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第二部 辺境伯に続く物語

第247話 終戦からの宣言

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 スカーレットが倒れた後。
 バルナガン軍の動揺が一気に広がり、南の軍が停止した。

 外から戦争を観察していた皇帝が、そのバルナガン軍の動きが無くなったことに気付き、戦いが終わったのだとすぐに理解した。
 なので、ここがチャンスであると、エイナルフは声を張り上げた。

 「聞け。双方の軍よ。余が、ガルナズン帝国皇帝エイナルフ・ヘイロー・ヴィセニアである。全軍直ちに武器を納め。戦争をやめよ。この戦争。皇帝である余が預かる。ここから勝手に動いた場合。余の軍。近衛軍と直轄軍サナリア軍が、両軍に対して致命的な攻撃を展開する。ラーゼの軍は城へ。バルナガン軍はラーゼの西門に集まれ。これにて戦闘は中断せよ。戦争は停戦とせよ」

 皇帝の声が響いた後、両軍は言われたとおりに移動を開始した。
 バルナガン軍を西門の前に並べた理由。
 それは、都市バルナガンの位置が東であるからと、西門のすぐ裏が山で、西門の北側が海。
 もし反乱をするなら押し込んでバルナガン軍を消すつもりであるからだ。
 皇帝は地理的理由により、ここを選び。
 計算高い指示を出していた。


 ◇

 ラーゼの南門にて。

 「陛下? まさか。陛下がこちらに来られるとは」
 「うむ。婿殿が、いくら余の代理だとしてもな。戦争を終結させるには余が必要であるだろう」
 「たしかにそうですね。ありがたいです。助かりました」

 ほっとしたフュンの表情に、皇帝は満足そうな顔を浮かべた。

 「親父」
 「ん?」
 「敵の大将代理にこっちに来いと言って来た。夕暮れには来るそうだ」 
 「そうか。よくやった」

 ジュリアンが報告に来たと同時に、フュンは奥から来てくれた人に手を振った。

 「ウルさん!」
 「あ。王子! よかった。無事?」
 「ええ。無事ですよ」
 「ほんとぉ。結構ボロボロよ。まったく! 今、強がってんじゃないの」

 ウルシェラは、フュンの体をペタペタ触って確認していた。
 
 「いやいや、意外にも元気でしてね。怪我してませんよ。ハハハハ」
 「そうみたいね。王子、珍しいね」
 「ええ。僕、だいぶ強くなったみたいですよ。ウルさん」
 「まあ。でも、無茶は駄目よ。あたしも、シェンも・・・心配したんだからね」
 「ええ。ありがとうございますね。シェンさんにも迷惑をかけました。でも助かりましたよ。そうだ詳しく聞いてなかったんですけど。どうやってこちらに?」

 周りの人間たちにとって、この二人の会話が不思議であった。
 軍の総大将。サナリアの領主。帝国の辺境伯。
 数々の役職を並べても、どれもこれも位の高いものばかり。
 なのに、一般兵よりも少しくらい偉いのかなと思う女性が、フュンと馴れ馴れしく会話する。
 その不可思議な現象に皆が首をかしげていた。

 「それがね。ラメンテにミラが来てさ。あたしたちを追いかけてきたのね。あたしたちって、ガイナル山脈の戦いの方に行こうとしていたのね。もうラメンテにさ。将がいないからさ。あたしたちがやるしかなかったのよ」

 友達に話す言葉使いに、更に周りの者の首が横に曲がる。
 でもフュン自体は嬉しそうに会話していた。
 友人との対等な会話が久しぶりであるからだ。

 「だからね。フュン親衛隊が軍の司令官を担っていたの。それでガイナル山脈中央の麓くらいに布陣して、一時休息を取っていたら、ミラが来たのね。こんな感じでさ」

 ウルシェラが物まねをした。

 「おい! ウル。マー。お前らはフュンの所に行けなのさ。たぶん、あっちにも戦力が必要だ。しかもあいつのことをよく理解している兵が必要だ。さすがにラーゼの兵士だけでは辛い。奴らが強くとも、フュンを深い部分で理解している奴がいねえ。だから、お前らが行って、助けになれ・・・つうことで、ガイナル山脈の中をいけ。敵に居場所を知られずにだぞ。いいな。どんな事態になっているか分からんから。慎重にだぞ」

 結構似ていたのである。
 だからフュンは、『言いそうですね』と大笑いして聞いていた。

 「そうなのよ。こんな感じで別に具体的な指示をもらわなかったのよね」
 「それはよく上手く行動が出来ましたね。さすがですよ。ウルさん」
 「うん。シェンとさ。山からこっちに来た時に、ミラの睨んだ展開かは知らないけど、ラーゼが取り囲まれていたからさ。急いであたしが、帝都に向かったってわけ。サナリア軍が帝都にいるのを知ってたからね。一般人の振りをして離脱して走っていったのよ」
 「そうですか。大変な迷惑を……申し訳ないですね。それっていつ頃?」
 「たぶん、囲まれてばかりの頃じゃない。あっちの奥の頂上で見たからさ」 
 「なるほど。あの山ですね」

 ガイナルで二番目に高い山から見えたらしい。
 望遠鏡で戦況を確認した時にラーゼが攻め込まれている所だったようだ。
 そしてここからの話を聞くに、二日目あたりではないかとなった。
 だから、三日で帝都軍を導くことになったということだ。

 「そうなのよ。帝都に向かう途中でさ、ちょうど帝都軍が来たってわけ」
 「なるほど。だからこれほど早くウルさんが援軍を・・・陛下。僕の為にそれほど早く移動をしてくれたのですね」
 
 フュンはここで陛下を見た。

 「うむ。余らのドラウドが緊急事態だとして、おそらく婿殿たちが戦闘をする前。バルナガン軍がラーゼに向かう直前の情報が来たのだ。だから戦争前だな。日数で言えばな。七日だな。一週間前にドラウドが全力で帝都まで移動してくれてな。そこから急いで準備をして出撃したのだ」
 「そうでしたか。助かりましたよ陛下」
 「そうだろ! あたしらも、大将がピンチって聞かされてな。軍をすぐに出したのよ。あ、それとシガーにも連絡を入れておいた。シンドラにいるだろうけど、あいつも不安に思うだろうからな」
 「ええ。ありがとう。フィアーナ。良き判断です」

 フィアーナも将らしく動けていた。
 一刻も早く自分たちの大将を助けなくてはならないと、急ぎサナリア軍を編成して、帝都軍と息を合わせて出撃したのだ。
 
 「ありがとう。では、皆さんにここまでの話をお伝えしますね。それと、このナボルたちを何とかしないと」

 気絶しているスカーレットを皆で見た。

 宿敵であるナボル。
 その幹部であるスカーレットとイルカルを確保したことがこの事件の最大の手柄だった。
 ラーゼ防衛戦争という名称が、歴史の教科書に大々的に乗っているので、こちらの方が一般人にとって有名となってしまったが、本来はラーゼ粛清事件として書かれるものである。
 ナボルにより計画された。
 ラーゼを悪者に仕立てあげ、裏切り者は粛清すべきであるとされた事件であり。
 中身としては、帝国の粛清対象になる行為である裏切りをラーゼ王国になすりつけるものなのだ。
 この計略は、フュン・メイダルフィアが必ずちょっかい出すはずだと、その行動も読まれた罠でもある。
 実際、この粛清事件で、フュンは死んでもおかしくなかった。
 一万対九万の戦い。絶望的な数の違いだ。
 普通に戦えば、戦局を読まずしても勝敗行方などは決まっている。
 それに太陽の戦士として戦えないラーゼであるから、この差があれば必ず勝てると踏んだのがナボルであった。
 ドノバン決戦で痛い目を見たナボルが、慎重に判断した結果で、戦争をしたはずだったが。
 実際はラーゼが覚醒してしまい、太陽の戦士に近い能力を発揮したことで、一万対九万の戦いを互角に持っていったのが、この戦争の最大の決め手である。

 それと、あの初戦の時点でバルナガン軍が勝負を決めていたら勝てただろう。
 だから、情報分析のイルカルでは戦況を見極めることが出来なかったのだ。
 彼は情報を集めるのが上手く、利用するのが上手いだけで、兵士の一人一人の動きを読めたわけじゃなかった。
 なにせ、二日目以降の彼らの動きを読めていなかった。
 どんどん成長していくラーゼの兵士たちを見ていなかったことが、イルカルの敗因で、スカーレットは一人の戦士としては腕が強く、一人の女性としては口が強く、でも一人の将としては弱かったのだ。
 軍の指揮を知らない。軍の士気も分からない。
 ストレイル家の血がそうさせたのだろう。
 ヴァーザックもまた一介の兵としては強く、一人の将としては良くない将である。
 だから、スクナロはバルナガンを彼に任せて、自分の副将をハルクにしているのだ。
 ヴァーザックよりもハルクの方が若い。
 それに格もハルクの方が低い。
 なのに戦争時に側近として重宝してるのが彼であることから、実力を見抜かれていたわけである。
 ちなみに、スターシャ家は彼らとは別である。 
 ハルク。サナ。
 この親子はとても良き将で兵士である。
 個人でも団体でもその強さを発揮するターク家きっての優秀な貴族の家である。
 武家。
 そう呼んでもいい。素晴らしい家系である。

 ◇
 
 その後。
 帝国歴524年6月30日夜。
 この日、ラーゼ防衛戦争の終結が、ラーゼ国で皇帝陛下の口から直々に宣言なされた。
 皇帝が自身の名において、バルナガン軍を解体させて、ラーゼにも武装解除させたことで、戦争の完全終了を宣言したのだ。
 この戦争の最大の功労者はラーゼの民たち。
 実際はフュン・メイダルフィアの策略が随所にあるのだが、彼は全ての功績をタイローに押し付けたので、ここでは何も功績を得ていないことになっている。
 前と同じことであるが。
 だからフュン・メイダルフィアが、この時期に裏側の人間だと言われる所以でもある。
 全ての実績。全ての功績。それを全て友人に渡したのだ。
 帝国を守るために奮闘できた事。友達を救うために動けた事。
 それだけでフュンは満足している。
 フュン・メイダルフィアとは、出世欲などとは無縁の男なのだ。


 そして、翌日の朝。
 この事件の最後。
 フュンはタイローを隣に置いて、ラーゼの港から海を眺めていた。

 「タイローさん」
 「なんでしょう」
 「僕ら、これからもずっと友達ですよ」
 「え?」
 「いいですか。主従関係じゃありません。太陽の人とその待ち人の新たな関係です。太陽の人を待ってくれたラーゼ。その王となったタイローさん。そして帝国の辺境伯になった僕。この二人の関係は、ただの友人がいいんです。駄目ですかね?」
 「・・・そうですね。私も友人がいいです。でも私は、あなたを敬いますからね。これだけは許してください。お願いします」

 これからの関係は対等の友人。
 何も気兼ねなく、お互いを頼っていこう。
 それが二人の関係となる。

 「まあ、友人になってくれるなら、それくらいは我慢しましょう。それでは、タイローさん。僕らが力を合わせて反撃しませんか」
 「え?」
 「僕、思いついたんですよ」
 「何をですか」
 「これどうです」

 フュンはタイローに耳打ちをした。

 「はい!? ええええ?!?!?」
 「ええ。やってみましょう。サナリアとラーゼの総力を挙げてやりましょうよ」
 「さ、さすがに出来るかは。私にはわかりませんよ。出来るのでしょうかね?」
 
 タイローは信じられない内容に驚きを隠せなかった。

 「僕の知識、母の知識。サナリアの力。ラーゼの力。これらを合わせて、ナボルをこの大陸から消し去ります。僕の怒りは、それほどであると敵の幹部に教えてやりますよ。尻尾を掴めない幹部なんてもうどうでもいいです。ここは、無視してやります。敵が敗北を認めざるを得ないような一撃を加えてみせます。どうでしょう。これやってみませんか。ね! 僕らが協力すれば、なんでもできますって。それに、カルゼンさんと僕の母。二人がやるはずだった事だと思うんですよね。たぶん・・・」
 「・・・・そうかもしれませんね・・・そうですね。いいでしょう。私もやります。ラーゼも。総力をあげます」
 「ええ。やりましょう。僕らの強烈な一撃を、どんと見せてやりましょう」
 

 これにて、フュンが巻き込まれた事件。
 ラーゼ粛清事件は終了となる。
 
 裏で糸を引いたナボルによって起きた戦争だったから、戦う必要のない死闘と言えるだろう。
 でもそれは、ラーゼ粛清事件の表面上を見ればの話である。
 
 実はこの出来事が無ければ、フュンはナボルとの戦いに終止符を打てなかったのだ。
 だからある意味。
 意味のある戦争であったのだ。
 この事件が帝国の変わり目と言われる所以はそこにある。
 サナリア辺境伯とラーゼ国王の新たな関係により、ガルナズン帝国は大きく変わっていく。
 これより先の帝国は、新時代へと突入するのであった。



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