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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第10話 ゼクスからフュンへ、ジスターからレベッカへ

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 就任式翌日。
 
 武闘大会の会場にて。
 貴賓席で並んで座っているのがフュンとネアル。
 その他のお付きの者たちの席は、二人よりも後ろの位置に席が用意されていた。
 ずらりと並んだフュン一行は、熱気で溢れている会場の様子を見ていた。

 「楽しみですかな。大元帥殿」
 「そうですね。王国の方の戦い方も学べるいい機会です」
 「ええ。ご覧になってください。我々は強いですぞ」
 「知ってますよ。何度も戦っていますからね」

 両者の含んだ言い方に、周りの者はハラハラしている。
 でも二人は全く意に介さずに、大会開始まで会話を続けた。

 ◇

 武闘大会は、三部門で行なわれる。
 大人部門。青年部門。子供部門の三つ。
 大人は年齢制限なし。
 青年は14~18歳まで。
 子供部門は13歳以下である。
 この内訳には、意味があって、大人だとここで実力を示すと兵として昇格などがあったりするし、青年部門であると、士官学生が参加して、良い待遇で就職が出来たりする。
 当然子供部門にもメリットがあり、ここで実力を示すと、士官学校の時に特待生になれたりするのだ。
 一般家庭の子にとっては多大な恩恵を得られるので、子供たちも大人顔負けでやる気に満ちていたりする。

 エントリー受付をしている人が、わがままを言っている少女を悟す。

 「駄目だよ。お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは明らかに子供。大人部門なんて無理だよ」
 「ええ。いいじゃん。私、強いよ。だからいいでしょ」
 「強いと言ってもね。駄目なものは駄目」
 「じゃあ、青年部門は!」
 「無理だよ。お嬢ちゃん、いくつよ。明らかに小さいよ」

 受付の男性は、少女の身長で判断した。

 「8」
 「じゃあ、無理でしょ。13歳までの子供部門でも無理だよ」
 「そんなことないもん。あれくらいの力じゃ、私の手にかかると瞬殺よ。だからせめて青年部門がいい。おじさん。許可してくれたでしょ。ほら、この紙」

 少女は他の少年少女らに失礼であった。
 彼らを指さすと全員が睨んできた。

 「おじさん? 誰の事だ?」
 「今、王になった人」
 「は!? 馬鹿か。ネアル王が君なんかを推薦するわけないだろ」
 「この紙を見てよ。おじさんの印があるでしょ」
 「どれどれ・・・ああ、確かに王の印があるな・・・でも、この字はブルーさんのだな」

 受付の男性は、紙に書かれている内容を読んだ。

 「まあ、いいか。文書を持ってきたしな。子供部門で参加することを許可して欲しいと書いているしな」
 「え? 子供部門って書いてるの?」
 「そうだな。そう書いてある」
 「がっくり。じゃあ、もういいや。じゃあ、おじさん。私入ってもいいのね」
 「いいぞ。でもその後ろのお父さんも入るのかい?」
 「お父さん?」

 少女は後ろに立った綺麗な男性を見た。

 「ああ。これね。これは私の師匠。入ってもいいでしょ。紙に書いてない?」
 「ん。えっと、お付きの方も入れなさい・・・ああ、なるほど。名前はいいですかな」

 受付の男性は確認のために、女性のような顔立ちにも見える男性に名を聞いた。

 「ええ。ジスターであります。警護をしてもよいと、ブルー殿から許可を頂いています」
 「ジスターね。合ってるな。ジスター・ノーマッドさんですね」
 「はい。そうです」
 「わかりました。どうぞ」
 「ありがとうございます」

 ジスターが感謝を述べた後、彼はすぐにレベッカの肩を掴んだ。

 「ぐっ。ジスター。何すんの」
 
 体が前に進まなくなったレベッカは、ジスターを睨んだ。
 
 「レベッカ様」
 「ん?」
 「ちゃんと挨拶をしなさい。いいですか。あなたがどんな悪だくみをしようが。練習をサボろうが。勝手に大会に参加しようが。私はここだけは譲れませぬ。こちらの方は、無理なお願いを聞いて、ここを通してくれたのです。あなたは、こちらの方にお礼を言わねばなりません」
 「う、うん」

 温厚なジスターが鬼のような形相で叱る。
 普段怒らない分、レベッカは彼に恐怖した。

 「おじさん。ありがとう」
 「ああ。いいよ。頑張りなよ」
 「うん。おじさん。じゃあね」
 
 受付のおじさんは、歩いていくレベッカの後ろ姿にも声を掛けてくれた。
 
 「小さいから無理するなよ。気を付けるんだよ~」

 ジスターの教育指導とは。
 フュンが受けたものと全く同じである。
 彼は、フュンから師であるゼクスの話を聞きだして、それを全てメモして、毎日寝る前に音読してまで、熱心に勉強していた。
 ゼクスの指導方針とは、人間教育だった。
 強さは別に重要視しておらず、五感だけは入念に鍛えておいて、その他は本人の自由にしていたのだ。
 だから、鍛錬に興味がなかったフュンなので、強くなる要素はなかったが、それでも基礎だけはしっかり学習していたのだ。
 目や鼻。耳などの感覚だけは他の兵士にも負けない能力を得ていたのである。
 それと並行して、ゼクスの教育は礼儀が中心である。
 挨拶や感謝。
 これを欠かさないことが重要だとしていた。
 でも、それはフュンの基礎の部分と被っているので、ゼクスが口酸っぱく指導することはなかった模様である。
 フュンは母の教えからも、すでに人を大切にしていたからだ。

 なので、ジスターもまた人を大切にする教えを重要視していた。
 レベッカが天才である分、傲慢になってはいけないのだ。
 傲慢になれば成長も止まる。
 だから、ジスターはこの部分だけが厳しかったのである。
 礼儀がない人間に強さはない。
 今が強くても後で弱くなるだろう。
 人は最終的に強くなればいいのだ。
 主フュンのように・・・。


 ◇

 選手控室に入室したレベッカは、部屋にいる全員からの視線をもらう。
 当然である。
 雑魚と称した言葉を聞き逃していないからだ。
 実際は雑魚とまでは言っていない。だけどニュアンスがそうであった。

 「お前、俺たちの事を馬鹿にしたな」

 小綺麗な服を着た男の子が、後ろにみすぼらしい服を着た男の子を連れて、レベッカの前に立った。

 「馬鹿にした? してないよ」
 「弱いって言ったよな」
 「言ってない」
 「瞬殺だとか豪語したじゃないか」
 「それは言った!」
 「だから馬鹿にしてるじゃないか」
 「してない!!!」

 目の前で言い合いをしても、ジスターは止めない。
 これも教育方針のひとつで、子供の時は子供同士で解決するべき。
 これがフュンの指導である。

 「なんだと。お前! 馬鹿にしてるのも同然だ」
 「してない! 事実を言っただけ」
 「な!?」

 火に油を注いだレベッカであった。

 「お前、女だからって容赦はしないぞ」

 男の子がレベッカの胸ぐらをつかもうとすると、レベッカはひらりと躱す。
 彼女のバックステップは華麗で、ギリギリのところで触れられない。

 「な。た、たまたまだ。この女」
 「無駄よ。あなたは弱い」
 
 今度こそ、レベッカは断言した。
 相手を挑発する意図がなくとも、この言葉は相手に刺さる。

 「こ、この野郎・・・絶対に倒してやる。予選で必ず・・・」
 「はいはい。じゃあね。名前知らないけど」

 レベッカは彼の横を通り過ぎた時に、チラッと付き従っていた少年を見た。

 『この子・・・』

 気になりかけていた時。

 「何してるんだ。ダン。ついてこい。愚図が」

 弱々しい感じの男の子ダンは、レベッカにちょっかいを出してきた男の子に肩を小突かれて、彼の後をついて行った。

 ◇

 「予選前に、選手入場です。親御さんたちは晴れ姿を見てあげてくださいね」

 子供部門はお遊びの部分がある。
 親たちの記念大会にもなっていた。
 観客席以外にも、リングの近場で、見学などが出来たりするのだ。

 そんな親と子だらけのリングを見つめるフュンは、ある一点で目が止まった。

 「子供部門ですか・・・・へえ・・・・え? なんで!?」

 暢気にレベッカがこちらを見て、手を振っていた。

 「ちょ!? あれ? な、なんで、ジスターと買い物に行くと言っていたはず」

 ここにいない二人から、フュンが聞かされていた内容とは、『二人で少しの間だけ買い物に行ってきます』であった。
 なのに、二人のちょっとした買い物は武闘大会に出場する事であったのだ。
 
 「大元帥殿を驚かせたいと、お二人は黙っていたのですよ」
 「え。じゃあ、ネアル王はご存じで?」
 「ええ。もちろん。私が許可しました」
 「なぜ! 僕に言ってくれないと。まずいです。これはまずい」

 いつも冷静なフュンが焦りだす。
 だからネアルは、

 「大丈夫ですぞ。危険になったら、止めますのでね。大元帥殿は、子供に対して過保護だったんですね。そうですか。人の親ですね」

 フュンに対して冷静になれと促した。
 だが。

 「違います!」

 フュンは、ネアルが相手であっても強く否定した。

 「僕は、対戦相手の心配をしています!」
 「は? え?」
 「相手が大怪我を負わないか。それだけが心配です。彼女は同学年と戦ったことがない。これはまずいですよ。これだけは僕に言ってくれないと。まずい! とにかくまずい」

 フュンの心配は、戦う相手の子供たちである。
 そうレベッカの実力は圧倒的すぎて、普段の稽古でも、大人の兵士らと訓練をしているのだ。
 だから、たとえ13歳という5歳も上の人間たちであっても、それは意味がない。
 最低でも青年クラスじゃないと、彼女の相手は務まらないのだ。

 「まずいぞ。まずいぞ。どうしようか・・・」

 周りの子供たちの無事を願うフュンは、ブツブツと独り言を言っていた。
 

 
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