262 / 420
第二部 辺境伯に続く物語
第261話 皇帝の子ら
しおりを挟む
「ウィルベル様とナイロゼ。あなたたちがドスとトレス・・・ですよね」
相手の全てを見逃さない。
フュンの鋭い眼光が二人を捉え続ける。
「何のことだ?」
「・・ウィルベル様の言う通りだ。そんな名は知らぬ」
二人は了承しなかった。
「そうですか。では、イルカルの事はご存じで?」
「イルカルだと?」
新年の挨拶をしていた時のまま。
表情を崩さないウィルベルが聞き返した。
「ご存じないですか。じゃあ、二人ともセイスと言えばよろしいですかね? セイスならばご存じのはず」
「セイスとはなんだ?」
「・・・・」
ウィルベルは答えたがナイロゼは黙る。
「さすが。皇帝の子らの長兄。とぼけるのも上手い……まあ、いいです。両方ご存じないのも良ろしくないですね。特にあなたの管轄だと思うのですよ。ナイロゼ。ラーゼに潜んでいたイルカル。あれはナボルの情報分析班の男です。ラーゼも。ナボルも。人に関する話はあなたのお仕事なはずだ」
フュンは冷静に言う。
まだまだ続けて攻撃する。
ここからが怒涛の攻撃である。
「ここからは、僕が勝手に話します。あなたが、帝国を乗っ取るための幹部『ドス』でウィルベルだ。そっちの調略を仕掛ける幹部『トレス』がナイロゼ。そして『ウナ』が戦闘隊長でスカーレット。『クアトロ』が暗殺部隊の長シスですね。それと『セロ』『シンコ』『シエテ』これらが誰なのかまだわかりません。ですが、そんなことはどうでもいいでしょう。あなたたちナボルは、ここから組織を立て直せませんからね」
フュンはウロウロ歩き始めた。
確固たる自信があるからこその歩きである。
「何故かというと、この青の煙。これらは、アーリア全土で毎年上がるようになります」
「なに!?」
フュンがウィルベルの正面に立った。
「ええ。アーリアの新年。1月1日。午後二時二分。この時間に煙を打ち上げる。こうなるとどうなるか。わかりますか。聡いあなたならば、お分かりになるはずだ」
「・・・・まさか・・・」
顔を覗き込まれたウィルベルはフュンから目を背けた。
「あなたは、頭のキレが良かったはず。なぜこんな時だけ鈍くなっているのか……では、あなたの方でお答えいただきたい。トレス。この状況になると分かりますよね。調略係さん」
フュンは標的を、ウィルベルからナイロゼに変更するが。
「・・・わ、分かりません」
ナイロゼはトレスとしては答えなかった。
ギリギリのところでナイロゼとして答えた。
「それはいただけないですな。調略部隊長なのに、想像力が働きませんか。まあ、そんなんだから、僕らに勝てなかったんですよ。その程度の頭しか持たないのなら、あなたたちが僕に勝つ確率なんて足の小指一つ分もないですね」
フュンの挑発が二人に刺さる。
一気に睨みつけてきた。
「ええ。良き目です。恨みが入った眼だ」
挑発は完了。フュンは話を続ける。
「では想像力が足りないようなので、一から説明してあげましょう。あなたたちナボルは、こちらの紋章に毒を仕込む。人の汗に反応する毒です。こちらの毒。蛇の道はそういう効能です。これと解毒剤をコントロールすることで、あなたたちは部下に言う事を言い聞かせている。裏切るか裏切らないか。下っ端どもの感情なんてよく分からないですから、あなたたちはこれを使って部下を支配下に置いているんだ。そして、それらを幹部には使う必要はない。なぜなら、あなたたちは裏切らないからですよね。所属している限りメリットがあるので、裏切る必要がない。だから自分たちに毒を入れたりして、体に害を犯すリスクを大きく取る必要がないんですよね? そうでしょ」
「「・・・・・」」
二人はフュンの言葉を無視する。
「ええ。ですからセロから始まり、シエテまで計八人の幹部だけは毒を持たない・・・八人だけは、絶対的な仲間である。だから弱いです。あなたたち、よく考えてくださいよ。たったの八人ですよ。組織にはもっと人もいるのに、仲間と言える人間がたったの八人だけ。それはよろしくないですね」
フュンは次の言葉を渾身の思いを込めた。
「そんな人数如きで僕に勝てると思いますか?」
言葉の思いとその重みに。
貴様ら、平伏せ。
フュンの感情が唯一爆発した瞬間だった。
ドスとトレスを交互に覗き込むようにしてフュンは言い放つ。
「僕にはたくさんの仲間がいます。あなたたちのように毒で縛るようなことをしなくても、僕には大切な仲間たちがいるのです。これは絆で結ばれた仲間です。あなたたちのような細い糸と毒で結ばれたような者たちに負けるわけがないでしょう。ふざけるのも大概にしてもらいたいですね。人の力と思いを信じない者共よ。僕に勝てると思ったのがそもそもの間違いだ」
「・・・・くっ」
表情を隠していたウィルベルが、歯を食いしばり悔しさを押し殺した。
「それとナイロゼ。あなたは甘いです。調略を仕掛けるのであれば、よく考えなさい。あなたの計画は穴が多い。自分が出来る人間だという驕りが見えます。あなたの計略の全てが甘い」
「なんだと」
「ほら、馬鹿にされたら本性を出した。内政官じゃないあなたが表に出ました」
「・・な!?」
フュンはここで、扉の方を見た。
「では入って来てもらいます。ナタリアさん! レイエフさん!」
「「はい」」
ウィルベルとナイロゼにとって、見たことのない人間が部屋にやってきた。
男女はフュンのそばに来て会釈する。
「では、ここがあなたたちをお見せする場となりました。どうぞ。外してください」
二人は顎に手をかけて、仮の皮膚を引きはがす。
すると中から別の顔が出てきた。
それは、ウィルベルにとっても、ナイロゼにとってもよく知る人物である。
「よくご存じでしょう。お二人とも。知らぬとは言わせない」
「リナ・・・」「・・・ヌロ」
二人が驚き、そこから言葉を発せなくなる。
その間にスクナロがヌロに飛びついた。
「ヌロ!」
「お久しぶりです・・・違いますね。仮の姿でも会ってはいましたね。スクナロ兄上」
「お、お前・・・死んだんじゃ」
肩を大きく揺さぶれているヌロは、声が震えながらスクナロに返事を返している。
「……え、ええ。し、死にましたよ。一度死んで、フュン様に救って頂いたのです。拾った命、全てをこの時の為に賭けていましたよ……ゆ、揺れが。き、厳しい」
「ヌロおおおおおおおおおおおおおお」
スクナロはヌロを抱きしめた。
ミシミシと上半身が泣いている。
「く・・・苦しい・・・あ、兄上・・・」
力が強すぎて苦しくなったヌロがスクナロの背中をタップしているが、彼は全く気付かない。
このままではヌロが死んでしまうので。
「スクナロ様。ほらほら、離れないとヌロ様が死にますよ。今度こそ、死んじゃいます。あなたが殺しちゃいます」
フュンが止めてくれた。
スクナロの肩に手を置いて、彼の抱きしめ攻撃を制止させる。
「ああ。すまん。ついな」
「ごほごほ。た、助かりましたぞ。フュン様」
「ええ。でもフュン様は、もうやめませんか? ヌロ様は妻の兄ですよ。立場は僕の方が下です」
「それは出来ませんね。今の私とリナ姉上にとって、あなたを無下に扱うなど無理です」
「ヌロの言う通り。私もあなた様には感謝する以外の感情がありませんからね。訂正は難しいです」
三人の方に近寄っていたリナも、ヌロの意見と同じで、フュンをただの妹の旦那として扱うには無理があった。
「リナ。お前も生きていたのか」
「ええ。スクナロ兄様。生きておりましたよ。フュン様に救ってもらわねば……ナボルに確実に殺されていたでしょうね」
「リ、リナ姉様!?」
シルヴィアが近づいて、リナの手を握る。
「生きてらっしゃったのですね」
「ええ。あなたも。あの戦争で良く戦い抜きましたね。偉いですよ」
「い、いえ。姉様が褒めてくれるとは・・・・」
生まれて初めてリナに褒められてシルヴィアは照れた。
「そ、それより本当に生きて・・・姉様。ほ。本物なのですか?」
「はい。あなたの大切なフュン様に救って頂いたのですよ」
「フュンが・・・」
シルヴィアがフュンの顔を見ると、彼は優しく微笑む。
姉妹は皆。力を合わせてこその兄弟。
皇帝の兄妹は、争うためにいるのではない。
姉弟は、協力するために存在するのだ。
それがフュン・メイダルフィアが掲げた。
『皇帝の願い。帝国の希望。大陸の未来』である。
「リナ姉」「リナ姉様」
このタイミングで来たのが、アンとサティである。
二人の登場後に、太陽の戦士たちが彼女らを隣の部屋から連れてきた。
「ええ。ついに表に出れましたよ。アン。サティ」
「そうだね」「そうですね」
二人は元々知っている。
サナリアの幹部たちは、彼女らの正体を先に知らされながら生活していたのだ。
「え。姉様たちは知っていたのですか」
「ええ。もちろん。サナリアで働いてましたからね」
「フュン。私にだけ・・・ん!」
シルヴィアに若干怒りが湧き出ている所に。
「いや。無理じゃん。シルヴィは嘘つけないよ。我慢しなって」
アンに言われてしまった。
「む。アン姉様」
「だから、無理だって。嘘つけないとさ。リナ姉の迷惑になっちゃうよ。また敵に狙われちゃうよ」
「・・・そ、それはそうですね」
確かにと思うと怒りが静まっていく。
会話も一時収まるかと思ったら、ウィルベルが話し出す。
「なぜ生きている。二人は死んだはずだ。なぜ・・・」
この答えを返すのはフュン。
「ウィルベル様、あなたの言う通りに、お二人は死んでいますよ。ミラ先生の力を借りて、リナ様の死は、僕らが直接介入しました。毒薬を解毒する薬を飲んでもらって死を回避しましたよ。ヌロ様は、毒薬じゃなく直接殺しに来ると思いましてね。サブロウには見張りを頼んでいましたところ。まあ、ナボルと言う連中は暢気にノコノコとやって来てくれましてね。サブロウを見つけられないのに、ヌロ様を殺そうとしてくれてね。助かりましたよ」
淡々と話すフュンを二人が睨む。
彼らの方の計画は、最初から上手くいっていなかったのだ。
「だから、ヌロ様の死を偽装出来たんですよね。これ見てください。ヌロ様には、これをあらかじめ、装着してもらい。こちらの偽の体に変わってもらって、刺されたら血が噴き出るように細工しています」
フュンが持ち上げたのは、擬態用の肉体。ヌロの体より少し大きなものだ。
「いや、そちらのシスが間抜けで助かりましたよ。首かどこかを触って、ヌロ様の呼吸か心臓を確認されてたら、サブロウが戦闘することになってましたからね。それだと作戦的には失敗だった。あなたたちにヌロ様が生きているとバレたくなかったのでね。まあでも、シスにも余裕がなかったのでしょう。ナシュアさんたちを追いかけないといけなかったですから、確認作業は出来なかったようですね」
「い、いや、それでもヌロの死体はあったぞ! リナもだ。葬儀の前にあった、あの死体は?」
「ええ。あれはですね。僕らにはあなた方のような凄い技術がないので、僕らは、誰かの死体をお二人の死体に似せる事しか出来なかったです。ですからお二人の遺体は早くに焼いてもらったのです。あれらは技術不足ですね。さすがは闇に潜んで何百年。そちらに分がある」
「くっ。同じ技術か・・・・」
ウィルベルにとって不都合な事ばかり。
兄弟の死がなかったことで窮地に陥っていく。
「さて、ウィルベル様。僕には、あなたがナボルになった理由がよく分からない。こっちのナイロゼはたぶん元々ナボルでしょうけど、あなたは違うようです。最初は、普通に皇帝の子だったはずだ」
「・・・」
フュンの予想に反論しない。
ここはフュンにとって予想外だが、話は淡々と続ける。
「ですが、その要因はたぶんこちらの方でしょう。ナボル入りのきっかけは、この方でしょうね」
「きっかけだと?」
「ええ、王貴戦争の頃。白閃に殺されたはずの彼・・・彼の死が原因で、あなたはナボル入りをした。そんな感じですかね。予想ですけどね」
「な、何を言ってる?・・・白閃だと・・・」
ウィルベルは困惑していた。
「あなたにはもう一人、弟がいるでしょ。とても人懐っこい人がね」
「ん?」
「どうぞ。お姿をウィルベル様に見せてあげてください」
光と共にフュンの隣にやってきた男性。
容姿が隠されている男は、フュンに頷いてから、全ての装備を外した。
「ば、馬鹿な!? そ、その顔は・・・まさか・・・」
ウィルベルは、レヴィに脅されている状態でも驚いてしまった。
動いたために、背中にあったダガーが僅かに刺さって痛がる。
「ぐっ・・な、なぜ、なぜ生きている。お前は・・・ベルナ!?」
「お久しぶりであります。兄さん」
右目に十字の傷が残る男性。
ベルナ・ドルフィン。
ガルナズン帝国第四皇子である。
相手の全てを見逃さない。
フュンの鋭い眼光が二人を捉え続ける。
「何のことだ?」
「・・ウィルベル様の言う通りだ。そんな名は知らぬ」
二人は了承しなかった。
「そうですか。では、イルカルの事はご存じで?」
「イルカルだと?」
新年の挨拶をしていた時のまま。
表情を崩さないウィルベルが聞き返した。
「ご存じないですか。じゃあ、二人ともセイスと言えばよろしいですかね? セイスならばご存じのはず」
「セイスとはなんだ?」
「・・・・」
ウィルベルは答えたがナイロゼは黙る。
「さすが。皇帝の子らの長兄。とぼけるのも上手い……まあ、いいです。両方ご存じないのも良ろしくないですね。特にあなたの管轄だと思うのですよ。ナイロゼ。ラーゼに潜んでいたイルカル。あれはナボルの情報分析班の男です。ラーゼも。ナボルも。人に関する話はあなたのお仕事なはずだ」
フュンは冷静に言う。
まだまだ続けて攻撃する。
ここからが怒涛の攻撃である。
「ここからは、僕が勝手に話します。あなたが、帝国を乗っ取るための幹部『ドス』でウィルベルだ。そっちの調略を仕掛ける幹部『トレス』がナイロゼ。そして『ウナ』が戦闘隊長でスカーレット。『クアトロ』が暗殺部隊の長シスですね。それと『セロ』『シンコ』『シエテ』これらが誰なのかまだわかりません。ですが、そんなことはどうでもいいでしょう。あなたたちナボルは、ここから組織を立て直せませんからね」
フュンはウロウロ歩き始めた。
確固たる自信があるからこその歩きである。
「何故かというと、この青の煙。これらは、アーリア全土で毎年上がるようになります」
「なに!?」
フュンがウィルベルの正面に立った。
「ええ。アーリアの新年。1月1日。午後二時二分。この時間に煙を打ち上げる。こうなるとどうなるか。わかりますか。聡いあなたならば、お分かりになるはずだ」
「・・・・まさか・・・」
顔を覗き込まれたウィルベルはフュンから目を背けた。
「あなたは、頭のキレが良かったはず。なぜこんな時だけ鈍くなっているのか……では、あなたの方でお答えいただきたい。トレス。この状況になると分かりますよね。調略係さん」
フュンは標的を、ウィルベルからナイロゼに変更するが。
「・・・わ、分かりません」
ナイロゼはトレスとしては答えなかった。
ギリギリのところでナイロゼとして答えた。
「それはいただけないですな。調略部隊長なのに、想像力が働きませんか。まあ、そんなんだから、僕らに勝てなかったんですよ。その程度の頭しか持たないのなら、あなたたちが僕に勝つ確率なんて足の小指一つ分もないですね」
フュンの挑発が二人に刺さる。
一気に睨みつけてきた。
「ええ。良き目です。恨みが入った眼だ」
挑発は完了。フュンは話を続ける。
「では想像力が足りないようなので、一から説明してあげましょう。あなたたちナボルは、こちらの紋章に毒を仕込む。人の汗に反応する毒です。こちらの毒。蛇の道はそういう効能です。これと解毒剤をコントロールすることで、あなたたちは部下に言う事を言い聞かせている。裏切るか裏切らないか。下っ端どもの感情なんてよく分からないですから、あなたたちはこれを使って部下を支配下に置いているんだ。そして、それらを幹部には使う必要はない。なぜなら、あなたたちは裏切らないからですよね。所属している限りメリットがあるので、裏切る必要がない。だから自分たちに毒を入れたりして、体に害を犯すリスクを大きく取る必要がないんですよね? そうでしょ」
「「・・・・・」」
二人はフュンの言葉を無視する。
「ええ。ですからセロから始まり、シエテまで計八人の幹部だけは毒を持たない・・・八人だけは、絶対的な仲間である。だから弱いです。あなたたち、よく考えてくださいよ。たったの八人ですよ。組織にはもっと人もいるのに、仲間と言える人間がたったの八人だけ。それはよろしくないですね」
フュンは次の言葉を渾身の思いを込めた。
「そんな人数如きで僕に勝てると思いますか?」
言葉の思いとその重みに。
貴様ら、平伏せ。
フュンの感情が唯一爆発した瞬間だった。
ドスとトレスを交互に覗き込むようにしてフュンは言い放つ。
「僕にはたくさんの仲間がいます。あなたたちのように毒で縛るようなことをしなくても、僕には大切な仲間たちがいるのです。これは絆で結ばれた仲間です。あなたたちのような細い糸と毒で結ばれたような者たちに負けるわけがないでしょう。ふざけるのも大概にしてもらいたいですね。人の力と思いを信じない者共よ。僕に勝てると思ったのがそもそもの間違いだ」
「・・・・くっ」
表情を隠していたウィルベルが、歯を食いしばり悔しさを押し殺した。
「それとナイロゼ。あなたは甘いです。調略を仕掛けるのであれば、よく考えなさい。あなたの計画は穴が多い。自分が出来る人間だという驕りが見えます。あなたの計略の全てが甘い」
「なんだと」
「ほら、馬鹿にされたら本性を出した。内政官じゃないあなたが表に出ました」
「・・な!?」
フュンはここで、扉の方を見た。
「では入って来てもらいます。ナタリアさん! レイエフさん!」
「「はい」」
ウィルベルとナイロゼにとって、見たことのない人間が部屋にやってきた。
男女はフュンのそばに来て会釈する。
「では、ここがあなたたちをお見せする場となりました。どうぞ。外してください」
二人は顎に手をかけて、仮の皮膚を引きはがす。
すると中から別の顔が出てきた。
それは、ウィルベルにとっても、ナイロゼにとってもよく知る人物である。
「よくご存じでしょう。お二人とも。知らぬとは言わせない」
「リナ・・・」「・・・ヌロ」
二人が驚き、そこから言葉を発せなくなる。
その間にスクナロがヌロに飛びついた。
「ヌロ!」
「お久しぶりです・・・違いますね。仮の姿でも会ってはいましたね。スクナロ兄上」
「お、お前・・・死んだんじゃ」
肩を大きく揺さぶれているヌロは、声が震えながらスクナロに返事を返している。
「……え、ええ。し、死にましたよ。一度死んで、フュン様に救って頂いたのです。拾った命、全てをこの時の為に賭けていましたよ……ゆ、揺れが。き、厳しい」
「ヌロおおおおおおおおおおおおおお」
スクナロはヌロを抱きしめた。
ミシミシと上半身が泣いている。
「く・・・苦しい・・・あ、兄上・・・」
力が強すぎて苦しくなったヌロがスクナロの背中をタップしているが、彼は全く気付かない。
このままではヌロが死んでしまうので。
「スクナロ様。ほらほら、離れないとヌロ様が死にますよ。今度こそ、死んじゃいます。あなたが殺しちゃいます」
フュンが止めてくれた。
スクナロの肩に手を置いて、彼の抱きしめ攻撃を制止させる。
「ああ。すまん。ついな」
「ごほごほ。た、助かりましたぞ。フュン様」
「ええ。でもフュン様は、もうやめませんか? ヌロ様は妻の兄ですよ。立場は僕の方が下です」
「それは出来ませんね。今の私とリナ姉上にとって、あなたを無下に扱うなど無理です」
「ヌロの言う通り。私もあなた様には感謝する以外の感情がありませんからね。訂正は難しいです」
三人の方に近寄っていたリナも、ヌロの意見と同じで、フュンをただの妹の旦那として扱うには無理があった。
「リナ。お前も生きていたのか」
「ええ。スクナロ兄様。生きておりましたよ。フュン様に救ってもらわねば……ナボルに確実に殺されていたでしょうね」
「リ、リナ姉様!?」
シルヴィアが近づいて、リナの手を握る。
「生きてらっしゃったのですね」
「ええ。あなたも。あの戦争で良く戦い抜きましたね。偉いですよ」
「い、いえ。姉様が褒めてくれるとは・・・・」
生まれて初めてリナに褒められてシルヴィアは照れた。
「そ、それより本当に生きて・・・姉様。ほ。本物なのですか?」
「はい。あなたの大切なフュン様に救って頂いたのですよ」
「フュンが・・・」
シルヴィアがフュンの顔を見ると、彼は優しく微笑む。
姉妹は皆。力を合わせてこその兄弟。
皇帝の兄妹は、争うためにいるのではない。
姉弟は、協力するために存在するのだ。
それがフュン・メイダルフィアが掲げた。
『皇帝の願い。帝国の希望。大陸の未来』である。
「リナ姉」「リナ姉様」
このタイミングで来たのが、アンとサティである。
二人の登場後に、太陽の戦士たちが彼女らを隣の部屋から連れてきた。
「ええ。ついに表に出れましたよ。アン。サティ」
「そうだね」「そうですね」
二人は元々知っている。
サナリアの幹部たちは、彼女らの正体を先に知らされながら生活していたのだ。
「え。姉様たちは知っていたのですか」
「ええ。もちろん。サナリアで働いてましたからね」
「フュン。私にだけ・・・ん!」
シルヴィアに若干怒りが湧き出ている所に。
「いや。無理じゃん。シルヴィは嘘つけないよ。我慢しなって」
アンに言われてしまった。
「む。アン姉様」
「だから、無理だって。嘘つけないとさ。リナ姉の迷惑になっちゃうよ。また敵に狙われちゃうよ」
「・・・そ、それはそうですね」
確かにと思うと怒りが静まっていく。
会話も一時収まるかと思ったら、ウィルベルが話し出す。
「なぜ生きている。二人は死んだはずだ。なぜ・・・」
この答えを返すのはフュン。
「ウィルベル様、あなたの言う通りに、お二人は死んでいますよ。ミラ先生の力を借りて、リナ様の死は、僕らが直接介入しました。毒薬を解毒する薬を飲んでもらって死を回避しましたよ。ヌロ様は、毒薬じゃなく直接殺しに来ると思いましてね。サブロウには見張りを頼んでいましたところ。まあ、ナボルと言う連中は暢気にノコノコとやって来てくれましてね。サブロウを見つけられないのに、ヌロ様を殺そうとしてくれてね。助かりましたよ」
淡々と話すフュンを二人が睨む。
彼らの方の計画は、最初から上手くいっていなかったのだ。
「だから、ヌロ様の死を偽装出来たんですよね。これ見てください。ヌロ様には、これをあらかじめ、装着してもらい。こちらの偽の体に変わってもらって、刺されたら血が噴き出るように細工しています」
フュンが持ち上げたのは、擬態用の肉体。ヌロの体より少し大きなものだ。
「いや、そちらのシスが間抜けで助かりましたよ。首かどこかを触って、ヌロ様の呼吸か心臓を確認されてたら、サブロウが戦闘することになってましたからね。それだと作戦的には失敗だった。あなたたちにヌロ様が生きているとバレたくなかったのでね。まあでも、シスにも余裕がなかったのでしょう。ナシュアさんたちを追いかけないといけなかったですから、確認作業は出来なかったようですね」
「い、いや、それでもヌロの死体はあったぞ! リナもだ。葬儀の前にあった、あの死体は?」
「ええ。あれはですね。僕らにはあなた方のような凄い技術がないので、僕らは、誰かの死体をお二人の死体に似せる事しか出来なかったです。ですからお二人の遺体は早くに焼いてもらったのです。あれらは技術不足ですね。さすがは闇に潜んで何百年。そちらに分がある」
「くっ。同じ技術か・・・・」
ウィルベルにとって不都合な事ばかり。
兄弟の死がなかったことで窮地に陥っていく。
「さて、ウィルベル様。僕には、あなたがナボルになった理由がよく分からない。こっちのナイロゼはたぶん元々ナボルでしょうけど、あなたは違うようです。最初は、普通に皇帝の子だったはずだ」
「・・・」
フュンの予想に反論しない。
ここはフュンにとって予想外だが、話は淡々と続ける。
「ですが、その要因はたぶんこちらの方でしょう。ナボル入りのきっかけは、この方でしょうね」
「きっかけだと?」
「ええ、王貴戦争の頃。白閃に殺されたはずの彼・・・彼の死が原因で、あなたはナボル入りをした。そんな感じですかね。予想ですけどね」
「な、何を言ってる?・・・白閃だと・・・」
ウィルベルは困惑していた。
「あなたにはもう一人、弟がいるでしょ。とても人懐っこい人がね」
「ん?」
「どうぞ。お姿をウィルベル様に見せてあげてください」
光と共にフュンの隣にやってきた男性。
容姿が隠されている男は、フュンに頷いてから、全ての装備を外した。
「ば、馬鹿な!? そ、その顔は・・・まさか・・・」
ウィルベルは、レヴィに脅されている状態でも驚いてしまった。
動いたために、背中にあったダガーが僅かに刺さって痛がる。
「ぐっ・・な、なぜ、なぜ生きている。お前は・・・ベルナ!?」
「お久しぶりであります。兄さん」
右目に十字の傷が残る男性。
ベルナ・ドルフィン。
ガルナズン帝国第四皇子である。
31
お気に入りに追加
464
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる