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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第317話 隣が悩みの種になる

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 あれから一年と少し。
 ルイスの策略は上手く嵌り、貴族反乱を調整できていた。
 いらない貴族を、いらない貴族にぶつける戦争を促したり、必要な貴族に対して圧力をかけて御三家の方に帰順をさせるような動き方をした。
 ルイスの巧みな貴族コントロールによって、帝国の御三家戦乱が悪化したように見えていた。
 
 それが帝国歴507年である。
 この年、そのコントロールの上手さによって、ドルフィンとタークが大規模に動き出せた。
 その結果が、シンドラとラーゼの属国化である。
 二か国の従属国のおかげで、帝国は内乱だけに集中できる環境になっていた。
 だがしかし、そこらとは別にもう一つの懸念が生まれそうだったのである。


 それが帝国歴508年の春の出来事。
 エイナルフの元に、ジュリアンがやって来た。

 「親父」
 「おお、ジュリか。何の用だ。ハスラの建築の話か?」
 「いいや、違う。ドラウドが情報を手に入れてきた」
 「ほう。情報か。どんなものだ?」
 「それが、サナリア平原が統一されるかもしれないってよ」
 「なんだと。サナリアがか。あの地方部族らの?」
 「そうだ。なんだか、アハトとかいう男が一つにまとめているそうだ。しかも山側もだ」
 「山もだと・・・そうか。それはまずいな。今から大規模な内乱が起きるというのに、すぐ隣の場所に国が出来るのはまずいな」
 
 帝都に一番近いククルを除いて、最も近いのがサナリア平原である。
 そこに国が出来る事は、帝都にとって、とても手痛い出来事であった。
 ある程度の交流として使者を送っていたことはあるが、それは念のためで国になるくらい大きくなるとは思わなかったのである。

 「アハトだな。あれに昔、使者を送ったことがあるが・・・ドルフィンに任せたんだったな」
 「そうだな。ナイロゼとかいう奴が任せてほしいと、言って来てたぞ」
 「うむ。ドルフィンの内政官だな。優秀だとは聞いていたが、彼は国にはならないとか言ってはいたが・・・なりそうなのか」
 「みたいだ。あと少しでほぼ全部らしいぞ」
 「あそこは無数に部族がいたはずだ・・・なかなかやるな。そのアハトという男はな」

 自分が直接彼を見たことがないので、想像で姿を補うしかない。
 エイナルフは、部屋の天井を見上げていた。

 「ジュリ。帝国の現状を維持するためにだ。念のための門を作るか」
 「ん? 門?」
 「関所だ。サナリア平原と帝国領土の間に関所を作って、そこでそちら側の人間を通さない形にしようか。それで一時凌ぐ。内乱が終わるまでは、隣の国家と戦うわけにもいかんだろ。王国とも戦うかもしれないのに、挟み撃ちになる形は避けたい。だから互いに戦わないようにするために余計ないざこざを排除するのだ。どうだろう?」
 「なるほどな。それをオレに作れってことだな」
 「ああ。しかし、忙しいか? ハスラの建築などで?」
 「いいや、あそこはもうほとんどが完成してる。肝心の城壁が出来ているからな。中身はリックズの建築士たちに任せてもいい」
 「よし。では、ジュリ。関所を頼む」
 「わかった。急いで作るぜ」

 こうして出来上がったのが、サナリアの関所である。
 勝手に作って、勝手にルールが出来上がったとサナリア側が主張していたが。
 その実態は、サナリアとの衝突を避けるための苦肉の策であったのだ。
 エイナルフとしてはアハトを呼び出して、細かい部分の話し合いをしたかったが、今はそれどころじゃない現状がここにあったために、この過程を無視して強引に建築したのである。
 しかしおかげで、サナリアとは事を構えずに済んでいるのだ。
 むしろこれはサナリア側を守っている事にも繋がっている。

 そこから半年ほどで、関所は完成。
 帝都の兵で、関所の兵を構築して、サナリアからこちらに逃げてくる民や兵を拒絶した。
 それは表向き上では、サナリア国の人間であるから帝国には入れられないとする体裁であるが。
 裏では現在の帝国の内乱状態を外部に知らせたくなかった事と、今から危なくなる場所にそちらの民やそちらの兵を巻き込みたくなかったのだ。
 この関所は、当然自分たちの利益ばかりを追求したものではなく、配慮のある場所でもあったのだ。
 
 ◇

 ダーレー邸にて。
 ミランダは、ジークと話していた。

 「ジーク。なんだ?」
 「ミラ。関所が出来たってよ」
 「関所? どこにだ?」
 「サナリア平原の前だそうだ」
 「サナリア・・・ああ、そうか。あそこか。国が出来そうなのか」
 「そうみたいだ。よくわかったな」
 「ん! まあな。頭領。元気かな」

 ミランダはフィアーナの顔を思い出していた。
 カッコいい女性の代表みたいな。自分が憧れた女性。
 山を駆ける姿は狩人だった。
 一度に三本もの矢は、彼女にしか出来ない神業である。
 自分は二本までが限界だった。
 その彼女は今はどこにいるのだろう。
 サナリア平原の戦いに参戦しているかもしれないと、ふと思ったのだ。

 「頭領? まあいいや。なあミランダ」
 「どした?」 
 「商売の準備が出来た。ハスラが完成すると同時に働くわ」
 「わかった」
 「それだけかよ。なんか他にないのか。言いたいことがよ」
 「わかった。で十分だろ。お前は立派に育った。あたしの手から離れても十分やっていける。それに本来、お前が当主でもいいくらいにしっかりしているからな。何も不満がねえ」
 「ふん。お前がべた褒めなのが怖いぜ」
 「これは褒めているわけじゃない。正当な評価だ。お前は本来はもっとできる奴として世の中に知られないといけない人物だ。お嬢よりも、ある意味優秀なんだよ。お前はな」
 「・・・ふん! 俺はシルヴィの為に生きているからな。シルヴィの影であっても良い」 
 「ああ。わかってる。妹の為に、よく頑張った。偉いぞジーク!」
 「・・・調子が狂うぜ。いつものミラじゃないな」
 「いつも通りだぞ。あたしはな。よし、これから大変になるからな。戦も始まると思う。だから気を付けるんだぞ。あと誰か、良い奴がいたか?」
  
 ジークは、ソファーに寝転んでいるミランダのそばに行って、資料を渡した。

 「この人どうかな。調べたんだけど。コイン商会ってところの人だったんだ」
 「おい。これは、あの時に協力してくれた商会の人か。でもこの人は知らねえな。その時は下働きだったのかな?」
 「それは俺にだってわからないよ。この人はノーシッドが滅びてしまった時に商会もなくなって、リックズで一旗揚げようとしたら失敗した人だってさ。でもいい人そうだし、仕事も出来る感じだったからさ。俺の片腕にしようと思ってさ。どうだろうか」
 「ほうほう。この資料は誰が作った?」

 ミランダは出来の良い資料をペラペラとめくる。

 「ナシュア」
 「おお。ナシュアか。やっぱあいつ優秀だな。仲間にしてよかったな。ジーク」
 「ああ。俺よりも遥かに優秀だぞ」
 「そうだな。この資料の感じからいってもな。素晴らしいの一言だな。よし、この人雇え。キロックだな。良い感じのおっさんだな。ジークにはちょうどいいかもな」
 「酷い言い方だな。まだ若いぞ」
 「おっさんだろ。三十超えてるぞ」
 「でもまだ若いって、三十一でしょ」
 「でもさ。体力なしって書いてあるのさ」
 「うそ?」 
 「ほんと。ナシュアの調べは正確なんだろ」

 ミランダが、書いてあるページを指さすと、ジークが確認する。

 「・・・ほんとだ。体力ないのか・・・」
 「だったらさ。お前、フィックスを連れていけ」
 「フィックス? ああ、あの影の子だな」
 「そう。あいつは馬鹿だけどな。体力だけはある!」
 「おい、馬鹿を連れて行けってか? 商会だぞ。商人が欲しいんだぞ」
 「フィックスは、商会のメンバーのように見せて、護衛にしろ。影の力はあたしら並みにあるからよ。フィックスとナシュアを裏で使えば、お前が負ける事はない。まあ、それでも表で仕掛けられても、お前なら口で勝てるけどな」
 「なるほどな・・・そういうことか。わかった。雇うわ」
 「ああ。里に行って、サルトンさんに言え。ミランダがフィックスを連れて行ってもいいって言ってたってよ」
 「わかった。里に向かうよ」
 「ああ。いっておいで」

 ミランダが見送った後。
 彼女は一人になると呟く。

 「あとは、戦いか。さて、貴族共は誰に付き、誰と戦う気なのか。それを知るのは来年あたりかな」
 
 御三家戦乱の王家対貴族の戦いが始まろうとしていた。
 
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