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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第299話 想定外からの立て直し

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 三日後。

 「ミランダさん。なぜですか」

 アルマートは問いただした。

 「ん? いや、それはもちろん。勝つためです」 
 「しかし。ありえませんぞ。ニバルジェに宣戦布告など。ハルナンではなかったのですか」
 「ええ、ハルナンではありません。ニバルジェを直接叩きます」
 「なぜ?」

 アルマートは当然の疑問を聞いた。
 ミランダは昨日。
 ニバルジェに宣言戦争を申し出た。
 相手に戦争の提示だけをしたのだ。
 条件は後だとしている。だから、今は相手の返事待ち状態である。

 「それはですね。こちらへどうぞ」

 ミランダは現在ノルディー家の一角に住まわせてもらっていた。
 その自室のテーブルにアルマートを呼ぶ。

 「どういうことですか」
 「こういうことです。こちらが、こうなります」

 ミランダは図形を書き始めた。

 「ノルディー家が、ハルナン家に宣言戦争を行っても、ただ無駄に兵を疲弊させるだけです。それと今のハルナンから奪えるものがありません。奴らは今。金がありません。盗まれているうえに、先の戦争の為に傭兵を雇うのに家財を売り払っています」
 「・・・たしかにそうですね。お金はありませんね」
 「そうでしょう。そうだとしたら勝っても、こちらにメリットがない。そこで、ここはあえて無視をして、ニバルジェに挑戦状を叩き込みます。こうなると、ニバルジェの行動はどうなるでしょうか」
 「それはもちろん・・・豪族が何を言っていると、戦争を受け入れるかと」
 「はい。そうです。そして、ニバルジェは、ハルナンに要請します。兵を出せとね。ハルナンが立場上では、下ですからね」
 「・・・なるほど。結局はハルナンも参加することになると」
 「そうです。だったらそこで二つとも潰します」
 「で、出来るのでしょうか。兵数が・・・・正規軍だけでも、向こうが六千程になるのでは?」
 「なりますね。でもこちらも三千は確保できます。ここが二千五百で我々が五百です」
 「でも倍ですぞ。勝てないのでは・・・」
 「大丈夫。条件をこちらの条件で飲ませますので、勝ちます」
 「・・そんなことが出来るのでしょうか」
 「あれ、信じて頂けないと?」
 「いえ。あなたがお弟子さんなのは確認取れましたので。そこは信じてますが、さすがに不安が・・・」

 やはりやり手であるのなと思ったミランダは、アルマートの情報網の素晴らしさを知った。
 
 「いいですか。アルマートさん。これはただ相手に勝つだけでは、あなたの勝利とはなりません。向こうの壊滅が必須です。そしてそれには傭兵をこちらに持ってくることが重要。そこで、私が直接調停員の所に行きます。戦争が確約された時に私が傭兵を説得するのですよ。お金はありますよね? 蓄えているはずだ。あなたはね」
 「あります。ですが、その差を埋めるほどの傭兵を雇うお金はさすがに・・・」
 「大丈夫。私が欲しい傭兵数は、千でいいです」
 「千!?」
 「はい。それで十分。あっちがどれくらい用意するのか知りませんが、私は千で十分であります」

 数が合わないとアルマートは頭を悩ませるが、実際には三千の兵を養うほどのお金はないので、千であれば助かる面がある。
 
 「おまかせください。全てはこのミランダの計略に任せて頂けるとね。嬉しいですね」 
 「わ、わかりました」

 ミランダの不敵な笑いを信じるしかなかったアルマートだった。

 ◇

 「待ってくれ、あんたはこっちだ」
 
 ザンカは指示を通す練習をしていた。
 模擬戦闘訓練。
 ウォーカー隊と、ノルディー軍の合同軍事演習である。
 ザンカはウォーカー隊ではなく、ノルディー軍の指導をしていた。

 「そっちは盾で。守って反撃が一番いい展開だ。いいぞ。間違いない」
 「はい」
 
 ザンカの指揮能力は高く、新たな指令系統をこの軍で生み出そうとしていた。

 「おいおい。止まんなよ。右が反転しろ」

 ウォーカー隊の指揮を取っているのがエリナだった。
 指揮を学習し始めた彼女は呑み込みが早くて、相手の急所を的確に突く。

 「エリナ・・・教えたのはついこの間なのにな。なかなかやる」
 
 ザンカも彼女の力を認めていた。
 ウォーカー隊の幹部らは能力が明らかに高い。
 元々規律性の高いノルディー軍はこの二人の強さを肌で感じていて、素直に言う事を聞いているのも、彼らの力を理解していたからだ。

 「俺は暇だな」
 「ザイオンの兄貴」

 ザイオンとマールの二人は修練所の隅で訓練を見ていた。

 「なんだマール」
 「兄貴ならどこを攻めるんですぜ」
 「俺ならか・・・正面だな!」
 「ほら、兄貴。そこが駄目ですぜ。よく見てから考えないといけないですぜ」 
 「なに!?」
 「兄貴ぃ。兄貴は戦闘の時の感覚が鋭いのに、部隊になったら何も考えないのはもったいないですぜ。考える。または感覚を研ぎ澄まして敵の弱点を突いた方が良いですぜ」
 「・・・なるほどな・・・わかった。マールの言う通りだ。勉強してみよう」

 素直なザイオンはここからよく見るようになった。
 敵味方の挙動を知り、戦場の動きを観察することで、彼は成長していったのである。

 ◇

 ミランダは、ニバルジェのお屋敷に使者として向かった。
 相手の大きなお屋敷の大きな玄関でノックする。

 「さてと。誰が出て来るか」
 「貴殿がミランダか。なるほど。先方の言葉通り子供であると」

 白が基調の戦闘服を着た男性が目の前に現れた。
 騎士。
 そのような風格を持っていた。
 ミランダは想像以上に格のある男が来たと気を引き締めた。

 「はい。宣言戦争。引き受けてくださってありがとうございます」
 「条件を詰めましょう。こちらにどうぞ」
 「はい」

 舐めてくれたら助かった。
 だが、相手の態度が、何をしても礼儀正しいので、こちらを馬鹿にするような素振りが一つも無かったのだ。

 「あなたのお名前は?」
 「私はオラクル・ベルトです。貴殿がミランダ・ウォーカーさんですね」
 「はい。そうです。よろしくお願いします」
 「ええ。こちらこそ」

 隙がない。
 ミランダの相手に抱いた第一印象だった。

 「では、条件はなんですか」
 「こちらの条件はですね。ニバルジェの貴族の称号をもらいたい。いいでしょうか」
 「私どものニバルジェの称号を手にするという事ですね。ノーシッドの権利ですね」
 「はい」
 「それだけですか?」
 「いいえ。ニバルジェは、戦うとしたら、ハルナンを取り入れますか?」
 「・・・取り入れるとは?」
 「ハルナンを味方につけますかってことです?」
 「ああ。そういうことですか。まあ、あなた方が立ち向かってくるというのなら、当然現在の貴族の権利を使用しますよ。豪族として彼らにはこちらの味方になってもらいます」
 「そうですか。では、勝った場合。そちらのハルナンも豪族の称号を消してもらいたい」
 「・・・それは貴族になってからそちらがおやりになったらどうですか。勝てば何でも出来ますよ」
 
 敵の切り返しが上手い。
 ミランダは侮れない相手であると認識した。

 「いいえ。貴族になって最初の仕事が、豪族の権利の取り消しでは、貴族としての権威に関わる問題になります。あまり人事を強引に行うのは結果として・・・」
 「そうですね。結果としてよろしくない。ならば前貴族が責任を負って、消えろですね」
 「そういうことになります」

 理解力がある敵。これは強敵に決まっている。
 ミランダは想定外の敵に出くわした気分になっていた。

 「ではこちらからの条件を良ろしいでしょうか」
 「いいでしょう」
 「それでは、そちらが敗北した時は、奴隷になりなさい」
 「なに!??」
 「一生搾取される豪族となるのです。金も兵も、そして人もですね。結婚したばかりの彼ですからね。産まれてくる子も献上しなさいとアルマートに伝えてほしいですね」
 「・・それは・・・随分と過激な」
 「はい。それくらい。賭けなければね。貴族と豪族では立場が違います。こちらが潰れるのであれば、歯向かった分の代償が無くてはね」
 「・・・わかりました。いいでしょう。その条件で戦います」

 ミランダは一任されているので、ここで即決した。
 強い言葉で相手を支配しようとしたオラクルは、一瞬だけ目を横に振るわせた。
 ミランダの答えが想定外であったことの証だった。

 「では期日は? そちらの都合でいいです。こちらが申し出ているのでね」

 ミランダが堂々と言い放つと。

 「そうですね。二週間下さい」
 「わかりました。二週間後で」
 「ええ。場所は?」
 「北の林でお願いします。こちらに詳細があります」

 紙を渡すと、彼は読みながらミランダに答えた。

 「了解しました。ノーシッド林ですね。では、二週間後に」
 「はい。よろしくお願いします」

 少女の小さな手と大人の手が重なる。
 交渉する相手が少女になるとは思わなかっただろうニバルジェの家も、さすがにここまでの綿密な交渉をすれば、何も文句のない相手であると、認識せざるを得なかった。

 ◇

 ミランダの帰宅途中。
 
 「あれは、やべえな。気を引き締めないとな。間違いなく強い。集団がどれほど強いのかは知らないけど、個人で言えばかなり強い。あたしよりもちょい上だな。つうことは、ユーさんたちクラスに近いか。間違いなくな」

 ミランダの評価基準は高い。
 その彼女が出した答えが、自分以上ユースウッドクラス、ヒストリア未満だった。 
 さすがにヒストリアよりは強くないと判定したミランダだった。

 「二週間。絶妙な期間だぜ。あっちの兵士の融合時間って事だろ。考えがある将だ。頭も悪くはないだろうな。こっちも準備をしっかりやらないと負けるな。がっつり傭兵を雇うしかないか」

 ミランダはここで珍しく判断ミスをした。
 この後すぐに傭兵の調停員の所に行くべきであった所、相手の分析の方に力を注いでしまい、ノルディー家に戻ったのが失敗だった。

 彼女が翌日、調停員の所で傭兵を雇おうとしたところ、傭兵のほとんどがすでにニバルジェ家に行くことを決めていた。
 アルマートが即行動を起こしていて、傭兵が根こそぎあちらに狩られていたのだ。
 その数、二千である。
 数を揃えられなくなったミランダは苦境に立たされてしまった。

 ノルディー家のお屋敷にて。
 訓練中のウォーカー隊と兵士たちの前で苛立ちが溢れる。

 「クソ。あたしがミスったか。いや、違うな。相手の考えがいいんだ。敵を褒める事から考えろ。それがエステロの考えだったな……たしかな」

 エステロの教えは、相手を尊敬することから始めて、良き点からどんどん加点していくと、最後には、減点されるべき点が、相手の考えの弱点として浮かび上がってくる。
 最初から弱点を突こうとすると、弱点を見抜けない恐れがあるから、こういう考えに至ったらしい。
 ミランダの思考としては真逆の考えだが、エステロの良き点を理解するやり方は、相手が強者であればかなり参考になる考えだった。
 
 「奴は間違いない。強敵だ。だから良い点を挙げていこう・・・そんで悪い点・・・又は弱点となりうる行動のいずれかだ。色んな考えを叩きだしていって・・・」
 「おいミラ」
 「そんで、敵に勝つ・・・絶対に・・・」
 「おいミラ!」
 「勝つんだ。ノルディー家が味方になってくれたら。いやせめて不干渉な貴族がいればな。ダーレーが助かるんだ」
 「お~い。ミラ!!」
 「んだよ。あたしの考えの邪魔をすんなよって。マールか」
 「ミラ。表に人が来てるぜ」
 「人?」 
 「あっしらの陣営に来たいってさ」
 「あたしらの方にか?」

 ミランダが屋敷の前に行くと人だかりができていた。

 「あんた、誰だ?」
 「俺はサルトン・スクリムだ。流しの傭兵だ」
 「ベテランだな」
 「ああ、二十年以上はこの道にいる」

 四十は超えている戦士だった。

 「頼む。俺たちをそこに入れてくれないか?」
 「私もだ」「俺も」

 サルトンに続いて、ノルディー家の軍に入れてほしいと叫ぶ。

 「あんたらもか?」
 
 皆が頷いた。サルトンが前に出る。

 「俺たちは、あの戦いの生き残りだ。それが、あんたの言うとおりだったんだよ。あいつの作戦は全く機能しなかった。俺たちに一番きつい仕事をさせておいて、全く無意味な作戦でさ・・・大分死んだんだ。あれは悔しかったし、あんたが凄いと思った。言いたい事を言えてさ。あそこで帰れてな」
 「あんたら、奴の被害者になっちまった人か。大変だったな。あいつ馬鹿だったもんな」

 サルトンの顔を見ずに上を見たミランダはあの時の指揮官の顔を思い出せずにいた。
 印象に残っていなかったらしい。

 「それでな。あの時の生き残りが七百いる。それと、俺たちの身内の仲間も誘ってこっちに来たんだ。千はいるんだよ。それで俺たちはハルナンの連中に一泡吹かせたい。あの時の仲間の為にも戦いたいんだ」
 「そういうことか。じゃあ、いいぜ。金は?」
 「いらねえ。これはプライドの問題だ。貴族や豪族なんかに負けたくねえ。俺たち傭兵でも戦えるんだろ。あんたとなら力を合わせてさ」

 サルトンの言葉の後に、皆が頷いていた。
 決意のある良い顔だった。

 「よし。じゃあ、一緒に訓練をしよう。あたしらはもう傭兵なんかじゃない。奴らを倒すための一つの軍となろうぜ。そうなれば、おそらく数が少なくても勝てる。いいかな?」
 「ああ。俺たちだって生きてんだ。貴族ばかりに良い思いはさせないぜ」
 「よし。頑張るしかねえな。ここが勝負だ。皆に戦術を授けるぞ! やるぞ」
 「「「おおおおおお」」」

 悩んでいたミランダは新しい考えが浮かび始めていた。
 軍としてのまとまりが出てきた事で取れる戦術がいくつかある。
 だからミランダはサブロウを呼んだ。

 ◇

 「サブロウ」
 「なんぞ?」
 「奇襲と、ある地点に、目印を作りたい。何かいい案がないか」
 「・・・奇襲・・・なんでぞ?」

 宣言戦争で奇襲は難しいんじゃないかとサブロウは首を傾げた。

 「お前らの影部隊ってさ。戦闘の方はどうなんだ? あたしと一緒に襲撃とか出来るか?」
 「ああ、出来るぞい。影の技はぞ。ただ隠れるだけじゃないぞ。技はもっと多彩なんぞ」
 「へ~、そうなのか?」
 「おうぞ。おいらたちは、暗殺術が扱えるぞ!」
 「ほう。でもそれ、戦争に役立つのか?」
 「任せろぞ、技はそちら側に合わせてもいいぞ」
 「よし。じゃあ、お前らあたしと一緒に動くか」
 「おうぞ!」

 ミランダは、地図を書き始めた。

 「北の林。この地点とこの地点。それと、ここら辺の三カ所に目印が欲しい。出来たら敵兵に気付かれない場所にさ。出来るかな」

 地図の中に点を描く。

 「なるほどぞ・・・ちょっと待てぞ。おいらの・・・これじゃないぞ・・・それでもないぞ・・これかぞ・・・違うぞ」

 ゴソゴソとバックを荒らしまくりサブロウにミランダが呆れ始める。

 「おい。何してんだよ」
 「ミラ。少し待て。このモードになるとサブロウに声が届かない」
 
 ちょうどここに来たシゲマサが答えた。

 「どういう事だシゲマサ?」
 「こいつ、物作りが趣味なんだ。そんで、お前がちょうど趣味に合う事を言ったからさ。趣味モードに入っちゃったのさ。こうなると話聞かねえぞ」
 「マジかよ。んじゃシゲマサ。もしここらに配置すると何がいい?」
 「んんん。そうだな」

 相談をしてもいつも真剣に悩んでくれるのがシゲマサである。
 同じ影となれるサブロウとは全く違う性格をしている。
 
 「色紐はどうだ」
 「色紐?」
 「これ、俺たちが修行の時に使う線だな。これを小さく切ればいいんじゃないか」
 「ほう。これがね」

 ミランダは、シゲマサからもらった青い紐を持った。

 「これを細かく切ってさ。木の上の方・・・枝とかに括りつければいいんじゃないか」
 「なるほどな。上は滅多に見ないものな」
 「そう。戦いの最中に木の幹は見えても、木の枝まではさすがに見ないと思うんだ。ミラ、どうだろうか」
 「いいな。シゲマサの案を採用しよう。よし、早速ここに配置しよう。手伝ってくれよ。シゲマサ」
 「いいぞ。暇だしやろうか」

 シゲマサは他にも仕事があったのだが、ミランダの為にこう言ってくれたのだ。
 サブロウやマサムネのような変わり者が絶大な信頼するくらいに、優しい男なのだ。

 そして二人が消えた後。

 「おい。ミラ。これはどうだ。サブロウ丸33号だぞ!・・・・あれ? いないぞ。どこいったぞ? おいミラ!!」

 サブロウ丸は1号から作られたわけではなかった。
 サブロウの好きな数字から作られているのである・・・。

 いつのまにかミランダがいなくなっており、悲しい声を出すサブロウは、この日それ以上話を聞いてもらえず、寂しい思いをしたのであった。

 
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