人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第249話 『アーリア最強』剣姫レベッカと、その師ジスター・ノーマッド

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 屋敷に侵入してきたナボルはこう思った。
 
 女のような綺麗な男の動きがわからない。
 すばしっこいとか、とにかく速いとかではない。
 何をするにも行動は見えている。
 だから何をしたいのかはわかる。
 なのに、その男の動きに、体の反応がついて来ない。
 そう言った方がしっくりくるだろう。
 
 目の前のジスターの攻撃展開は読み切れても、ナボルは防戦一方になるしかなかった。
 攻撃に移る瞬間がないと言える。

 「なるほど。だいぶお強いですね」
 「こっちのセリフだ。化け物か」 
 「化け物? 私は人です」

 ジスターは素直に答えた。

 「くっ。なんだこいつは」
 「攻め手を変えましょうか。どうでしょうこちらで」

 再びジスターが動き出した。
 消えるわけではない。見えているのに、反応が一個遅れる。
 ジスターが動いていく内に、速くなっているように感じていくのだ。

 長刀なのに、ダガー以上の速度で攻撃が繰り出される。
 短い射程の有利を活かす戦術を取れない。防戦一方になるしかない状態に、ナボルは苛立っていた。

 「くそ。反撃が出来ねえ」
 「してもいいですよ。させませんけど」

 太陽の戦士ジスターは、戦闘能力を買われて戦士になった男。
 フュンへの忠誠心はもちろんあるが、それ以上に強さを求めている求道者でもある。
 剣士としての実力は大陸でも最強クラス。

 独特のリズムで動く彼は、相手の反応の力を奪う。
 分かっていても止められないのが、ジスターの攻撃の特徴であり。
 ミランダやゼファーでも手を焼くのだ。

 「んんん。でもこれほど攻撃をしても防ぐとは、あなたはどなたで? ナボルでもお強い方でしょうかね」
 「ふっ。誰が情報を出すか」
 
 二人の会話の直後。ニールが玉を投げつけた。

 「なんだ!?」

 敵が驚くと、光と一緒に煙が出て来る。
 閃光弾兼煙幕かと思った敵だったが、何にもならない。
 
 「なにをした?」

 敵は戸惑い。ジスターらは驚いた。
 敵に何の変化も起きないのだ。

 「ニール君! これは例のですよね?」

 ジスターは敵を見つめたまま聞いた。

 「うん。ナボルには効くはずだし。それにナボルなはず!? 影の動きだ」
 「そうですよね。これは敵に効くはずだ・・・」

 皆に太陽をアルバの玉は敵の毒に効くはずなのだ。
 敵は明らかに影の動きをしている。
 だからこの攻撃は、有効なはずなのだが。
 敵に効いている素振りがない。
 息苦しさもなく、平然としている。

 「こいつ、体に毒がないんじゃないの」

 ルージュが言うと、続けてニールが口を開く。

 「そうか。ルー。殿下の予想通りってことか?」
 「うん。こいつ。ナボルの幹部。幹部には毒がないって殿下が」

 ルージュの指摘を聞いた敵は、ニヤリと笑った。

 「ほう……その予想。当たっていると良いな。小僧共」
 「そうですか。ならば好都合です。幹部ならば……私が倒しましょう。ここで倒してみせますので、皆さんは下がっていてください」

 ジスターがもう一度刀をしまった。

 「やはり一人で、俺に勝つつもりか。おんな男」
 「ええ。勝つつもりですよ。もちろん」
 「やってみろ」
 「では・・・」

 抜刀術の為に前傾姿勢になるジスター。
 右手で柄を握り直すと同時に前進した。

 「見えてるんだよ。遅せえ。もう見切った」
 「そうですか。しかしそれは本物でしょうかね」
 「ん!?」

 動きのズレを理解した敵は、完璧にジスターを捉えたと思った。
 鞘から引き抜かれた刀を見てから、自分の所に攻撃が向かってくる。
 その軌道すらも見切っているのに、この自信満々な物言いが気になる。

 「ナボル! 覚悟」

 ジスターの刀の刀身が、光輝いてから靄となり消えていった。
 
 「は!? ちっ。さっきの軌道の所に・・・」
 「おお! 反応よし」

 消えた刃が次に出てきたのは、ダガーの上だった。
 もしもそこに武器を置かなければ確実に自分の胸はえぐり取られていた。
 ナボルはその予想結果に背筋が凍った。

 「なんだお前の剣は、消えたり出たり。うざい」
 「まあ、そうなるでしょう。自分でも思います」

 ジスターは、太陽の戦士たちの中で影に隠れる技術がほぼない。
 自分の姿を消すことが出来ないのだ。
 それは自らの圧倒的な気配を隠せなかった。
 強者の力を隠すことが出来なかったのだ。
 当然、サブロウの影の訓練などで、なんとかそこを上手く働かせようとしたが、結局うまくいかずで、指導者たちも本人も諦めた時があった。
 だがしかし、ここでフュンが。

 『それなら別に隠れなくてもいいです。僕のそばにいてください。そうですね……役職的には用心棒です。用心棒。これがいいですね。別に戦士だからと言って太陽の技を使えなくてもいいのですよ。ジスター!』
 
 と言ってくれたおかげでジスターは、そのままの形で表に出続けて仕えることになった。
 この事でフュンを主としてさらに尊敬したのもある。
 そして、たゆまぬ鍛錬を続けた結果。
 思わぬ力を得てしまったのがジスターである。
 この結果、最強剣士の一角となったのだ。
 それがこれだ。
 消える刀身。
 自分の体に太陽の技が身につかなかったのに、自分の剣技の方に身に着いたのである。

 「これを陽炎という。ナボルにもない。太陽の戦士にもない。新たな剣技。我らの主、フュン様が命名してくれた私の大切な剣技であります。これであなたを斬り伏せましょう」

 認識のズレは、この剣技のせい。
 彼の体の動きに対して、剣が別の動きをしているのだ。
 陽炎の如く、輝いて屈折する剣技は、不規則な攻撃になる。

 数手のぶつかり合いの後。

 「お、俺が後手に回り続けるだと」
 「む。さすがは幹部。私の剣をここまで防ぐとは。なかなかやる」

 互いに互いの実力に驚いていた。

 その戦いを見ているのはこの場にいる全員。
 ハイレベルな戦いに息を飲んで見守っているが、一人だけ嬉しそうにして見ている人物がいた。
 それが、レベッカである。
 深紅の瞳が、この戦いの一部始終を見ていた。
 そして。

 「だっ!」
  
 レベッカが返事をした。

 「なに? レベッカ」

 ルージュが優しくそう言うと。

 「だだだ!!」

 レベッカがルージュの胸を叩いた後に。

 「だ!!!」

 ナボルの左足を指さした。
 
 「なに? 足?」
 「だ!」
 「気になるの?」
 「ん!」

 ルージュは、レベッカが指摘してきた足を注視した。
 敵の全身の動きの中で、左足の動きがおかしい。
 上半身は綺麗に動いているのに、右足も踏み込みがいいのに、左足だけが反応に若干遅れている。
 
 「ジスター! 左足」
 「足?・・・・」

 連続攻撃を仕掛けている途中で、ルージュの声が聞こえたジスターは、敵の足を見た。
 左右の動きに変化がある。
 たしかに、ほんの僅かだけ動きが悪い。
 敵の左に回り込む動きを加えてみると、敵は懸命に右足で移動を加速させた。

 「なるほど……その足。動きにくいのですね。利き足の右が良すぎて、左を疎かにしていると見た。ならば」

 ジスターは、敵の左足が弱点なことに気付いた。
 そしてそれは敵も分かっている事だ。
 自分の弱点を知っている敵は、そこを突かれまいと、左足を重点的に防御した。
 だが。

 「ええ。そうなるでしょうね。だから甘い。私は太陽の戦士で用心棒。そして、一介の剣士であります。弱点を突いて勝てばいい。そんな思考はしてません。ここで長所ごと叩き切るのです」

 ジスターは今まで横一閃の攻撃や、抜刀術などの横の攻撃しかしてなかった。
 単調なリズムでの攻撃をわざとしていた。 
 だから敵もなんとか攻撃を防いでいたというのもある。
 ここで、ジスターは最速で最強の一刀両断の動きをした。
 縦一文字に振り下ろす。

 「なに!? しかし、右なら余裕で躱せるぞ」
 「ええ。これが、陽炎の本当の力」

 ジスターの剣は空振りに終わる。
 剣の先が地面に着く。

 「ここだ。ここがチャンス。やっと来たぜ俺のターンだ」

 敵は、ジスターの攻撃を完全に躱して、反撃に移れると思っていた。
 だが、地面についたはずの剣が消えていた。
 刀身は再び消えていたのだ。

 「陽炎はどこにでも現れる。剣が失速している時もです。では終わりましょう。こうです」
 「くっ。なに」

 突然、敵の右の太ももから血が噴き出た。
 ジスターの剣は地面から返り、切り上げの攻撃に変わっていたのだ。
 躱せたことに安心していた敵は、そこを見逃していた。

 「これで機動力はない。終わりです」 
 「なに。これくらいの傷なら」
 「これくらいの傷が・・・戦場では命とり。あなたの弱点は左足。それをカバーする足を失えば、あとは私の剣を防ぐことはできない」

 深く目を閉じたジスターは相手の間合いを見ずに、戦闘準備をした。
 刀を再びしまい。
 鞘に納めると同時に。

 「陽炎 斬!」

 剣技を披露したらしい。
 誰の目にも見えない剣技で相手の体を斬った。
 ナボルの全身から無数に血が飛び散る。

 「終わりです。名もなき方。せめて名乗ってもらえば、あなたの名を呼べましたね。今度からは、戦う前に名乗ってもらいましょうかね。お名前を言えないのは、失礼でしたね」

 敵の倒れる姿を見てジスターは言った。
 その後ろからニールが部屋の入り口でサティとアンを守っていたエマンドの方に顔を向ける。

 「エマンド」 
 「おう」
 「縛る。こいつを捕らえよう。殿下に報告をする準備をしよう」
 「そうだな。俺たちで部屋に閉じ込めておこう。影を厳重に配置だな」

 エマンドとニールがナボルの処理をしている間。

 ◇

 「助言! 助かりましたぞ。ルージュ君」
 「ジスター、私じゃない」
 「ん?」
 「こっち。レベッカが足が悪いって見抜いた」

 ルージュは、レベッカを持ち上げて、ジスターの顔の前に持っていった。

 「ほう。レベッカ様がですか!?」

 ジスターがレベッカの顔に近づくと、彼女は体を一生懸命動かして話し出した。

 「だ!」
 「そうですか」
 「だだだ」
 「なるほど」

 会話が成立しているのかは知らないが、二人は納得していた。
 不思議な空間であった。
 赤子と最強の剣士。
 独特な雰囲気を持つ二人である。

 「なんて言ったの?」
 「はい。『奴は踏み込みが弱い』だそうです。それを見たと」
 「そんなに話してたの!?」
 「ええ。『特に外側に行く時に注意しろ』だそうで。若干動きずらいのだという事ですね」
 
 ジスターがそう言うと、レベッカが頷いた。
 
 「そうなの!? レベッカ」

 自分の顔の前にレベッカを持ってきて、ルージュは聞いてみた。

 「だ!」

 拳を握り込んで前に出したレベッカ。
 同意という意味なのだろう。
 自信のある顔つきだった。

 「そうなんだ。凄いね。この子」
 「そうですな。さすがは我らの主の子。それとシルヴィア様の血もあるでしょうね」
 「そうみたいだね。お嬢も強いから」
 「レベッカ様。ジスターは感謝しますぞ。あなた様のおかげで勝ちました。これで、やっと主フュン様の役に立てました。ありがとうございました」
 「だ! だだ! だだだだ!!!」

 綺麗なお辞儀をしたジスターの肩にレベッカが手を置いた。

 「なんて言ってんの?」

 ルージュが聞くと。

 「『よくやった』『褒めて遣わす』『父の為にこれからも頑張れ』だそうです」

 ジスターが答えた。

 「ふ……ふてぶてしいね。レベッカって」

 レベッカを見つめる二人は、苦笑いをした。


 これが、アーリア大陸一の師弟コンビ。
 『夜叉ジスター』と『剣姫レベッカ』の初共闘である。

 のちにアーリア最強の剣士の称号を背負うことになるレベッカは、太陽の戦士ジスターの弟子となる。
 最強格の剣士の教えと、元々持つ才により、レベッカの才能はここからすぐに爆発し、開花するのであった。

 戦姫から生まれた剣姫。
 その実力は両親をも超えることになり、彼女は剣の道を進むことになる。
 風陽ふうび流という一大剣術を生み出すのであった。
 後世に続く。アーリア大陸内で主流となっている剣技の事である。
 

 

  
 
 
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