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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第298話 交渉人ミランダ

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 ミランダたちが去った後。
 宣言戦争はファールス軍の敗北となる。
 それは士気の低下が影響したと思われる。
 ミランダの指摘により、傭兵らの戦う意欲が爆下がりとなり、戦意が地の底まで低下した状態で戦闘をそのまま続けたらしいのだ。
 兵の気持ちを、鼓舞もせずにフォローもせずに戦うのは愚の骨頂である。
 しかもその時に、最初に軍団長が提案した作戦を取ったらしく、傭兵らが盾となり、正面を担当。
 そこから側面を突こうと正規軍が動いたが、相手のハルナン軍が対処したことで、挟撃などの有効的な攻撃を仕掛けられなかった。
 しかも戦意を失っている傭兵たちでは、ハルナン軍の攻撃をまともに受け止められない。
 彼らから戦場が崩れていき、戦列が崩壊していった。
 正規軍も続けて崩壊して、勝者はハルナン軍となり、ファールス家はお取り潰しとなった。
 結果。この都市の豪族は二つとなる。


 ◇
 
 ウォーカー隊がいる宿にて。

 「傭兵らの生き残りはいるか。マサムネ」
 「・・・どうだろうな。結構悲惨だったからな。生きててもさ。また傭兵をしたいかは分からんよな」
 「そうか。それはしょうがないよな。生きていても、またあいつらのような奴の為に戦いとか思わないだろうしな」
 
 ミランダは、あの時の兵士たちがこちらを頼りにするかもしれないとの期待があった。
 ある程度の軍力が欲しい。
 せめて、二千くらいの隊になれば、大きな戦争でも戦局を左右する軍隊になれる。
 ミランダの計算は先の先までいっていた。

 「よし。あとはノルディー家に行く」
 「は?」
 
 ザイオンが驚いた。

 「何する気だよ」
 「もちろん。会いに行くのよ。売り込みさ。しかも安くだ。ザンカとザイオンが来てくれ。あたしの護衛だ。エリナとマールはウォーカー隊の統率をしておいてくれ」
 「「「了解」」」

 ミランダは、今までの計略の中で、一番重要なことに臨むのである。
 

 ◇

 ノルディー家を訪問したミランダは、案外あっさりと中に通してくれたことに驚いた。

 ノルディー家当主アルマート・ノルディー。三十五歳。
 元は豪商の家系で、父の代から豪族となり、ニバルジェ家の家臣となる。
 商人ルートの知識を活かして、有能な内政面でこの都市を支えている。

 「これは可愛らしいお嬢さんで」
 「どうもです。アルマートさんですね」
 「そうですよ。お客様かな?」
 「いいえ。売り込みに来ましたので、商談です」
 「ほう。商売ですか」
 「はい。そのような形で結構です」
 「わかりました。応接室に通します」
 「ありがとうございます」

 ミランダが丁寧な対応したことに、ザイオンとザンカの二人は目を擦っていた。
 あまりにも綺麗な挨拶をするものだから、二人はこいつが偽物かもしれないと疑う程だった。

 応接室に通された後、雑談を挟み。本題へ。

 「さて、何の用でしょうか。ミランダ嬢」
 「ええ。アルマートさんは、何を目的に行動をしていますか」
 「・・・??」

 アルマートは首を傾げた。意味の分からない質問であると止まった。

 「おとぼけになられているようなので。単刀直入にお聞きします。あなたはニバルジェを倒そうとしていませんか」 
 「いいえ。そんなことしませんよ」
 
 面の皮が厚い。さすがは商人だとミランダは笑う。

 「いやいや。あなたのその動きは倒そうとする動きだ。兵士の補強。それに金銭面の拡充。ニバルジェへの上納金のごまかしがある。そうでしょう」
 「さて。そんなことはしませんよ。さすがにニバルジェ家の家臣ですからね」
 「そうですか。では、今回の件はどうお考えですか」 
 「ん? 何のことでしょう」

 なかなか腹の底を見せない男アルマート。
 ミランダは逆にこの男を信用した。

 「ハルナン家とファールス家の戦いです。あなたと同格の豪族の戦いです。ただ静観するだけでしたか? どちらかにご協力は?」
 「していませんね。争いがあまりにも醜いです。発端は、お金の盗みあいでしたよね。しかし、変な事件です。犯人が相手の服を着ていただけで、相手の家の者だと決めつける。おかしな話だ。誰も捕まえていないのにですね」

 この男は用心深いとミランダは思った。

 「その通りですよ。ええ、全くもってその通り。ということはですよ。あなたは、ハルナン家を攻めようとしていますね」
 「ん?」

 話の文脈にない質問に、答えを言えずにいた。
 アルマートにしては珍しく言葉が詰まる。

 「はい。あなたは先を見ていたということです。両者のどちらかに支援をしないのなら、弱った方と戦おうとする。だから仕掛けるタイミングはここ一週間でしょう。どうですか。腹を割ってくださると、こちらは策をご提示できます」
 「ん? 策ですと・・・いいえ。戦うなど」
 
 この言葉、甘い誘惑である。
 商人はすぐに飛びつくようなことはしない。

 「ええ、戦うなどしないと言えばここでは体裁が取れる。しかしですよ。その選択肢を取った場合。あなたは生涯豪族だ。あなたの代も次の代も貴族になることはない。足りない頭しか持っていないニバルジェの下に一生つくことになる。あなたが良き作戦を提示しても、奴に拒まれるでしょ? どうです?」
 「・・・・」
 「そうでしょう。あの貴族は屑だ。しっかりとした考えを持っていれば、あそこまでの失態は侵さない。この都市が危険となるはずもない。リックズを挑発し続ける意味がない。でも」
 「・・・でも?」

 アルマートは彼女の話に耳を傾け始めた。
 
 「あなたがここの貴族になれば、関係改善が出来るかもしれない。そうではありませんか? 新当主であれば、関係値をリセットできる。だから、下剋上に意味がある。大義名分がある。しかしだ。金銭と兵の双方に負担がかかる」
 「・・・そうですよ。だから下剋上など無理があります」
 「ええ。ですが、チャンスです。豪族として他を淘汰できるチャンスが生まれた。瀕死状態のハルナンに仕掛けて、豪族を自分の家一つだけにする。そうすれば、リックズの貴族の力を借りて下剋上を手伝ってもらおう。こんな考えが一つあると思います」

 ミランダが提案した瞬間。
 アルマートの態度は変わらなかったが、目が見開いた。
 このごくわずかな挙動を見逃さなかった。

 「・・・・」
 「ええ。わかっていますよ。あなた様は頭が良い。その場合、貴族の力を借りて貴族となると、どうなるか分かっていますよね。あなたの家は元は商人だ。だから、わかる。協力をもらって目的の者になったものは、自分の身に着かないとね。貴族の下の貴族になるだけ、傀儡になるだけだ」
 「・・・ええ、それはそうでしょうね」
 「ですから、私がご提案しましょう。貴族の力を借りずにニバルジェを倒す方法をね」
 「・・・あるのですか。そんな夢みたいな方法が?」
 「ええ。あります。しかし、これは信頼関係が無いといけません。私ども、ウォーカー隊をあなたの軍のトップ。もしくは軍師的ポジションにして頂ければ必ず勝たせてみせましょう。あなたがここノーシッドの貴族となるようにね」
 「・・・しかしあなた方はまだ子供・・・」
 「ええ。そう見えるでしょうね。しかし、私はただの子供ではありません。私の師は、三人います。ヒストリア。エステロ。ユースウッド。ご存じでしょうか?」
 「なに!? え!・・・ど、どういうことでしょう。あの三人のお弟子さん?」

 アルマートはとんでもなく大物の名を聞いてしまった。
 座っていたのに驚きで前のめりになった。

 「はい。確認を取ってもらってもいいです。ミランダ・ウォーカーはウインド騎士団の弟子であるとね」
 「・・・」
 「ウインド騎士団の弟子が私です。その私が作ったウォーカー隊があなたを勝利に導きます。貴族にしてみせますよ。信じてくれれば、勝てます」
 「・・・・・傭兵なのでしょう。あなた方はね」

 アルマートは目ぼしい傭兵を下調べしていた。

 「もちろん。調べがついていると?」
 「ええ。資料にあった少女ですからね。いくらですか。あなたなら、ここで金銭交渉もするはず」
 「さすがです。その通りです。傭兵でありますから、お金はもらいます。一人15でいいです」
 「15? 格安では?」
 「はい。でも私どもは、ファールスでは10で仕事を受けました」
 「10で?」
 「ええ。あそこは価値が無いと思ったので、ある条件の元で契約をしたのです。こちらです」

 ミランダは血判書を渡した。

 「これは、契約書!?」 
 「はい、この条件で私は受け持ちました。そして私はあの戦場でファールスに策を提示した所。すぐに却下されたために戦場から引き返したのです。奴らは案の定、私の指摘通りに敗北しました。負けが確定するような作戦を取ったからですよね。私には奴らの敗北が見えていたのですよ」

 アルマートは自信のあるミランダの表情を見ていた。

 「・・・なるほど、これだから15なのですか。この契約書に25と書いてますよ」
 「はい。そうです。あなたから15もらえば、私たちは25をもらったと同義です」
 「フフフ。面白い・・・いいでしょう。待遇を軍師にして、ウォーカー隊の待遇を正規軍にまで上げて、15で契約しましょう。これで私が勝てるのでしょう? どうですか。ミランダさん」  
 「ええ。勝たせてみせましょう。あなたが次のノーシッドの貴族だ」

 ミランダとアルマートは握手を交わす。

 小さな女の子の意見を聞いたアルマートのその決断は、どのような結末を迎えるのか。
 貴族と豪族。
 その帝国の立場関係の微妙さがある時代。
 下剋上が起きる時代とは、やはり戦乱の時代であると言えるのだ。
 ミランダが生きた時代とはそういう時代である。
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