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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第296話 悪童の駆け引き

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 その後。ファールスの家も金銭が盗まれたとの話が都市に伝わる。
 その際に盗んだ奴らの姿がハルナンの兵士らだった事が分かった。
 結果。
 ファールスはハルナンを敵対視、兵を集めるために傭兵を集結させようとした。
 盗まれた現金の代わりに自分の家にあった家財を売り払い費用を捻出。
 何も考えない傭兵たちの一部が、その良き給金に飛びついていたが、ザンカたちは飛びつかなかった。

 「はぁ。ミラに言われたが、これでいいんだろうな」
 「らしいぜ。あたいも聞いた。なんか吊り上げろって言ってたぞ」
 
 エリナは靴ひもを結びながら答えた。

 「吊り上げろ?」
 「そう、値段を吊り上げて、高い方の半分の額の前払いでもらえだってよ。調停員の所に行けってよ」
 「どういうことだ」
 「知らんよ。ミラの考える事はさ。意味わからんもん」
 
 困った顔をしたザンカの隣に、ザイオンが立った。

 「まあ、気にすんなザンカ。ミラの言うとおりにやっておけば何とかなるぜ」
 「楽観的だなザイオンは」
 「ガハハハ。俺はあいつと一緒に大変だって思ったことがないからな。なんでもできる感じがするんだ」
 「はぁ。大丈夫かその考え・・」
 「心配性なんだってザンカはさ」
 
 ザイオンが笑い続けているので、エリナが指摘した。

 「そりゃあな。あいつまだ子供だろう」
 「まあな。でもあたいらも子供だぜ。まだまだな。大人になりきれてはいないだろ」
 「それはそうだな」
 「だから一緒に大きくなっていこうぜ。みんなでやればなんとかなるって、な!」
 「そうだな。エリナの言う通りだな」

 ウォーカー隊はこうやって皆で支え合って大きくなったのだ。
 ミランダが素晴らしい隊長であったからだけではない。
 彼ら隊長らが共に成長してくれたから、ダーレーにウォーカー隊ありとまで言われたのである。
 

 ◇

 ミランダとサブロウはファールスの家の大きな木の上にいた。

 「んんん。トドメを仕掛けたいな」
 「トドメってなんぞ」
 「あいつらよ。ハルナンの兵士の服は見ただろ」
 「そうぞな」
 「んで、あいつらはハルナンの仕業だって思ってるだろ」
 「そうぞな」
 「んでもよ。あっちのハルナンはさ。金塊運ぶために姿をさらしてないからさ。このファールスのせいだとは思ってないよな。盗まれた場面を見てないんだよ」
 「そうぞな。たしかにな」
 「んで、もう一回だ! いいか、サブロウ。ここであたしとお前で、もう一度仕掛けるぞ」
 「・・・ミラ、まさかぞ」
 「そうよ。もっかい。あっちに行って、ハルナンの兵士の前で、どんとファールスの仕業にしてやる。こいつらって短絡的だからな。互いを疑うぜ。ニシシシ」
 
 悪魔の笑いだと思ったサブロウは、頭を抱えたのである。

 「ヤバい奴と手を組んじゃったかぞ。おいら失敗かぞ? はぁ」

 その後、彼らは、ハルナン邸で、何も盗みもしないのに、中でわざとバレる形で逃走した。 
 これにて、ハルナン側も金銭の盗みは、言いがかりの腹いせだと思い始めたのだ。
 
 「こりゃ、上手くいくな。調停員の所に行くか」

 ミランダは更に計画を進める。

 ◇

 傭兵の取り合いをする場所にて、受付には調停員がいる。
 調停員とは、公平性を保つためにいる人の事である。
 ここは傭兵たちの金銭を決定する場所なのだ。
 いくらで買うか、いくらなら手伝ってもいいかの調整をするために、彼らは間に立つのだ。

 「では、ファールス家はおいくらで?」
 「一人10だ」

 調停員の後ろに立つファールス家の家臣が言った。

 「それでは10でいい方はいらっしゃいますか」

 調停員が聞くと、チラホラと集まった傭兵たちが手を挙げる。
 その隣の場所にて。

 「ハルナン家はおいくらで」
 「一人15だ」

 隣とは別の調停員の後ろに立つハルナン家の家臣が言った。

 「それでは15で来てくれる方はいますか」

 隣の方が盛り上げる。
 5も高いのであれば、フラッとそちらに傭兵たちが向かう。
 やはり金が重要であるのだ。
 10で許可した傭兵が動き始めたので、ファールス家の家臣が指示を出す。

 「調停員。こっちは17だ」
 「わかりました。ファールス家は17だそうです」
 「おおお」

 揺れ動くのは傭兵もだが、傭兵が欲しい方もである。
 高く売りたい傭兵に、安く買いたい豪族らの、ある意味決闘とも言えるのがこのバトルである。
  
 ここに来ているザンカ、エリナ、ザイオン、マールは吊り上がっていく値段に対して、どこが高額なのかを見極めていた。
 そこにミランダがやって来る。

 「お、やってんね」
 「ミラ、来たのか」
 
 ザンカが答える。
 
 「いいか。ザンカ。金は30まで上がると思うのさ」
 「30だと。多くないか」
 「あたしはよ。ざっとあいつらの家財を計算してきた。たぶん、価値あるものを質屋とかに売れば、大体払える金額だと思うのさ。30で二千の兵を確保。計6億だな。あいつらの上限金額だ」
 「・・・ほんとか」
 「ああ。だから30になったら手を挙げろ。それ以上は嘘だ。兵に金をあげる気がない」
 「わかった。やってみよう」
 「そんでさ。個別交渉になったら、あたしに交渉を渡せ。いいな」
 「わかった」
 
 前面に出ていくのがザンカで、裏で手を引くのがミランダであった。
 
 
 ◇

 「30! ファールス家は30出します」

 調停員が宣言した時、ザンカが前に出た。

 「はい。俺たちがいきます」
 「そうですか。ではこちらへ。ファールス家と相談してください」

 調停員の仲介を経て、別室に家臣団の場所へ案内される。
 部屋に入ると一人の男がいて、細かい部分の調整が行われるのである。

 「30で来てくれると。お前らは何人いる」
 「五百の兵です」
 「ほうほう。いいな。それで、30のままでいいのか」
 「ええ。ですが、細かい部分は団長が来てもいいですか」 
 「団長? お前じゃないのか」
 「はい。俺は団長の指示の通りに来ただけです」
 「そうか。じゃあ、団長を寄こしてくれ」
 「わかりました。団長、入ってもいいらしいですよ」

 ザンカが呼びこむと、少女が入って来た。
 体に似合わない長刀を背負っている。

 「おう。ザンカ、ご苦労!」
 「こ、子供ではないか。舐めているのか。貴様ら」
 「舐めていないぞ。あたし、ミランダ・ウォーカーが作った。ウォーカー隊があんたの所で働いてやってもいい」
 「本当か。貴様が団長だと」

 交渉を続ける男はザンカを見た。彼は頷いている。

 「ああ。そうさ。呼び方的には総隊長だけどな」
 「・・・し、しかたない。お前と交渉か・・・それで本当に30でいいのか」

 立ち上がった交渉人は、大人しく座り始める。
 納得はしてないが目の前のザンカがミランダを尊重したので引き下がった。

 「いいや。25でどうだ」
 「なに、金を減らすだと」
 「ああ、あたしら、五百いるからさ。それらにまとめて金が欲しいんだ。いいか」
 「・・・なるほど。お前は交渉上手だな。いいだろう。25でいい」
 
 まとめてセットで安くする。
 食糧などの販売の基本だが、ここでは基本ではない。
 本来は自分を高く売る場所である。

 「んで。こっから条件、良いか」
 「なに。今のが条件じゃないのか?」
 「今のは条件じゃないのさ。あたしらが、いくらだのの交渉に決まってんだろ。こっちからの善意な提案なだけで、これは条件じゃない」

 当然だろ馬鹿! 
 ミランダの顔はそう言いたげだった。

 「わかった。聞こう。聞いてから考える」
 「サンキュ。じゃあ、前借で10くれ。んで、あたしらが働いたと思ったら残りの15くれ」
 「ん?」
 「先払いで10。後払いで15だ。これでどうだ。この条件格安だろ」
 「・・・ほう」

 男の顔が緩んだ。
 交渉が下手糞な子供だと若干馬鹿にした笑いだった。

 「ま、そうだな。お前らでもいいかもしれないな」
 「そうだろ。それでその条件にさらに条件を付ける」
 「な。なんだ」
 「あたしらに自由をくれ。あんたらの指示に納得したら動く。戦場ではこちらの意見を通せるかどうかも重要だ。これらが無理だったら、お前らの家から即離れる。いいな。あたしらにその条件があって初めて全てを飲む。だから二つの事と総額で25で働いてもいいぜ」
 「10でいいんだろう。まずはな」

 ミランダはこの言葉で相手がこの条件を軽く見たことが分かった。
 
 「そうさ。10でいい」
 「いいだろう貴様らを入れる。10は今から渡そう。5000を持っていけ」
 「ああ、でも紙くれ。証明書だ」
 「わかった、後で・・」
 「いや、今くれ。あんたの血判でな」
 「条件が多い奴だな」 
 「じゃあ、やめてもいいぞ。10で。あっちに行くかな」

 顔だけハルナンの方を向いた。
 
 「ま、待て。用意しよう。少し待て」

 男が紙に今のやり取りの内容を印、血判をした。
 証拠はこれにてミランダの手に渡る。

 「じゃあ、ザンカ。金と紙をもらってくれ」
 「わかった」

 ザンカが五百名分の金と血判がある紙を受け取った。

 「そんじゃ、連絡はいつだ」
 「明日、ファールス邸に来てくれ」
 「了解。じゃあまた」
 「ふん。失礼なガキだな」
 
 ミランダは部屋を後にして、その場も後にした。

 ◇

 宿屋に戻ったミランダたちは幹部で集まった。

 「おい。ミラ。どういうことだ? 5000でいいのか? 俺たちの価値はもっとだろ」
 「そうさ。でもそれ即金なんだぞ」
 「・・・ま、まあな」

 ザンカが納得するが、エリナは。

 「おい。金はもっともらえよ。計算できねえ女だな。お前はよ」
 
 怒り出す。普段から調整している彼女の怒りはごもっともである。

 「うるせいな。エリナ。こいつはタダ働きでもらうのさ」
 「は?」 
 「あたしらはほとんど何もしないのさ。何もしないでその金をもらうのさ」

 エリナは口が開いて固まった。

 「いいか。ザンカ。あたしが言った事。覚えているか」
 「・・・そ、そうか。お前、悪魔だな・・・兵士であれば、仁義にも劣るぞ」

 律儀なザンカは団長の行動と言動を理解した。

 「そうさ。でもあたしらは兵士じゃない。あたしらは傭兵だ。利が無ければ戦わなくてもいいのさ。いいか。ザンカ。お前はもう騎士じゃないんだ。雇い主に忠を尽くす必要がないのよ。金に忠を尽くせ」

 ザンカは苦い顔をした。

 「それとエリナ。いいか。この金はあくまでも前借の金だ。後払いの方は最初から捨てているんだ。あいつらよ。どうせ。あたしらの事を安く見ている。だから安くしてやって、その金だけをもらうのさ」
 「ひでえな。お前」 
 「ニシシシ。酷いのはあっちなのさ。どうせ傭兵なんて頭数だけだと思ってるだろうしな。あいつらの中じゃ、命が軽いぞ。傭兵なんてな・・・さて」

 ミランダは改めて皆の顔を見る。

 「それと皆、忘れないでほしいことがある。あたしらは自由。これが基本。そして、あたしらの真の忠誠を誓うのはダーレーのみだ。いいな。これを守って欲しい」
 「なに? ダーレーに忠誠だと」
 
 ザンカが驚く。

 「そうさ。今度皆にも会ってほしい。シルクさんを守るためにあたしはこの隊を作ったのさ」
 「そうだな。俺は一度会ってるからわかるが、確かにシルクさんは守ってあげたいな。あの人、今の立場じゃ、厳しいんだろ」

 彼女に会っているザイオンがこう言ってくれたことで、ミランダはちょっとだけホッとした。

 「ああ。そうなのさ。立場が苦しい。立ち位置もかなり苦しいんだ。だからあたしは外に仲間が欲しかったのさ」
 「外って何だよ。どういう意味だ?」

 エリナが聞いた。

 「中ってのは、貴族たちのことだ。王族のダーレーは貴族らの支援を受けられない。それは弱小中の弱小だからだ。王族の中でも特に将来性が見えない家だからな」
 「あっしも聞いたことあるぜ。ダーレーは領土も少ないとさ。でもあそこはユースウッド隊長がいるんじゃ・・・」

 マールが聞いた。

 「そうさ。ユーさんがいる。だから今の間は何も起きない。でももしもだよ。ユーさんに何かがあったら、いなくなったり、戦争に付きっきりになったりしたら、その時のダーレーは苦境だ。シルクさんでは、家の存続が怪しい。命すらも危険だ」
 「そうなのか・・それほどか。ミラ」

 ザンカが聞いた。

 「ああ、無理だ。だからあたしは彼女を守るために必死に修行して、外に出たんだ。そんで仲間が欲しかった。それも身分なんて関係ない優秀な仲間が欲しかったのさ。それで今は、このメンバーに十分満足している。あと一人、いや違うか。あと三人が来てくれればさ。完成に近づいているんだけどさ」

 とミランダが立ち上がって宣言しようとすると。

 「その三人は、おいらたちかいぞ」
 
 サブロウとシゲマサとマサムネが部屋に入って来た。

 「おう。そうだ、サブロウ。来てくれるんか」
 「・・・それはまだ後だぞ。とりあえず、お前の想像通りらしいぞ、あの計画。両家が動き出したぞ」 
 「さすがだサブロウ。偵察力が桁違いだぜ。よっしゃ、皆やるぞ。あたしらはここに謀略を仕掛けるのさ。帝国を守る家が一人でも増えるべきだ。それがノルディー家だ。あそこが貴族になってもらわないとな。そんで貴族になったら協力してもらうのさ。ウォーカー隊はそこに恩を売ればいいのさ。ニシシシ」

 ミランダの笑みが悪魔の笑みに見える。
 様々な計略により、味方を増やして敵を潰す。
 それが彼女の仕掛けた今回の作戦。
 そして、彼女の策略の最終到達地点は、ダーレーがこの帝国で生き残る事である。
 全ての目標はそこに集約されるのだ。
 
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