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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第9話 ネアルの楽しみ

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 明日が即位式。
 それでも仕事は入っている。 
 朝から多忙を極めるネアルは不機嫌であった。
 それは顔色を窺う貴族共が挨拶に来ていたからである。
 ある程度の貴族共を粛清した経験のあるネアル。
 兄弟紛争を理由に多くを切り捨てた事があるが、やはりいらない貴族というものはまだまだ存在する。
 流石のネアルでも、全てを粛清することなど出来ないのであった。

 会いに来る貴族らの面白くもない話ばかりの挨拶が一部終わった後。

 「つまらん・・・さっきの奴とは会うこと自体、無駄だった。時間を返してほしいわ」
 「おいネアル。頼むから誰かに会ってる時にそんなこと言うなよ。俺と居る時だけにしろよ。馬鹿」

 今の部屋には、ネアルとヒスバーンしかいない。
 だから助かったとホッとしているヒスバーンである。

 「なんだと。つまらんものはつまらん!」
 「おいおい。そんなこと言う奴、もう馬鹿でいいだろ。いいか。誰もが優秀なわけないんだよ。お前は人への基準が高すぎる。もう少し低く見積もれ。そうすればイライラせんわ」
 
 ヒスバーンの意見に、確かにとネアルが頷いた。
 傲慢そうに見えて、ネアルには素直な面もある。

 「そうだな・・・私は基準が高いか・・・ヒスバーンクラスなど早々いないものな」
 「当り前だ。俺みたいなのがゴロゴロいたらなぁ・・・」

 彼の言葉にタメがあったので、ネアルはヒスバーンを見た。

 「いたらなんだ?」
 「この国は一生安泰だわ。お前も王じゃないな。俺が王でもいい」
 「はっ。言うてくれるわ。ヒスバーン。ハハハハ」

 冗談でも王を害することを言える。
 ヒスバーンの胆力を偉く気に入っているのがネアルである。

 「それでヒスバーン。あと何組だ。こんなつまらん仕事、早く終わらせたい!」
 「ええっとだな。あと3だ。それが終わったらブルーが来る予定だな」

 予定を調べるヒスバーンの横で、ネアルは思い返す。

 「ん? ブルーだと、なぜこちらに来るのだ?」
 「そりゃ、あれだろ。あっちの大元帥フュン殿との食事会があるからだろ」
 「おお。そうだった。今までのつまらん奴の相手をしていたせいで、重要な事を忘れておったわ。早く終わらせようか。ヒスバーン。お前も協力しろ」
 「何を協力するんだよ。王への挨拶だぞ。俺がどうやってそれを短縮させることが出来るんだよ。相手次第なのによ」
 「お前が帰るように促せ」
 「馬鹿か。お前は! 出来るかそんなこと!」
 「ここに貴族共が現れたら、すぐに帰るように言え」
 「言えるか馬鹿! 俺が非道な男になるだろ。お前、鬼かよ!」

 ヒスバーンの苦労は絶えない・・・。


 ◇

 「ハハハ。やはり良き人物との話は気分がいい。大元帥殿は、どうですかな」
 「え。まあ。楽しいですよ。ですが僕は色んな人と会話をすることが面白いと思っていますから。特定の誰かだからいいとかはありませんね。人は様々な人がいますから」
 「そうですか。変わった方だ」

 昼食会で気分のいいネアルは、フュンの返答に首をひねる。
 『変わってるのはお前の方だろ』と思うヒスバーンは、食事を終えてお茶を飲んだ。
 黙って食べていたので、誰よりも早く食べ終えていた。

 「この後の予定はどうなっていますか?」
 「僕ですか。そうですね。とりあえず城下町にでも、外出許可を頂ければ、助かるかなっと思っていますよ。ここにはあまりいてほしくないでしょうしね」
 
 フュンは気を遣っていた。

 「いや、そんなことはない。なぁ。ブルー」
 「え。まあ・・・」

 ブルーは返答に困る。

 「ネアル。そんなことはある。フュン様の言う通りだ。ここにいられても困る部分は互いにあるに決まっているだろうが。それくらいは考えろよ」
 「なんだとヒスバーン」
 「は? フュン様はお前の為を思っているのだ。それくらいは察しろ。お前は、いつも思うが、貴族関係の時に頭が働かないよな。ったくよ」
 
 ヒスバーンがブルーの言いたいことを言ってくれた。
 貴族たちの嫉妬や警戒をここで買う必要がないのだ。
 フュンの待遇が良すぎると不満が出る。
 これはあくまでも外交の一手であることの線引きが必要なのだ。


 この後、暫しの談笑をした。
 有意義な意見交換会というよりも戦術理論や、経済関連の基本的な話をしていた。
 どちらにとっても、相手の貴重な考えを摂取できる、ある意味有意義な会話となった。

 その終盤。
 座っていたネアルの脇にいつのまにか少女が立っていた。

 「おじさん」
 「ん?」
  
 ネアルは、話しかけられて初めて気配に気づく。
 だから、少々驚いていた。

 「ねえ。おじさん」
 「これは大元帥殿のお嬢さん」

 左隣に立ったので、ネアルはわざわざ左に体を向け直した。
 子供相手であるが丁寧な態度をとった。

 「レベッカ! こら。そこはいけませんよ。戻りなさい」

 フュンが珍しく怒ったが、彼に対してネアルが手の平を見せた。

 「大元帥殿、待ってください。私に用があるようですぞ」
 「し、しかし。お邪魔になるのでは」
 「いえいえ。結構。可愛らしいお嬢さんの用件が聞きたいですな」

 ネアルは、レベッカに興味があった。
 あの戦闘の天才であるシルヴィアと、戦略と戦術に長けたフュンの娘。
 ただの普通の少女なわけがないと、何かの片鱗を見たいと思っているのだ。

 「おじさん。明日王様になるの」
 「そうですな。明日、王になりますね」
 「おめでと」
 「ははは。姫君。ありがとうございます」

 可愛らしい少女の言葉に、ネアルは素直に喜んだ。

 「うん。で、王様になったら何でも出来るでしょ」
 「ん?・・・まあ、そうですな」
 「じゃあさ、おじさん。ちょっといい?」

 レベッカが手招きしているので、顔を近づける。
 するとレベッカが小声になって耳打ちをしてきた。
 ネアルは、彼女のお願いの内容に驚いた。

 「そ、それは出来ますがね。姫君。おいくつですか」
 「8」
 「それはさすがに危険かと・・・相手は13までですぞ」
 「大丈夫。任せて」
 「いや、お怪我をさせたら・・・お父上の許可をもらわねば」

 ネアルがフュンの方に顔を向けようとすると、レベッカが拒絶する。

 「駄目! 父に言ったら許可が出ない。だからおじさんに直接頼んだのに・・・おじさん。いいでしょ。王様なんだよね。なんでもできるよね」
 「そんなことは簡単に出来ますがね。う~ん」

 普段から即断即決で物事を決めるネアルにしては、とても慎重だった。

 「ならいいじゃん! 私、強いから大丈夫。せっかくここに来たから、面白いことしたいんだもん」
 「・・・そう言われると、弱いですな。ここでの事は楽しんでもらいたいですからな」
 「うん。だからいいでしょ」
 「そうですな。わかりました。特別枠で入れ込みます。ただ私と約束して欲しい。もし危険になったら、リタイアしてくださいよ。こちらからも止めに入りますからね。いいですね」
 「うん! ありがとうおじさん」
 「ハハハ、はい。あとはお任せを」

 ネアルとレベッカは何かの約束をした。
 フュンの裏で、悪だくみをするレベッカであった。


 ◇

 厳かな雰囲気で始まる就任式。
 派手好き。慣習嫌い。
 双方で有名なネアルだが、式だけは王国の従来のやり方。
 歴代王の就任式に沿って、段取りが進んでいった。

 王冠をもらい、マントを羽織ると、皆の前で宣言する。

 「これより、私はイーナミア王国の王子から王となる」

 彼を見上げる観衆は、神々しいまでのネアルを見ていた。

 「ネアル・ビンジャーは、王国を真っ当な国に導くことを誓おう。私が生み出すことになる王国は、底辺の貴族だろうが、平民だろうが、奴隷であろうが、身分など関係ない。私の目に留まった者は、必ず出世する。ここからは、完全実力主義である。皆の者、競争せよ。鍛錬を積め。常に強くあるのだ。目指すは歴代でも最強の国家だ。私の治世の間に、新生イーナミア王国となろうぞ」
 「「おおおおおおおおおおおおお」」
 
 観衆を味方につける時の掛け声がフュンとは違う。
 民の尻に火をつけるやり方。
 こちらの方が、王として正しいものであろう。
 逆にフュンの方式の方がおかしな話である。
 
 共に進みたいから、共に生きていきたいから。
 民に語り掛けた内容はお願いであった。
 でも、それでも彼らは答えてくれた。
 帝国のやる気も、こちらの王国に負けていない。
 互いの国家は今まさに戦意が最高潮であった。
 だから。

 『もうすぐですね。ネアルのこの演説・・・戦う気ですね・・・まさしく国家総動員を宣言したようなもの・・・いいでしょう・・・受けて立つではありません。あなたの胸を借りて戦ってみせましょう。ネアル!』

 こちらを向いて宣言してきたネアルを見つめて、フュンはこう思ったのだった。
 
 二人の英雄は、宣言が終わった後の拍手の間でも見つめ合っていた。
 戦わずにして、ここで戦っていたのである。

 二人が戦うべき時が近づいている。
 自分の死力を尽くす時が来たのだ。
 フュン。ネアル。
 正反対の性質と考えを持っている両者の戦いが始まろうとしていた。

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