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第二部 辺境伯に続く物語

第242話 ラーゼ防衛戦争Ⅴ 覚醒の時

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 四日目の地下道の戦い。
 朝から数えると六陣目の敵を粉砕した後。

 「がはっ。ごほっ。血ですか」

 レヴィは、吐いたものが痰ではなく、血であったことに驚く。
 自分の体調すらも把握できなくなっていた。

 「「レヴィさん!?」」

 三方面の戦いが危機に陥っていた頃。
 最大の山場を迎えていたのが、実はここ。
 地下道での戦いである。
 狭い道を塞ぐ太陽の戦士らは、この三日間休まずに敵の侵入を防いでいた。
 敵は、等間隔のように来るのではなく、時間をずらしながら数も変えながら太陽の戦士と戦っていた。
 一陣目が終わり、二陣目が10分後。三陣目が40分後など。
 戦士たちを休ませないようにする工夫があった。
 あらゆる訓練をしてきた太陽の戦士たちでも、これほどの持久戦は初。
 疲労から来る判断力の低下も相まって、皆の状態が下がっていた。

 「だ、大丈夫です。戦いますよ。ママリー」
 「でも、レヴィさんは少しも休んでません」
 「ええ。でも皆も一緒です」

 全員が地べたに座り、体を回復させていると奥の気配が変わった。

 「これは……全部が入ってきた?」
 
 レヴィの後にママリーが言う。

 「音が多い。これは少数じゃない。千はいるかも」
 「千!? 俺の鼻でも・・・」

 ナッシュが匂いを感知しようと集中すると。

 「あるかも。人の匂いが無数にある」
 「・・どどど、どうするの。私たち、限界だよ。千なんて」

 強がりのハルでも、不安となる。
 その気持ちが周りに波及するかと思いきや。

 「んんんんんん。でもやるしかない」

 悩みがちのリッカの方が戦う気である。
 決意を固めているのがリッカだったから、皆の動揺は誘わない。

 「そうです。ここを守らねば、上の人々が戦えません。ここを抜かれるとはつまり、門が開くのと同じことです。戦いますよ。千だろうが、万だろうが。我々は太陽の戦士。上にいる太陽の人が、私たちを照らす限り。命の限り戦うのが太陽の戦士です! そして太陽は次もいます。だから、ここで私たちが死のうが、太陽は登り続けるのです。戦います!!」

 レヴィの声で立ち上がった戦士たちは、近くにまで来た闇の気配に気づく。
 無数の影に対して、彼女らは立ち向かっていった。

 三十分後。
 全員の息が上がり、限界の先の限界を超えて戦い続けていた。
 目の前の敵の強さが上がったように感じるレヴィたちは、とうとう体力の限界に入っていた。
 自分たちよりも強いはずがないのだ。
 影としても、戦士としても。でも相手が強いように速いように感じるのは。
 
 死が待っているのかもしれない。
 活動の限界を超えている。
 既に死に片足を突っ込んでいるのかもしれないと、錯覚していた。
 
 「ここまでなの・・・いやだ」
 「諦めない。ママリー! たたか・・」

 レヴィが鼓舞しようとしたその時。
 物凄い音量の声が地下道に響いた。
 その声は上にいるはずの人で、ここまで聞こえるなどありえない。
 でもこの声を聞けば、彼らの力は沸き立つ。

 「全軍! あと三時間、耐えてください。そこを耐えれば、僕の策を出します。逆転の一手まであと三時間だ! まだ戦える。ラーゼの民よ。ラーゼの兵士よ。太陽の戦士たちよ。ここが正念場だ。戦え。まだだ。あなたたちの力はこんなもんじゃない。まだある。眠っている力はまだまだあるはずだ。戦え! ラーゼ! 戦うんだ。ラーゼの戦士たちよ」

 膝が崩れそうだったレヴィたちに力が出て来る。
 太陽の人の檄が入れば、あとはもう前進あるのみ。

 「戦います。私が竜爪で切り裂く。皆は後ろに入りなさい。ここから先は危険ですからね。私が良しというまで、後ろで待機です」

 レヴィが全力を出すことを決意。
 皆を後ろに待機させて、出来るだけ敵を切り裂こうとした。
 
 「いきます。血の雨を降らせます。この洞窟が真っ赤に染まるまでね」


 ◇

 レヴィが、全部の力を開放する少し前。
 西の城壁で、皆を鼓舞しながら戦闘をしていたフュンが、西のガイナル山脈の方で、異変に気付いた。
 こちらから見て二つ目の山の頂点あたりで、狼煙が上がった後、光が点滅した。

 「ん? あれは・・・ミルスさん!」
 「なんでしょうか」
 「僕の分も戦ってください。連絡が来ました。指揮をお願いします」
 「わかりました。お任せを」

 ミルスは、メルリスの弟で、ラーゼの副将である。
 姉と同様冷静なタイプの人間だ。
 軍関係の仕事ならば、そつなくこなすことが出来る。

 全てを任せたフュンは、奥を見る。
 点滅の意味は。

 『援軍・・・俺たちはどうする・・・フュン』

 この特殊な点滅暗号は、親衛隊のみが使用するものだった。

 「シェンさんだ! こっちに来てくれたんだ。先生の方についていかなかったのか」
 『部隊は千・・・山で待機中だ・・・どこで崩せばいい。正面は無理だろ』

 その通りだと思ったフュンは、光を返すための火を、物見やぐらにまで行って炊いた。
 
 暗号の光は、火の熱を利用して光を出す。
 サブロウ丸連絡光と呼ばれるもので、これはまだ実験段階のものだ。
 なぜなら、光らせ方を間違えると言葉が通用しないので、よほどの信頼関係がないと出来ない。 
 それと訓練が必要で、難しい操作が必要とするために、簡易で使用できないから実用性がないのである。

 「いきますよ。シェンさん。そこから行くと、海側。山を北沿いに降りて、洞窟のような横穴があります。そこからこちらに来てください。その際、おそらくは影部隊が大量にいます。レヴィさんたちがその地下道で戦っています。援軍はそちらに」
 『・・・わかった・・・・まかせろ・・・タイミングは? すぐか?』
 「はい。出来るだけ早く」
 『了解・・・待ってろ・・・友達が助けに来たぜ・・・・なんつって』
 「ええ。いつまでも友達ですよ。シェンさん、来てくれてありがとう」
 『・・・いんや・・・もっと早く来れば・・・悪かった・・・遅くなったわ・・・んじゃ、急ぐ』

 心が折れかけていた所に、友達の言葉が傷薬のように体に効いていく。 
 不思議と体まで回復したように感じたフュンは、とある道具を組み立てた。
 サブロウとフュンで開発した。
 音響道具。太陽の声である。
 発した声を爆音にして増大させることが出来る代物だ。
 
 「全軍!・・・・・・・」

 フュンは、皆に届けと願いを込めて、音を反響させていた。
 全体に届くだろう爆音が、願いの言霊となる。


 ◇

 「フュンさん! そ、そうか。三時間ですね。ならば、やりとげましょう。立ち上がってください。ラーゼの兵。戦士たちよ。三時間くらいなんとでもなる」

 南の城壁も立ち上がる。タイローを中心に限界を超えても戦う決意が湧いたのだ。
 三時間。この時間制限が、逆に目標となり粘りに繋がるのだ。

 太陽の戦士ではなく、新たな戦士として、覚醒する時がきた。
 全方位の戦士たちが立ち上がる。
 兵士らの心に、フュンの声が重なった。
 その時、不思議と彼らの動きが良くなった。
 疲労はピークを越えていたのに、太陽の人の声で変わったのだ。

 「押し返せます。梯子からも叩き落とします。皆前進です」

 タイローたちは、登ってきた兵士たちを下に投げ飛ばしたり、梯子から登ろうとする兵士たちをひっくり返すことに成功していく。
 この勢いは凄まじく。スカーレットの部隊たちがどんどん上に上がっても、何も出来ずに下に落とされる状態となった。
 四日。
 寝ずに戦った彼らの体力の限界はどこにあるのだと。
 バルナガン軍は恐怖した。
 恐ろしいほどの強さ。
 一人一人が猛者と化したのだ。

 
 ◇

 「力が湧いてきます。現金ですね。人は・・・」
 「どうしました。マム」
 「ええ。三時間という括り。そして、フュン様の言葉の力。ここで立ち上がらなければ、我々はラーゼの民ではないという事ですね。ロベルトの民としての誇りを持って、彼と共に戦わなければ、先祖に顔向けが出来ません。いきますよ。私も出ます。全部隊で、登って来た軍を押し返せば、大砲は止みます。意味がありませんからね。全滅させればね」
 「イエス。マム」

 メルリスの策は、単純だった。
 それは登って来たバルナガン兵を下に落とすではなく、殲滅する事だった。
 
 物見やぐらから下に降りた彼女は、最前線に降り立った。

 「皆! 私に続きなさい。私の後ろにいなさい。私が痛めつけた兵どもを殺しなさい。後ろをまかせます」

 メルリスは、城壁の兵を自分の後ろに配置。
 そこから。

 「バルナガン軍、あなたたちは間違えたのです……誰に喧嘩を売ったと思ってんだ!? ああ。貴様らはこのラーゼのメルリスに喧嘩を売り、そして、ラーゼ自体に喧嘩を売ったんだぞ。こらぁ。死にてえ奴だけかかって・・・ちげえな・・・死にたくない奴はここから消えな・・・薔薇の餌食にすっぞ」

 メルリスが荒々しくなる。本性が出た。
 これが一凛の薔薇の棘。ララよりも気性が荒いのがメルリスである。
 一戦士となった瞬間に発する言葉とその体から出る雰囲気は邪悪そのものだ。

 「死にな。屑ども」

 普段腰に納めている鞭を取り出して、メルリスは前進した。
 一歩歩くたびに鞭がしなる。
 蛇のようにするすると抜けていく鞭は、敵の体を這いずり回って引き抜かれる。
 棘のついた鞭で、相手の皮膚が切り裂かれ、大量の血が舞うのだ。 
 美しい棘を持つ女性が、鮮血の中をが悠々と歩く。
 恐ろしくも美しいその光景。
 深紅の薔薇メルリス。
 彼女は、赤い旋律のナシュアと赤き海人ヴァンと同様。
 赤の二つ名を持つ者となる。


 ◇

 後ろに控えるナッシュが叫んだ。

 「レヴィさん。ここはもう。俺たちに任せて」
 「だ、大丈夫。あなたたちも、私が守ります。ここではあなたたちが前に出たら危険だ」

 レヴィが一人で百を落とした。
 限界稼働の竜爪で、敵を殲滅。
 でも後ろには九百程の兵がいた。
 
 「い・・・いきます・・・」

 もう一度呼吸をして全力を出そうとしたその時。

 「レヴィさん!!!!!」

 洞窟を反響する叫び声。
 後ろから聞こえるかと思いきや、前から聞こえてきた。
 敵の背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 「え? その声は・・・マーシェン!?」

 レヴィは親衛隊の指導もしていた。
 太陽の戦士ほどの強さを得られずとも、ある程度までは鍛えることに成功した者たちだ。
 
 「千います。裏側を押し込みます」
 「わ、わかりました。あなたの後ろには敵がいますか」
 「いません。ここらの入り口で待機していた兵は百で。そこもぶっ殺してここに来ました。ここが残りです」
 「了解です。では、これで全部なら・・・最後のを使います」

 レヴィは、フュンから託されていたものを使用する。
 アルバの薬玉である。
 全滅させるときにだけ使用することを決めていたために、次々と兵を投入されるこの戦いでは使用しないものだと思っていたのだ。
 
 「みなさん。切り札です。これを蒔きます。その瞬間。わかりますね」
 「「「はい!!!」」」
 
 全員が良い返事をした。

 「ではいきます。ナボルを殲滅です」

 十個の玉から煙が出る。地下道が青い煙に包まれると、ナボルは当然苦しみだす。薬の支配下に入った。

 「マーシェン! 倒れている者。皆が敵です。苦しんでいるのがナボルの証拠です。殲滅。手伝ってください」
 「了解です。やります」

 ナボルの前方から太陽の戦士、後方からフュン親衛隊が挟み込んだ。
 倒れる敵を倒すという楽な作業にも思うが、敵は千もいるために時間は多少かかる。
 こうして、四日目の絶望的な戦いの中で一番早く勝利を挙げたのがこの地下道の戦いであった。



 
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