。
「フュン様。太陽の戦士たちも集まりました」
フュンの隣に現れたのはレヴィ。
登場と同時に頭を下げた。
「あ、レヴィさん。来てくれましたね。そちらも準備がいいですね。そうですか。全員いますね」
太陽の戦士、総勢七百。
その先頭に立つのは七人。
ラインハルト。ジーヴァ。ママリー。ナッシュ。ハル。リッカ。エマンド。
彼ら七人は、七班の各隊長となっていた。
「ええ、皆さんやりますよ。いいですね」
「「はい。フュン様」」
七人の隊長たちが跪くと、太陽の戦士たちも同じ動きをした。
「あとは・・・来ましたね」
「拙者。参上だよ~」
袴姿の女性がフラフラと歩いてきた。
女版サブロウのような恰好である。
「あなたは相変わらずですね」
「フュン様。拙者、地獄の特訓から帰還しただよ。もうなんのなんの。鬼のような女性から、鬼のような訓練を受けてしまったせいでだよ。死ぬ思いをしただよ・・・ああ、大変だっただよ」
「おい。その鬼のあたしがここにいること。忘れてんのか。シャニ!」
「・・・・ぎぇ!? 鬼女がいるだよ!!」
「誰が鬼女だ」
「うわああああ、なんでお師匠様がここにいるんだよ~~」
追いかけまわされているシャーロットを見ながら、フュンが呟く。
「いや、サナリアに召集掛けたんですから。サナリアの将軍であるフィアーナがここにいるのは当然でしょうに・・・」
「殿下」「我ら来たぞ」
「ええ。久しぶりです。ニール。ルージュ。今回は僕と行きますよ。いいですね」
「「もちろんだ。やったー!」」
フュンの両脇に立った双子は、フュンに頭を撫でられて嬉しそうであった。
「フュン。いよいよなのですね。この計画は・・・」
集まる場所にゆっくり歩いてきたシルヴィアは、ソフィア号を見上げて言った。
「ええ、そうですよ。これで勝負をかけます」
「そうですか。私・・・一緒にはいけませんかね?」
「当然駄目です。あなたは体力を回復させてから、前線に来てください。でもどうせ注意したって、あなたはこちらに来そうですから。あらかじめ許可を出しておきましょう。いいですか。来てもいいのは、リリーガまでですよ。いいですね」
「そんなに念を押さなくても・・・いいですよ。わかりましたよ」
シルヴィアは少しだけ不貞腐れた。
フュンのそばにいられない不満と、戦いに出られない焦りが出た。
「私が行くのは、あなたが嫌なのですものね。いいでしょう。ここは大人しく今回は休んでおきましょう」
「はい。お願いします。僕に任せてください」
フュンは笑顔で、血気盛んなシルヴィアを宥めた。
彼女にも戦場に行きたい気持ちが残っているのだ。
「フュン様」
「クリス。準備出来ましたか?」
「はい。親衛隊とボランティアと共に、出撃を開始します。先に船を運び。後から兵士を送り込みます。私とパース、ジャンダで調整していきます。フュン様はどうしますか」
「そうですね。僕も最初から一緒に行って、兵士は・・・シガー。あなたにお任せしても大丈夫ですか」
「はい。任せてください」
「ええ。ではシガーに兵士たちの進軍を任せます。フィアーナも彼についていってください。それとシャニ」
フィアーナとシャーロットの動きが止まった。
二人ともフュンの方を向く。
「フュン様、なんだよ」
「あなたも帝都軍を率いてください。軍長です。いいですね」
「はい! わかりましただよ」
「ええ。フィアーナとシガーと共に来てくださいね」
「はいだよ」
シャーロットは笑顔で敬礼をした。
「では、いきましょうか。クリス。頼みます」
「はい。フュン親衛隊の配備が出来次第で、動き出します。彼らが民間人を調整してくれていますからね」
「わかりました」
サナリアの箱舟計画。
それは、サナリアが作り出したガルナズン帝国の最高傑作となる船を、帝国最前線都市であるリリーガの前にあるフーラル湖にまで運び出し、この戦争で活躍させるのが目的の計画。
帝国の陸地は、この五年で道路によって結ばれている。
そこに車輪を付けた船を、皆で引っ張って運び出すのだ。
しかし、船が巨大であるために、運び出すには万を超える人員が必要だった。
なのでそれを補うために、サナリアの馬と、帝都とサナリア人の民間人の協力体制を敷いていたのだ。
フュン親衛隊のメンバーが、彼らを先導して船は進む。
この日から箱舟計画が始まっていった。
帝国歴531年5月10日。
関係者全ての者に見送られて、サナリアの船は移動を開始した。
道路が整備されていたとしても、巨大な船を引っ張りながらの進軍は遅い。
この時間のかかる作業の為に、各地の戦闘が長引いてもらわないといけなかった。
なぜなら、この移動を王国側に知られたくないのである。
それとサナリアに船を置いていた理由も同様で、出来るだけ敵に知られたくない事から、王国から見て最大の奥地に隠していたのだ。
運び出す作業を急ぐ彼ら。
帝都からリリーガまで、二十日はかかると予想していた。
だから、その最中にどこかが敗北して偵察ルートを確保された場合に、この事態を知られる可能性が高くなり、相手に対処される恐れがある。
フュンのプランBにあった遅延行動の意味とは、このプランCの大元にあるサナリアの箱舟計画の一部で繋がっていたのだ。
勝負の時に、誰にも知られずに勝ちたい。
これが彼の考えであった。
◇
帝国歴531年5月20日。
リリーガを目指して、全軍が移動している頃。
「フュン様」
「ん? ラインハルト??」
右前方にいた太陽の戦士ラインハルトが船の横を歩くフュンの所まで戻り話しかけてきた。
「どうしました?」
「フュン様。ハスラからの連絡が・・・」
ラインハルトは、17日に起きた広域戦争の中身を聞いた。
「な!? ヒザルスさんと、ザンカさんが・・・そんな。あの二人でも、勝てなかったのか・・・そうか。あのネアル王がいるから。あそこが苦しい戦場になったのですね。申し訳ない・・・んんん。これは想定外です。まさか、あちらを本命にしているとは・・・・」
二人の死を悔しがるフュンは、奥歯が嚙み千切れそうなくらいだった。
ウォーカー隊は家族。
フュンにとっても二人は家族なのだ。
「どうしますか。ネアル王がいるのならば、フュン様かクリスがあちらに行きますか」
「いえ、行きません」
フュンは援軍に行くことを選択しなかった。
「ジーク様たちを信じます。プランはBで行くと?」
「予定はそれでいくらしいですが。しかしCを念頭に置くとの話でした。ジーク様は、BよりもCに。早めに移行してもらいたいらしいです」
「そうですね。そうする可能性は高いですね・・・ええ、僕はヒザルスさんとザンカさん。二人の命も背負います。必ず勝たせます。帝国に勝利を必ず・・・ここで負けたら、命を賭けてくれた二人に申し訳ない」
悔しくても悲しくても、フュンは決意を新たに前へと突き進んでいった。
◇
帝国歴531年5月24日
サナリアの箱舟が、リーガ跡地に近づいている頃。
フュン親衛隊が指揮を取り、ボランティアとなる帝都民が五回目の交代をしていた。
この戦争。
国の力で勝つ。
フュンは全ての人の思いを背負って戦うのではなく、全ての人と共に戦おうとしていた。
戦うのは、何も兵士だけの仕事じゃない。
一般人をも無関係にさせなかったのだ。
長い距離を兵士と一般人が運び出している現状。
この事から、国が一丸となって、この戦争に挑んでいる事が証明されていたのだ。
そして、ここで連絡が入る。
フュンが船の横で地図と睨めっこしていた所に、レヴィが隣に来た。
「フュン様」
「はい。どうしました」
地図を畳んだフュンが、レヴィに顔を向ける。
「ハルクが亡くなったそうです」
「ハルクさんが!? なぜ?」
「それがサブロウからの連絡で・・・」
レヴィは、サブロウの影から来た連絡をそのままフュンに説明する。
「そうですか・・・僕の作戦の為にですね。申し訳ない。ハルクさんもですか。でも、ハルクさん。凄いですよ。あのエクリプスを・・・・倒すなんて。僕にもシルヴィアにも出来なかった事だ」
ハルクはサナと雰囲気が似ている。笑顔などは瓜二つであるのだ。
その顔を思い出すフュンは、悔しさと称賛が同時に溢れる。
でも申し訳なさはない。
彼は武人。哀れみはいらないのだ。
「僕が彼を死なせたようなものです・・・しかし、僕は彼女に謝りませんよ。そんなことしたら、サナさんは僕を怒るでしょうからね。これは謝らないで、僕らに託してくれたハルクさんと、その思いを継いだ彼女の為にも、僕はあそこで勝つしかないですね」
「はい。そうなると思います」
親友のサナの事をよく理解してる。
ハルクの思いをサナが継いでいるはず。
作戦を完遂させるために、彼女もまた動き出してくれるはずだととも思っている。
「レヴィさん。プランC。これにビスタも移行しているのですね」
「そのようです。ビスタの住民が移動をし始めるとのことです」
「そうですか。やりますか。この作戦に変えましょう。ここで終了ではないですね。進みます」
プランCに突入しない場合。
リリーガ手前のリーガ跡地に、サナリアの箱舟ソフィア号を一旦収容することになっていた。
実はリーガからリリーガへ、都市を移した理由はここにあった。
サナリアの箱舟計画は当時から考えられた計画で、この船を隠す為に、跡地には高さのある建物を残しているのだ。
この計画が終われば、完全撤去をしようと思っている。
しかし、今回はプランCに移行することにより、フュンはこのままリリーガまで船の移動を続けた。
フュンが考えた作戦は3つ。
プランA
それは、そのまま普通に戦って勝つ。
アージスとハスラの両方で、戦って勝てるならそれでよしとする作戦。
攻勢を基準とする行動である。
プランB
こちらは、Aが上手くいかない可能性があった場合。
戦いを長引かせて、相手がどのような戦略で攻撃するかの見極めをする。
慎重に物事を進めるルートであった。
防衛を基準とする行動である。
プランC
最終計画。これはプランA、Bの両方から辿り着く計画。
戦って勝てる場合でも、時間を出来るだけ掛けて戦った場合でも。
やるべきことはギリダートの奇襲攻撃である。
箱舟があったのはサナリア。
大陸最東端にある。
王国が偵察することは不可能に近い場所。
だから、フュンは故郷で海や川がないのに、船を造船して、敵に知られないようにしていた。
過去には、いくつかの試作品がため池に並べられていたりしたが、今回のソフィア号はその完成品である。
ちなみに、サナやリエスタが、初めてサナリアに訪れた時に疑問に思った船が、この計画の試作品であったのだ。
「やれることを精一杯やるしかない。レヴィさん。もう少し移動を早めたい。これをクリスと親衛隊に連絡してください。お願いします」
「わかりました」
船を見上げてから、フュンは呟く。
「これで勝たないと、他に作戦はない。成功させねば・・・いけませんね。この戦いに終止符を打つ楔の戦いです」
戦う前からフュンは、箱舟がフーラル湖へと出て、ギリダートを奪取する想像をしていた。
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召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
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*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
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