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第二部 辺境伯に続く物語

第235話 タイロー対スカーレットの間で

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 「タイロー。あなたたちは、裏切っているのでしょう。こちらは文書を持っています。あなたたちが裏切っている証拠です」

 スカーレットが持ち出したのは何かの紙だった。
 今いる距離では、紙があるくらいにしか見えない。
 だからフュンは望遠鏡を使って、ブツブツと呟いた。

 『あれは……そうか。トリスタンの話に出てきたイルカルが残した文書。王国とのやりとりで残した文書だ。そうか。あれに、協力をするとか書いてあるんだ。今までの行動は、あれを手に入れるための行動。正式文書であるからこそ、大義名分があちらにあると言いたいんだな。そこまで織り込み済みで、この戦争を仕掛けてきたんだな!?』

 敵の行動が、自分の考えた結果と一致している。
 一枚上手の行動を取られても、意図読みが成功しているので、まだ対抗できる方法があるかもしれない。
 フュンは冷静に分析していた。
 まだ負けていない。状況が負けているだけで頭のキレは負けていない。
 戦いにおいて、もっとも重要な事。
 それが諦めない姿勢。
 フュンの根底にある今まで歩んだ道が彼の姿勢に繋がっている。

 「知りませんよ。そんなものは! スカーレット様。偽ものでは? 我々の港には、何もありません。お入りになられますか? お一人で!」
 「そうやって騙し討ちにする気でしょう。軍を入れなさい」
 「それは厳しいです。九万もの軍を許容する施設がありません」
 「施設などいりませんよ。都市に入れてくれたらいいのです」
 「いえいえ。さすがにその大軍はね・・・・占拠されたら困ります」
 「……タイロー。占拠とは心外ですよ。あなたとは上手くやっていると思ってましたよ」
 「ええ。こちらもですよ」
 
 牽制し合う会話で、相手に主導権を握らせない。
 タイローの頭はフル回転していた。
 
 タイローには目的があった。
 それはこの会話をラーゼに住む民に見せる事である。
 ラーゼの民には、危機感を持ってもらわないといけない。
 今、目の前にいる軍が狙っているのはラーゼの占領もしくは、自分たちの殲滅だという事に気付いてもらわないといけないのだ。
 味方ではないことを知ってもらいたいのだ。

 「中には入れられませんよ。そんな偽の文書までご用意されて。ラーゼを占領する気でしょうか。それとも、戦う気なのですか。そちらの大軍、話し合いなどではないでしょう。スカーレット様!」
 「おほほほ。占領? ありえないですよ。こちらはドルフィン家の属領。我々はターク家の家臣です。そこで戦争をするなど、もはや御三家同士の戦いになってしまいますよ。ありえない」
 「ならば、引き返して頂きたい。私どもに反乱の意志などありません。お帰りになられてください」

 タイローが毅然とした態度で跳ね返した。

 「いいえ。それは出来ませんよ。あなた方が、王国を引き入れて反旗を翻そうとしているのですから、帝都を攻めるつもりなのでしょ」
 「言いがかりです。私どもが反旗を翻すのはありえない。この国に王国兵など、どこにもおりませんから!」
 「意固地ですね。このまま攻めてもよろしいのですよ」
 「ええ。結構です。そのかわり、私ども。ラーゼはタダではやられませんよ。あなたはよくご存じでしょう。我らラーゼ。太陽を待つ。黄金の力を!」

 タイローの言葉に力強さがあった。
 自分たちが待つ太陽。それを信じるのがラーゼの民。
 そして信じているからラーゼの兵士は強いのである。

 「……タイロー。いい加減にしなさい。何を言っても無駄ですよ。力づくでいきましょうか」
 「いいのですか。痛い目に遭うのはそちらですよ」
 「減らず口ですね」
 「ええ。減って良いことはありません。増えた方がいいでしょう」
 「……」

 タイローの自信満々の切り返しの言葉で、スカーレットが話を途中で止めた。

 何を企んでいるのか。
 望遠鏡で彼女の様子を見ているフュンは、表情と特に口周りを観察していた。
 誰かを呼び込んだような動きと共に、彼女の口がイルカルと動いた。

 『ん! イルカル!? どれだ』

 彼女の隣に、鋭い鷹のような目に顔に傷がある小柄な男性が現れた。
 遠くの事だから、声が聞こえないのが当然であるが、口の動きは理解できる。
 でも彼の口が、独特のリズムで話すために読唇術が使えない。

 『何を話しているんだ?』

 フュンが凝視する事二分。
 スカーレットが動き出した。

 「タイロー。待ってあげましょう。明日までに返事を下さい。私たちはここで待ちます」
 「待つ? 何を待たれるのですか?」
 「もちろん。あなたが私たちを入れてくれるのを待ちます」
 「入れませんよ。私どもは!」
 「ええ。でも、私たちは待ちますよ。ではタイロー良い返事をお待ちしてます」

 と言ったスカーレット率いるバルナガン軍が、ラーゼの都市周りに布陣した。
 本来の戦争であれば、もう少し離れた位置に陣を置くはずだが。
 今のバルナガン軍は、ラーゼの城壁すぐそばに布陣している。
 攻撃してくれと言わんばかりの位置だ。

 『これは、挑発? いや、待てよ』
 
 フュンはまだブツブツ言いながら思考していた。 
 敵の布陣の意図は攻撃を待っている事じゃない。
 これは。

 『そうか。ラーゼの民と、兵士。その両方に圧迫感を与えるのが目的か。それでしかも一日も待つと言ったのは、一日中この大軍を見せるという事か。この九万の心理的圧迫は、身体や心の疲労にも繋がるぞ』

 敵の狙いは時間を置くことで、ラーゼを疲弊させること。
 疲弊したラーゼの民に対して、攻撃をすることが目的なのだ。

 「まずい。心が折れたら負けになる。これは何が何でもラーゼの民に立ち上がってもらわないと。最初の段階にもいかなくなる。急いでタイローさんの所にいかないと」

 フュンはタイローの元に向かった。

 「タイローさん」
 「は、はい。フュンさん。これは……どうすれば」

 大軍がラーゼを囲う現状にタイローも困っていた。
 
 「これは敵の作戦です。ラーゼの民にあえてこの軍を見せることで、戦意を喪失させる気なんですよ」
 「え? 一日待つという無駄な時間にも意味があるんですか」

 たったの一日でラーゼ全体を疲弊させる。
 それが狙いだ。

 「そうなんです。一日中この圧迫感の中で過ごすのは、兵でも厳しい。なのに、民ならばもっと厳しい。なのでここで民の戦意を上げないといけません」
 「戦意ですか」
 「ええ。戦う意思を強く持たないと、防衛戦争なんて出来ません」
 「戦うしか選択肢はないのですよね」
 「はい。戦うしかありません。でもラーゼは太陽の戦士になれる可能性があります」
 「・・・そうですね。いちおう、彼らも知っていますからね。私たちには待っている人がいると。ラーゼは黄金竜を待つという神話が根付いてますからね」
 「そうでしたね……。母の話にもありました」

 フュンはレヴィの昔話を思い出していた。
 黄金竜が空を見上げる国旗。
 それは今でも街中にある国旗だった。彼らの心に根付いているものなのだ。

 「それを利用するしかないか……」
 「フュンさん?」
 「では会議をしましょう。ひとまず幹部を集めることで、これからを話し合うのです。タイローさんの組織の人たちを上手く使って、民たちをコントロールしましょう。まずは。王城じゃなく、公民館くらいの規模の場所に皆を集めましょう。タイローさんお願いします」
 「はい。わかりました。集めます」

 タイローは、自分の部下たちと、漁港の者たち、薬学研究所などのメンバーを集めるために移動を開始した。
 ラーゼの運命を決する会議が始まろうとしていた。
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