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第二部 辺境伯に続く物語

第260話 大陸における大事件のひとつ 『青の霧事件』

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 帝国歴525年1月1日

 「何の集まりなのだ。新年に集まるなんて、滅多にないのに。今は停戦中であろうにな。兄上は何かご存じか」

 悩んで腕組み中のスクナロが、片眉を上げているウィルベルに聞いた。
 
 「知らん。こちらも呼び出された立場だ」
 
 珍しくもウィルベルが不機嫌であった。
 自分が主導権を握れない会議は初である。

 「じゃあ、シルヴィアは?」
 「私も、呼ばれただけでありまして、兄様方と同じです」

 シルヴィアは小さく手を左右に振った。

 「お前もなのか・・・じゃあ、ジークが呼んだのか?」
 「いえいえ。私もスクナロ兄上たちと同じ。呼ばれた立場でありますよ」

 ジークは肩をすくめて答えた。

 「じゃあ、義弟が呼んだか?」
 「いいえ。僕は違いますよ。王家にはいますけど、皆さんを呼ぶような立場にはいないですよ。もし王家の皆さんを呼んでたら失礼ですね。ハハハ」

 フュンは屈託のない笑顔である。

 「そ、そうか。誰も知らんか」

 スクナロの首が下を向くと、会議室の扉が開いた。

 「スクナロ。余だぞ。余が皆を呼んだ。家族の顔を見たくてな」
 「「へ、陛下!?」」
 
 全員が立ち上がり挨拶をすると、いつものように皇帝は手を挙げてもうよいとした。
 先に座れと促された皇帝の子らが座り始める。
 席まで歩いてきた皇帝自身も座った。

 「よし。皆。新年だ。良い年にしようか。スッキリとした一年にしよう」
 「「「はっ」」」
 
 皇帝と共に、家族の話は始まり、一時間ほどが経過した時。
 緊急の連絡が入る。
 連絡を入れる人物にしては、やけに位の高い人物が来た。
 慌てている人物を見た皇帝の子らは、その事態がいかに緊急であるかを判断した。

 男性は、王家の皆がいる場でも叫ぶように声を出した。

 「ウィルベル様! 緊急です」
 「どうした? ナイロゼ。お前が慌てるとは、珍しい。それにここは・・」
 「わかっています。ですが、リーガで。事件が」
 「事件??」

 ウィルベルが立ち上がろうとすると。

 「どんな事件ですかね。ナイロゼ殿?」

 フュンが聞いた。
 だからウィルベルはそのまま椅子に座ったままとなる。

 「あ、あなたは・・・」
 「事件なのでしょう」

 フュンが強く言い放った。

 「それは、リーガの人間が倒れて・・・それも二千近くの住民が・・・」
 「なに!?」

 ウィルベルが驚いても、フュンは冷静で話を促し続ける。

 「ええ。そうですか。その方たち、どんな倒れ方をしました。症状は? 僕は医術を少々嗜んでいますから、診断しましょうか」

 ナイロゼがフュンの言葉に返答をする。

 「・・・え。そ、それが、青い煙が突如として、都市を包み込んでから、呼吸が出来ずに倒れたと」
 「いつですか?」
 「三日前であります」
 「それで? その後も?」
 「そこからすぐによくなって。二日前にも煙が出て倒れたと、だから昨日に緊急の伝書鳩をあちらから送って来たらしく。今朝には届いた次第でありまして・・・」
 「なるほど。なるほど。それは何かの襲撃のようですよね。毒ガスですか?」
 「し、知りません。倒れる者が限定されていて・・・」
 「そうですか・・・それは大変だ・・・どんな方が倒れているのでしょうね。限定されている方ってのはどなたでしょう」

 フュンはナイロゼの表情を見ていた。
 本当に心配する素振りは中々の物。
 
 「ナイロゼ、見当がつきますか?」
 「え? そ、それは・・・」

 ナイロゼはウィルベルをチラチラと見た。
 倒れる者の特徴を理解しているからだ。

 「ええ。知っているようですね。では解決案を言いましょう」
 「ん?」
 「リッカ。ナッシュ。お願いします」
 
 ナイロゼの両脇から太陽の戦士が現れた。
 リッカとナッシュがナイロゼを拘束する。

 「な、何をする。貴様ら!!」
 「ナイロゼ! ど、どういうことだ。フュン!」

 ナイロゼの拘束と共に、ウィルベルが叫ぶ。

 「ええ。あなたもです。ウィルベル様!」
 「なに?」
 
 ウィルベルの背後に現れたのは、レヴィだった。
 ダガーを背中に突きつけた。

 「き、貴様はどこに!?」
 「私は最初からいましたよ。あなたのがら空きの背後にね」

 淡々と答えるレヴィ。
 ダガーを肉体と服のスレスレの部分で留める。
 ウィルベルは彼女の気配を察知できなかった。

 「人々がバタバタと倒れる。そして一日で回復して、またバタバタと人が倒れる証拠。それを今からお見せしましょう。時間にしてあと三分。バルコニー側の窓を開けてください。ママリー。ハル」

 メイドに扮した太陽の戦士ママリーとハルがカーテンを完全解放して窓を開けた。
 フュンが宣言した三分が経つと煙が都市全体から湧き出て、帝都が真っ青に染まり始める。
 
 「時間ですね。これが、あなたたちへの贈り物ですよ・・・」

 フュンは二人を見た。

 「夜を彷徨う蛇ナボルのドス。トレスよ。これがあなたたちの組織への手向けの煙です。ナボル、最期の時をここ帝都で、過ごしましょうか」
 「「!?!?!」」

 ウィルベルとナイロゼは、言葉が出なかった。
 時が止まったように動くことも出来ず、ただフュン・メイダルフィアを見るにとどまる。
 帝都の上空を漂う青の煙が、恐ろしいものだと認識するのに反応が遅れていた。


 ◇

 この日。午後二時二分。
 帝都の各地に出現した青い煙は、帝都だけ炊きあがった煙ではなかった。
 帝国全土で、同じような青い煙が上がったのである。
 煙はある特定の人物だけに反応する。
 皆に太陽をアルバの煙である。
 
 ナボルの毒を治す時に出る咳が、ナボル殲滅の合図だった。
 各地で咳き込み、呼吸困難で倒れる者たちは全て。

 ナボルである!

 このためにフュンは、停戦からすぐに帝国中で戸籍を調べて、民の持病まで調べ上げていた。
 余計な人を捕まえないために、青の煙で倒れ込む人物をナボルだと断定するためにだ。

 この日。この時間に、帳簿以外の人間が倒れたらナボルであるとして捕まえる。
 その命令を実行していくのが、各地に向かった皇帝のドラウドと近衛兵たち。
 ククルとリーガ。それとシャルフには念を入れた。
 ウィルベルがナボル。
 だから、そのためにドルフィン家の領土には重点的に人が配置された。

 この煙は長らく焚かれることで、逃げ出すことは不可能。
 それにどこに逃げようにも意味がなかったのである。
 なぜなら、この青い煙。
 帝国全土が燃え上がるようにして湧きおこっている。
 さらに、ナボルにとって最悪なのは、この青い煙は、なにも帝国だけに起こった事ではない。
 イーナミア王国の領土にも青い煙が湧き出たのである。
 ババンやウルタスのような大都市。
 ルクセントやパルシス、ギリダートの前線都市も青の煙に包まれていく。
 王国側で、この煙で倒れる者は少なかったが、それでも内部にナボルがいたのは間違いなかった。
 ネアル王子がブルーを使って生み出した青の煙。
 薬作成のために、ラーゼの使者をルコットで受け入れてからババンで制作。
 それを知るのはネアルとブルーのみで、この事件はブルー直下の近衛部隊で引き起こしたものだった。
 だからアスターネやパールマンも知りえない事だったのだ。

 両国が青に包まれる。
 だから結果として、アーリア大陸全土が、青い煙に包まれることになる。
 なのでこの事件を、青い霧事件と呼ぶのだ。
 アーリア全土の人間たちが事件の中にいて、青い煙を見たので、『青い霧』と称したのである。
 人々が毒ガスだと思わなかった理由。
 それは、一般人にとって無害であったからだ。
 彼らの感想は、『なんか煙が出たね。お祭りかな』くらいの軽い気持ちであり、外に出ては青い煙を触って見たり、子供たちなどは、はしゃいだりしていた。

 両国の停戦からナボルの終焉が始まっていた。
 世界は、ここで大きく変わる。
 フュン・メイダルフィアの作戦によって、ナボルの人員を根こそぎ無力化する。
 彼の考えた闇の組織の機能不全計画が発動した時が、青の霧事件時であったのだ。
 
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