人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第266話 答え合わせ

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 帝国歴525年6月6日。
 光の監獄上層『ウィルベルの家』

 「ウィルベル様。お久しぶりであります」
 「ああ。久しぶりだ」
 
 この日、フュン・メイダルフィアは光の監獄にいた。
 この監獄に入れられた者たちとは、フュンにとって、いわば『かつての敵たちである』
 なのに、フュンは自ら足を運んできたのだ。
 とあることを話したくて、太陽の戦士たちとゼファーに無理を言って、やってきたのだ。
 
 「ウィルベル様。来年、皇帝はシルヴィアへと代替わりします」
 「そうか。よかったな」

 恨みも憎しみもない返事。
 ウィルベルの心に闇の部分がなかった。

 「あなたもなりたかったのですか。落ち着いて会話をしたいと思いましてね。時間を置いて、こういう話をしたかった。ナボルの仲間になったのは、皇帝になるための事でしょうか?」
 「・・・そうだな。皇帝になるのに力を貸してやるとは言われた」
 「ナイロゼに?」
 「ああ。そうだ。あいつが私にそういう助言をしてきた」
 「そうでしたか。でもあなたにそんな助言などいらなかったしょうにね。あなたはそういう者の手を借りずとも立派な方でしたよ。余計な事をしなければ、絶対に皇帝になれましたよ」
 「ん?」

 フュンからの高い評価に、ウィルベルが驚く。
 接点がほぼないフュンからの高評価には、疑問しか出てこない。
 止まったままフュンを見つめていると、お茶が出てきた。
 シャイナが入れてくれたお茶が三つ。
 テーブルに並ぶ。

 「シャイナ様。ありがとうございます」
 「いえ。フュン様。こちらこそ。それとお久しぶりです」
 「ええ。お元気でしたか」
 「はい。昔よりも健康なようで。すっかり元気なんですよね。運動不足解消ですよ。うふふ」

 流れる会話の中で、シャイナも席に座る。

 「ははは。そうですか。そうですか。ええ、それはよかった。じゃあ、バルナ様も?」
 「はい。今は外で畑の仕事をしています。こちらの生活を特に気に入っています」
 「そうですか・・・それは、よかった。ひと安心だ」

 フュンは、シャイナとの会話はテンポよく気軽に進めていた。
 いつもの彼の調子だと、女性らはついつい話をしたくなる。
 フュンは来る者拒まずスタンスで話すからだ。

 「フュン・メイダルフィア。バルナの事だが・・・」

 ウィルベルが恐る恐る聞く。

 「ええ。分かっています。今は子供です。だからこちらで、あなたたちと一緒に生活しましょうよ。ただ、大きくなったら彼に選択をさせたい」

 発言の真意を聞かされずとも、フュンはウィルベルが言いたいことを理解していた。
 バルナのことを思うのは、何も両親だけではない。
 フュンもまたバルナを大切に思っている。

 「選択?」
 「はい。あなたたちとここで暮らすか。それとも、外に出るかです」
 「外だと。い、いいのか。バルナは、ここを出てもいいのか」
 「ええ。あなたのお子さんです。とても優秀なはずだ。だから、彼がやりたいと思ったことを僕は支援します。なので、良く見ててあげてください。何になりたいのかを調べておいてくださいね。僕が表の生活を支援しますから」
 「そ、それは本当なのか!?」
 「ええ。でも勘違いしないでくださいよ。僕はあなたを許してません。これはあなたの為じゃないです。シャイナ様のためと、彼自身の為に言っています。それに彼が外に出たいと言ったらの話です」
 「あ・・・ありがたい話だ。ここで一生など。私たちは夫婦だからいいが。なあ、シャイナ」

 ウィルベルは、シャイナに顔を向けると、彼女は微笑む。
 あなたに一生ついていきますよと言っているようだった。

 「はい。ですが、私は最初からですけど、フュン様からそのような想定の話を聞いていました」
 「なに!?」

 衝撃の事実にウィルベルの目は丸くなる。

 「あなたが帝国を裏切っていると、フュン様がお話してくれた時から、私たち二人だけは必ずお守りします。僕がその方向に話をまとめますと言ってくれて。そこから、フュン様は何度も何度も、私たちの元に足を運んでくれていたのです。だから、私たちは、フラムさんとベルナ様に協力して、二人をお屋敷の中に入れたのです」
 「じゃ、じゃあ。あれらの証拠は。お前が手伝ったという事か・・・」
 「はい。私は、普通に暮らせればそれで幸せです。あなたとバルナと一緒に暮らせれば幸せなだけなんです。ここで罪を償って生きていきましょう」
 「そうか。悪かった……そうか、お前だったか」
 「ええ。裏切ってごめんなさい。あなた」
 「いや、今となれば裏切りではない。私が悪いのだ。私がナボルなんかを使って皇帝になろうとしたことが良くなかったのだ」

 二人は、前よりももっと良い夫婦となっていた。
 元々関係の悪くない夫婦だったがより良い関係を築いていたのだ。

 「そうですよ。ウィルベル様。ナボルよりもお二人を大切にしてください」
 「当然だ。今後はそうする」
 「ええ。それで、今日の僕は答え合わせをしたくて、話を聞いてほしくて来ました」
 「答え合わせ?」

 フュンは改まって話しかけてきた。

 「はい。あなたの今までの行動。それは帝国を乗っ取るための動きですよね。御三家の頂点。皇族になるためにナボルの協力をもらう感じですか?」
 「そうだな。基本はその形で動いていた」
 
 ナボルにいても、ナボルの入れ込んだわけじゃないのが、手に取るように分かる。
 フュンはウィルベルの一挙手一投足を見逃さないようにしていた。

 「そうですか。では最初に僕を狙ったのは誰です?」
 「あれはナイロゼだ。こちらに来た直後。最初の誘拐の事だろう?」
 「はい」
 「じゃあ、ナイロゼだ。私ではない。私はあまり属国に興味がなかったからな。あ奴の話は聞いていなかった」
 「そうでしたか」

 フュンは帝国に来た当初。
 帝国人生の最初から振り返る。
 この時、初めてあの事件もナボル絡みであることが確定した。
 
 「次はですね。辺境伯の話です。あれらはどうやって入手しましたか。僕と彼女の会話はミラ先生くらいしか知りません。あの段階だと・・・」
 「ああ。あれはたまたまだ。ハスラの中にヌロの間者がいたんだよ。それを監視していたナボルの影がたまたま掴んだだけだ。さらにそれをナイロゼが掴んだ形だ」
 「なるほど。あれはヌロ様が発端だったのか」
 「ヌロとそういう話をしていなかったのか?」
 「はい。過去を捨ててもらったので、根掘り葉掘りは聞きませんでした」
 「ずいぶん信頼しているのだな。敵対していたのに」
 「敵対?」
 「最初の頃から目の敵にされていただろう。茶会の時などな」

 ウィルベルはあの茶会時にいなかったので、ヌロの嫌味攻撃を知らないはずだから、フュンは素直に聞いてみた。

 「ん? ウィルベル様はあの時いらっしゃらなかったはず」
 「ナイロゼはいたぞ。私はそれの又聞きだな」

 疑問を解決して、ふと当時を思い出す。
 今のヌロとの良好な関係をを思えば、あれは笑い話のひとつである。
 
 「なるほどね。ああでもですよ。あれは可愛いもんですよ。僕にとって、あれくらいの侮辱は日常茶飯事でしたからね。気にしてません」 
 「ふっ。器が大きいのか。穴があるのか。面白い男だな」

 あの程度の侮辱では心が揺らぐことがない。
 フュンの幼い頃の馬鹿にされてきた出来事に比べれば大したことないのだ。
 生きてきた道のりが心の強さを生んでいた。

 「それじゃあ、肝心のサナリアの反乱ですね。あれらはヌロ様の文書を書き換えて、僕の弟を焚きつけた形でいいですか。入りはそうですよね」
 「そうだな」
 「その策。ナイロゼで?」
 「ああ。そうだ。人の調略関係は彼の仕事だ。私や、スカーレットが加入したのも彼の言葉に乗せられてだ」
 「なるほどね。だから穴があるのか・・・」

 ナイロゼの計略には、意外にも穴がある。
 しっかり組み立てられているようで、詰めが甘い部分があるのだ。
 フュンはナイロゼのそのような部分が気に食わない。
 仕事が出来る部分じゃなくて、仕事を疎かにする部分が好かないのである。
 フュンは、あんな風な男よりも、仕事が出来なくても一生懸命にやっている人の方を応援したい性格なのだ。

 「それで、それらをあなたがやらないのは何故です」
 「私がだと?」

 ウィルベル自身。
 そういう仕事は、自分の仕事ではないと思っていたので、フュンの質問に驚いた。

 「ええ。あなたの方が優秀なのに、なぜあんな男に任せたのですか。あなたがやった方が絶対に上手くいくはずですよ。だからもったいない。せめて重要な部分だけでもあなたがやっていれば・・・僕はあなたに勝てなかったでしょう」

 フュンの中で、ウィルベルの能力というのは、高い位置にある。
 それはあのリナの働きぶりでも分かる事なのだが、彼もまた非常に優秀な内政官であるのだ。
 だから、ナボルなんかと協力しなければ、ウィルベルが皇帝になってもいいとさえ思っているのだ。
 
 「……私自体は、基本の仕事が忙しくてな。今になり思うと、帝国の内政を牛耳るための動きだけをしていたから、他の仕事をあまり重要視していなかったのだな。私の部下を帝都に徐々に浸透させる。この試行錯誤に忙しいと言ってもよい。そう考えると、私とシンコは似ているかもしれないな。奴も王国での仕事が忙しいと言っていたからな」

 ウィルベルの裏での仕事は、ナボルとは別に動いている点があった。
 それが人材育成であり。
 育てた人物たちを、帝都の内部に送り込んでいたのだ。
 だから、皇帝の周りに非常に優秀な内政官がいた。
 帝都のみが皇帝の領土なのに、上手く内政が回っていたのは彼らの力のおかげでもある。
 ちなみになぜそんなことをしていたのかというと、自分が皇帝になった時の投資であると考えていたのだ。
 中々抜け目のない策略をウィルベルは個別で展開していたのだ。

 「ええ、それらの行動が、本当に素晴らしいものでしたよ。あれほど優秀な方たちが送り込まれていたのを、僕は今になって知りましたからね。しかも帝都しか領土のない皇帝にとっては、貴重な人材たちでした。帝国が維持されたのも結果としてあなたのおかげでしょうね」
 「まあ、それは知らんが。私がいずれ皇帝となる時に手足となる部下が重要だったからな」
 「だから、もったいない。ナボルなんかの力を借りずとも・・・ああ、そうか。力と言えば。そうなのか。ウィルベル様、戦力の問題ですね。将という戦力だ・・・」

 フュンは話の途中で、ウィルベルの欠点に気付いた。

 「そうだ。ドルフィン家が勝つには武将が足りない。良き武将のほとんどがタークに行っているからな。直接戦わないといけないと、私らが勝つのが難しいのだ。それに、私が頂点に立った場合の話。彼らが協力してくれるかが不安であった。だから武力を持つナボルとの協力を選んだのだ。ある程度の力を示さなければ、帝国の知をまとめられたとしても、武の部分をまとめられない。そう判断した」

 ウィルベルは、ドルフィン家の将の状況が厳しい懐事情だと気付いていた。
 正直、御三家の中で武将が最もいないのがドルフィン家である。
 内政が上手いために兵力はある。
 なのに、将がいない。
 それが結果として、大戦時などの結果にも結びついている。
 フラムは良し。
 でもその下がいないために大敗北を二度も喫している。
 だからナボルの力を借りるというウィルベルの戦略自体は、間違えてはいなかったのだ。

 「なるほどね。だから、戦争の素人のサナリアに計略を仕掛けて、帝都を襲わせて、そこを倒す。あのサナリアの反乱は、それが目的でしたね」

 フュンはサナリアの反乱の真の目的に気付いた。
 帝都にいる皇帝を倒してもらうのが目的じゃない。
 サナリアが倒されるのが前提の目的であったのだ。

 「その通りだ。サナリアの反乱時。サナリアの軍が帝都を攻める予定だったのだ。帝都が囲まれている時に、近場のククルの兵が助ける。そこが私の領地だから、名声と功績が残る形であったのだよ。その十隻さえあれば、タークに帰順にしている者たちが幾つかこちらに靡いてくれるかもと思ってな」
 「・・・なるほどね。それは正しい道のりだ・・・でも、僕がそれを邪魔したという形ですね」 
 「ああ。そうだ。あの時は、まさかとは思った。しかし今ならば当然だと思う。辺境伯の力を知れば納得の出来事だ」

 ウィルベルは素直にフュンの力を認めた。
 圧倒的な人の力。
 自分にはない誰かを頼る力を持っていた。
  
 「それは申し訳ない。僕が色々邪魔をしたようですね」
 「ふっ。別にいい」

 おかしな男だと思いウィルベルは笑った。

 「そうですか。じゃあ当時。ウィルベル様は、自分の所だけは攻められないと確信があったのですね。だからリーガに兵を置かなかった。サナリアの反乱時は、ククルに重点的に置いていたのですね」
 「そうだ。敵がリーガに攻めて来ることはない。ナボルの情報網で、王国の戦争状況を知っていたからな」
 「そうですか。なるほどね」

 サナリアの反乱時の戦場は、アージス平原とハスラだけである。
 ウィルベルがいるリーガには攻撃が来ていないのだ。
 これは事前に知っている承知の事実であり、これもまた内政の上手いウィルベルには追い風となる。
 それは兵力の温存という意味合いと、別に戦う必要のない事を知っているから、事前に兵数を揃えなくてもいいし、兵器の準備もしなくてもいいから、その分のお金を経済に回して発展させることが出来るからだ。
 内政の家であるから、より一層領土が豊かになるのである。
 そこで他の二家に対して、差を生み出すことが出来る。

 「それじゃあ、第七次アージス大戦の時も、形は同じですね」
 「ああ」
 「シンドラの反乱時は、逆にククルの兵をわざと少なくしたのですね。あなたのリーガの方から帝都に対して救援に出るつもりだったんですね」
 「そうだ。シンドラの反乱では、父上に死んでもらい。シンドラに占拠される事。そしてそこから、リーガの兵で帝都ごと助ける形であったのだ」
 「なるほど。なるほど。それなら功績としてはバッチリですね。計画的には完璧だ」
 「まあ。またそれを見事に砕いてくれたのは辺境伯殿だがな」
 「はははは。それも恨みますか?」
 「いや、今となっては、全く思わないぞ。ここでの生活で私の毒は全て洗い流された」
 「そうですか」

 今のが本心である。
 彼の表情から声から、その仕草から、至るところに不審な点がない。
 フュンは、ウィルベルの心の変化に気付いた。
 彼の体の中には毒がなかったのだ。

 そして逆にウィルベルから。

 「辺境伯・・・こちらからも質問だ。どうして私だとわかった。それなりに隠しているつもりだったが、怪しいと気付いていたのだろう」

 質問を仕掛けてきた。

 「ええ。それはですね。僕があなたたち、皇帝の子らに出会った頃。僕は全員の顔を記憶しています。僕に興味の無かったシルヴィアの無表情。僕が遅れてきた事に対するヌロ様とスクナロ様の訝し気な顔つき。僕の姿に驚いていたリナ様の顔。そして、皇帝陛下は遅れてきた事に気にもせず、僕自身を見つめる形でした。ですがあなたは・・・」
 「私はどうだったのだ?」
 「ええ。あなたは表情だけが驚いていた。取り繕ったような顔をしていました。だから僕と似てました。あれは、偽りの表情。仮面です」
 「ん? 私が辺境伯と似ているだと」

 フュンは、ウィルベルと自分が似ていると感じていた。
 それは公の場などで孤独を感じている部分がである。
 自分一人だけが別な場所にいるような感覚をウィルベル自身も持っている気がしていたのだ。

 「ええ。今になって気付いたのですが、僕もああいう場に馴染むための顔をします。普段の自分じゃない顔です。昔の僕は何も考えてない人間に見せるために、笑顔だけで乗りきろうとしていましたが、あなたはその場に合わせて表情を変えるようです。まあ、でもそれは色んな人にも言えます。誰かに会う時には誰かに合わせた表情をします。だけど考えてみてください。あなたはあの時。皇帝に次ぐ地位を得ていましたよ。水面下で兄弟争いをしていても、あなたが一番だったはずだ。なのに、あそこでコロコロと表情を取り繕うのはおかしい。僕は直感で、他の皇帝の子らとあなたの違いに気付きました。僕は、ヌロ様やリナ様よりも最初からあなたを警戒していたのです」
 「ふっ・・・そうか。最初からか・・・だから敵うはずもないか・・・」

 完敗である。
 ウィルベルの本心が漏れ出た。

 「まあ怪しんでいたとしても、敵だと確信したのはもっと後です。あの辺境伯就任の時ですね。あのパーティーの時が一番違いましたね。あなたの仮面が分厚くなっていました。上手くいかない悔しさの中にあるあなたの怒りを感じましたよ」
 「そうか。そうだったかもしれないな・・・自分の事を自分で分かっていなかったのだな・・」
 「ええ。そんなもんですよ。自分の事が一番わからないかもしれません。僕も同じです。それに気づいたのは弟の反乱の時でしたね。怒りと悲しみ。嘆きと後悔に苛まれた日々を過ごして、初めて気づきました。だから、ウィルベル様も感情の先に辿り着けば自分を客観視できるかもしれません。なのでこの場はとても良い場所となりますよ。色んな人がいますし、隣にはシャイナ様とバルナ様もいますしね」

 フュンはシャイナに微笑んで答える。
 すると彼女の方は満面の笑みでフュンに会釈した。

 「そうだな。ここで自分を見つめ直すとしよう」
 「ええ。それがいい。ここで、のんびり過ごすのもいいでしょう」

 フュンは穏やかに返事を返した。
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