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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第309話 ミランダの分岐点の一つ ノーシッドの戦い

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 帝国歴502年 2月。

 ダーレー邸。

 「姫君。これからどうする?」
 「ああ。あたしらは、ここらが勝負時かもしれない。あたしが顧問になり、シルクさんが表に出ていない形に持っていったから。ここだと思うな。もう一度ササラ辺りに攻撃が来ると思うんだ。そしたら、リルローズの家臣を一人残らず殺す」
 
 ヒザルスとミランダは作戦を練っていた。
 顧問という立場に立った彼女は、ウォーカー隊に新たな戦略を組み込んだ。
 それはウォーカー隊の傭兵を各地にバラバラにすることとしたのだ。
 里に常駐する部隊と、帝国の各地に配置して自由を与える部隊とに分けた。
 そうすることで、いざ戦争が勃発した時に各地に対して臨機応変に部隊を構えることが出来るとした傭兵ならではの動き方を構築したのである。

 だから、ササラには今正規軍もいるが、その近辺とササラ自体にウォーカー隊の隊員が潜んでいるのだ。
 ウォーカー隊は合計すれば二千はいる形だ。
 ササラがダーレーの唯一の領土なので、重点的に人を置いている。

 「姫君。ウインド騎士団の話はどうなったんだ。今の彼らは?」
 「ヒストリアはな。意外と苦戦してる。ニールドの奴らが邪魔なのかもしれない。あいつらの移動先で衝突しているから、裏で戦っているのかもしれないな。表には出てこないようにしてな」
 「そうか。彼女らも帝国の歪な部分との戦いをしているんだな」
 「そうだな。やっぱこの国変だもんな。あのエイナルフのおっさんがいるから、まだ崩壊してないだけでな。この時代。おっさんが皇帝じゃなかったら、間違いない。滅んでる」
 「そうかもしれないな。皇帝陛下のおかげで、絶妙なバランスで国が成り立っていると言っても良いかもしれない」
 「ああ、それで今のあたしらで重要な事はあっちだな」

 ミランダとヒザルスが屋敷の庭に出ると。

 「おお。お嬢。良い動きだな」
 「・・・・」
 「これはどうだ」
 「・・・・」
 「おお!」
 
 ザイオンとシルヴィアが訓練をしていた。
 攻撃を左右に振っても全てに対処するシルヴィアに、ザイオンは笑っている。
 だが、ザイオンがあれだけ話しかけても、彼女から返事が来ない。
 たまらず見学していたミランダが声を掛ける。

 「おい。お嬢!」
 「・・・・」
 「返事しろ。お嬢!」
 「・・・・はい」
 「やっとか。感情を表に出せ。このぐりぐり~~~」

 ミランダはシルヴィアの両のほっぺたを揉みしだいた。

 「・・・邪魔です」
 「はぁ。反応が薄っすいわ! もっと感情出せよお嬢!」

 ミランダでも手を焼く人間がいる。
 ヒストリアでもエイナルフにでも、大胆に堂々と渡り合えるというのに、なぜかこのシルヴィアとは上手くいかない。
 感情表現が少ない女の子だから、会話に苦労していた。

 「ミラ」
 「なんだザイオン?」
 「お嬢は、化け物かもしれんぞ」
 「なに?」
 「身体能力がこの年代じゃない。それに反応が良すぎる。俺たちが会った時のジークを越えてるかもしれん」
 「マジかよ・・・って、当たり前か。そうだよな。そうに決まってんだよ・・・ダーレーの子だからな」

 ミランダは、少しだけ哀しそうな顔をして、両手を広げた。
 自分の胸に飛び込んでいこいとシルヴィアを迎える。

 「お嬢。ほれ。いくぞっと」
 「はい」
 
 シルヴィアを抱っこした。

 「ジークはどうしてる」
 「あっちで影の訓練だ。女の子とさ」
 「女の子???」

 二人は別の庭に向かった。

 ◇

 「お前さん。良い感じぞ。ジークよりも才があるぞ」

 ジークが隣にいるのに、サブロウには遠慮という言葉がない。

 「え? 困ります。ジーク様よりもとは言わないでください」

 ナシュアは困ってジークの方を見た。

 「いいよ。別に。俺はその能力が無くても良いと思ってる。ただ見破ればいいのさ。敵が使用してきた時に困るからさ」
 「そうぞ。お前さん。こいつはドライなのぞ。だから遠慮してはいけないのぞ」
 「そういうこと。俺はやらないといけないことが、たくさんあるからさ。出来る事を増やしていかないとさ。だから俺のことは気にするな。ナシュア。自分の長所を隠したらいけないよ。自分に自信を持ちなさい」
 「ジーク様・・・」
 
 この時くらいからジークには自分の力と上に立つ者の自覚があった。
 それとなによりもまず、己の才よりも妹を守るための力が欲しい。
 あらゆる手段を取るための力が、必要なのだという事に気付いているのだ。

 「おい。ジーク」
 「なんだミラ?」
 「その子誰だ? なに連れ込んでんだ。ガキの癖によ」
 「連れ込んでいるんじゃない。ナシュアが家に来たいって言ってるんだ」
 「ナシュアね・・・ほら、ジーク。お嬢を頼む」
 「ああ」

 ジークはシルヴィアを受け取った。
 妹絡みだと、ミランダの言う事を素直に聞き入れる男である。
 ミランダはナシュアのそばまで歩いた。

 「ナシュア。平民か?」
 「いいえ。貴族です」
 「ほう。名は?」
 「ナシュア・ニアークです」
 「ニアーク・・・・そうか。お前が当主だな」

 ミランダの頭の中には大体の貴族のリストが入っている。
 そこから引っ張り出して、三年前に死亡したニアークがいたことを思い出した。

 「そうなってます。現在、伯母様が代理をしています」
 「そうか。ナシュア。あたしはミランダだ。ミラでいいぞ」
 「ミラ様ですね」
 「んんん。まあ、いいか。お前、ジークの影になりたいのか」
 「・・え?」
 「いや、そんな感じがしたからさ。違うか?」
 「私は、ジーク様の物になれるのですか」

 ナシュアの目が真剣だった。
 物になるというのが気になるが話を続ける。
 
 「おう。お前がその気なら、サブロウが全ての技を教えてもいい。ただし、お前。当主を降りるか。影になるなら、偽りの貴族を演じないか」
 「え? 偽り?」 
 「そうだ。身分を隠した影となる。ダーレーに味方がいない。いるのはシューズ家くらいだ。でもヒザルスは強いからこそ仲間になってもいい。自分で自分の身を守れるからな。でもお前は違う。今のお前じゃすぐにでも殺されちまう。そこで、ニアーク家として仲間入りするのは危険だ。もっと時代が安定してからならいいけどな。つうことで、お前はメイドになれ。表向き上ジークのメイド。でも裏は影だ。これでどうだ? そばに居たいんだろ」
 「はい。お願いします」
 「即決だな。それじゃあ、お前のおばさんにも連絡をしておこう。あたしらがお前を預かるってな」
 「お願いします」
 「ああ。まかせとけ」

 こうしてナシュアは、ジークの影となった。
 表向きはメイド。裏は影となりジークを護衛する人間となった。
 彼女は生涯忠誠を誓っている戦士でもある。

 「サブロウ。そういや、シゲマサが拾って来た子が面白いって言ってたよな」
 「ああ。そうぞ。ええっと何だっけ。孤児院にいたフィックスとかいう男の子だぞ。歳はお嬢くらいだったかぞ? もうちょっと上かもしれないぞ」
 「そうか。シゲマサが育ててるのか」
 「ああ。そうみたいぞ。シゲマサと、里にふらっと立ち寄るマサムネが育ててるみたいだぞ」
 「ふっ。マサムネもか。あいつが誰かを育てるなんて、珍しいな」

 こんな談笑を続けていた所に急報が届く。
 ミランダが、里から来た影部隊の手紙を読む。

 「なに!?」
 「ミラ、どうした?」
 
 ザイオンが聞いた。
 
 「サルトンさんからだ。緊急事態らしい」
 「「?」」
 「ノーシッドが危ないってのかよ。マジかよ」

 手紙の続きを読んだミランダが叫んだ。

 「ノーシッドだと。姫君、王国からの攻撃か?」
 
 展開を予想したヒザルスが聞いた。
 
 「違う。貴族からの襲撃だそうだ」
 「姫君、どこの家だ」
 「リルローズだ」
 「「「なに!?」」」

 場にいる全員が驚く。

 「まさかとは思う。でも狙いは・・・あたしらか。あたしがあそこを作るのに手伝ったからか? 今度はあたしに関わった人をか!?・・・それでダーレーの完全弱体化を目指してる?・・・いや、そこまでして、奴はこの時代を混迷の時代にしたいんだな」
 
 王家の破壊がなされれば、貴族の力が増し、権威も増加する。
 更にはその増大させた力を持って皇帝の座を頂きにいってもいい。
 そういう思考が貴族の間にあってもおかしくないのだ。
 豪族らにその感覚があるように貴族も上を目指している。
 それに、ウインド。ドルフィン。ターク。ブライト。ダーレー。
 各王家は貴族から王家になれたのに、リルローズだけはなれなかった。

 それはエイナルフが拒絶したからである。
 王家にふさわしいはずの力を持っていた家なのに、エイナルフはなぜか王族に迎え入れなかったのだ。

 「なるほどな。野望の大きさを。あのおっさんは見極めたんだな。野郎。でもそのせいで、シルクさんが死んだんだな。ぜってえ、ぶっ殺す。リルローズ!!!」

 怒りを持って、ミランダはノーシッドの防衛に向かったのだ。 
 
 
 ◇

 屋敷から出る時。ミランダがお供にしたのは、サブロウだけにした。
 ザイオンとヒザルスがお屋敷に残り、里へと到着したミランダは、更に指示を出して、エリナとザンカとマールをササラに送った。
 どこが攻められても同時に対処しようとした動きだった。
 ただ里は誰にも知られていないので、今はここに将が必要ないので、サルトンをそのまま連れて行った。

 ミランダは、ノーシッドの強固さなら、まだ落ちていないと思い、慎重に進軍をした。
 山脈沿いから林に向けて、兵を隠したのである。
 援軍は突然として現れた方が効果的だから、そのような行動にした。
 
 「サルトンさん。サブロウが偵察に行ってますから、待ってください」
 「ああ。待っておこう」
 「囲まれているんでしょうかね。それとも落ちてはいないはず・・・」
 「落ちてはいないと思うな。ノーシッドはそんなに軟じゃない。時間も一か月以上経ったわけじゃないしな」
 「そうですよね。ノルディー家を貴族にしちまったのはあたし。申し訳ないな。目をつけられちまって」
 「気にするな。ミランダ。全てがお前のせいじゃない。それにアルマート殿もそれを承知の上で貴族になったんだ。それに俺も覚悟はある。大貴族と事を構えることになっても、ここは守ってあげたい。一度はあそこの兵と一緒になって戦ったんだ。仲もいい奴もいるしな」
 「ええ。守りたいですね。あたしもサルトンさんもね」

 どんな状況なのだろうかと、二人はノーシッドの様子が気になっていた。
 
 ◇

 三時間後。
 
 「先回りで偵察していた結果が出たぞい」
 「おお。サブロウありがとよ」
 「リルローズの兵が囲んでいるようで、リックズの兵がいるぞ」
 「リックズだと!? 同盟を結んでいたはずじゃ」
 「・・・・わからんぞ。でも状況がそうだったぞ」
 「おかしいな。貴族となったノルディーと交流が生まれたはずだ・・・なのに攻め込んでいるだと?」

 ミランダとサブロウの脇にいたサルトンが指摘した。

 「ミランダ。もしや、そのリックズの貴族を・・・調略したんじゃないか」 
 「そうか。サルトンさんの言っていることが正しいかもしれない。クソっ。同盟もない世の中かよ。悲惨すぎるぜ・・・どうしよう。このまま助け出す動きをするか」

 助け出したいと思っているサルトンは、あくまでも冷静だった。
 ミランダにする質問が鋭い。

 「どうやってだ。ミランダ。無理は出来ないぞ。こうなると、お前に死なれても困る」
 「え?」
 「いいか。ミランダ。お前が死んだらな、里の者たちの生きる指針がなくなるぞ。お前のおかげで俺たちのような傭兵や賊があそこで生きていられているんだ。それにここで、お前を失えば。もちろんダーレーも苦しくなるぞ。俺たちの希望となりえる王家。それがダーレーだろ。だからお前がここで消えれば、それこそ、この帝国がより息苦しいものになってしまう」
 
 サルトンの言葉でミランダは止まった。
 自分がそんなに価値のある者だとは思っていない。
 でもサルトンの希望になっているのだったら、まだむやみに死ぬべきではないし、それにシルヴィアやジークの為にも生きていかないといけない。

 「ミラぞ。ここは影で潜入して、戦いをコントロールするのがいいのじゃないかぞ。サルトンにはここで援軍として待機してもらって敵の隙をつくのぞ」
 「・・・それはいざとなったらあたしらがアルマートさんを救い出すってことか」
 「おうぞ。出来たらだけどぞ」
 「よし。サルトンさん。無茶はしない。ただ、あたしらもやれるだけやりたいんだ。いいかな」
 「わかってるよ。お前の好きなようにしな。ただし、死ぬような選択肢は取るなよ。苦しい状況でも自暴自棄とかになるなよ」

 サルトンはミランダの心を理解していたから、表面上忠告だけして、中身では最初から応援をしてくれていた。

 「わかりました。いってきます」
 「ああ。無茶はするな」

 サルトンを林に待機させて、ミランダたちは影部隊と共にノーシッドに潜入した。

 ◇
 
 ノーシッドの軍略会議後に、突如として現れたのがミランダとサブロウだった。

 「ミランダ殿?!」
 「アルマートさん。この状況はどういった経緯で。こんな状態に?」
 「・・・ええ、来てくれたのですね。申し訳ない。ですが、あなたはお帰りになった方がいい。ここは落ちます。兵たちに限界が来ていますからね」
 「だから、あたしたちが来ましたよ。援軍もいます」
 「いいえ。無理でしょう。今日にも限界が来てます。その援軍も焼け石に水です」
 「でもまだ都市が落ちてません。諦めないでいけば」
 「無理です。リックズがさらに援軍を出してきます。リックズの兵が少ないのでおかしいと思ったんですよ。この後、傭兵や正規軍を集めて、万の兵が来るはずです。それで絶体絶命になります」

 アルマートは首を横に振り続ける。

 「何故。なぜリックズがそんなことを?」
 「それは、貴族のシュペン家が敵に取り込まれていたのです。だからそれに付き従う豪族たちも、リルローズの方に行きました。あの貴族は前から準備をしていたようです。私らを倒すためにですね。貴族になりたての時がチャンスですもんね。リルローズ家は帝国の防衛など毛ほども考えておりませんよ。ここを破壊する気です」

 ミランダは怒りを抑えていた。
 自分が精一杯計略をして、この都市をノルディー家に託したのに、いとも簡単に砕こうとする。
 貴族がますます嫌になる事件だった。

 「・・・クソっ。屑中の屑の貴族だ。帝国が無かったら、お前だって貴族じゃないだろうに・・・」
 「ミランダさん。ですから、ミランダさんたちは、すぐに戻ってください。あなたもこの戦いに巻き込まれてしまいます」
 「いいえ。あたしがあなたを巻き込んだんだ。あたしが戦わないと」
 「駄目です。この苦境を変えられるのはあなただ。あの大貴族に対して、臆することなく挑めるのは、あなたしかいない。討伐できるのはあなただけだ。私はそう思います」

 アルマートの曇りのない瞳がミランダだけを見ていた。

 「でも・・・」
 「私たちは最後の戦いをします。明日。突撃を開始します。敵の大将のレクト将軍が東の門にいますから、彼を殺します」
 「え? どういうことですか」
 「決死隊で、あそこの兵を破り、彼を殺します。これだけで、敵の兵力は大きく落ちる。将軍一人で、奴らの万の兵に匹敵するはずだ」
 「でもそれじゃあ」
 「ええ。死ぬでしょうね。でもやりますよ。私はこの国が好きですからね・・・無くなって欲しくない。貴族が邪魔でも、この国は好きなんです」
 「・・・アルマートさん・・・」

 ミランダは手を伸ばそうとした。
 でも彼の決意を止められなかった。

 「そんな顔しないで、あなたは生きてください。あなたは、この国にとって重要なのですよ。元貴族で傭兵集団を作り、そして王家を支える柱になるという快挙。それなら、あなたがこれから先。出来る事は非常に大きいはずなんだ。この先、この国に何らかの変化をもたらすことが出来るはずです。それが何かは私には分かりませんがね。ハハハ」
 「・・・・・わ、わかりました・・・この国を必ず変えてみせます」
 
 部屋の扉が勢いよく開いた。
 
 「「!?」」

 伝令兵がやってきた。

 「アルマート様。敵が動いています。おそらく攻撃を再開させる気です」
 「今は深夜ですよ!? まさか。ここで決着を?」
 「急いでください。奴らが来ます」
 「わかりました。ミランダさん。作戦があります」
 「はい。なんでしょう」
 
 アルマートには、この場で思いついた作戦があるらしい。
 瞬時に考えられる彼も優秀であった。

 「私が東の門を開けます。それと同時に敵へ突進しますので、私の私兵たちを連れて、西の門から脱出してくれませんか」
 「え? アルマートさんの兵とですか? なぜ」
 「私が囮になります。そうすれば全方位の敵が東に集中するでしょう。そうなれば、西はがら空きに・・・」
 「作戦のことは、あたしにもわかります。理由が欲しいんです。なぜ、あなたがそんなことを・・・」
 「先程と一緒ですよ。あなたに賭けます。私は私兵たちに思いを託して、あなたに賭けます。彼らと共にあなたが、いつの日か。奴を倒してくれると信じますよ」
 「・・・アルマートさん」
 「大丈夫。私はこの命を繋ぎます。あなたと、私の兵に思いを託して、私は次の為に・・・動きます。ライノンを預かってもらえませんか」
 「アルマートさん、ライノンとは?」
 「うちの子です。ノルディーの名前を伏せてもらえれば、何とか生きられるでしょ?」
 「・・・なるほど。わ、わかりました。あたしが預かります。その子はおいくつで」
 「今、生まれたばかりです。今年ですね」
 「生後一カ月!?・・・わかりました。出来るだけ急いで逃げます。この時期です。体調が悪くならないように注意します」
 「ありがとう。お願いしますね。私の子を託します。それと思いもですよ」
 「はい。おまかせを」

 と言ったミランダの目には涙が溜まっていた。
 自分のせいであなたはこうなったかもしれない。
 その思いで、胸がいっぱいだった。
 
 でもそんなことは杞憂である。 
 アルマートの覚悟に水を差す行為である。
 アルマートは未来の為に覚悟を決めているのだ。

 「出ます。私は、なんとしてでもあなたたちを逃してみせる」

 ◇

 アルマートの決意ある突撃は、敵の意表を突いた。
 東側にいるリルローズの兵らは、その攻撃に面を食らい、自分たちの手を止めて、彼らを追いかける足も止めてしまった。
 だからアルマートは敵陣を切り裂けた。
 彼が率いたのはたったの三千。
 敵軍は七千を超える兵たちであったのに、本陣が急襲されるような勢いを止められない。
 
 だから、敵も必死になって、援護には回った。
 北と南からすぐに救援が向かい、さらに西側の兵士たちも東の戦場を救おうと移動を開始した。
 アルマートの考えた通りの動きを敵が見せたその時、ミランダたちが西側から出撃。
 彼の私兵は三千だが、精鋭だった。
 屈強な兵たちと共にミランダはノーシッドから脱出。 
 アルマートの妻メロウとその子供ライノンと一緒に脱出した。

 西のまだ残っていた敵兵たちを粉砕して、東に移動している北の兵を見ながら、そのまま林側に入り込み、サルトンがいるウォーカー隊と合流してから、そのまま離脱行動を取った。

 「すまない。サルトンさん。無理だった。アルマートさんを救えなかったよ」
 「・・・そうか。でも奥方がいるな。お子様も」

 悔しそうなミランダに比べて、サルトンは冷静であった。
 この場面では、やはり冷静でなくては判断を間違える。年の功である。

 「・・・はい。託されました」
 「そうか。おい、サブロウ。影で見張ってくれるか」
 「サルトン。見張るってなんぞ?」
 「敵とアルマート殿の戦いの行方だ」
 「了解ぞ。偵察に切り替えて、張り付く」
 「助かる。俺たちはラメンテまで逃げるぞ。敵にバレないように逃げよう。上手い具合にな。山に一旦入ろう」

 ミランダたちはこのまま北上して、ガイナル山脈を利用して、里まで逃げていったのであった。

 帝国歴502年2月の上旬から始まったノーシッドの戦いは、2月15日に終わる。
 リルローズの軍が押し寄せるように総攻撃をかけた。
 完全に先手を取るはずだったのがリルローズ軍だったのに、これに対してまさかの、逆の奇襲攻撃を仕掛けたのが、決死隊となったアルマートだった。
 敵の本陣を貫く勢いでの突進。
 実際に敵本陣レクト将軍の手前まで部隊が侵入。
 あと一歩という所で彼は力尽きた。
 だが、タダではやられていない。
 アルマートの命を賭した一撃が、レクトに届いていたのだ。
 矢による攻撃で彼の左目をもらっていったのである。

 アルマート・ノルディーは、この戦いで戦死した。
 短い貴族の時代であったためと、この都市が無くなったことで、帝国で名が通っていない。
 でも彼の魂は気高く、国を誇りに思っている良き漢であった。
 しかし彼が亡くなっても、彼の思いは受け継がれている。
 ミランダと・・・もう一人に・・・。
 
 
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