人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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エピソード0 英雄の師ミランダ・ウォーカーの物語

第283話 ダーレーとミランダ

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 庭にあるテーブルを挟んで真正面で向かい合って座っているのは、年齢が離れている二人の女性。
 覇気のある声を持つ女性が、生意気な口ぶりのオレンジ髪の子供に話しかける。

 「おい。ミランダ」
 「ん? なにさ?」
 「お前、いくつだ。なんでこんなに大人のような会話が出来るんだ。頭良すぎだろ」
 「9なのさ。あたしは家にいないで、ほとんどを外で過ごしたから。あんたみたいな大人との会話には慣れてる」
 「そうか。まだそんな小さいのかよ。お前・・・苦労したんだな」
 「うん。まあね」

 二人の前に紅茶が運ばれてきた。
 銀色の髪が風に靡く。煌めいている髪が美しい。

 「シルクさん、ありがとうございます」
 「ええ。どうぞ第一皇女殿下」
 「やめてくれよ。その呼び方」
 「私は一応、あなたとは、母と娘の間柄ですよ・・・なんちゃって!」

 真面目な顔から一転して、笑顔が溢れる女性がミランダの隣に座った。
 銀色の髪が眩しいほどに輝く。

 「あら、ミランダちゃんのお口」
 「ん。あ、ありがと。シルクさん」

 笑顔の素敵なシルクが、顎にまで垂れた紅茶をハンカチで拭いてくれた。

 「シルクさん、あなたはいつも明るくて、世話焼きですね」
 「ええ。ミランダちゃんが可愛いからね。特別よ」

 ミランダの世話をするのが大好きな女性。
 シルク・ダーレー。
 当時のダーレー家の当主である。
 元気はつらつ、笑顔満開。
 ジークにもシルヴィアにも似ていない。
 全く性格の違う女性だ。
 周りにいる人たちの気持ちをパッと明るくする天才であった。

 「それであなた。何の用なの。私の所に来るのなんて珍しいわね。ダーレーには、滅多に来ないんじゃないの。私と兄さんに遠慮してるでしょ」
 「それがですね・・・・困った事に、聞いてほしいことがありましてね」

 二人はとても小さな声で話していた。
 子供の頃のミランダでは声が聞こえない。
 話し終えるとシルクの方が血相を変えた。
 驚いてから話す。

 「な!? それは困った事じゃないわ。大事じゃない。どうするの。私はとても嬉しいけど・・・今のあなたと兄さんにとっては・・・」
 「そうなんです。それで、シルクさん。陛下とあなたにお願いがあるんだ。一生のお願いだ。それとミランダ、お前もだ。いいか。最大級の内緒の話だ。秘密にしてくれ」
 「え? あたしも? なんであたしも? 席外した方が良くない?」

 口いっぱいにケーキを詰め込んだミランダが答えた。

 「いいや。聞いてくれ。これを秘密にしてくれたら、このまま一年。私がお前を基礎からみっちり鍛えてやる。とびきりの戦士にしてやるわ。感謝しろ!」
 「は? あたしを!? なんでまたあんたが??」
 「お前は、確実に私の次の世代。そうなれば新世代を導く船頭になるはずだ。お前は生意気だが、そこらへんは優秀だからな」

 女性はミランダの事を高く評価していた。
 生意気クソガキのミランダは、幼い頃から才気があったのだ。

 「あたしが? 誰かを導くの? めんどくさいのさ」
 「黙れ。このクソガキ! せっかく褒めているのによ」
 「あんたに褒められる筋合いがないのさ」
 「ん。相変わらず、生意気なガキだ」
 「うっさい。あんたもシルクさんみたいに優しくなれ」
 「なんだと。このガキ。シルクさんは難しい! せめてもっと簡単にマネできる人にしてくれ。誰かいないか。適度に優しい人!」

 怒るポイントがズレている女性だった。

 「知らねえよそんな人。あたしはシルクさん以外、知り合いがいないのさ」
 「んん。なぜだ? 9年も生きてれば、誰か知ってるだろ?」
 「弱小だからだよ。あたしの家自体が知り合いがすくねえし、同年代の貴族共は糞だから、知り合いにもなりたくねえ」
 「そうか。だったらやっぱり一人でも生きていけるように力をつけた方が良い」
 「うっさい。まだ子供だからいいのさ。それにあたしは一人でも勝手に成長するのさ」
 「生意気な・・・いいか、ここからは大変な世になるはずだ。お前に力があれば、この先困らなくなる」
 
 と言い切った女性の後に、紅茶を優雅に飲んだシルクがカップをテーブルに置いてから言う。
 
 「そうね。どうせウォーカーの家は子供一人も世話する気がないのだから、廃家にしましょうか。それで私が引き取る形でいきましょう。あなたは私の子供。それでいい。ミランダちゃん。可愛いしね」
 「うん! それがいい。シルクさんの家の子になりたい」

 シルクに頬をくっつけてもらって嬉しそうなミランダ。
 喜んでいた時は子供だったが、続けて言う言葉が大人であった。

 「シルクさん、あの家は駄目なんだ。親父もお袋も。それにジジイも。人を見極められない。見る目が悪い。戦略も悪いもん。ついて行く奴を間違えている。誰だっけ、変な名前だったな。あの人・・・誰だっけ。エルスレアだっけ? だったら、あのルイスとかいう小さいクソジジイの方がまだいいのに」
 「ほう。お前の家。この状況で、どっかの貴族の下につくのか。失敗すりゃ、ヤバいだろ」
 「そうみたいなのさ。なんか、後でえらく高い地位に就かせてやるからみたいな事を言われたらしい。そんで、ルイスとかいうジジイについて行けば、そのままか今よりちょっと高い地位になるんだってよ。だからエルスレアとかいう奴の所に行くってさ。馬鹿だよな。んなの。地位なんてものは、勝手に与えられるものじゃない。自分の力でもぎ取るべきなのにさ」
 
 ミランダは若干9歳にして、敵味方。
 そして謀略を見抜くことが出来た。
 弱小貴族の生まれの彼女。
 生き残るには自分の実力を示さなくてはならないと思っている。

 「それに、あたしは誰かの下に入るのは好かない。しかも、あの程度の奴について行くのなら、なおさらだ。自分たちで旗揚げした方がいいのさ。地位を手にするのは誰かに頼るんじゃない。自分で確立するのさ。そっちの方が面白い」
 「ふっ。お前の歳でそう考えるのか。やっぱりだからこそ、私はお前を育てたい。ミランダ、私の弟子になれ」
 「なんでなのさ。嫌なのさ」
 「それほどの目利きは、この帝国に数人しかいないぞ。私のウインド騎士団に入れたいくらいだ」
 「あれか・・・あれは・・・まあまあなのさ。入ってやってもいい。でも嫌だな。めんどくさいし、あんたの下は嫌だ!」
 「クククク。私らの騎士団をまあまあと称するか。面白いガキだ」
 「まあまあなのさ。あたしが同じの作れば、あんたにも負けない騎士団を作っちゃる」
 「ほう。いいぜ。作ってみろ」
 「ああ。見てろ。あたしが作るのは、傭兵団にしてやる。最強だ」
 「そうか。面白い。ならウインド騎士団と勝負だ。いつでもかかってこい」
 「いいぜ、いずれ勝負だ」

 二人で喧嘩のように話していると、シルクが割って入る。

 「あらまあ。あなたも、ミランダちゃんの挑発に乗らないの。この子はまだ子供よ。ね。まだまだ可愛い子なの。戦わなくてもいいのよ。私の子供にするもん」
 「うん。シルクさんの子供になりたい」

 ミランダはシルクにだけ弱い。
 とても可愛がってもらえていることを自覚しているのだ。

 「ああ、可愛い。今日からこの子は、うちの子です。というのを実現するために、あちらの家にお金を提示してこようかしら」
 「おい。シルクさん、金でこいつを買う気なのかよ」

 女性はシルクの発言に呆れた。

 「それが一番手っ取り早いわ。ね、ミランダちゃん」
 「そうだね。250・・・ンンン。違うな。この間の事業の失敗と・・・戦争準備金で・・・450。これくらいあればいけるね。あの家、金ないもん。馬鹿ばっかだし。雑魚ばっかだし」
 
 自分の値を決めるミランダは誰よりも大人であった。
 唖然とするのは女性だけで、シルクはニコニコである。

 「そうね。450ね。わかったわ。それでウォーカー家に提示してみる。ミランダちゃんは、今日からここに泊まりなさい」
 「うん! そうするよ」
 「自分の家だと思っていいのよ。私の子だと思ってね」
 「うん。わかった!」

 こうしてミランダは、ダーレー家の子供のような存在になった。


 ◇

 「ギャアアアアア。とも泣かないね」 
 「・・・ふっ・・・」

 ミランダを目の前にして、小さな赤ん坊はすました顔をした。
 人の顔が反射するかもしれないくらいに銀色の髪は美しかった。

 「これが? ジーク?」

 ミランダは目の前の赤ん坊を指さす。

 「ええ。そうよ。私の子供。ジークちゃん」
 「へえ、ちっちゃいね」
 「そうね。まだ二歳だもの。でもあなたも私の子よ。いいミランダちゃん。私の子!」
 「うん。あたし、シルクさんから産まれたことにする」
 「ふふふっ。そうね。そうしましょう。ウォーカー家であるけど、ダーレー家であってね」
 「うん。あたしは、ダーレーに帰順する」
 「あら、難しい言葉を知っているのね」
 「うん。なんか親父たちが変な連中にそう言っていた」
 「そっか。じゃあ、ミランダちゃんが単体で帰順ってことにしましょう」
 「そうする。それにあたしはあの家をすぐに廃するよ。どうせあいつら死ぬと思うし。内乱が始まったら・・・親父たちが生き残れるとは思えない。みんな死ぬわ。残念でもねえわな」

 自分の家族が死ぬこと。
 それは想像しなくとも確実な事。
 考えが馬鹿すぎて、力が弱すぎて、とてもじゃないがこの時代を生き残るのは不可能だ。
 彼女の表情は悲しそうでも嬉しそうでもなく、『あれは家族じゃない』と思っている真顔だった。
 
 「そうね・・・でも安心してミランダちゃん。私がお母さんよ・・・ん。お姉さんにしようかな」
 「ええ。シルクさん。あたしのお母さんじゃないの」
 「あなた、9歳でしょ。私、まだ26歳だもの。ミランダちゃんを産むのが17歳になっちゃう」
 「そうなの? 17歳って赤ちゃん産めないの」
 「産めるわ」
 「じゃあ、お母さんでもいいじゃん」
 「まあ、そう考えるとそうね」
 「じゃあ、お母さんがいい。あたしには親父もお袋もいないから」
 「・・・そうしますかね。やっぱり私の子供にしましょう」

 家族がいないと言い切った時の顔も、無表情。
 よほど愛のない家族のなのかと、シルクは胸が張り裂けそうだったが、ミランダが可愛いので、その悲しい現状を自分の愛で一杯に埋めようとした。

 「なに? シルクさん」
 「私の子よ。ミランダちゃん。ジークちゃんと一緒。私の子」
 「うん」
 「そう。愛しているわ。ミランダちゃん」
 「ありがとう。シルクさん」

 シルクはミランダを後ろから抱きしめて、頬を寄せた。
 一緒に入れて幸せな二人は血の繋がらない親子だった。

 ◇

 「おい。ミランダ。ここでこうだ」
 
 女性は直立で立ったまま移動もせずにその場で、ミランダの猛攻を防いだ。

 「無理だろ。化け物!」

 自分の渾身の攻撃がいとも簡単に防がれることにいら立つ。

 「私は動かないんだ。攻撃箇所を散らせば当てられるぞ」
 「出来るか。あんたは戦の女神なのさ!」
 「そう呼ばれることもある。だが今の私ならば、そこから人となっているからな」
 「だとしても子供のあたしには無理だわ」
 「さあ来い」
 「人の話、聞いてねえ!」

 あのミランダでも手を焼く女性がいる。
 目の前の人間は、一枚も二枚も上手の人である。
 
 「おい。なにやってる。そこのガキとよって・・・」
 「ユー。来たのか」
 「ああ。なんだ。ガキはミランダか。ならいいや」

 銀色の髪は繊細に靡く。
 細かい粒子のような髪を持つ男性が二人に近づく。

 「ユーさん。聞いてよ」

 ユースウッドの前にミランダが立った。

 「ん? なんだ」
 「ユーさんが稽古つけてくれ。あたしの師匠はユーさんが良い」
 「ん? なぜだ?」
 「ユーさんの方が優しいもん。シルクさんのお兄さんだし」
 「まあそうだな。あいつよりは優しいな」
 「でしょ」
 「いいだろう」

 身長の低いミランダを見るために、下を向いていたユースウッドは、顔を上げてミランダと稽古をつけていた女性の方を向いた。

 「おい。お前は、休んでいろ。大事な体だ。俺がこいつを鍛える。次世代を育てるのは、何もお前だけの役目じゃない。俺だって出来るからな」
 「なぜだ。私だって、まだ大丈夫だ」

 剣を握っていた女性は、諭された。

 「お前はもういいから休め。おい、シルク! こいつを頼んだ。勝手に動いちまうからさ」
 「ええ。兄さん、よく分かってますよ。無理はさせないように見てましたからね。兄さんより、彼女の体は私がよく分かっていますから安心してください」
 「ああ、シルクに任せれば安心だ」

 近場で修行風景を見ていたシルクが、彼女を連れて行く。
 大人しくベンチに連れて行かれ、二人がそこに座る中で、修行は再開となった。

 「いいぞ。ミランダ。お前。弓はいい感じだな。誰かに習ったか?」

 剣の稽古は一時中断。
 弓で的当てをしていた。

 「うん。ちょっとの間だけね。頭領に習った」
 「頭領?」
 「すげえ山奥にいる狩人」
 「ほう。凄腕だな。そいつは」
 「うん。一度に矢を三本出すんだ」
 「そいつは弓の化け物だな」
 「ユーさん。出来る?」
 「出来ねえ」
 「そっか。ユーさんでも無理なんだ」

 矢を斉射するのに一本じゃなく三本も放てる人間など、この世に存在するのかと思ってしまったユースウッドはミランダがついた嘘だと思ってしまった。
 でも実際は、この世にいる。
 世間に知られていない化け物はこの世に必ず存在するのである。
 世の中は広いのだ。

 「ミランダ」
 「はい」
 「武は俺が鍛えよう」
 「武は? じゃあ、他があるの」

 ミランダの察しの良さに、ユースウッドは微笑む。

 「ああ、知は連れてくる」
 「連れて来るって? 誰?」
 「エスを連れて来る」
 「エス・・・ああ、エステロね。副団長だよね?」
 「そうだ」
 「あのカッコイイ人だよね」
 「知ってるのか」
 「顔が良いのは知っている。その他は知らない」
 「そうか。でも、勉強はエスでもいいだろ」
 「まあいいよ。その人に教わればいいんだね」
 「そうだ。じゃあ、武は徹底的に俺が鍛えてやる。まずは剣を振れ」
 「ほい」

 ユースウッドは、ミランダに対して何も言わなかった。
 剣の握り方も角度も、何も言わない。
 彼女のらしさを損なわないようにして指導をしていた。

 「ミランダ。握りはそれが一番力が入るのか」
 「え?」
 「こっちの持ち手は? それともこっちは?」
 「んん。やってみる」
 「おお。最初のが良さそうだな。お前はそのままで武を体現しているな。良し、とりあえず基礎だけは教えるから、アレンジは勝手にやってもいいぞ」
 「おっけ」
 「よし。こういう感じだ」

 白閃の動きは閃光のようで。
 通常の人間はその動きが見えない。
 光り輝いている銀色の髪が、太陽の光を浴びると真っ白に輝く。
 だから、その残像が白線として地上に残るのだ。

 それが白閃の由来である。

 「速い!?」
 「見えているか。ミランダ」
 「ああ。見えている」
 「そうか。その歳でならもう十分な実力を持っているな。じゃあ、もうちょっと厳しく鍛えるぞ」
 「うっす。よろしく。ユーさん」
 「ああ。生意気ガール。俺の動きを見とけ」

 ミランダの師は、かの有名なユースウッド。
 ウインド騎士団戦闘隊長ユースウッド・ダーレー。
 伝説の戦士が、彼女の武の師匠だった。
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