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第二部 辺境伯に続く物語

第232話 燃えろ! 燃えろ! 燃え尽きろ!

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 「こちらの提案でよろしいでしょうか」

 タイローが相手に紙を手渡した。
 提出した紙に書かれている内容は、入港までの流れである。
 中身としては、今日は夜遅いので、このまま船にいてもらい、港に入れるのは明日の日が照った時間帯であるとしたのだ。
 
 「んんん。明日ですか。今ではなく?」
 「ええ。明日がいいですね。今日はもう深夜になりますし。我々は盛大に港で歓迎をしたいので」
 「ああ。なるほど。我々を歓迎してくれると」 
 「当然ですよ。協力関係になるんですから」
 「わかりました。そうします。ですが、陸地近くないといけないので、ガイナル付近で休ませてもらいますよ」
 「ええ、わかっています。どうぞ。そちらに兵を置くことはないので、どうぞお休みになられていいですよ」
 「ありがとうございます。では、また明日。タイロー殿の元に使者を送り、入港したいと思います」
 「はい。お待ちしてます」

 握手した後。
 タイローは、自分の乗ってきた小舟に乗って、港に帰る。
 その道中。

 「サブロウさん。どうでした?」
 「うむ。ありゃ、いないぞ」

 サブロウが、タイローの影から出現した。

 「え?」
 「ナボルはいないぞな。三隻の船の中に闇の雰囲気がない。あれは全部一般兵だぞ。隠れるのであれば、もっとうまく隠れるぞ。全員が等しく気配を出し過ぎぞ。それで、変なのは」
 「変なのは?」
 「あそこの大将が、お前さんを見ても、何も表情が変わらないのが変だぞ」
 「ん?」
 「ナボルが人に変化するには、一番偉い奴が簡単ぞ」
 「そうですね。たしかに、ラーゼの王。シンドラの王。だとしたら、今の提督が可能性が高いですよね」
 「そういう事ぞ。それでぞ。お前さんは表向きナボルだぞ。それで、ナボル同士であれば、今の交渉を怪しまれるに決まっているぞ。お前さん、さっき兵数を聞いたのぞ?」
 「そうです。聞いていました」
 「だろうぞ。あれは、奴らだったら、お前さん危険だったぞ。おいらがさっきまで護衛していたからよかったけど、本物のだったら戦闘だぞな」
 「確かに……という事はあれらにナボルがいないのは確実ですよね」
 「そうぞ。だから、もっと大きなところにナボルがいるのかもしれないぞな。イーナミアの幹部クラスにいるのかもしれないぞな」
 「・・・そうですか・・・・たしかに、そうかもしれません」

 タイローは不用意に相手の事を聞きすぎていた。
 もっと慎重になっていなければサブロウに迷惑をかけていたかもしれないと反省をした。

 「それで、サブロウさん。船は?」
 「ああ。バッチリぞ。さっきの案内を受けていた時にな。仕込んだぞな! あとはこの後。太陽の戦士で行ってくるぞ」
 「はい。私たちの兵もいったほうがいいですか?」
 「いや、いい。お前さんたちの兵は港の方で警戒して欲しいぞ。あの船の中には小舟があってぞ。もしかしたら、その船で脱出してくる敵がいるかもしれないからぞ」
 「わかりました。そのようにします」
 「おうぞ。じゃあ、港に戻ったら動くぞ」

 サブロウとタイローは、港へと急ぎ、到着するとそれぞれが自分の仕事をするために移動した。

 ◇

 ラーゼに近いガイナル山脈の脇の海岸。
 イーナミア王国の軍船は、ラーゼの港に寄港できなかったために、陸地に近い所で係留していた。
 イーナミアの兵たちは休息を十分に取りために寝静まっていた。
 その船を見つめる二人の男女は話す。

 「サブロウ」
 「なんぞ」
 
 サブロウの隣にいるレヴィは、彼からもらったら透明な液体が入った瓶を持っていた。

 「この瓶だけでいいのですか」

 この瓶から出る匂いがなく、レヴィは怪しんでいた。

 「おうぞ。船ひとつに、瓶一つをぶつけて、火矢を一つで十分だぞ。さっき三隻全部の底に、おいらの瓶をばら撒いておいたから、こいつらの船。むっちゃ燃えるぞ」
 「本当ですか?」
 「おうぞ。太陽の戦士とおいらで一個ずつぶつけて、三隻を沈めるぞ」
 「わかりました。やりましょうか」

 太陽の戦士とサブロウは、ガイナル山脈東側の海岸で準備をした。

 ◇
 
 帝国歴524年6月24日。深夜一時頃。

 ラーゼ西から見える真っ赤な炎。
 天まで上る勢いで、火が真上に上がっていて、巨大な火柱のようになっていた。
 暗闇の世界から、暁に変わるくらいの明るさが生まれていた。
 この時間ではまだまだ日は早い。 
 深夜に起きていた者にとっては驚きの現象であっただろう。
 
 ガイナル山脈の脇で止まっていた船三隻が一緒になって燃える。
 その原因は、サブロウとその影がばら撒いた船底にある火炎瓶改、改めて太陽の炎である。
 サブロウとフュンが開発した無臭の透明な液体。
 サブロウ丸シリーズは、実用化するために太陽シリーズとなっているのである。

 轟々と音を鳴らして燃える船。
 陸地にいるのに、近くにいると熱くて自分たちも燃えそうだと、サブロウと太陽の戦士たちは少し離れた位置に移動して、完全に燃えたのを確認してからラーゼへ移動を開始した。
 その戻る道中で、敵船からは小舟が数隻出ていく。
 脱出を図った敵たちが向かう先も、ラーゼである。
 あそこに行くしかない。
 なぜなら、他の場所に行っても、話が通じるわけがない。
 何故王国の兵がこちらにいると言われるだけだ。
 味方であるはずのラーゼだけが、彼らの頼り。
 だが、そこにいるのが味方とは限らない。
 信用しても良い人間を見極めるべきであった王国の兵たちである。

 ◇

 深夜三時頃。
 ラーゼの港で敵を待つ男は、隣にいるタイローと話していた。

 「タイローさん、凄い火ですよね。こっちから見ても、真っ赤だ」
 「え。ええ。まあそうですけど。なぜそんなに平然として」
 「え? いや、勝ったからですよ。まあ、まずはこれで安心しましょうよ。危機はとりあえず去ったってことで」
 「・・・なんか騙し討ちみたいで・・心苦しいというか」

 敵を騙し討ちした事がフュンは平気で、タイローは苦しい。
 対照的な二人であった。

 「タイローさん。あなたはやはりスパイのような事は向いてませんでしたね。もしかして、ゼファーに毒を盛った時も手が震えていたりしたんじゃないですか?」
 「…そ、それはもちろんですよ。やりたくてやった訳じゃないですから」
 「それはそうですよね。ですが、あの毒では、人は死にませんよ。大丈夫。大丈夫。それにあのくらいの毒。ゼファーは一瞬で良くなりましたからね。その日の夜にはまた別なご飯を食べてましたから気にしないで」

 貴族集会で、大量のご飯を食べていたはずのゼファー。
 あの後、ルイスのお屋敷でさらにご飯をもりもりと食べていたのだ。
 フュンの治療を受けながら、お腹が空いたとリクエストしてきたから、ヒザルスのメイドとフュンが料理を作って振舞った。
 単純にゼファーという男は、ただのアホなのである。

 「そ・・そうでしたか」
 「ええ。だから気にしないでください。それにあの時のことをゼファーに言っても無駄ですよ。たぶん、彼は毒で痺れたことなど気にしてません。あの時の事よりも今日のご飯の方が気になるタイプですからね。食べ損なっているなら覚えていると思いますが、お腹いっぱいになるまで食べた思い出の中の出来事ですからね。あんまり覚えていないんじゃないでしょうかね。だから気にしないで」
 「……わ、わかりました」

 フュンが優しく教えてくれたことが、ゼファーのフォローに絶妙になっていないのが、気になったタイローでした。 

 「来ましたね」

 夜の景色の中でもフュンが遠くの船を見極めた。
 指差して指示を出す。

 「レヴィさん。上陸した瞬間に、捕らえてください。タイローさんを前に出して、油断させます。僕は下がりますね」
 
 船を燃やした後に彼らよりも先回りで戻ったレヴィらは、黙って指示通りに太陽の戦士と影を配置した。
 小舟はどんどんこちらに近づいて来る。


 ◇

 港で待つタイロー。
 その後ろには影となった太陽の戦士たちが、敵の船を待つ。
 
 王国の提督トリスタンが、顔も服もススだらけになりながら、命からがら港にやってきた。
 申し訳なさそうにしている彼が手を振ってタイローに挨拶をする。

 「タイロー殿。申し訳ない。船が・・・船が突如として燃えてしまい・・・兵を失ってしまいました」
 「そうでしたか。三隻全てですか?」

 まだ船に乗っているトリスタン。
 ゆっくり港に小舟を着けると、彼は慎重にラーゼの港に足を踏み入れた。

 「そうです。全てが突如燃えまして、隣接していたせいではないと思いたいのですが・・・」
 「それは大変だ」

 トリスタンを含めて50名の兵士が、港に足を踏み入れた。
 彼を先頭にして全員が船から降りる。
 
 「申し訳ない。救助してもらいたく」
 「いいですよ。こちらが全員ですか」
 「ええ」

 タイローの言葉にホッとした兵士たち。
 緊迫した状況から解放されたんだと油断したその瞬間。
 彼らの周りに太く大きな縄が現れる。
 
 「な、なんだ」「おい」

 兵士たちの声の音、一気に縄が走り出した。
 
 「「「ぐあああああ」」」

 縄のおかげで50名が一塊になる。
 縛られてしまったトリスタンが怒り出す。

 「これはなんですか。タイロー殿!」
 
 タイローが答えずに黙っていると、彼の後ろから急に人が現れた。
 
 「いやいや、タイローさんは関係ありませんよ。あなたたちを捕まえたのは僕だ」
 「だ、誰だ・・・貴様!!!」
 「あなたたちは、帝国の属国ラーゼに手を出したんだ。捕らえられて当然でしょう。ねえ。トリスタンさん」
 「・・・・なぜ私の名を」
 「ええ、もちろん知ってますよ。僕は、ガルナズン帝国サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアですからね。なんでも知ってます。僕の目は、至る所にありますからね」

 フュンが宣言すると、トリスタンは口を開けて固まった。
 敵国の重要人物の一人にあっさりと捕まったことに脳が追い付いていなかったのである。

 
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