人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第44話 我らは兵となっても、なにをしていても、どこにいようとも、ウォーカー隊だ

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 水上戦で、ララが暴れ回っている頃。

 ガイナル山脈の東の要所には、ノインが率いる王国軍が到着していた。
 副将アスターネと敵の意図について話し合う。

 「アスターネ。ここ。罠だな」
 「そうね。あれを見て」
 「ん?」

 現在地から東にある山を指差したアスターネ。ノインも同じ方向を見る。

 「人がいた形跡がある。そして、上の山がいい感じよ」
 「上を取っての弓を仕掛けるつもりか・・・わかりやすい戦略だな。この敵は単純すぎるな。そんな策でこっちを騙し討ちにできるとでも思っているのだろうな」

 上を見た二人は、傾斜の先に敵がいると確信した。

 「そうね。それじゃあどうするの」
 「そうだな。このまま敵が出現するのを待っても・・・ん!? なに!」

 同じ視線の位置から人影が見えた。
 上を見ていた二人が前を向く。

 「構えろ! 敵がいる」

 ガイナル山脈東での戦いは唐突であった。


 ◇

 「今です! いきます。乱戦です」
 
 ミシェルの指示が飛び、王国軍に対して奇襲を仕掛けた。
 軍二万を指揮していたはずのミシェル。
 一緒にいるのは一万の兵。
 彼女とその軍の出現箇所は、一カ所からじゃなくて、複数から出ていく。
 なので王国側は、包囲攻撃でも受けたのかと勘違いして混乱した。

 「くっ。なんだ。どこにいた。気配など・・・・」
 「これは・・・まさかウォーカー隊の戦術? 資料と同じだとすると、あの戦いに似ている」

 ノインとアスターネすらも混乱させた戦法は、ミランダとマサムネが使用したゲリラ戦法に近い戦い方だった。
 だからここで一番重要な事を二人が選択する。
 声に出すのはノイン。

 「待て。慌てるな。中央に寄れ! 追いかけたり、攻撃をしようと思うな。この戦い方は、倒してくる戦い方じゃない。削る戦い方だ」

 ノインの指示の意図は、落ち着きを持ってほしいである。
 しかし、目の前のミシェル軍の動きが良くて、端にいる兵たちが削られていくのだ。

 「クソっ。奴だな。大将は!」

 ノインは一際輝きを放っているミシェルを見つけた。
 彼女に向かって軍を動かして、この軍の中心人物を倒すことで、戦況の立て直しを図ろうとした。

 ◇

 ミシェルは、ノインの移動を見た。

 「来ました。あれが敵将ですね。マサムネ様が言ってた特徴通りの・・・よし。引きます。信号弾。黒!」
 
 ミシェルの指令が全体に伝わる。
 空に異質の色。
 黒が目立ち始めるとミシェルの軍は一斉に散り始めた。
 退却するにもバラバラに移動してくるので、規律の良い敵兵には効果覿面だった。
 誰を追いかければいいのか。
 指針がない。
 だから全体を見失っていくのである。
 
 「こっちだ。俺が追いかけているのが敵大将だ。来い!」

 軍の先頭になってノインが、ミシェルらの本隊を追いかけていく。
 若干の混乱状態だった兵士たちは、指針が示されたために、ノインの指示通りに動けた。

 「来ましたね。次。青の信号弾です」 

 ミシェルが放つ青の信号弾の次に、仲間が放つ赤の信号弾が敵の奥から上がった。

 「あそこが最後尾なのですね・・・了解です。引きますよ。山に登ります」

 ミシェルたちは全速力で山を登っていく。
 それを追いかけるノイン軍も、山で戦うことを想定してここ数年稽古を積んできた。
 だから前よりも山を移動することは上手くなったはずだった。
 でも、目の前にいる彼女らの動きに追いつくことが出来なかった。
 山道特有の道なき道。
 平坦な道にはない、木や枝、それに木の根っこ等が邪魔になっていく。

 「なんだあの速さは・・・異常だぞ。まるで平地を走るようだ」

 追いかける背中が見えているだけでも良しとする。
 ノインはそんな事を考えていた。
 それくらいに走る速度に違いがあったのだ。

 ウォーカー隊は、里ラメンテ育ち。
 あそこは大陸でも有数の高山である。
 ガイナル山脈の南側の山なんて、平坦なくらいに標高が低く感じているのだ。

 ミシェルは後ろを確認後。 

 「来てますね・・・では、最後尾があそこだったので・・・それと、もう少しですよ皆さん」

 左右も確認していた。

 彼女の目に映ったのは、息を潜めている仲間たち。
 木の後ろや草などに隠れて虎視眈々と敵を倒すために力を溜めている。
 
 次にミシェルは、正面にある木の枝を見る。
 青い紐が括りつけられていた。

 「ここです。ポイント突入です。いきます」
 
 ミシェルから信号弾黄色が出ると、両脇からリアリスの狩人部隊が出てきた。
 矢を三本構えているのはもちろん彼女しかいない。

 「強弓だ! お師匠様。あたしも出来るようになったよってね。自慢するんだかんね!」

 ◇

 通常の矢じゃない音。風を切り裂く音からして、威力が分かる。
 ノインは、右を見た。

 「三本だと!?」
 
 強力な同威力の矢が三本。威力がまばらじゃないので同じ人間が放つ矢であることを確信した。

 「右だ。気を付けろ」

 ノインは自分の剣で三本の内の一本を斬った。
 
 「間に合ったわ・・ギリギリだった・・・」
 「ぐあああ」「ごはっ」
 「・・間に合わなかったか」

 防御が間に合わなかった後ろの兵士二人が沈んだ。
 三本の矢は兵の頭を貫いていた。

 「三本の矢を、頭にだけ・・・どんな腕をしているんだ・・な、なに!?」

 ノインたちは知らなかった。
 自分たちが今戦っている相手が普通の軍じゃないことを。
 彼らは、山育ち。彼らは、元は賊。
 そして、彼女は究極の狩人の弟子。

 フィアーナの一番弟子リアリスは、彼女が持っていた狩人部隊の魂と技を継承した部隊をハスラの兵士たちの中に作りだしていた。
 ハスラ兵の内、『元ウォーカー隊』を狩人部隊に編制。
 その数、五千。
 彼らが山の中で息を潜めるなど、呼吸をするよりも簡単な事。
 獲物に逃げられないために、こちらの姿が見つかってはいけない。
 気配すら感知されてはいけない。
 山が主戦場であれば、彼女らは敵に見つからないように身を隠すなど容易いのである。

 無数に降り注ぐ左右から来る矢の嵐。
 威力はどれも強く、守りを固めようにも、追いかけた態勢がよくなく、縦一列のような状態で一方的に矢を浴びるしかなかった王国軍の兵士たちは次々と倒されていく。
 そして、その中で超強力な矢が三本。
 一定のリズムで飛んでくる。
 その矢だけは確実に人を殺しに来ている矢だった。
 こちらの小隊長クラスがやられている現状はよくない。
 だからノインは。

 「下がれ。後ろに下がるしかない。先の位置にまで・・・」

 撤退を指示したが。

 「無理です。ノイン閣下。後ろが急襲されているらしいです。立ち往生しています」
 「なんだと!?」

 一番後ろの兵士たちは、攻撃を受けているらしく、軍が後ろに下がれなかったのだ・・・。


 ◇

 矢の嵐の直前。
 軍後方を担当しているのがアスターネである。

 「止まった? なぜ」

 前の兵の進軍が止まったことに驚いていると、自分たちの背後に嫌な気配を感じた。

 「なにか、後ろが・・・・な!?」

 自分よりも更に後ろ。最後方を走る兵士たちが次々と倒れていった。

 ◇

 「俺に続け。こいつら、やっぱり影がいない。あの男の部隊のみが影部隊だったんだ。俺たちの独壇場だ」

 マサムネ率いるサブロウ組百名が王国軍の背後に着いた。
 暗殺に近い行動で初撃を通して、相手を混乱状態にさせた。

 「乱闘乱射。ほいほい。ほほいほい!」

 踊るようにしてナイフを投げていくマサムネ。
 敵の首に確実にナイフが突き刺さる。
 
 「このまま行ける所まで押す!」

 マサムネを先頭に、影部隊が敵の後方を叩き続ける。
 この勢いを最後まで持たれるといけないと思った女性が前から現れた。

 「あなたをここで止める」
 「お? こいつは・・・・アスターネか」

 マサムネは資料にあった女性だと確信した。
 アスターネとマサムネの武器がぶつかった。

 「くっ・・強い」
 「へえ、ただの軍師タイプの女性じゃないか。そうだよな。あのミシェルと戦えたのだから、これで終わるはずもないか……モモ!」
 「はい」

 マサムネの背後からぬるっと現れた。
 
 「いける範囲まで削れ。アスターネは俺が引き受ける」
 「はい」
 「いけ!」
 「了解。マサちゃん」
 
 モモが戦場を疾走していくと、通った道の敵が倒れていく。
 彼女の戦闘スタイルは変わっている。
 無手である。
 手に何も持たない状態で、相手の武器をくすねて刺す。
 盗賊スタイルなのだ。

 「あ、あれを止めないと」
 「それはさせん。俺が相手だ・・・俺たちを甘く見たな。お前」
 「なに」 
 「俺たちの罠が山の頂上にあると思いこんだな」
 「!?」
 「そう。俺たちの罠は、どこにでもある。俺たちにとって山なんぞ、自分の庭を闊歩するような事。標高や視界の悪さなんて、屁でもねえからな。高速移動ができんだよ。この南と北の合流地点の山は、微妙だもんな。緩やかな場所と急勾配の場所にあるからな。お前らにとっては厳しいかもな。あっちはそんなことないからな」
 「・・・あ、あなたはどこにいたの。どこにもいなかったわ」
 「ああ。そりゃあ気付かんだろう。俺たちは影。お前らがミシェルたちを追いかけてからずっと背後にいたぞ。他に影部隊がいないか確認しながらな」

 シゲマサは、敵に影部隊がいないことを確認するためにわざと敵を追跡していた。
 それは、ノインの影部隊との戦闘をしたことにより、慎重に判断を下したかったのだ。
 敵に影がいないことを確認したために表に出てきた。

 「それに・・あなた、誰・・・資料にもない人だわ」
 「ああ、俺を知らんのか。そうか。俺は王国とは一度しか戦闘してないもんな」

 マサムネは、わざわざナイフをしまって、丁寧に話し出した。
 
 「そうだな。紹介しておこう。俺はウォーカー隊隊長。サブロウ組の三本柱の一人。マサムネだ。お前らには借りがある。シゲマサの分も、俺は戦うぜ。久しぶりに、俺はウォーカー隊の隊長をやろう」
 
 ウォーカー隊サブロウ組。
 三本柱のサブロウ、シゲマサ、マサムネ。
 彼らの実力は、言わずもがな。
 同じ力、達人クラスである。

 ただ特徴が違っていて、サブロウが豪快。シゲマサが堅実。マサムネが自由である。
 柔軟な戦闘スタイルに、自由な考えをもつ。
 潜入と地形把握のスペシャリスト、それがマサムネだ。

 「いくぞ。ウォーカー隊流の戦闘の始まりだ」
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