人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第244話 ラーゼ防衛戦争Ⅶ 太陽の人対セイス

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 「さて、あなたは幹部。そうですよね」
 「なに!?」

 フュンがイルカルの前に現れた。
 辺り一面が真っ青になった戦場。
 至近距離じゃないと互いの顔が見えない。
 そこで見えた状態である二人は、目と鼻の先にいるという事だ。

 「ほら、見てくださいよ。あなただけ。この煙を吸っても咳が出ません。それはあり得ない。ナボルであるのに、この煙の中で無事なんてありえません。ということは、あなたには毒がない。身体に入れる必要がない。ナボルの重要人物だ! そうですよね? 裏切ることがないから入れる必要がないんだ!」
 「・・・・」
 
 敵が言い返さないことで、フュンはこの予想を確定させた。
 
 「でしょ。では幹部のイルカル。大人しく負けを認めなさい」
 「なに?」
 「僕に捕まれば、命を保証します」
 「・・は?」
 「生きたいでしょ。この先も? 生きたくありませんか?」
 「お前・・・すでに勝つつもりなのか」
 「はい。そうですよ。あなたと僕とでは戦う能力が違います。あなたは戦闘向きじゃありませんね。その程度の実力では、こちらの方々よりも少し強いくらい。なので僕には勝てません」
 「ふ、ふざけるな。俺は戦える。お前のような奴よりも強いわ」
 「ほう。自分に自信がある。さすがは幹部だ」

 淡々と話すフュンは、自信に溢れているわけでもなく、ただ事実を並べていた。
 自分の力を誇示しているわけではない。
 でも、フュンは自分が負けるわけがないと思っている。
 それは目の前のイルカルが隠している実力の全てを見抜いているからだ。

 「仕方ありませんね。戦いますか。ほら、全力を出してみなさい」

 まるで教師のような物言い。それがイルカルのプライドを刺激した。

 「お前。俺をなめるな」

 小柄な肉体に似つかわしくない戦闘スタイル。
 イルカルは斧の二刀流だった。
 
 「ほう。斧ですね」
 「余裕だな。これで終わりだ。太陽!」
 「いいえ。あなたのその振りでは、遅い。シュガの方が速いですよ」

 フュンは抜刀後。即座に相手の二対の斧が重なる部分に突き攻撃を繰り出した。
 軽く出した攻撃の様に見えるが、刀が要所を突いていて、イルカルの斧が全く動かなくなった。

 「な、なに!? そんな細い剣で。なぜ」
 「細い剣? いいえ、これは刀ですよ。アン様の最高傑作『左文字』です」

 後にアーリア大陸基準で評価を受けることになる左文字は、最高級の評価3Aの評価を受ける刀である。
 そして彼はもう一振りを持っている。それが。

 「ではこちらはどうでしょうか。イルカル」
 
 フュンは左文字の鞘の隣にある武器を抜く。
 綺麗な刀身の脇差でイルカルの胴を斬った。

 「ぐはっ。み、見えない。動きが速い・・・なんだ」
 「これが『右近』です。こちらもアン様の最高傑作ですよ。イルカル。負けを認めなさい」

 斧を引き距離を取ったイルカルは焦っていた。
 まさかフュンがここまで強いとは思わなかった。
 資料や情報によれば、影の下っ端に苦戦したくらいの実力者だったはず。
 だからそこから三年ほどで成長したとしても、ここにいる兵士くらいの強さかと思った。
 だが、この強さは・・・。
 ナボル幹部クラスと同じだ。
 焦りから握って斧が滑り落ちそうになる。

 「お。お前・・・なんでこんなに」
 「ええ。あなたよりも強いですよ。あなたたちは強さを隠す。ある強さを表に出さないで引くんでしたね。でも僕らは違いますよ。ある力を発揮する。このようにね」
 
 フュンの気配が変わった。
 荒々しく漲っていく力に、イルカルの顔から汗が流れる。

 「なに・・・なんで・・そんなに」
 「まあ、僕も武人であったという事ですよ。とりあえず斬ります。いきますよ」

 宣言したフュンが消えた。
 移動が見えない。影にもなれる自分が目で追えない移動など初めての事だった。

 反応が遅れたイルカルがフュンを探すと、既にフュンは自分の懐に入って来ていた。
 
 「ま、間に合わない」
 
 斧で攻撃を防ごうと前に出すと、フュンの右近はその防御をすり抜ける。
 脇差の速度が異様に速い。イルカルの目には、フュンの振り抜いた脇差がブレて映った。

 「すり抜けた!?」
 「すみません。腕をもらいます」
 
 青い戦場に赤が舞った。
 その赤は、周りの色と一緒になって紫に変化することなく舞い終える。
 すると、イルカルに急に痛みが走った。
 
 「ぐあっ」

 イルカルが左を向くと、肩の付け根から先の腕が自分の所に納まっていなかった。

 「な・・なに!? 俺の腕が」
 「ごめんなさいね。あなたが負けを認めませんからね。ここで認めてもらえれば死なせずに済みます」
 「し・・・死んでたまるか」

 イルカルは残った右腕を上げた。
 降参するようなポーズからはらりと右手の拳から小さな玉が落ちる。
 地面に到達すると眩い白光が辺りを埋め尽くす。
 
 「閃光弾ですね。イルカル。悪あがきですよ」
 
 イルカルはフュンの目がつぶれたと思って、スカーレットがいる南の戦場に影となり逃げようとした。
 影移動を最速に持っていくために足に力を溜めた所で、目の前に銀色の刀身が見えた。
 
 「え!? うわっ」

 向かってくる刀をスレスレで躱すと。

 「ほら。逃げられませんって。僕はあなた程度の影は見えます」

 余裕の面持ちのフュンが立ち塞がる。

 「なに。影移動を見抜いただと・・・いや、それよりも、なぜ目が」
 「ああ。あれはあなたたちの常套手段でしょ。切り札はですね。何回も敵に見せたりしたら駄目ですよ。相手を全滅させるときにだけ、そういうものは見せるのです」
 
 フュンが指摘したのは、逃げる際に使う閃光弾についてだ。
 あれはフュンの誘拐事件の際にシルヴィアに対して使ったものと同じだ。
 敵の常套手段をシルヴィアが教えてくれていた。
 彼女はもらっても目じゃなく耳を使って敵と戦おうとしたが、フュンの方は敵の行動予測をして目を瞑っていたので、閃光弾が効かなかったのである。

 「ふぅ。では、周りを見てください。視野が狭くなってますよ。イルカル」

 フュンの指摘通りに、イルカルが周りを見る。
 いつのまにか煙が薄くなっていることに気付いた。
 逃げることに頭を使っていたから周りに気を配っていなかったのだ。

 「・・・な!? なに・・・なんだと。この現状」

 上手く呼吸が出来ずに苦しんでいた兵士たちが全滅していた。
 その原因は。

 「王子さん。これでいいかな」
 「ええ。ありがとうございます。シェンさん」
 
 フュン親衛隊による高速でのトドメの一撃である。
 馬を上手く駆使して次々と西の兵士たちを倒していったのだ。
 
 「では、この戦場。こちらの勝ちです。三万は消えてもらいましたよ。それではあなたはどうしますか。ほら、負けを認めなさい。それ以上治療を伸ばすことになると死にますよ」
 「ん!?」
 「もう目が見えなくなっているはず、出血多量です。腕がないんですよ。血を止めようとして肩を縛ってもそれでは足りません」
 「・・・くっ・・・引く・・・」
 「はぁ。遅い」

 ため息とほぼ同時にフュンが移動して、イルカルの頭を脇差の柄で強く打った。
  
 「…は、速い……なんだこの速度は」

 イルカルは気絶した。

 「すみませんね。これで終わりですね」

 フュンがイルカルを捕獲すると、馬上にいるマーシェンに指示を出す。

 「ここで撤退します。シェンさん。親衛隊と西の城門の兵たちを南と東に分けて、援軍に入ってください」
 「わかった。まかせとけ」
 「ええ。お願いします。僕はやることをやらないと」

 フュンはラーゼに戻ると、城壁の下にいる医療班に指示を出した。
 
 「すみません。この人を治療してください。その際に薬学研究所を使って、サブロウという男に、ナボルの幹部なので救いながら監禁しなさいと伝えてください」
 「わかりました。そのように動きます」  
 「はい。お願いします」

 その後。西の物見やぐらに入ったフュンが、全体に指示を出した。
 声を拡大して、全体に響き渡らせる。

 「ラーゼの民よ。我々は西の戦場で大勝利を挙げた。今、西の門の前には敵がいない。三万の軍を壊滅させたぞ。残りはあと六万。これで勝てる。我々は六万くらい、へっちゃらだ。九万の軍と四日も戦えたラーゼ軍なんだ。勝てるぞ。この戦。押し返せ。今が勝機だ」

 フュンの声で、更に息を吹き返したラーゼの軍は、西にいた軍が各地に合流して、バルナガン軍を押し返すことに成功していく。

 そこからの戦場が上手くいった要因の一つに、全体戦況報告が聞こえたことによる迷いが、敵に生じたからだった。
 バルナガン軍にも聞こえる声で、各方面の兵士たちが攻撃行動に戸惑いが見られたのだ。
 それで中途半端な中で戦争を行っていた。
 これが数の違いを活かせなかった要因だ。

 だから、スカーレットの幹部たちも状況整理をした。
 そこから数時間後。
 事態把握をしたバルナガン軍は、本陣を後ろに設定して下がっていった。
 今までの城壁付近の待機ではなく。
 大きく後ろに引き下がった形の陣を見て、完全撤退だと判断したフュンは、すぐに全体の休息を指示。
 まだ安心出来ないとも言われそうだが、そこはフュン親衛隊が見張りを変わってくれたおかげで、ラーゼの兵たちは一斉に眠りについた。
 微睡むようにして眠った彼らは、ほぼ気絶に近い状態に入っていったのだった。

 四日目。
 敗北濃厚だったラーゼは勝利を掴んで、眠りについたのである。


 
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