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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語
第308話 これからはあなたの為に歌を歌う
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帝国歴501年1月9日
この日、顔の前に手を置いても、彼女の息を感じなくなっていた。
シルクの呼吸がかなり弱くなっていた。
彼女が目を覚まさない要因に刺された事よりもナイフに薄く毒が塗っていたことが判明した。
それが、ヒザルスの好判断により、大量出血させないようにナイフを抜かなかったことで逆に全身に毒が回ってしまったという形だ。
すぐ死ぬか。のち死ぬかの違いが生まれただけ。
でも、そのおかげで、ミランダが彼女と会えたし、ウォーカー隊たちも会えた上に、最後に。
「シルク!」
ユースウッドが会えたのである。
本格的な内乱時代に、ウインド騎士団は、去年から戦いに明け暮れていた。
今も戦争の途中であるのだが、緊急の連絡を受けた団長と副団長が許可を出したのである。
本当は彼らもこちらに来たかったが、戦争中は仕方ない。
二人は、戦地から回復を祈っていた。
「・・・ミランダ。これは・・・どういうことだ」
「ユーさん。すまねえ。あたしがそばに居れば」
「それはない。俺だ。俺が騎士団にいたからだ・・・俺がそばに居れば」
「ユーさん。ユーさんは駄目だ。諦めんなよ」
ミランダは弱気になりそうなユースウッドを励ました。
「ん?」
「どんなことが起きても、絶対に諦めんなよ。騎士団にいろ。ヒストリアを支えろ。エステロを助けろ。あたしがダーレーを守る」
「・・・ミラ・・・お前・・・」
「あたしは覚悟が決まってる。あたしが守る! この家を絶対に守ってみせる。だから、あんたは国を守ってくれ。ヒストリアとエステロと共にだ。そうじゃなきゃいけないんだ」
「・・・わかった。お前の方が凄い覚悟だ。師匠失格だな」
「いいや。あんたはあたしの最高の師匠だ。間違いないぜ。ユーさん」
「そうか・・・お前は俺にとっても自慢の弟子だぞ。全てを託すぞ。ミランダ」
「ああ。全部まかせとけ」
ミランダはダーレーの全てを背負う覚悟であった。
それは師の三人の負担を軽くする。
彼らはこの帝国で、戦いの日々を過ごさないといけない。
だからその支援として、家の事は任せてほしい。
それがシルクがやる事だったからだ。
それを娘である自分がしてみせる。シルクの娘は一人しかいないからだ。
こうして、ミランダ・ウォーカーは帝国歴501年に真の意味でダーレーの子となった。
そして、その二日後。シルクは息を引き取った。
ダーレー家で働く者たち。
ウォーカー隊。それとこの日までここにいるとしたユースウッド。
それぞれが彼女を見守った形だった。
そして、彼女の死は世間には伏せられた。
それは家が小さいからでもある。
今の貴族らに、目をつけられたら、すぐにでも領土に攻め込まれる恐れがあるからだった。
だから彼女の死は伏せられ、来るべき時に公表する形を取った。
なので皆が口裏を合わせて、死を隠そうと準備をしようとしていた。
その時、彼女が来た。
「おりゃあ! ジーク。シルヴィア。オレが来たぜ。守ってやるからよ。顔を見せな」
「誰だ? あんたは」
「なんだ。オレンジの・・・そうか、お前がミランダだな」
「あんたは、誰だ?」
ミランダは彼女を見るのが初めてだった。
「オレは、ジュリアンだ。ジュリアン・ビクトニーだ」
「ビクトニーだと!?」
「そうだ。ジュリでいいぞ。オレンジの」
「まあ、あたしはミラでいいよ」
「そうか。それで、ジークとシルヴィアは?」
「もちろん、いるよ。あんた、何する気なんだ?」
「オレが預かろう。ダーレーはこれから苦労するだろうからな」
「つうか。なんで預かる気なんだよ。関係ないだろ」
「そりゃあ。もちろん」
ジュリアンが顔を近づけて、小声になる。
「シルク。死んじまったんだろ。あいつ。良い奴だったのによ」
「ん!? 何故あんたが知ってんだよ」
「オレは・・あ。やべ。ま、いいか。これ内緒な。お前は口堅いって、親父が言っていたからな。これ内緒」
「親父?」
「皇帝だ」
「エイナルフのおっさんのことか」
「お前。親父の事。そんな風に呼んでいるのかよ」
ジュリアンは、びっくりして顔を離す。
「ああ。許可もらった」
「うお。親父の許可かよ・・・マジか」
「ああ。マジだ」
「クククク。おもしれえ。オレは面白い奴が好きだぜ。そうか。オレさ。実は鍛冶師じゃないんだ。仕事は諜報部なんだ」
「あんたが!?」
「ああ。それで、情報は手に入っている。それで、あんたはたぶん分析していると思うからよ。そうだな、奴を消す気だな」
「・・・」
「ふん。良い顔だ。リルローズを殺る気だな」
「・・・必ずな」
ミランダの悔しさはそこに集約されている。
「だから、オレが二人の面倒を見よう。お前も外に行きたいんじゃないか」
「・・・いや、任せられない。あたしは二人を守りながら、外で奴をぶっ潰す。ジュリアンさん。ここは下がってくれ。あたしに二人を任せてくれないか。あたしの背中を二人に見せるんだ。そうすれば、もしかしたら、あたしの中にいるシルクさんを見てくれるかもしれねえ」
「お、お前・・・・」
ミランダの決意に心を打たれたジュリアンは、深く頷いた。
「いいぜ。益々気に入った。オレは、お前に協力しよう。親父以外で協力するのはお前だけだぜ。んじゃ、何かあったらオレを頼れ。親父への連絡もしよう。オレの会社に0240で暗号の手紙を出してくれれば、オレに連絡が届くようになっている。数字での暗号をしているんだ」
「わかりました。ジュリアンさん。あたしを信じてくれてありがとう」
「おう。いつでも、オレを頼れよ」
「はい!」
ジュリアンが暴れるかと思われたが、彼女は納得して引き下がっていった。
ミランダの決意ある表情に惚れたのだ。
ここから二人は協力関係になる。
◇
帝国歴501年5月3日。
内乱の時代であっても貴族や有力な豪族の子供には学校がある。
権威や、名声。
これらに影響があるのが学校。
サボりのイメージが着くと、家の格式にも影響があるとされていた。
だから、帝都にいる子供たちは、必ず学校に通っている。
それはジークにも適用されることだった。
教室にいたジークは帰ろうとしていた。
「帰ってシルヴィの顔でも見よ」
ミランダたちの教育の成功なのか。
ジークはこの時から妹大事人間であった。
教室を出て、廊下を歩き、ジークは学校を出ようとしていた所。
複数の子供が、ある一人の真っ赤な髪の少女を怒っていた。
「あんた、気持ち悪い声なの。合わせなさいよ」
「そうよそうよ」
「一人だけ目立とうとか思ってんじゃないのか」
「・・・・・」
話をよく聞くと、合唱の練習をしていた所だった。
クラス二十名での合唱コンクールがあったのをジークは思い出した。
彼は参加しないので、記憶の片隅にあったことだった。
「もう一回やろうぜ」
「わかったわ」
音楽が流れて、歌が始まる。
ジークもさっきの会話が気になったので、一人でそのクラスの脇の廊下で歌を聞いていた。
『♪♪♪♪♪♪♪』
音楽は良くても、子供たちの歌がバラバラである。
息が合わない歌声の中で、たった一つの美しい声が聞こえた。
それがイジメられていた少女の声であった。
「やめやめ。こいつが合わせねえじゃん」
「そうよ。汚い声でね」
「・・・・」
大人しい少女が黙って反論もせずにいる。
あれだけの叱責を受けても、歌を歌う事自体を辞めない赤毛の女性。
彼女も意志の強い女性なんだなとジークは思った。
何度もこういう風に叱責を受けているはずなのに諦めない姿勢に感動していた。
彼らの攻撃が激しくなりそうだったので、ジークは前に出た。
「君たち、お門違いな叱責はやめたら? その子が可哀そうだよ」
ジークは赤い髪の少女にお辞儀をしてから言った。
「なんだお前」
「・・こいつ、銀色・・・」
「ダーレーだぞ。こいつ」
子供たちの間でも噂になっている銀髪の少年ジーク
弱小王家であることは貴族間の子供でも知っている事。
だから学校に通っているジークは誰にも相手にされずにいたのだ。
彼が学校で会話できるのは、先生らとサティとアンだけである。
同学年のサティはジークと仲が良く。
三年上のアンは面倒をよく見てくれている。
なんて思っているのは、彼女だけで。
実際はジークとサティが、アンの面倒を見ている。
彼女は一人ではまともに学校に通えない。
「合唱さ・・・君たちの声がバラバラなだけだよ。この子は綺麗に歌えている。それに、主旋律として、一番軸になっているよ。美しいくらいだ。あとさ、君たちが音を合わせなよ。この子を責めるってことは自分が無能であるという証拠だよ」
「なんだと。貴様」
「俺たちよりも年下の癖に」
ジークが入っていった教室は二年上の教室だった。
体格がジークよりも上である。
「下も何も・・・その子が可哀そうだって言いたいんだよ。無能に馬鹿にされる子なんて、可哀想だろ」
「て、てめえ。このガキ」
少年が逆上して、ジークに殴りかかる。
拳を握りしめてジークの顔面を狙った。
だが、その動きが遅い。
7歳でも稽古をしているジーク。その師匠は、ザイオンやサブロウ。
パワー型とスピード型の頂点のような二人から指導を受けている彼は、少年の動きなど蚊が止まっているように見えている。
「ほい・・・ほい・・・ほい」
ジークは弱い者いじめは悪いと思って、相手の攻撃だけを躱して、自分から攻撃を仕掛けないでいた。
「なんだ。あたらねえ」
「捕まえろ。こいつを」
ジークを羽交い絞めしてしまえば、あとは殴り放題。
子供たちの浅はかな考えを是正するのはジーク自身である。
「やめておけって、君たちじゃ俺には敵わない」
「う、うるさい」
「なんだこのガキ」
全ての攻撃を躱して、ジークはこのクラスの生徒らに話しかけていく。
「君。君は声量が足りない。君は音が高すぎる。そして、君はもう少し高い声にしないと音程がズレているよ。いいかい。彼女の声が浮いているいんじゃなくてね。君たちがバランスが取れていないだけだ。それと、俺を攻撃してきた三人が外れてくれ。これで歌ってみてくれ。そして、君たち三人は聞いてみな。このクラスの合唱は正しくなる」
ジークの言うとおりに歌い始めると、このクラスの合唱が綺麗になって来た。
「ほらほら。いいよ。君。音量上げた方がいいよ。足りない。もうちょっと」
「在りし日の・・・夕暮れ・・・」
ジークに指摘された少年の声が大きくなった。
「いいよ。ほら、バランスが良くなると、彼女の声に引っ張られて、よくなるじゃん。だからこいつらが好き勝手に歌うから失敗してんだよ。人のせいにしているから歌が上手くいかないのさ」
襲い掛かって来た少年らが歌の邪魔をしていた。
でも合唱はクラスで歌うことが大切。
だからジークは。
「ほら。君たちも歌ってみな。ただし、君は、そっち。君は真ん中で、君は左端ね」
三人をバラバラにして音程を合わせる作業をした。
「いいぞ。これで完成だ」
歌が終わると、このクラスの子供たちが満足そうに笑う。
「凄い。綺麗になった」
「私たち出来るんじゃん」
「ああ。俺たちも歌えるんだな」
「それに、こいつ。歌綺麗だな」
「そうね。歌えるようになると分かるわね」
と互いに褒めているので、これで安心だとジークは教室を後にした。
一人で帰ろうとしたら引き留められる。
綺麗な声がジークを呼んだ。
「あの」
「ん?」
「あなた様のおかげで、私が褒められました」
「ああ。それは君の歌声が綺麗なだけだよ。素敵な声だからね」
「あ、ありがとうございました。あの、あなた様のお名前は?」
「俺? 俺はジークだよ。君は?」
「わ、私は、ナシュアです」
「そうか。それじゃあ、ナシュア。歌、頑張ってね」
これが赤い旋律のナシュアとの出会いである。
ジークを尊敬し、ジークの為だけに生きる彼女の人生の始まりともいえる出会いである。
この日、顔の前に手を置いても、彼女の息を感じなくなっていた。
シルクの呼吸がかなり弱くなっていた。
彼女が目を覚まさない要因に刺された事よりもナイフに薄く毒が塗っていたことが判明した。
それが、ヒザルスの好判断により、大量出血させないようにナイフを抜かなかったことで逆に全身に毒が回ってしまったという形だ。
すぐ死ぬか。のち死ぬかの違いが生まれただけ。
でも、そのおかげで、ミランダが彼女と会えたし、ウォーカー隊たちも会えた上に、最後に。
「シルク!」
ユースウッドが会えたのである。
本格的な内乱時代に、ウインド騎士団は、去年から戦いに明け暮れていた。
今も戦争の途中であるのだが、緊急の連絡を受けた団長と副団長が許可を出したのである。
本当は彼らもこちらに来たかったが、戦争中は仕方ない。
二人は、戦地から回復を祈っていた。
「・・・ミランダ。これは・・・どういうことだ」
「ユーさん。すまねえ。あたしがそばに居れば」
「それはない。俺だ。俺が騎士団にいたからだ・・・俺がそばに居れば」
「ユーさん。ユーさんは駄目だ。諦めんなよ」
ミランダは弱気になりそうなユースウッドを励ました。
「ん?」
「どんなことが起きても、絶対に諦めんなよ。騎士団にいろ。ヒストリアを支えろ。エステロを助けろ。あたしがダーレーを守る」
「・・・ミラ・・・お前・・・」
「あたしは覚悟が決まってる。あたしが守る! この家を絶対に守ってみせる。だから、あんたは国を守ってくれ。ヒストリアとエステロと共にだ。そうじゃなきゃいけないんだ」
「・・・わかった。お前の方が凄い覚悟だ。師匠失格だな」
「いいや。あんたはあたしの最高の師匠だ。間違いないぜ。ユーさん」
「そうか・・・お前は俺にとっても自慢の弟子だぞ。全てを託すぞ。ミランダ」
「ああ。全部まかせとけ」
ミランダはダーレーの全てを背負う覚悟であった。
それは師の三人の負担を軽くする。
彼らはこの帝国で、戦いの日々を過ごさないといけない。
だからその支援として、家の事は任せてほしい。
それがシルクがやる事だったからだ。
それを娘である自分がしてみせる。シルクの娘は一人しかいないからだ。
こうして、ミランダ・ウォーカーは帝国歴501年に真の意味でダーレーの子となった。
そして、その二日後。シルクは息を引き取った。
ダーレー家で働く者たち。
ウォーカー隊。それとこの日までここにいるとしたユースウッド。
それぞれが彼女を見守った形だった。
そして、彼女の死は世間には伏せられた。
それは家が小さいからでもある。
今の貴族らに、目をつけられたら、すぐにでも領土に攻め込まれる恐れがあるからだった。
だから彼女の死は伏せられ、来るべき時に公表する形を取った。
なので皆が口裏を合わせて、死を隠そうと準備をしようとしていた。
その時、彼女が来た。
「おりゃあ! ジーク。シルヴィア。オレが来たぜ。守ってやるからよ。顔を見せな」
「誰だ? あんたは」
「なんだ。オレンジの・・・そうか、お前がミランダだな」
「あんたは、誰だ?」
ミランダは彼女を見るのが初めてだった。
「オレは、ジュリアンだ。ジュリアン・ビクトニーだ」
「ビクトニーだと!?」
「そうだ。ジュリでいいぞ。オレンジの」
「まあ、あたしはミラでいいよ」
「そうか。それで、ジークとシルヴィアは?」
「もちろん、いるよ。あんた、何する気なんだ?」
「オレが預かろう。ダーレーはこれから苦労するだろうからな」
「つうか。なんで預かる気なんだよ。関係ないだろ」
「そりゃあ。もちろん」
ジュリアンが顔を近づけて、小声になる。
「シルク。死んじまったんだろ。あいつ。良い奴だったのによ」
「ん!? 何故あんたが知ってんだよ」
「オレは・・あ。やべ。ま、いいか。これ内緒な。お前は口堅いって、親父が言っていたからな。これ内緒」
「親父?」
「皇帝だ」
「エイナルフのおっさんのことか」
「お前。親父の事。そんな風に呼んでいるのかよ」
ジュリアンは、びっくりして顔を離す。
「ああ。許可もらった」
「うお。親父の許可かよ・・・マジか」
「ああ。マジだ」
「クククク。おもしれえ。オレは面白い奴が好きだぜ。そうか。オレさ。実は鍛冶師じゃないんだ。仕事は諜報部なんだ」
「あんたが!?」
「ああ。それで、情報は手に入っている。それで、あんたはたぶん分析していると思うからよ。そうだな、奴を消す気だな」
「・・・」
「ふん。良い顔だ。リルローズを殺る気だな」
「・・・必ずな」
ミランダの悔しさはそこに集約されている。
「だから、オレが二人の面倒を見よう。お前も外に行きたいんじゃないか」
「・・・いや、任せられない。あたしは二人を守りながら、外で奴をぶっ潰す。ジュリアンさん。ここは下がってくれ。あたしに二人を任せてくれないか。あたしの背中を二人に見せるんだ。そうすれば、もしかしたら、あたしの中にいるシルクさんを見てくれるかもしれねえ」
「お、お前・・・・」
ミランダの決意に心を打たれたジュリアンは、深く頷いた。
「いいぜ。益々気に入った。オレは、お前に協力しよう。親父以外で協力するのはお前だけだぜ。んじゃ、何かあったらオレを頼れ。親父への連絡もしよう。オレの会社に0240で暗号の手紙を出してくれれば、オレに連絡が届くようになっている。数字での暗号をしているんだ」
「わかりました。ジュリアンさん。あたしを信じてくれてありがとう」
「おう。いつでも、オレを頼れよ」
「はい!」
ジュリアンが暴れるかと思われたが、彼女は納得して引き下がっていった。
ミランダの決意ある表情に惚れたのだ。
ここから二人は協力関係になる。
◇
帝国歴501年5月3日。
内乱の時代であっても貴族や有力な豪族の子供には学校がある。
権威や、名声。
これらに影響があるのが学校。
サボりのイメージが着くと、家の格式にも影響があるとされていた。
だから、帝都にいる子供たちは、必ず学校に通っている。
それはジークにも適用されることだった。
教室にいたジークは帰ろうとしていた。
「帰ってシルヴィの顔でも見よ」
ミランダたちの教育の成功なのか。
ジークはこの時から妹大事人間であった。
教室を出て、廊下を歩き、ジークは学校を出ようとしていた所。
複数の子供が、ある一人の真っ赤な髪の少女を怒っていた。
「あんた、気持ち悪い声なの。合わせなさいよ」
「そうよそうよ」
「一人だけ目立とうとか思ってんじゃないのか」
「・・・・・」
話をよく聞くと、合唱の練習をしていた所だった。
クラス二十名での合唱コンクールがあったのをジークは思い出した。
彼は参加しないので、記憶の片隅にあったことだった。
「もう一回やろうぜ」
「わかったわ」
音楽が流れて、歌が始まる。
ジークもさっきの会話が気になったので、一人でそのクラスの脇の廊下で歌を聞いていた。
『♪♪♪♪♪♪♪』
音楽は良くても、子供たちの歌がバラバラである。
息が合わない歌声の中で、たった一つの美しい声が聞こえた。
それがイジメられていた少女の声であった。
「やめやめ。こいつが合わせねえじゃん」
「そうよ。汚い声でね」
「・・・・」
大人しい少女が黙って反論もせずにいる。
あれだけの叱責を受けても、歌を歌う事自体を辞めない赤毛の女性。
彼女も意志の強い女性なんだなとジークは思った。
何度もこういう風に叱責を受けているはずなのに諦めない姿勢に感動していた。
彼らの攻撃が激しくなりそうだったので、ジークは前に出た。
「君たち、お門違いな叱責はやめたら? その子が可哀そうだよ」
ジークは赤い髪の少女にお辞儀をしてから言った。
「なんだお前」
「・・こいつ、銀色・・・」
「ダーレーだぞ。こいつ」
子供たちの間でも噂になっている銀髪の少年ジーク
弱小王家であることは貴族間の子供でも知っている事。
だから学校に通っているジークは誰にも相手にされずにいたのだ。
彼が学校で会話できるのは、先生らとサティとアンだけである。
同学年のサティはジークと仲が良く。
三年上のアンは面倒をよく見てくれている。
なんて思っているのは、彼女だけで。
実際はジークとサティが、アンの面倒を見ている。
彼女は一人ではまともに学校に通えない。
「合唱さ・・・君たちの声がバラバラなだけだよ。この子は綺麗に歌えている。それに、主旋律として、一番軸になっているよ。美しいくらいだ。あとさ、君たちが音を合わせなよ。この子を責めるってことは自分が無能であるという証拠だよ」
「なんだと。貴様」
「俺たちよりも年下の癖に」
ジークが入っていった教室は二年上の教室だった。
体格がジークよりも上である。
「下も何も・・・その子が可哀そうだって言いたいんだよ。無能に馬鹿にされる子なんて、可哀想だろ」
「て、てめえ。このガキ」
少年が逆上して、ジークに殴りかかる。
拳を握りしめてジークの顔面を狙った。
だが、その動きが遅い。
7歳でも稽古をしているジーク。その師匠は、ザイオンやサブロウ。
パワー型とスピード型の頂点のような二人から指導を受けている彼は、少年の動きなど蚊が止まっているように見えている。
「ほい・・・ほい・・・ほい」
ジークは弱い者いじめは悪いと思って、相手の攻撃だけを躱して、自分から攻撃を仕掛けないでいた。
「なんだ。あたらねえ」
「捕まえろ。こいつを」
ジークを羽交い絞めしてしまえば、あとは殴り放題。
子供たちの浅はかな考えを是正するのはジーク自身である。
「やめておけって、君たちじゃ俺には敵わない」
「う、うるさい」
「なんだこのガキ」
全ての攻撃を躱して、ジークはこのクラスの生徒らに話しかけていく。
「君。君は声量が足りない。君は音が高すぎる。そして、君はもう少し高い声にしないと音程がズレているよ。いいかい。彼女の声が浮いているいんじゃなくてね。君たちがバランスが取れていないだけだ。それと、俺を攻撃してきた三人が外れてくれ。これで歌ってみてくれ。そして、君たち三人は聞いてみな。このクラスの合唱は正しくなる」
ジークの言うとおりに歌い始めると、このクラスの合唱が綺麗になって来た。
「ほらほら。いいよ。君。音量上げた方がいいよ。足りない。もうちょっと」
「在りし日の・・・夕暮れ・・・」
ジークに指摘された少年の声が大きくなった。
「いいよ。ほら、バランスが良くなると、彼女の声に引っ張られて、よくなるじゃん。だからこいつらが好き勝手に歌うから失敗してんだよ。人のせいにしているから歌が上手くいかないのさ」
襲い掛かって来た少年らが歌の邪魔をしていた。
でも合唱はクラスで歌うことが大切。
だからジークは。
「ほら。君たちも歌ってみな。ただし、君は、そっち。君は真ん中で、君は左端ね」
三人をバラバラにして音程を合わせる作業をした。
「いいぞ。これで完成だ」
歌が終わると、このクラスの子供たちが満足そうに笑う。
「凄い。綺麗になった」
「私たち出来るんじゃん」
「ああ。俺たちも歌えるんだな」
「それに、こいつ。歌綺麗だな」
「そうね。歌えるようになると分かるわね」
と互いに褒めているので、これで安心だとジークは教室を後にした。
一人で帰ろうとしたら引き留められる。
綺麗な声がジークを呼んだ。
「あの」
「ん?」
「あなた様のおかげで、私が褒められました」
「ああ。それは君の歌声が綺麗なだけだよ。素敵な声だからね」
「あ、ありがとうございました。あの、あなた様のお名前は?」
「俺? 俺はジークだよ。君は?」
「わ、私は、ナシュアです」
「そうか。それじゃあ、ナシュア。歌、頑張ってね」
これが赤い旋律のナシュアとの出会いである。
ジークを尊敬し、ジークの為だけに生きる彼女の人生の始まりともいえる出会いである。
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