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第二部 辺境伯に続く物語

第282話 夢

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 「はぁはぁはぁ」
 「先へ、とにかく先へ」 
 「ソフィア様が無理だったらレヴィ。お前がおぶってでも先へ行け」

 懸命に走る少女をかばう戦士たち。
 自分たちが追われていることは明確に分かる。
 敵の姿が見えずとも音は認識できている。
 敵は影であった。
 太陽の戦士たちは、彼女を守りながら逃走を続けていた。

 「これ以上は、無理だよ。ここは私が出て、みんなが逃げてくれればいいんだ・・・私一人が死ねば・・・」
 「何を言っているのですか。ソフィア様。あなたは生きなければ」
 「れ、レヴィ。でも・・・・」

 先頭を走る二人の女性は、後ろの仲間たちを見て言い合いになっていた。
 そして肝心の仲間たちも・・・。

 「アイ! 俺が出る」
 「無理するな。シャル」
 「わかってる。でもアイは、タルスと共に二人を守ってくれ。俺は先に逝く。シュルートとヒースに会って来るぜ」
 「・・・・シャル・・・」
 「そんな顔すんな。俺は太陽の人を守って使命を果たす。それに俺たちの次の太陽は、とびきり美人の嬢ちゃんだ。命を賭けるに値するぜ。なあ。ソフィア様」
 
 先頭を走るソフィアに向かって、彼は冗談を言った。
 覚悟が決まっている男性が立ち止まると、ソフィアも立ち止まりそうになる。

 「シャル!!! 駄目」
 「いいんだ。ソフィア様。俺は燃え尽きるまで、ここで戦うまでよ。レヴィ! 後は頼んだ。全てをお前に託す。俺たちはソフィア様を守る! 分かってるなレヴィ」
 「は・・・はい」
 「いい返事だ。ソフィア様を頼んだぜ」

 ソフィアはレヴィに強引に引っ張られる中でも、手を伸ばして叫ぶ。

 「シャルーーーーーー」
 
 レヴィは泣きながら前へと進んでいった。

 「いきます。ソフィア様・・・・行くんです。行くしかないんですよ。私たちは皆の意思を継がねば・・・」

 先へと進む一行を背に、彼は影の前に立つ。

 「さてと、俺たちの大事な当主様は行ってくれたぜ・・・おい。蛇野郎ども。この太陽の戦士の中でもひと際イイ男が戦ってやるぜ。お前ら、俺に見惚れんなよ」

 見えない影と、太陽の光が衝突した。
 
 「竜翼!」

 男の武器は不思議な武器であった。
 鎖に繋がれた先にあるナイフを自由自在に扱う。
 飛び道具的な武器。
 釣りのように鎖を操作して相手の背を刺す。

 「ぐはっ」「がはっ」「ぐっ」
 「どうよ。俺って華麗だろ。蛇さんたちよ。龍になりそこなった野郎どもには、この辺の華麗さがないだろ」

 絶体絶命のピンチ。
 目の前に広がる三十は超える敵たち。
 それでも彼は余裕の態度を崩さない。

 「貴様ぁ。よくも」
 「おう。かかって来い! 来ないなら俺から行くぜ」

 男は敵の群れの中に飛び込んだ。
 幾多の攻防を繰り広げて、激しい応酬の末。
 彼は力尽きる。

 「がはっ・・・しまった。三人、逃したか。クソっ。でも三なら、あとは俺の仲間たちが・・・」

 彼は、体中に刺さったナイフにより、死ぬはずだった。
 蛇の毒は、ナイフにも塗られているからだ。
 しかし。

 ◇

 死んだと思っていた彼は、目覚めた。

 「あ、あなた。無事ですか」
 
 女性が心配そうに男性の顔を覗きこんだ。

 「いっつ。あんたは? 誰だ。それにここは?」
 「私はミアハです。あなた、行き倒れていた中で唯一生き残っていた方だったので治療しました」
 「俺、死んでないのかよ。そっか・・・仲間の所に逝けなかったのか・・・そうか」

 悲しそうな目がやけに気になる。
 男性を助けたこの時から女性は献身的に支え続けた。

 ◇

 しばらくして、二人は結婚して子供が生まれた。
 その子には幼い頃から話を聞かせていた。

 「俺の子だ。でもお前の子でもある。ミアハ」
 「はい。そうですよ」
 「だから悪い。こいつも戦士にしないといけないんだ」
 「戦士?」
 「ああ。太陽の戦士だ。俺は太陽の人を支える。太陽の戦士なんだ」
 「太陽の人って?」
 「それはな。昔いた・・・」

 男性は妻とまだ幼い息子に太陽の話をした。
 美しき。誇り高い太陽の人は、人々を照らすことが出来るのに。
 今は小さくまとまっている。 
 それは蛇・・・。
 ナボルの力によって、光を失っているせいなのだ。

 彼はそう説明した。
 本当はもっと光り輝いてもいいはずなのに、俺たちの力が足りないばかりに、海の向こうに、地平線の向こうに、沈んでしまったのだと。
 嘆きがセットの話だった。
 これを何度も二人にしていた。
 

 そこから数年後。
 
 「おお。いいぞ。さすが俺の子だ」
 「ほんと」
 「ああ、ソフィア様を知らなくても、お前がここまで伸びるなら、凄い戦士になるかもしれんな。俺の影も見破れるものな」
 「うん。父さん。そっち」 

 光と共に消えたはずの父の居場所を、息子は言い当てた。

 「やっぱな。でも影の力は無理っぽいな。さすがにそこまでは出来ないか」
 「隠れる奴だよね。出来ないね」
 「ああ。そうだ。あれは、やっぱり本人がいないと無理かな」

 息子は影になるのは不得意だった。
 太陽の人を想う訓練と実際にその人物を見ていない彼にとってその力を増幅させることはできない。
 
 「いつか。お前には見つけてほしいぜ。俺の代わりにさ。この体じゃな、まともに戦えないからな」

 父親は足を引きずっていた。
 当時の戦いの怪我が残っていたのだ。

 「いいよ。父さん、僕がやろう」
 「本当か。ああ、そうだな。お前は、俺の自慢の息子だぞ」
 「うん!」

 良好な関係を築けていて、親子はとても仲が良かった。
 幸せな日々は続くと思われていた。
 だが、ある日。

 盗賊のような奴らが家に押し入り、母が殺され、父は引きずる体で戦った。
 父は息子だけは守ろうと戦う。
 敵に立ち向かい。ほとんどを全滅させた。
 刺された心臓のナイフを見て、最後だと自分でも思う。

 「このナイフ、ナボルのものか・・・ここまで俺を追跡できるとは、すまない。ミアハ。俺と結婚したばかりに・・・すまない」

 倒れた妻を謝罪して、息子に最期だと告げる。

 「父さん!」
 「お、ああ・・・・たのむ・・・生きてくれ・・・使命なんて・・・どうでもいい。ただ生きてくれ」
 「父さん!!」
 「俺よりも長生きしな。愛する息子よ」
 「父さん!!!」

 少年の叫びは・・・父に届いたのか。
 それは今でも分からない。


 ◇

 とある場所。
 本に囲まれた場所にて。

 「珍しいですな。居眠りなど」

 長い白い髭を垂らすお爺さんが話しかけた。

 「お!? 俺が寝てたのか。びっくりだわ」

 起きた男性は、頭がぼんやりしている。

 「君が出世してから、こちらに来てくれるのも珍しいのに、ここで居眠りなども更に珍しい」
 「すんません。ハッシュさん。俺寝てたみたいで、いびきでもしてました?」
 「いんや。でも父さんとは呼んでいたね」
 「そうですか・・・じゃあ、またあの時の夢か」
 「あの時の夢?」
 「ええ、幼いころの夢ですよ。たまに見るんですよ。親父の全盛期と自分の幼い頃。この両方を見るんすよね」
 「そうかい。珍しいね。自分の体験だけじゃなくですか?」
 「ええ。親父の体験したことを見る時があります」
 「ほうほう。それって親父さんから聞いていた話なのかな」
 「聞いてましたね。親父は過去を語る時が一番雄弁でしたからね」
 「なるほど。君は親父さんが好きなのかな」
 「そうっすね。好きでしたね。良い親父だったと思います。今でも、とてもいい親父だと思ってますよ」
 「そうかい。それは良い事だ」
 
 お爺さんは、席に座る。
 チョコンと座るために、椅子に対してちょっとだけ飛び上がって座る姿が可愛らしい。

 「ハッシュさん、親父の過去なんて話だけしか聞いていないのに、なんで鮮明に夢として見れるんでしょうかね」
 「・・・んんん。どういうことだろうね。会いたいとか、そういう気持ちじゃないかな。あとはよほど親父さんが好きなんじゃないのかな」
 「そうなんすかねぇ。謎だよな」

 男性は優しい口調のハッシュ爺さんには何でも相談していた。

 「君が私の所に来て何年かな」
 「そうっすね。大分経ちます。あの夢の続きからだから・・・十年以上は経っているかな」
 「ホホホホ。そんなに経ちますかね。だから私もジジイになったのですね」

 ハッシュは長くなった髭を撫でた。

 「いや、ハッシュさんは一つも変わらないですよ。ジジイのままです。その髭も同じサイズだ!」
 「あら、そうでしたか。ホホホホ」

 あの頃から一つも歳を取っていない。
 仙人みたいな爺さんである。
 談笑の後、二人は夢の話になった。

 「ハッシュさん、あの時の親父の考えが間違いだったんすよ。だから俺がやらないとね。親父がやりたかったことをね」
 「ほう。考えが間違い。君のお父さんは、なにかミスをしたのかな」
 「親父はですね。やり方がまずかったんすよ。あれじゃあ、いつまでたっても上手くいかない。だから俺は親父とは違う道で必ずこの大陸に、眩い光を照らしてみせるんですよ」
 「光ですか。それはどんなものかな?」
 「ええ。そいつは、強烈な太陽の光です。たぶん、この大陸中を照らせるはずなんですよね。俺の計画通りであれば・・・必ず隅から隅まで、照らせるはずなんすよ」

 男性は、窓から太陽の日差しを浴びて答えた。
 今ある陽光じゃない。
 もっと強烈な輝きに満ちた光を、大陸の人々に向けてみせる。
 彼の目標は、父と同じでも、父とはやり方が違う。
 でもやり方が違くとも、彼はもう一度、太陽が登る事を望んでいる。
 なにせ、それが父と息子の夢だからだ。


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