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第二部 辺境伯に続く物語

第261話 皇帝の子ら

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 「ウィルベル様とナイロゼ。あなたたちがドスとトレス・・・ですよね」

 相手の全てを見逃さない。
 フュンの鋭い眼光が二人を捉え続ける。

 「何のことだ?」 
 「・・ウィルベル様の言う通りだ。そんな名は知らぬ」

 二人は了承しなかった。

 「そうですか。では、イルカルの事はご存じで?」
 「イルカルだと?」

 新年の挨拶をしていた時のまま。
 表情を崩さないウィルベルが聞き返した。

 「ご存じないですか。じゃあ、二人ともセイスと言えばよろしいですかね? セイスならばご存じのはず」
 「セイスとはなんだ?」
 「・・・・」

 ウィルベルは答えたがナイロゼは黙る。

 「さすが。皇帝の子らの長兄。とぼけるのも上手い……まあ、いいです。両方ご存じないのも良ろしくないですね。特にあなたの管轄だと思うのですよ。ナイロゼ。ラーゼに潜んでいたイルカル。あれはナボルの情報分析班の男です。ラーゼも。ナボルも。人に関する話はあなたのお仕事なはずだ」

 フュンは冷静に言う。
 まだまだ続けて攻撃する。
 ここからが怒涛の攻撃である。

 「ここからは、僕が勝手に話します。あなたが、帝国を乗っ取るための幹部『ドス』でウィルベルだ。そっちの調略を仕掛ける幹部『トレス』がナイロゼ。そして『ウナ』が戦闘隊長でスカーレット。『クアトロ』が暗殺部隊の長シスですね。それと『セロ』『シンコ』『シエテ』これらが誰なのかまだわかりません。ですが、そんなことはどうでもいいでしょう。あなたたちナボルは、ここから組織を立て直せませんからね」

 フュンはウロウロ歩き始めた。
 確固たる自信があるからこその歩きである。
 
 「何故かというと、この青の煙。これらは、アーリア全土で毎年上がるようになります」
 「なに!?」
 
 フュンがウィルベルの正面に立った。

 「ええ。アーリアの新年。1月1日。午後二時二分。この時間に煙を打ち上げる。こうなるとどうなるか。わかりますか。聡いあなたならば、お分かりになるはずだ」 
 「・・・・まさか・・・」

 顔を覗き込まれたウィルベルはフュンから目を背けた。

 「あなたは、頭のキレが良かったはず。なぜこんな時だけ鈍くなっているのか……では、あなたの方でお答えいただきたい。トレス。この状況になると分かりますよね。調略係さん」

 フュンは標的を、ウィルベルからナイロゼに変更するが。

 「・・・わ、分かりません」

 ナイロゼはトレスとしては答えなかった。
 ギリギリのところでナイロゼとして答えた。

 「それはいただけないですな。調略部隊長なのに、想像力が働きませんか。まあ、そんなんだから、僕らに勝てなかったんですよ。その程度の頭しか持たないのなら、あなたたちが僕に勝つ確率なんて足の小指一つ分もないですね」

 フュンの挑発が二人に刺さる。
 一気に睨みつけてきた。

 「ええ。良き目です。恨みが入った眼だ」

 挑発は完了。フュンは話を続ける。

 「では想像力が足りないようなので、一から説明してあげましょう。あなたたちナボルは、こちらの紋章に毒を仕込む。人の汗に反応する毒です。こちらの毒。蛇の道ガビィはそういう効能です。これと解毒剤をコントロールすることで、あなたたちは部下に言う事を言い聞かせている。裏切るか裏切らないか。下っ端どもの感情なんてよく分からないですから、あなたたちはこれを使って部下を支配下に置いているんだ。そして、それらを幹部には使う必要はない。なぜなら、あなたたちは裏切らないからですよね。所属している限りメリットがあるので、裏切る必要がない。だから自分たちに毒を入れたりして、体に害を犯すリスクを大きく取る必要がないんですよね? そうでしょ」
 「「・・・・・」」

 二人はフュンの言葉を無視する。

 「ええ。ですからセロから始まり、シエテまで計八人の幹部だけは毒を持たない・・・八人だけは、絶対的な仲間である。だから弱いです。あなたたち、よく考えてくださいよ。たったの八人ですよ。組織にはもっと人もいるのに、仲間と言える人間がたったの八人だけ。それはよろしくないですね」

 フュンは次の言葉を渾身の思いを込めた。

 「そんな人数如きで僕に勝てると思いますか?」

 言葉の思いとその重みに。
 貴様ら、平伏せ。
 フュンの感情が唯一爆発した瞬間だった。
 ドスとトレスを交互に覗き込むようにしてフュンは言い放つ。

 「僕にはたくさんの仲間がいます。あなたたちのように毒で縛るようなことをしなくても、僕には大切な仲間たちがいるのです。これは絆で結ばれた仲間です。あなたたちのような細い糸と毒で結ばれたような者たちに負けるわけがないでしょう。ふざけるのも大概にしてもらいたいですね。人の力と思いを信じない者共よ。僕に勝てると思ったのがそもそもの間違いだ」
 「・・・・くっ」

 表情を隠していたウィルベルが、歯を食いしばり悔しさを押し殺した。

 「それとナイロゼ。あなたは甘いです。調略を仕掛けるのであれば、よく考えなさい。あなたの計画は穴が多い。自分が出来る人間だという驕りが見えます。あなたの計略の全てが甘い」
 「なんだと」
 「ほら、馬鹿にされたら本性を出した。内政官じゃないあなたが表に出ました」
 「・・な!?」

 フュンはここで、扉の方を見た。

 「では入って来てもらいます。ナタリアさん! レイエフさん!」
 「「はい」」
 
 ウィルベルとナイロゼにとって、見たことのない人間が部屋にやってきた。
 男女はフュンのそばに来て会釈する。
 
 「では、ここがあなたたちをお見せする場となりました。どうぞ。外してください」

 二人は顎に手をかけて、仮の皮膚を引きはがす。
 すると中から別の顔が出てきた。
 それは、ウィルベルにとっても、ナイロゼにとってもよく知る人物である。

 「よくご存じでしょう。お二人とも。知らぬとは言わせない」
 「リナ・・・」「・・・ヌロ」
 
 二人が驚き、そこから言葉を発せなくなる。
 その間にスクナロがヌロに飛びついた。 

 「ヌロ!」
 「お久しぶりです・・・違いますね。仮の姿でも会ってはいましたね。スクナロ兄上」
 「お、お前・・・死んだんじゃ」

 肩を大きく揺さぶれているヌロは、声が震えながらスクナロに返事を返している。

 「……え、ええ。し、死にましたよ。一度死んで、フュン様に救って頂いたのです。拾った命、全てをこの時の為に賭けていましたよ……ゆ、揺れが。き、厳しい」
 「ヌロおおおおおおおおおおおおおお」

 スクナロはヌロを抱きしめた。
 ミシミシと上半身が泣いている。
 
 「く・・・苦しい・・・あ、兄上・・・」

 力が強すぎて苦しくなったヌロがスクナロの背中をタップしているが、彼は全く気付かない。
 このままではヌロが死んでしまうので。

 「スクナロ様。ほらほら、離れないとヌロ様が死にますよ。今度こそ、死んじゃいます。あなたが殺しちゃいます」
 
 フュンが止めてくれた。
 スクナロの肩に手を置いて、彼の抱きしめ攻撃を制止させる。
 
 「ああ。すまん。ついな」
 「ごほごほ。た、助かりましたぞ。フュン様」
 「ええ。でもフュン様は、もうやめませんか? ヌロ様は妻の兄ですよ。立場は僕の方が下です」
 「それは出来ませんね。今の私とリナ姉上にとって、あなたを無下に扱うなど無理です」
 「ヌロの言う通り。私もあなた様には感謝する以外の感情がありませんからね。訂正は難しいです」
 
 三人の方に近寄っていたリナも、ヌロの意見と同じで、フュンをただの妹の旦那として扱うには無理があった。
 
 「リナ。お前も生きていたのか」
 「ええ。スクナロ兄様。生きておりましたよ。フュン様に救ってもらわねば……ナボルに確実に殺されていたでしょうね」
 「リ、リナ姉様!?」

 シルヴィアが近づいて、リナの手を握る。

 「生きてらっしゃったのですね」
 「ええ。あなたも。あの戦争で良く戦い抜きましたね。偉いですよ」 
 「い、いえ。姉様が褒めてくれるとは・・・・」

 生まれて初めてリナに褒められてシルヴィアは照れた。

 「そ、それより本当に生きて・・・姉様。ほ。本物なのですか?」
 「はい。あなたの大切なフュン様に救って頂いたのですよ」
 「フュンが・・・」

 シルヴィアがフュンの顔を見ると、彼は優しく微笑む。
 姉妹は皆。力を合わせてこその兄弟。
 皇帝の兄妹は、争うためにいるのではない。
 姉弟は、協力するために存在するのだ。
 それがフュン・メイダルフィアが掲げた。
 『皇帝の願い。帝国の希望。大陸の未来』である。

 「リナ姉」「リナ姉様」 

 このタイミングで来たのが、アンとサティである。
 二人の登場後に、太陽の戦士たちが彼女らを隣の部屋から連れてきた。

 「ええ。ついに表に出れましたよ。アン。サティ」 
 「そうだね」「そうですね」

 二人は元々知っている。
 サナリアの幹部たちは、彼女らの正体を先に知らされながら生活していたのだ。
 
 「え。姉様たちは知っていたのですか」
 「ええ。もちろん。サナリアで働いてましたからね」
 「フュン。私にだけ・・・ん!」

 シルヴィアに若干怒りが湧き出ている所に。
 
 「いや。無理じゃん。シルヴィは嘘つけないよ。我慢しなって」

 アンに言われてしまった。
  
 「む。アン姉様」
 「だから、無理だって。嘘つけないとさ。リナ姉の迷惑になっちゃうよ。また敵に狙われちゃうよ」
 「・・・そ、それはそうですね」
 
 確かにと思うと怒りが静まっていく。
 会話も一時収まるかと思ったら、ウィルベルが話し出す。

 「なぜ生きている。二人は死んだはずだ。なぜ・・・」
 
 この答えを返すのはフュン。

 「ウィルベル様、あなたの言う通りに、お二人は死んでいますよ。ミラ先生の力を借りて、リナ様の死は、僕らが直接介入しました。毒薬を解毒する薬を飲んでもらって死を回避しましたよ。ヌロ様は、毒薬じゃなく直接殺しに来ると思いましてね。サブロウには見張りを頼んでいましたところ。まあ、ナボルと言う連中は暢気にノコノコとやって来てくれましてね。サブロウを見つけられないのに、ヌロ様を殺そうとしてくれてね。助かりましたよ」

 淡々と話すフュンを二人が睨む。
 彼らの方の計画は、最初から上手くいっていなかったのだ。

 「だから、ヌロ様の死を偽装出来たんですよね。これ見てください。ヌロ様には、これをあらかじめ、装着してもらい。こちらの偽の体に変わってもらって、刺されたら血が噴き出るように細工しています」

 フュンが持ち上げたのは、擬態用の肉体。ヌロの体より少し大きなものだ。

 「いや、そちらのシスが間抜けで助かりましたよ。首かどこかを触って、ヌロ様の呼吸か心臓を確認されてたら、サブロウが戦闘することになってましたからね。それだと作戦的には失敗だった。あなたたちにヌロ様が生きているとバレたくなかったのでね。まあでも、シスにも余裕がなかったのでしょう。ナシュアさんたちを追いかけないといけなかったですから、確認作業は出来なかったようですね」
 「い、いや、それでもヌロの死体はあったぞ! リナもだ。葬儀の前にあった、あの死体は?」
 「ええ。あれはですね。僕らにはあなた方のような凄い技術がないので、僕らは、誰かの死体をお二人の死体に似せる事しか出来なかったです。ですからお二人の遺体は早くに焼いてもらったのです。あれらは技術不足ですね。さすがは闇に潜んで何百年。そちらに分がある」
 「くっ。同じ技術か・・・・」

 ウィルベルにとって不都合な事ばかり。
 兄弟の死がなかったことで窮地に陥っていく。

 「さて、ウィルベル様。僕には、あなたがナボルになった理由がよく分からない。こっちのナイロゼはたぶん元々ナボルでしょうけど、あなたは違うようです。最初は、普通に皇帝の子だったはずだ」
 「・・・」

 フュンの予想に反論しない。
 ここはフュンにとって予想外だが、話は淡々と続ける。

 「ですが、その要因はたぶんこちらの方でしょう。ナボル入りのきっかけは、この方でしょうね」
 「きっかけだと?」
 「ええ、王貴戦争の頃。白閃に殺されたはずの彼・・・彼の死が原因で、あなたはナボル入りをした。そんな感じですかね。予想ですけどね」
 「な、何を言ってる?・・・白閃だと・・・」

 ウィルベルは困惑していた。

 「あなたにはもう一人、弟がいるでしょ。とても人懐っこい人がね」
 「ん?」
 「どうぞ。お姿をウィルベル様に見せてあげてください」
 
 光と共にフュンの隣にやってきた男性。
 容姿が隠されている男は、フュンに頷いてから、全ての装備を外した。 

 「ば、馬鹿な!? そ、その顔は・・・まさか・・・」

 ウィルベルは、レヴィに脅されている状態でも驚いてしまった。
 動いたために、背中にあったダガーが僅かに刺さって痛がる。

 「ぐっ・・な、なぜ、なぜ生きている。お前は・・・ベルナ!?」
 「お久しぶりであります。兄さん」

 右目に十字の傷が残る男性。
 ベルナ・ドルフィン。
 ガルナズン帝国第四皇子である。

 
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