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第二部 辺境伯に続く物語
第234話 辺境伯とラーゼ王国の危機
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「バルナガンからだって……そうか、スカーレットか! ここで、このタイミングでくるのか!?」
バルナガンの参入を予想はしていたとしても、このタイミングでの出撃には驚くしかなかった。
「影はどうしました? バルナガンが動くなんて、そんな連絡。影から来ていないですよね。サブロウの影はどうしました?」
「フュン様。もしや、その影が・・・」
「そうか。敵に捕まっていたのか。僕らの影が捕まるなんて・・・」
フュンらの偵察が見抜かれていたらしく、バルナガン方面の影が帰ってこなかった。
「じゃあ、それが合図になったのか? いや、僕らの影ごときで、ラーゼに軍を差し向けようとは思わない。じゃあ、なにが合図になった。敵との連絡手段はないはず。僕らはラーゼを封鎖していました。タイローさん、外に行った市民はいませんよね?」
「はい。私たちが行動を開始してからは誰も外に出ていません。ここから逃げる選択は危険でしたから、ラーゼの民を外に出していません」
ではどうやってこちらに来た。
合図となるものなど、今のラーゼにはない。
なぜならラーゼにいるナボルらは全員捕らえたのだ。
「原因を調べても、意味がないか。ん?」
もう一度考え直すことに決めたフュンが、東から西に顔を向き直し、トリスタンらを見つめて気付いた。
トリスタンらが逃げてきた方角を見る。
モクモクと煙が真っ直ぐ空に向かって伸びていた。
王国の船はまだ燃えていたのだ。
「まさか・・・・トリスタン!」
「は、はい?」
「あなた、何か指示をもらいませんでしたか」
「指示?」
「そうです。イルカルとかいう男に、何か指示をもらいませんでしたか? 例えば、狼煙を上げろとか」
「・・・ああ、そういえば。船でこちらに到着した際にすぐに狼煙を上げろとは言われましたね。彼が違う現場にいるかもしれないから、知らせるためにそうしてくれと。なんだか奇妙な指示だと思いましたが了承しましたよ。それがなにか?」
「しまった。それが引き金か。それにこれが・・・タイローさん! 東に行きましょう。説明しながら行きます」
フュンは慌てていた。
走り出す前に、サブロウたちの影に向かって。
「影部隊、この人たちを牢屋に入れておいてください。それと、緊急でタイローさんの仲間たちに知らせてください。急ぎこちらに入れと。あそこも危険になります」
指示を出したのだ。
タイローの父らも、ラーゼの外にいるよりもラーゼの中の方が安全だからである。
おそらく予想では、もう少しでラーゼが囲まれる。
だったらその周辺にいる人物らは軍に捕らえられてしまうからだ。
指示を出した後、フュンはタイローと共に移動を開始した。
「フュンさん。どうしたのですか」
「敵の考えがわかりました」
「本当ですか」
「ええ。これは、まんまと僕が罠にはまったのです・・」
フュンにしては焦る表情が強く表に出ていた。
敵の策略が幾重にも重なった罠であることを理解したのだ。
「これは、まずシンドラの反乱。あれが第一でした」
「シンドラの反乱? ヒルダの国ですね」
「ええ。そうです。実は、あれはただの攻撃だったんです。しかも落とすつもりがなく、僕のサナリア軍と僕自身を表に引っ張り出す罠でした。現に、今サナリアに軍がいませんし、僕がサナリア軍を指揮できていません。離れ離れです。ここに気付けばよかったんだ。失敗です。敵の口実になると思って軍を置いてきた僕のミスだ」
サナリア軍の歩兵部隊は現在。
シンドラを護衛するために、ヒルダ姫に従軍している。
「そして、あの反乱であわよくば、僕と皇帝陛下を殺そうと動いた。でもそれで、殺せなくてもよかったんですよ。あれもただの目くらましだったんだ。シンドラの王が偽物であることを、僕に知らせるための罠だったんです。そういう風に考えさせる罠だったんだ」
王は偽の王。
これを知らせるためだけのシンドラの反乱。
フュンの考えはこうであった。
「こうなると、ラーゼの王も偽物じゃないかと僕が考える。現にラーゼの王は偽物でした。そして、王国の船がこちらにやってきている状況です。僕が手早くラーゼの王を倒すことも織り込み済み。さらに、タイローさんを救出するのも織り込み済み。それでこちらにいるラーゼのナボルが倒されるのも織り込み済みです」
「え? じゃあ、今までの全てが、順調に倒されることが織り込み済みですと?」
タイローの疑問にフュンが頷く。
「そうです。ここにいるナボルらは使い捨ての駒たちだったのです! 幹部がいないのがその証拠。そして、王国の兵たちに、ラーゼに上陸したら狼煙を上げろという指示。これが合図です」
「合図?」
「はい。ラーゼが王国と手を組んでいる。裏切りのラーゼを倒せ。これが戦争の大義名分です。バルナガンは理由を得て、ラーゼに戦争を仕掛けようとしているんだ!」
幾重にも重なった罠は、大義名分を得るためのものだった。
ラーゼをアーリア大陸から消滅させるための罠。
そして、フュンもその時に死ぬべきであるとする罠だ。
お人好しであるフュンならば、ラーゼ入りを果たすはず。
その行動を起こすはずだと敵に先読みされていた。
そして、その舞台であれば殺されてもおかしくない。
裏切りのラーゼに加担しているとなれば、辺境伯といえども死んで当然である。
「な!? それじゃあ、私たちラーゼの民は、帝国の裏切り者に仕立てあげられた・・ということですか」
「そうです! 勝手にそのような形にされたんですよ。奴らの狙いに僕もあると思いますが。間違いない。このラーゼの壊滅も、奴らの狙いの一つです」
「ぐっ・・・ラーゼが」
タイローが苦虫を噛んだような顔になった。
ここまで一生懸命ラーゼを守るためにナボルに尽くしてきたのに、その仕打ちが母国の破壊だとは、やるせない気持ちになっていた。
「いいですか。冷静になって更に状況分析を開始します。ラーゼの一万の兵力。そして王国の兵が一万いたとして計算する。これで合計で言えば、四万くらいの戦力だとしましょう」
たしかに自分たちの兵力は、数よりも強いとタイローが頷いた。
「その四万の兵力を相手しても十分に勝てると。スカーレットが思ったという事は」
「事は?」
「敵は八万以上の兵力を持っているのです! バルナガンが持っているのは確か五万弱。それ以上となると、ナボルの兵士がいる。だからバルナガンは、ナボルの軍事を支援していた。ナボルはあそこに兵を隠していたのですよ。おそらく、サナリア山脈の北部です。あそこに軍事基地があるのでしょう!」
フュンは、敵の行動に対してあらゆる行動を読み解いて、予測を組み立てた。
最悪の状況へと、ラーゼが向かっている。
今までの困難の中で最大級の戦いが待っていると、フュンは思っていた。
それはあのサナリア平原の戦いよりも難しいと思う。
何せ準備が出来ないのだ。
そして、二人が東の城壁に到着する。
望遠鏡で奥を見ると分かった。
地平線の向こうから、松明を掲げて進軍する軍、バルナガン軍。
奴らの総勢は、なんと。
九万であった!
「まずいですね! 今はサナリア軍もいません。連絡手段もありません。呼び寄せることもできない。それにこうなったら反乱として王国兵と協力したい所ですが、その王国兵も僕らが倒してしまっていません。だと、ここにいるラーゼの兵一万で・・・・・きゅ、九万、絶望的だ。それに今から民と共に逃げる事が出来ませんね。下手に外に出て野戦となると全滅です」
相手の策が、自分を上回っていた。
全てが手の平の上での出来事。
迅速に敵国を処理すれば、ラーゼには手を出せないはずだと高を括っていた。
それが間違いだった。
状況を作り出すことが上手い。
そんな相手が敵の中にいる。
フュンは、してやられたと唇を噛んだ。
それでも、戦わない選択肢は取れない。
戦っても死ぬだろうが、戦わなくてもただ死ぬだけ。
ナボルの狙いが自分だけじゃなく、ラーゼ自体にもあるからだ。
「タイローさん。スカーレットはたぶん会話をしてきます。僕がいることは知られていると思いますが、僕は隠れていますね。あなたは、このまま対抗してください。こうなったら、タイローさんがラーゼの主としていきましょう。ナボルのことはもう忘れて、ラーゼの正統後継者として、対抗します。いいですね」
「わ、わかりました。やってみます」
ラーゼの王が死に、その兄であるカルゼンも体が良くない。
こうなると、ラーゼの王家で、ラーゼを導くのはタイローしかいないのだ。
「タイローさん。ここが踏ん張りどころです。出来るだけ会話してください。僕が分析します」
「はい!」
「では、その前に、ラーゼの民の責任者と、王宮の残りの大臣。タイローさんと僕とで話し合いをしてまとめます。戦わなければ生き残れないことを説明します。ナボルについてもです」
「わかりました」
タイローとフュンは、ラーゼを救おうと動き出したのだった。
重要人物たちを集めて、話し合いを数時間重ねて、今いるラーゼのお偉方に、タイローが後継者だと認めさせた。
仮の王位についてもらったのだ。
この戦い、仮でもいいからラーゼに王がいないといけない。
民の心の拠り所となる王家が必要不可欠だからだ。
大臣らは、タイローが敵との会話に臨む間に、住民に周知させようと動いてくれた。
ラーゼ王国は、生き残るために死力を出し尽くす気でいる。
◇
四時間後。
九万の大軍が朝の六時にラーゼの東門に到着した。
移動時間は六時間だと想定できる。
それは六時間前にサブロウらが船を燃やしたのだ。
その煙が、敵への合図となってしまったからだ。
しかし、六時間の距離でバルナガンから移動は出来ないので、あらかじめ近場まで軍が移動していたのだろう。
用意周到に準備をしているスカーレットは、やはり只物じゃなかった。
「ラーゼ! 開門しなさい。裏切りの国となり下がった貴国には、証明せねばなりませんよ。無実であるとね」
スカーレットの声が響いた。
「裏切り? 何の話でしょうか。スカーレット様。私共、ラーゼの民は平穏に暮らしております。そんな仰々しい形で、こちらに来られても困りますよ。開門など、するわけがないでしょう。兵が来るにしても、小隊程度が正しい数では? 無礼ではありませんか。その数では、まるで戦争をするみたいじゃありませんか」
タイローは返した。
二人の言い合いの間、フュンは物見やぐらの隙間から、相手の全体像を把握していた。
『これは……闇の気配。軍の後方……あれが影ですね』
フュンが小声でつぶやくと、隣に現れたレヴィが。
『その通りです。これは訓練されたのでしょうね。まだ甘いですが、構えや立ち姿などはそのものです』
『そうですか。それらをざっと計算すると、三万はいますよ。ナボルはあんなに巨大な影の兵力を持っていたのか・・・』
『はい。そうみたいです。もしかしたら、ドノバン決戦。あれから兵力を蓄えるのに、帝国の力を借りたのでしょう。バルナガンは裕福です。鉄鋼都市で安定した収入を得られる。作物などの自然物じゃないので、計算が立ちますからね』
『なるほど。だから、ストレイル家を取り込んだのですね。バルナガンの領主はターク家のストレイル家だ。スクナロ様はこういう計算が苦手です。だから、スクナロ様がナボルであるのはありえない。しかし、そういう事が苦手だったからこそ、彼に付け入る隙があって、ナボルの資金とされたのですね。なるほど、お金のやりくりに苦労しているのは誤魔化せていたからか。そう考えると、以前のヌロ様も騙されていましたからね。奴らに・・・』
フュンは、ナボルのしたたかさを改めて認識した。
敵は内政の苦手なスクナロを標的に、バルナガンを隠れ蓑にしたのだ。
安定経済の都市ならば、これまた安定的に兵力を蓄えることが出来る。
長い年月。
ドノバン決戦から考えると、二十年以上が経った今、少しずつ兵力を整えて、九万もの大軍の内の三万の影を作ったのだ。
こいつらの目的はもうひとつある。
『これは、ラーゼを潰したら・・・・狙うのが帝都になる気がしますね。僕を殺し、ラーゼを消滅させて、あとはもうあの人と合流して、帝都を奪取する気です。御三家の決着ごと、この戦場で決める気です。そうか、ここが始まりだな。御三家戦乱も加味されていたのか! クソっ。やられた。カウンターなんて考えずに一気にやれば』
フュンにしては強い言葉を使って、しかも自分の腕を叩いた。
相手へのいら立ちを自分にぶつけたのだ。
『フュン様!?』
レヴィが心配した。
『やられましたよ。真っ先にあの人を捕まえれば』
『フュン様。それは出来ないかと、あの時に捕まえても言い逃れができますよ』
レヴィの方がまだ冷静であった。意見がまともである。
『ああ、そうですね。冷静に考えたらそうです・・・確たる証拠がありませんからね。二人もそこまでの証拠を知りませんもんね』
『はい。ナタリアとレイエフでも、あの人物まで辿り着けません』
『くそっ。ここに来て、ナボルにやられるか。策が何重にも重なっていたなんて。くそっ。ナボルが上手だった』
『フュン様。ここは落ち着いて。私が、サナリア軍に知らせを』
苛立っているフュンが珍しく、レヴィもつられるようにして慌て始めた。
二人とも気持ちが落ち着かない状態での会話だった。
『それは駄目です。あなたたちにしか出来なことがあります。というか。やらないといけないことがあります』
『私たちがですか?』
『はい。そうです。レヴィさんたちは、あの秘密の地下道を固めてください。太陽の戦士と影の部隊であそこを守ります』
『え?』
『敵は全てを知っているのです。僕の予想ですけど。タイローさんの今までの行動も、実は敵にバレているんだと思います。彼の全てを野放しにしておいて、彼の行動の全てを掴んでいたのですよ。幹部クラスのナボルは、彼の行動を知っていると思います。そうなると、あそこの道も知っています。こちらへの潜入ルートですよ!』
戦争で使用するには、最も安全な道とも言える。
『ここの城門を開けるよりも簡単にこちらに入って来られる。それはマズいです。だから、あそこを塞いで戦わないといけません。でもまだですよ。あそこは道が狭いです。何万もの軍が侵入できません、一度に入れても千人くらい。そして通路は十人くらいでしか戦えません。だから、非常に厳しい戦いでもありますが、まだ守れる。なので、太陽の戦士が、ナボルの影の侵入を防ぐのです』
『なるほど。わかりました。今すぐに封鎖します』
『ええ。急いで。太陽の戦士たちをあそこに……まだあちらは誰も移動していないようですからね。奴らの影移動がないです』
フュンとレヴィがもう一度大軍を見る。
彼らの中で影移動をするものは見当たらない。
だから、まだ軍人として行動を起こす気だと、ここでは考えていたのだ。
「では、後は頼みました。それと配置したら、レヴィさんは一度僕の所に」
「はい」
普通の音量になった会話から、指示が飛び出した。
フュンの指令を守るためにレヴィは、全員を呼びだした。
彼女らの戦いもまた死闘となる。
戦いはここからである。
レヴィたちの影の戦いと、フュンとタイローの表の戦いも。
全員が生き残るための苦難の道のりが始まるのであった。
バルナガンの参入を予想はしていたとしても、このタイミングでの出撃には驚くしかなかった。
「影はどうしました? バルナガンが動くなんて、そんな連絡。影から来ていないですよね。サブロウの影はどうしました?」
「フュン様。もしや、その影が・・・」
「そうか。敵に捕まっていたのか。僕らの影が捕まるなんて・・・」
フュンらの偵察が見抜かれていたらしく、バルナガン方面の影が帰ってこなかった。
「じゃあ、それが合図になったのか? いや、僕らの影ごときで、ラーゼに軍を差し向けようとは思わない。じゃあ、なにが合図になった。敵との連絡手段はないはず。僕らはラーゼを封鎖していました。タイローさん、外に行った市民はいませんよね?」
「はい。私たちが行動を開始してからは誰も外に出ていません。ここから逃げる選択は危険でしたから、ラーゼの民を外に出していません」
ではどうやってこちらに来た。
合図となるものなど、今のラーゼにはない。
なぜならラーゼにいるナボルらは全員捕らえたのだ。
「原因を調べても、意味がないか。ん?」
もう一度考え直すことに決めたフュンが、東から西に顔を向き直し、トリスタンらを見つめて気付いた。
トリスタンらが逃げてきた方角を見る。
モクモクと煙が真っ直ぐ空に向かって伸びていた。
王国の船はまだ燃えていたのだ。
「まさか・・・・トリスタン!」
「は、はい?」
「あなた、何か指示をもらいませんでしたか」
「指示?」
「そうです。イルカルとかいう男に、何か指示をもらいませんでしたか? 例えば、狼煙を上げろとか」
「・・・ああ、そういえば。船でこちらに到着した際にすぐに狼煙を上げろとは言われましたね。彼が違う現場にいるかもしれないから、知らせるためにそうしてくれと。なんだか奇妙な指示だと思いましたが了承しましたよ。それがなにか?」
「しまった。それが引き金か。それにこれが・・・タイローさん! 東に行きましょう。説明しながら行きます」
フュンは慌てていた。
走り出す前に、サブロウたちの影に向かって。
「影部隊、この人たちを牢屋に入れておいてください。それと、緊急でタイローさんの仲間たちに知らせてください。急ぎこちらに入れと。あそこも危険になります」
指示を出したのだ。
タイローの父らも、ラーゼの外にいるよりもラーゼの中の方が安全だからである。
おそらく予想では、もう少しでラーゼが囲まれる。
だったらその周辺にいる人物らは軍に捕らえられてしまうからだ。
指示を出した後、フュンはタイローと共に移動を開始した。
「フュンさん。どうしたのですか」
「敵の考えがわかりました」
「本当ですか」
「ええ。これは、まんまと僕が罠にはまったのです・・」
フュンにしては焦る表情が強く表に出ていた。
敵の策略が幾重にも重なった罠であることを理解したのだ。
「これは、まずシンドラの反乱。あれが第一でした」
「シンドラの反乱? ヒルダの国ですね」
「ええ。そうです。実は、あれはただの攻撃だったんです。しかも落とすつもりがなく、僕のサナリア軍と僕自身を表に引っ張り出す罠でした。現に、今サナリアに軍がいませんし、僕がサナリア軍を指揮できていません。離れ離れです。ここに気付けばよかったんだ。失敗です。敵の口実になると思って軍を置いてきた僕のミスだ」
サナリア軍の歩兵部隊は現在。
シンドラを護衛するために、ヒルダ姫に従軍している。
「そして、あの反乱であわよくば、僕と皇帝陛下を殺そうと動いた。でもそれで、殺せなくてもよかったんですよ。あれもただの目くらましだったんだ。シンドラの王が偽物であることを、僕に知らせるための罠だったんです。そういう風に考えさせる罠だったんだ」
王は偽の王。
これを知らせるためだけのシンドラの反乱。
フュンの考えはこうであった。
「こうなると、ラーゼの王も偽物じゃないかと僕が考える。現にラーゼの王は偽物でした。そして、王国の船がこちらにやってきている状況です。僕が手早くラーゼの王を倒すことも織り込み済み。さらに、タイローさんを救出するのも織り込み済み。それでこちらにいるラーゼのナボルが倒されるのも織り込み済みです」
「え? じゃあ、今までの全てが、順調に倒されることが織り込み済みですと?」
タイローの疑問にフュンが頷く。
「そうです。ここにいるナボルらは使い捨ての駒たちだったのです! 幹部がいないのがその証拠。そして、王国の兵たちに、ラーゼに上陸したら狼煙を上げろという指示。これが合図です」
「合図?」
「はい。ラーゼが王国と手を組んでいる。裏切りのラーゼを倒せ。これが戦争の大義名分です。バルナガンは理由を得て、ラーゼに戦争を仕掛けようとしているんだ!」
幾重にも重なった罠は、大義名分を得るためのものだった。
ラーゼをアーリア大陸から消滅させるための罠。
そして、フュンもその時に死ぬべきであるとする罠だ。
お人好しであるフュンならば、ラーゼ入りを果たすはず。
その行動を起こすはずだと敵に先読みされていた。
そして、その舞台であれば殺されてもおかしくない。
裏切りのラーゼに加担しているとなれば、辺境伯といえども死んで当然である。
「な!? それじゃあ、私たちラーゼの民は、帝国の裏切り者に仕立てあげられた・・ということですか」
「そうです! 勝手にそのような形にされたんですよ。奴らの狙いに僕もあると思いますが。間違いない。このラーゼの壊滅も、奴らの狙いの一つです」
「ぐっ・・・ラーゼが」
タイローが苦虫を噛んだような顔になった。
ここまで一生懸命ラーゼを守るためにナボルに尽くしてきたのに、その仕打ちが母国の破壊だとは、やるせない気持ちになっていた。
「いいですか。冷静になって更に状況分析を開始します。ラーゼの一万の兵力。そして王国の兵が一万いたとして計算する。これで合計で言えば、四万くらいの戦力だとしましょう」
たしかに自分たちの兵力は、数よりも強いとタイローが頷いた。
「その四万の兵力を相手しても十分に勝てると。スカーレットが思ったという事は」
「事は?」
「敵は八万以上の兵力を持っているのです! バルナガンが持っているのは確か五万弱。それ以上となると、ナボルの兵士がいる。だからバルナガンは、ナボルの軍事を支援していた。ナボルはあそこに兵を隠していたのですよ。おそらく、サナリア山脈の北部です。あそこに軍事基地があるのでしょう!」
フュンは、敵の行動に対してあらゆる行動を読み解いて、予測を組み立てた。
最悪の状況へと、ラーゼが向かっている。
今までの困難の中で最大級の戦いが待っていると、フュンは思っていた。
それはあのサナリア平原の戦いよりも難しいと思う。
何せ準備が出来ないのだ。
そして、二人が東の城壁に到着する。
望遠鏡で奥を見ると分かった。
地平線の向こうから、松明を掲げて進軍する軍、バルナガン軍。
奴らの総勢は、なんと。
九万であった!
「まずいですね! 今はサナリア軍もいません。連絡手段もありません。呼び寄せることもできない。それにこうなったら反乱として王国兵と協力したい所ですが、その王国兵も僕らが倒してしまっていません。だと、ここにいるラーゼの兵一万で・・・・・きゅ、九万、絶望的だ。それに今から民と共に逃げる事が出来ませんね。下手に外に出て野戦となると全滅です」
相手の策が、自分を上回っていた。
全てが手の平の上での出来事。
迅速に敵国を処理すれば、ラーゼには手を出せないはずだと高を括っていた。
それが間違いだった。
状況を作り出すことが上手い。
そんな相手が敵の中にいる。
フュンは、してやられたと唇を噛んだ。
それでも、戦わない選択肢は取れない。
戦っても死ぬだろうが、戦わなくてもただ死ぬだけ。
ナボルの狙いが自分だけじゃなく、ラーゼ自体にもあるからだ。
「タイローさん。スカーレットはたぶん会話をしてきます。僕がいることは知られていると思いますが、僕は隠れていますね。あなたは、このまま対抗してください。こうなったら、タイローさんがラーゼの主としていきましょう。ナボルのことはもう忘れて、ラーゼの正統後継者として、対抗します。いいですね」
「わ、わかりました。やってみます」
ラーゼの王が死に、その兄であるカルゼンも体が良くない。
こうなると、ラーゼの王家で、ラーゼを導くのはタイローしかいないのだ。
「タイローさん。ここが踏ん張りどころです。出来るだけ会話してください。僕が分析します」
「はい!」
「では、その前に、ラーゼの民の責任者と、王宮の残りの大臣。タイローさんと僕とで話し合いをしてまとめます。戦わなければ生き残れないことを説明します。ナボルについてもです」
「わかりました」
タイローとフュンは、ラーゼを救おうと動き出したのだった。
重要人物たちを集めて、話し合いを数時間重ねて、今いるラーゼのお偉方に、タイローが後継者だと認めさせた。
仮の王位についてもらったのだ。
この戦い、仮でもいいからラーゼに王がいないといけない。
民の心の拠り所となる王家が必要不可欠だからだ。
大臣らは、タイローが敵との会話に臨む間に、住民に周知させようと動いてくれた。
ラーゼ王国は、生き残るために死力を出し尽くす気でいる。
◇
四時間後。
九万の大軍が朝の六時にラーゼの東門に到着した。
移動時間は六時間だと想定できる。
それは六時間前にサブロウらが船を燃やしたのだ。
その煙が、敵への合図となってしまったからだ。
しかし、六時間の距離でバルナガンから移動は出来ないので、あらかじめ近場まで軍が移動していたのだろう。
用意周到に準備をしているスカーレットは、やはり只物じゃなかった。
「ラーゼ! 開門しなさい。裏切りの国となり下がった貴国には、証明せねばなりませんよ。無実であるとね」
スカーレットの声が響いた。
「裏切り? 何の話でしょうか。スカーレット様。私共、ラーゼの民は平穏に暮らしております。そんな仰々しい形で、こちらに来られても困りますよ。開門など、するわけがないでしょう。兵が来るにしても、小隊程度が正しい数では? 無礼ではありませんか。その数では、まるで戦争をするみたいじゃありませんか」
タイローは返した。
二人の言い合いの間、フュンは物見やぐらの隙間から、相手の全体像を把握していた。
『これは……闇の気配。軍の後方……あれが影ですね』
フュンが小声でつぶやくと、隣に現れたレヴィが。
『その通りです。これは訓練されたのでしょうね。まだ甘いですが、構えや立ち姿などはそのものです』
『そうですか。それらをざっと計算すると、三万はいますよ。ナボルはあんなに巨大な影の兵力を持っていたのか・・・』
『はい。そうみたいです。もしかしたら、ドノバン決戦。あれから兵力を蓄えるのに、帝国の力を借りたのでしょう。バルナガンは裕福です。鉄鋼都市で安定した収入を得られる。作物などの自然物じゃないので、計算が立ちますからね』
『なるほど。だから、ストレイル家を取り込んだのですね。バルナガンの領主はターク家のストレイル家だ。スクナロ様はこういう計算が苦手です。だから、スクナロ様がナボルであるのはありえない。しかし、そういう事が苦手だったからこそ、彼に付け入る隙があって、ナボルの資金とされたのですね。なるほど、お金のやりくりに苦労しているのは誤魔化せていたからか。そう考えると、以前のヌロ様も騙されていましたからね。奴らに・・・』
フュンは、ナボルのしたたかさを改めて認識した。
敵は内政の苦手なスクナロを標的に、バルナガンを隠れ蓑にしたのだ。
安定経済の都市ならば、これまた安定的に兵力を蓄えることが出来る。
長い年月。
ドノバン決戦から考えると、二十年以上が経った今、少しずつ兵力を整えて、九万もの大軍の内の三万の影を作ったのだ。
こいつらの目的はもうひとつある。
『これは、ラーゼを潰したら・・・・狙うのが帝都になる気がしますね。僕を殺し、ラーゼを消滅させて、あとはもうあの人と合流して、帝都を奪取する気です。御三家の決着ごと、この戦場で決める気です。そうか、ここが始まりだな。御三家戦乱も加味されていたのか! クソっ。やられた。カウンターなんて考えずに一気にやれば』
フュンにしては強い言葉を使って、しかも自分の腕を叩いた。
相手へのいら立ちを自分にぶつけたのだ。
『フュン様!?』
レヴィが心配した。
『やられましたよ。真っ先にあの人を捕まえれば』
『フュン様。それは出来ないかと、あの時に捕まえても言い逃れができますよ』
レヴィの方がまだ冷静であった。意見がまともである。
『ああ、そうですね。冷静に考えたらそうです・・・確たる証拠がありませんからね。二人もそこまでの証拠を知りませんもんね』
『はい。ナタリアとレイエフでも、あの人物まで辿り着けません』
『くそっ。ここに来て、ナボルにやられるか。策が何重にも重なっていたなんて。くそっ。ナボルが上手だった』
『フュン様。ここは落ち着いて。私が、サナリア軍に知らせを』
苛立っているフュンが珍しく、レヴィもつられるようにして慌て始めた。
二人とも気持ちが落ち着かない状態での会話だった。
『それは駄目です。あなたたちにしか出来なことがあります。というか。やらないといけないことがあります』
『私たちがですか?』
『はい。そうです。レヴィさんたちは、あの秘密の地下道を固めてください。太陽の戦士と影の部隊であそこを守ります』
『え?』
『敵は全てを知っているのです。僕の予想ですけど。タイローさんの今までの行動も、実は敵にバレているんだと思います。彼の全てを野放しにしておいて、彼の行動の全てを掴んでいたのですよ。幹部クラスのナボルは、彼の行動を知っていると思います。そうなると、あそこの道も知っています。こちらへの潜入ルートですよ!』
戦争で使用するには、最も安全な道とも言える。
『ここの城門を開けるよりも簡単にこちらに入って来られる。それはマズいです。だから、あそこを塞いで戦わないといけません。でもまだですよ。あそこは道が狭いです。何万もの軍が侵入できません、一度に入れても千人くらい。そして通路は十人くらいでしか戦えません。だから、非常に厳しい戦いでもありますが、まだ守れる。なので、太陽の戦士が、ナボルの影の侵入を防ぐのです』
『なるほど。わかりました。今すぐに封鎖します』
『ええ。急いで。太陽の戦士たちをあそこに……まだあちらは誰も移動していないようですからね。奴らの影移動がないです』
フュンとレヴィがもう一度大軍を見る。
彼らの中で影移動をするものは見当たらない。
だから、まだ軍人として行動を起こす気だと、ここでは考えていたのだ。
「では、後は頼みました。それと配置したら、レヴィさんは一度僕の所に」
「はい」
普通の音量になった会話から、指示が飛び出した。
フュンの指令を守るためにレヴィは、全員を呼びだした。
彼女らの戦いもまた死闘となる。
戦いはここからである。
レヴィたちの影の戦いと、フュンとタイローの表の戦いも。
全員が生き残るための苦難の道のりが始まるのであった。
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カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
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ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。
かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。
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