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第二部 辺境伯に続く物語

第230話 母と息子の執念の結果

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 「フュンさん。これは」

 部屋の中に煙がまだ充満している状態で、タイローが近づいてきた。
 信じて立ってくれていたら、それでいいですよという言葉をそのまま信じたタイローは、本当にフュンが来てから何もせずに立っていたのだ。
 敵であるナボルとはいえ、バタバタと倒れるのには恐怖を覚える。

 「ええ。これは、ナボルにだけ反応する薬です。体の中にある毒を解毒してます。一時的にね」
 
 それでもフュンが平然としていた。

 「薬? 毒じゃなく?」
 「はい。なので、刺青を持っていない者には効果がありませんよ。現に、タイローさんとあそこの方たちには効いてません。体内に毒がないですから!」
 
 フュンが指差したのは、内政長官のヒーズリーとその他の内政官。
 彼らだけは無事であった。それは彼らがナボルではないという証拠である。
 
 「たぶん彼らは、国家運営に必要な人だったのでしょう。全てがナボルであると、国家運営に支障をきたすと判断したのでしょうね」
 「そ、そうですね・・・フュンさん。でも私にも、刺青があるのですが・・・」
 「ええ。ですが、タイローさんは、昨日で完治しているんですよ。この煙。実は薬としては失敗作です。一時的に体内の毒と戦うようになってましてね。だからナボルがこの薬の影響下に入ると。一時だけ呼吸困難になり、意識を失います。まあ、これも母の本に書いてありました。これを自分の体で実験した母は、やっぱり頭がおかしいですよね・・・ええ、自分でも思いますね。でも、僕の誇りですよ。母の研究成果がナボルを倒しますからね。ハハハ」

 自分の母の勇気と無謀さに呆れる。
 だけど、その勇気がなければ、タイローを治した薬は完成しない。
 無謀さに笑っていても、母を誇りに思うフュンであった。

 「あ、そうだ。そこの人! 今、あなたたちの王は僕を殺そうとしましたよね」
  
 フュンは、脇で怯える大臣らに指を指した。
 自分たちが答えないと、このようになるのかもと勘違いした男性が、なんとかして答える。
 
 「は、はい・・・見ました・・・ですが、これは・・・」
 「ええ。大丈夫。これらは敵です。こちらに来てください。僕がお守りしますので。念のために来てください」
 「わかりました。い、いきましょう」

 怯える大臣ら4名がフュンとタイローのそばに行った。

 「サブロウ。影部隊でこの人たちを縛りなさい」
 「了解ぞ」
 「情報を引っ張り出したい。せめて幹部とやらの事とか。あとこの状況も聞きたいですが、あまり詳しく知らないかもしれませんね。下っ端のような気がしてます」
 「おそらくはそうかもしれんぞ」
 「ええ。ですから、サブロウとレヴィさんたちに任せます。では、僕はこちらの方とお話します」

 場所を変えたフュンは、大臣とタイローとの会話に入った。

 「フュンさん。ここからどうするのでしょうか」
 「ええ。僕の考えはですね……その前にです。こちらの大臣さんたちは、ナボルではない。というよりもナボルをご存じではない?」
 「ナボル???」
 
 ヒーズリーをはじめ、全ての人間が首を傾げた。
 本当に知らないで内政をしていたらしい。

 「なるほど。さっきの場所にいた大臣とみられる人で倒れていたのは、外交系と軍人ですか?」
 「そうです」

 ヒーズリーが答えた。

 「そうですか。やはり国家運営をするのに、ナボルよりも地元の人間の方がいいとの判断をしたのですね。まあそれはいいとして、ここから、ラーゼを立て直します。ナボルによって歪められた国家を元に戻しますよ」
 「ど、どうやってでしょう?」
 
 タイローが聞いた。

 「ええ。それはですね。その前にこちらの大臣の方に今のラーゼの状況を説明しますね」

 フュンが丁寧にナボルについてとラーゼについての説明をした。
 大臣たちは信じられないと何度も口に出しながらも、フュンが冷静に話すので、本当の事なんだと自分たちの置かれた状況を理解したのだ。

 「それで、僕はこのままあなたたちが大臣に入って欲しいです。それと、アルゼンには子供がいませんよね」
 「いません」
 「まあ、いるわけがないですよね。中身が違いますからね」

 アルゼンの中身が変装した人間であると思っている。
 それと、ラーゼの魂を消し去ろうと動いていたナボルなので、わざわざ王族を繋げる意味がないのだ。

 「それで、今いる軍船に沈んでもらいましょう」
 「え?」
 「油断を誘いたい。使者あたりで誤魔化して倒したいですね。船ごと燃やしていきますか。何人いるでしょうかね……六千人くらいはいるでしょう。上手くやって半分以上は倒したい」

 騙し討ちをすると堂々宣言するフュンに、タイローは唖然としていた。

 「それは……ズルくはないのですか」 
 「ズルい?」
 「要は騙し討ちですよね?」
 「騙し討ち? ああ、見方によっては、そう見えても不思議じゃない。でも、タイローさん。相手はナボルかもしれないし、じゃなくても王国です。敵ですよ。味方じゃありません。それと僕の予想では王国の内部にも、ナボルがいると思います。ただ王国だと、中枢にいるのかよくが分かりませんね。実態がつかめない。ネアルの側近にもいるのでしょうか……でも僕は、彼だけはナボルじゃないと思ってます」
 「ど、どうして、そう思うのですか?」
 「ええ、彼がナボルであれば、僕はすでに死んでいます。これだけは真実でしょう。彼が僕の事を裏から殺そうとするのならば、もう死んでいるんですよ。あの人にしては、罠の仕掛け方が甘い気がするんですよね。ネアルであれば確実に僕を殺してます」

 今までの作戦が甘い。
 ネアルが考えたものだったら、もうすでに自分が死んでいる。
 だから逆にフュンは、ネアルだけはナボルじゃないと信じていた。
 
 「なので、早速あちらに使節団を送ります。その結果で作戦を組み立てます」
 「わかりました。やってみます」
 「はい。タイローさんにお願いしたいですね。それでヒーズリーさんは、ここの財政の変な部分を探ってもらえますか? おそらく不正なお金があると思います。流出先などが分かると助かりますね」
 「わ、わかりました。私たちにお任せを」
 「ええ。頼みたいです。でも結構無茶をさせます。大臣が減って、内政官も減って、大変でしょうけど。お願いしますね」
 「「「はい! おまかせを」」」

 ヒーズリーを筆頭に全員が返事をした。
 ラーゼは正常な状態になろうと、徐々に動き出した。
 真の王と帰って来るべき太陽が、本来のラーゼを取り戻そうとしている。

 ◇

 そこから、五時間。
 レヴィたちの結果を待っている間。
 ラーゼの会議室で仕事を手伝っていると。

 「フュン様」
 「はい。レヴィさん?」

 レヴィが現れた。
 大臣たちと一緒に、これからのラーゼについての提案から立案までを組み立てていたフュンが答えた。
 
 「結果が出ました。奴ら全員がナボルという事は確定しました。刺青があり、毒が入ってました。そして、タイローの仲間たちが捕らえた者たちもナボルで、計102名がラーゼに潜むナボルでした。あの後、お話ししてくださいまして」

 お話なんて柔らかい表現を使っているが、たぶん・・・。
 と思ってるフュンは苦笑いをして話を聞いていた。

 「それで、幹部はいなかったです。ですが、幹部が来るとの連絡が右の門番のナボルが言っていました。それと詳しい話は・・・」
 「やはりそうですか。ナボルは自分の仕事以外の情報を他の者たちに与えない。無意味に仕事の内容を広げるような真似をしませんか・・・個々人にバラバラに仕事を与えている。だから真実に辿り着かないようになっている。まあ秘密主義という奴ですか」

 ナボルの幹部以外は、行動を起こしても最終的な目的が分からない。
 そういう風な作りの組織である。
 皆で共通意識を持つフュンのサナリアとは全く違う組織であるのだ。

 「それと幹部が来ると? 右の門番というと東ですね。バルナガン方面。やはりスカーレットが幹部でしょうか」
 「そうだと思います」
 「来るとは、どういった意味でしょうかね。そのまま個人で来るのでしょうか。それとも使者を寄こすのか。曖昧な表現なので、色々疑問が出てきますね」

 来る。
 その一言には、色々な含みがある。
 捕えたナボルもまだ諦めずに、情報を吐かない気である。
 それに彼らは口に出さない訓練をしている。
 汗と毒が呼応してしまうのもあるが、そういう訓練を普段からしているようなのだ。
 出来なければ死ぬだけだからそちら側も必死になって順守しようとするらしい。

 「そうですね。サブロウはどうしてますか」
 「サブロウは、今準備してます。材料を集めて作成中です」
 「了解です。あと・・・三時間。そこらへんであちらの船に行くので、準備を急げとサブロウに」
 「わかりました。サブロウに伝えます」 
 「はい。お願いします。さっそく今日の夜。仕掛けます。タイローさん! やりますよ」
 「え? 私ですか」
 「はい。そうです。この案通りに動いてください。これで王国の船を倒します」

 行動の手順が書いてある紙を手渡されたタイローは、本日の夜に動き出すのである。

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