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第二部 辺境伯に続く物語

第246話 ラーゼ防衛戦争Ⅸ 二つの太陽

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 ラーゼ南。
 バルナガン軍の本陣よりもさらに南に、とある連合軍が出現した。
 装備の違う二つの軍が立ち止まる。

 「んじゃ、あんたは休んだ方がいいぜ。きついだろ。おい、あんた護ってやれよ」
 「当り前だ。オレはそのためにいるんだからな。それよりあんたこそ大丈夫かよ」
 「へっ。あたしの心配か。んなもんいらねえよ。あたしらは、最強騎馬軍だぜ。サナリアの四天王。弓のフィアーナだぜ!」

 騎馬に乗るフィアーナは、皇帝陛下の隣にいるジュリアンと会話していた。
 この戦場にまで皇帝が来ていた。
 勝つには援軍が必須。
 そのドラウドからの連絡が皇帝に到達してから、皇帝の近衛軍とサナリアの騎馬部隊が急ぎ準備してラーゼを目指したのだ。
 その途中。
 フュンの部下だという女性が現れて、九万の軍に囲まれている現状を知り更に急いで援軍として駆け付けたのである。
 婿殿だけに頑張らせるのは忍びないとして、歳ではあるがここは自分が必要だろうと、駆けつけてくれたのである。

 「どれ。余はここで見ておこうか。フィアーナとやら、どのように攻撃をするのだ」
 「おう。おっさん。あたしはな。南の軍の後ろがいいだろうな。んで、おっさんの軍は左右に別れてくれ。あんたらの一万ずつが真横を突けば慌てんだろ。あたしは真正面の背後。あそこに突っ込むからよ。たぶんあたしらのとこが激戦になるぜ」
 「そうか。わかった。近衛軍をそのように配置する」
 「おう。まかせとけ。どうせこの攻撃上手くいこうが、いくまいがどっちでもいいんだ」
 「ん?」
 「うちらの大将がなんとかするから、とりあえず行ってみりゃ分かる!」
 「ははは。そうか。わかった。婿殿に任せるとするか」
 「おう。だから失敗を恐れんなよ。おっさん!」

 とまあ、自分の会話相手が皇帝陛下だと思っているのか分からないフィアーナであった。

 ◇

 ラーゼ防衛戦争五日目。
 この日も戦場は変わらないと思われていた。
 耐え続ける姿勢で戦うラーゼに、数の違いで相手の心を折ろうとするバルナガン軍。
 この状態が延々と続いて、いずれはバルナガンが数で押し勝つ。
 それが双方の兵が思う事。
 それがスカーレットが考える事。

 そうである。普通の人間が考えることがその戦略である。
 だが、フュンは違う。
 彼だけは、マーシェンが来た時にこの事態を予想していた。
 彼の親友である。マーシェン。そしてウルシェラ。
 二人が自分のために動いてくれたのに、この戦局が変わらないなんてありえない。
 絶対に応援を間に合わせてくれるはずだと信じていたのである。
 
 本来ならば、こっちの考え方がおかしい。
 ありもしない期待を戦略に入れこむ。 
 勝つ方法を来るかもわからない援軍に賭ける。
 これは危険な考えである。
 でも、フュンはこれが絶対だと思っていた。
 自分が信じる人たちが、自分を信じてくれる人たちが、自分の窮地をそのまま見過ごすとは思えない。
 必ず駆けつけてくれるのだと、心から信じていたのだ。
 だから、彼の人を信じる心が、この戦局を一変させた。

 事態は、急転する。
 西。東。双方の真横に突如として現れる帝国軍。
 バルナガン軍は虚を突かれたことで大混乱をした。
 立て直すべく動き出すのだが、編成し直したばかりの軍の為に命令系統が乱れていた。
 結果として、フュンたちがナボル軍三万を殲滅したことがここに来て効いていたのだ。
 西。東の軍の勝機は無くなっていった。

 そして、スカーレットがいる南の軍は、前傾姿勢のように進んでいたことが裏目に出て、後ろから来るフィアーナ軍を探知するのに時間をかけてしまった。
 その僅かな判断の過ちが、フィアーナ相手では良くない。
 彼女の部隊の弓を一方的に浴びることになる。

 後ろが崩壊。前はどん詰まり。
 前後が上手くいかないところで慌てるスカーレットはここでラーゼの南門が開いたことに驚いた。
 さっきまでは上にいたはずのフュンとタイローが現れる。
 僅かな兵を率いて、前進してきた。
 これがこの戦争の勝負どころの戦いである・・・。

 ◇

 「レヴィさん! 太陽の戦士。それとラーゼの戦士たち。僕とタイローさんに続いて下さい」

 門を開く前。
 フュンは皆に指示を出した。
 ここにいるのは、フュン。レヴィ。タイロー。太陽の戦士四名。タイローが育てた私兵四百。そして中央待機の予備兵千である。
 
 「僕らは一気に敵本陣まで駆け抜けます。敵の総大将スカーレットを討ち。勝負を決めます。いいですね」
 「「「「はい」」」」 
 「では、開けてください! 門兵さん!」
 「「わかりました」」

 門番の兵が城壁の門を開く。
 登場した彼らの目に映ったのは、混乱した敵の姿だった。
 後ろから来たフィアーナ軍の襲撃に、慌てている。後ろを振り向いているものがほとんどだった。
 
 「今だ。いきます! 走れ!」

 フュンたちが全速力で駆ける。 
 目の前の二万の軍に千が突撃する光景は、戦場ではあり得ないだろう。
 よほどの勇気を持つものか。
 ただの馬鹿だけである。
 でもフュンは、そのどちらでもない。
 勝てる。
 そう信じているからの攻撃だった。

 「レヴィさん?」

 フュンよりも前にレヴィが出た。

 「フュン様。私が奴の居場所まで切り裂きます。竜爪」

 前方の敵を糸で切り裂く。
 その速度はいつにも増して早く、次々と敵が倒れていく。
 しかし、突き進んでいくたびに敵がこちらに気付いていく。

 「俺たちもいくぞ。リッカ!」
 「おう。ナッシュ」
 「やるぞ」

 リッカとナッシュも先頭に来た。
 
 「私たちも。ハル!」
 「うん」

 ママリーとハルも敵を切り裂くために出てきた。

 「そっちじゃない。ナッシュ。リッカ! 右の正面に広がりなさい」
 「は、はい」
 「君たちもだ。ハル。ママリー! 左だ。左を広げて。レヴィさんの正面を助けるのではない。正面というものを広くするんです。面を広くするイメージを持って!」
 「「「わかりました」」」

 フュンが太陽の戦士への指示を出した後。

 「タイローさん。後ろと横のケアをあなたの部隊と兵で。僕は正面突破だけを考えるので、あなたは側面と背後の指揮を」
 「わかりました。やります」

 タイローに任せたのは、他の兵たちだった。
 フュンからの指示通りにタイローが兵士たちの指揮を取る。

 「皆さん。横から敵が私たちを圧迫してくるはずです。だから盾となり、彼ら太陽の戦士の邪魔をさせないようにしましょう。ラーゼの戦士たちは拳の早出しで。ラーゼの兵たちは武器と盾で攻撃を止めるだけにして。とにかく私たちは前へ進むのです。いきます」

 わずか千程度の兵数。でもこの軍は異常に強かった。
 二人の指揮官という、通常であれば命令系統が二つ。
 頭が二つある状態だと失敗するのが定石であるが、この軍の動きはスムーズだった。
 無駄のない攻撃に、その攻撃を支える的確な防御のおかげで、前進が速かったのである。
 二万の兵の濁流に飲み込まれることもなく、太陽の戦士とラーゼの戦士たちは突き進む。

 敵の先頭部隊を切り裂いてから、敵本陣までわずか十分の出来事。
 とんでもない速度で相手の陣を切り裂いていった。

 ◇

 フュンたちは、敵本陣まで全員で辿り着いた。

 「さて、ここまで来ましたね。スカーレット」
 「フュン・メイダルフィア! 貴様!」
 「あなたが足りないので、こうなったのですよ」
 「・・・」
 「それとナボルの計略。お見事でした。僕を罠にかけるまで。完璧でしたね」

 一対一のように、フュンとスカーレットが前に出て相対した。

 「ここまで誘寄せる作戦だったのでしょ?」
 「・・・」
 「全ての出来事は。このラーゼで僕を殺すため。そしてラーゼを潰すことも前提に動けるから、最高の策でしたね・・・誰ですか。あなたではないですね。この計略を考えたのは・・・」
 「・・・」
 「ナイロゼですか」
 「・・・」

 スカーレットの眉毛が、ピクッと動いた。
 無言を貫いている彼女の一瞬の顔の変化。
 フュンは見逃していない。

 「そうですか。この計略ナイロゼのものですね。あとは彼もですね。しょうがないですね。彼は・・・そこまでナボルの中に入り込んだんですか」
 「・・・」
 「そのようで、では聞くこともない。戦いますか」
 「はっ。私に勝てるとでも。田舎の王子よ」
 「はい。勝てますよ。僕だからあなたに勝てる」
 「なんだと」
 「あなたは人の強さを信じていないようだ。だから一人でやろうとした。ナボルに、真の味方がいなかったのでしょうね。あなたが勝つために何が必要だったか。あなたは理解していますか」
 「・・・は? 必要な物?」
 「ええ。あなたがこの戦争で勝つには、一度引くという判断が必要でした。もう一度体勢を立て直して、ナボルの力を借りればよかったのですよ。なのにあなたは強硬手段に出た。ですから、あなたは負けます。他人の強さを頼らない。信じない。任せない。そんなあなたに勝機はない。では、いきます」
 「ぬ。抜かせ小僧が。田舎の王子だった者が、偉そうに!」

 スカーレットが剣を抜き、フュンは刀を抜いて走り出す。
 鍔迫り合いから始まる戦いは、一対一の決闘のような戦いになる。

 「いやいや、田舎者もですね。都会の荒波にですよ。揉まれたのですよ。いつのまにかね。洗練されたようですよ」
 「ふん。抜かせ! 小僧が」

 剣で刀を弾き返すと、スカーレットが乱れ切りを披露した。
 その剣は高速だった。一振りで三振りくらいが飛んでくるような斬撃。 
 彼女は間違いなく剣豪であった。

 「なるほど。その強さ。やはりあなたは個人として強さが異常だ」

 フュンの攻撃を上回る数を出せるスカーレット。間違いなく剣の達人である。
 でもフュンは勝つ自信があった。

 「あなたはですね。でもそれだけだ。その強さに溺れているだけの女性ですよ。たいしたことない」
 「なに」
 「一度に出せる剣の数が誰よりも多いから強い・・・そんなことはない」
 
 フュンが右近を取り出した。  
 左文字を右に、右近を左に持つのがフュンの真の戦闘スタイルである。
 
 「いきますよ」
 「二刀流になったからなんだというんだ。それでは私の攻撃は止められないぞ」
 「ええ。いいからかかってきなさい。あなたは自慢ばかりで、お忙しい方ですね。スカーレット」
 「貴様!」

 スカーレットの止まらない連撃を、左右の刀で捌く。
 右から来た攻撃は、左の脇差で受け流し。左から来た攻撃は右の刀で体の外に流しこむ。

 「弱い。あなたは人を信じる心がない。だから弱い」
 「は?」 
 「それとあなたは、甘い。今、これを何だと思ってます」
 「なに?」
 「この状態。僕とあなたの一騎打ちだと思っているのですか」
 「ん?」
 「だからぬるい。だから甘い。僕と戦うには、一度生まれ変わらないといけませんよ。スカーレット!!」

 フュンの言葉の後、スカーレットは気配を感じた。
 後ろを振り向くと、目の前にいたのは飛び込んできたタイローだった。

 「スカーレット!!! これで終わりだぁ」

 閃光のような攻撃がスカーレットの顔面を捉えた。

 「おりゃああ。龍波掌」

 全身全霊。出せる力の限界を右の手の平に乗せていたタイローが、スカーレットの体を地面に叩きつける。

 「ぐっはっ。こ、ここで!? た、タイローだと!?」

 スカーレットは地面にひれ伏した。

 「ひ・・卑怯者め・・・それでも男か。貴様」

 立ち上がれないスカーレットがフュンを睨む。

 「男? そんなものは関係ない。僕はあなたと決闘するとは言ってないぞ」
 「な、なに!?」
 「僕は、最初に一人であなたに立ち向かっただけ。別に誰かと協力して戦わないとは言っていない」
 「・・・ひ、卑怯者の言う事だ・・・」
 「ええ。あなたがそう思えばいいでしょう。僕は、ナボルにだけは、どんな手を使っても勝つ・・・それにあなたは僕の一番の琴線に触れました」
 「・・・は?・・・」

 フュンの声だけじゃなく、顔にも怒りが混じる。

 「ナボルは。僕の家族を傷つけた。ここにいる。大切な人々。タイローさん。レヴィさん。太陽の戦士。ラーゼの民。ヒルダさん。シンドラ王国・・・はらわたが煮えくり返るどころじゃない。煮るはらわたが足りないくらいに怒っています。だから、ナボルには、消滅してもらいますよ。あなたは今後。今までの行いを後悔して生きることになるでしょうね。では、終わります」

 フュンが刀を返して、スカーレットの首に叩きつけた。
 
 長きに渡って準備され、見事なナボルの計略であったラーゼ粛清事件。 
 その一部のラーゼ防衛戦争が幕を閉じた。
 太陽の戦士にとっての太陽フュンと、ラーゼの王国にとっての太陽タイローの力によって、一万対九万の絶望的な差の戦争を乗り越えたのだった。
 ラーゼの二つの太陽は、明日もまたのぼる。
 同じ日を共に見るのである。

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