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第二部 辺境伯に続く物語

第226話 カルゼンとタイローへ伝える 

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 「で、では、ソフィア様のお子様で、フュン様・・・」
 「ええ。様はいりませんけどね。ハハハ」
 「ああ、笑顔が・・・ソフィア様にそっくりだ」
 「そうですかね。僕は似てますかね」
 「ええ。とても。目元なんて、そっくりですよ」

 目から流れる涙を気にしないカルゼン。
 でもその目の焦点があまり合っていない。
 見えにくいという言葉通りなのだろう。
 完全に見えないわけじゃないが、遠くにいると誰かを判別できないらしい。

 「そ、それでなぜ。太陽の人がこちらに?」
 「ええ、僕はタイローさんを解放したいと思ってます」
 「タイローを解放? それはどういう意味で」
 「ん? タイローさんが今どうなっているのか。ご存じないのですか。あなたとはどういう頻度で会うのですか?」

 カルゼンの返答が、フュンにとって予想外だった。
 自分の息子の置かれた状況を知らないようだった。

 「タイローはたまにこちらに来て会う事になってます。ラーゼの為に人質になり帝国でも味方を作っていると・・・」
 「ん? 味方?」
 「ええ。こちらの地下道から仲間もたまに来ますからね。味方がいるはずです」
 「・・・んんん。どういう事でしょう。タイローさんにはナボルの紋章がありますよ」
 「え?」
 「彼は、ナボルに囚われている可能性があります。現に、第二皇女を殺害したのは彼になっています。裏ではね」
 「な!? なんですって。殺害」
 「ええ。だから彼の基本はナボル側の人間ですよ・・・味方を作る・・・どういうことでしょうか」
 「そんなはずはない。タイローは、優しい子です。誰かを殺すのもあり得ませんし。ナボルになるなどありえない」

 自分の息子がまさか敵方に入っているとは信じられない。
 カルゼンは、泡を食っていた。

 「そうです。優しい人です。とても心が綺麗で優しい人です。ですから利用されていると思います。ナボルは彼を縛っている。だから僕はタイローさんに会いたいのです。ここにはいらっしゃらないのですか」
 「・・・いません。タイローはこの施設にはいませんね」
 「そうですか。ではカルゼンさん、あなたの屋敷がもうないのです。タイローさんは、今はどこに住んでいるのでしょうか。彼がこちらで住む場所をご存じですか?」
 「……屋敷は昔に壊されていて…‥そう言えばタイローは、どこに住んでいるとかは話さなくて」
 「わかりました。タイローさんを探します。急がなければ!」
 「……そ、そんなに急ぐのですか。タイローになにか!」

 フュンの話ぶりが、所々説明を端折っているために、カルゼンが彼の急ぎの気持ちを察した。
 
 「ええ。急ぎますよ。彼を一刻も早く救わねば、ラーゼを救えません」
 「ど、どういうことでしょうか」
 「今、ラーゼは王国軍に迫られています。だからここで、正統後継者には立ちあがってもらわないといけません。ラーゼの人々にとっての待ち人が僕だとしても、ラーゼを導くのはタイローさんしかいないと思っています。僕は彼と協力してラーゼを救う気なのです。ですから、彼をひとまず救わねば・・・・」

 そうフュンの狙いはラーゼ解放からの真の指導者の登場である。
 偽りの王はいらない。
 真の後継者がラーゼを導いてほしいのだ。
 だから、この時期のフュン・メイダルフィアは暗躍と呼ばれているのである。
 歴史の裏側にいる男であるのだ。

 「え・・・攻撃・・・ラーゼが戦争ですか」
 「ええ。そうです。ですから時間がない。僕はラーゼに戻り、全てのナボルを殲滅せねば・・・急ぎます。カルゼンさん、地上に戻りますね。必ず迎えに来ますから。もう少しここで耐えてください。では」
 「え!?」
 「大丈夫。信じてください。僕は必ずあなたをここから出します」
 「……いや、危険です。ここは敵地のど真ん中なはず。あなたが巻き込まれる……」
 「ええ。巻き込まれていいんです。僕を信じてください。僕らはあなたを救うために来ましたからね。では、急ぎます。ここからは時間がない。相手は、僕がいるなんて考えていないでしょう。だから反撃できる。タイローさんと合流して、何とか彼を味方にすれば、全てが上手くいくはずです」

 唖然としていたカルゼンをこの場に置いたフュンは、来た道を戻る。
 その道中、走りながら話が進む。

 「フュン様。本当にそのままにするのですか。カルゼンを」
 「ええ。レヴィさん。そうです。というか。そうしないといけません。ここには巡回の兵などもいるでしょう。こちらの準備が整うまでは、あそこにいてもらわないといけません。連れ出したら逆に危険なんです」
 「そ、そうですか。わかりました」

 レヴィは一刻も早くそこから助け出したかったのだが、フュンにこう言われたら大人しく引き下がるしかなかった。
 だが、気付いてもらいたいところである。
 タイローの協力なしにカルゼンを勝手に救い出したら、双方が助からない恐れがあることをだ。
 しかしいつもの彼女なら気付く。
 それほど冷静じゃなかった。
 彼が目の前にいて救えない歯がゆさのせいである。

 「そして、僕の予想を言いましょう。ラーゼの国王。それはもう彼の弟ではないでしょう。おそらくはナボル。シンドラと同じだと思います」
 「え!?」
 「そういう事かぞ・・・フュン。シンドラと同じ・・・奴らの偽装術ぞな。あれは完璧だったぞ。そうぞ。ラーゼの方が早くそうなっている可能性があるぞ」

 フュンの隣のサブロウが納得していた。
 シンドラ王に変装していたナボルの変装術は、サブロウらの影の力を上回っている。

 「ええ、そういうことです。いつからそうなのかはわかりません。ですが、長い時を擁して、城の内部をナボル色に変えているでしょう。そして、タイローさんには仲間がいる。あれも本当だと思います。この悪辣な状況の中で、彼は僅かな味方を作ってお父さんを守っている。そして、彼自身。綱渡りの状態でナボルの中にいる。これが僕の予想だ。だから急ぐしかない。皆さん、全力でいきましょう。急がねばこの国が消滅します」
 「「「はい」」」

 この後、フュンたちはすぐにラーゼの中に入り、念のために都市全体からタイローを探した。
 港。都市。両方を探しても彼が見つからない。しかし、それよりもそれらの位置に怪しい影の動きが二、三あったことが気になっていた。
 国の要所の位置にナボルがいるようなのだ。
 全体に潜んでいるというよりは、要所を抑えている。
 例えば港の漁師、倉庫の管理会社など。
 色んな所で怪しい動きをしている人物がいた。
 サブロウの影が偵察した結果である。


 そして、太陽の戦士四人とレヴィは、他にも建物の内部を捜索していた。
 彼らの影の技術は確実にナボル以上なので、潜入に適しているのだ。
 
 サブロウとフュンは王都の宿で警戒をしながら泊まっていた。

 「どこにいるか。やはり……城」
 「そうだろうぞな。フュン。目の届く範囲にいてもらうのが一番だぞな」
 「ですね」

 二人がそんな会話をしていると、『コツンコツン』窓が鳴った。
 
 「ん? 開けろですね」

 フュンが窓を開けると、太陽の気配が五つ、中に入ってきた。

 「レヴィさん」
 「はい」
 「どうでした」
 「いました。城の最上階東。塔の部分です」
 
 フュンは、窓から身を乗り出して、言われた場所を見た。
 城の左右にある塔の右側。
 そこがタイローの住む場所らしい。
 
 「なるほど。あれですね」
 「はい。あそこに登りますか」
 「そうですね。あの高さですし、掴む場所もありますからいけますね。僕とレヴィさんとサブロウでいきましょう」
 「はい。わかりました」
 
 今のフュンの身体能力でも、塔くらいであれば登れる。
 レヴィも彼の運動能力を信じていた。

 「お、俺たちは……フュン様」
 「ええ。ナッシュたちは下で、影になって見ていてください。もし敵が僕らを発見したら。殺しなさい。迷わなくていいです。あなたたちの判断でやりなさい」
 「わかりました。ですが、そいつらがナボルではなかったら・・・」
 「よく考えてください。僕らは影になりながら移動します。僕らを発見するような者は、全部ナボルでいいです。それ以外ありえない」
 「あ。なるほど。わかりました。そのようにします」
 「ええ。では潜入します」

 ラーゼの城前で影になる三人。
 フュンも太陽の戦士としての一通りの能力を得ている。
 影の動きも完璧に出来ていた。
 むしろ、フュンはサブロウたちに教わった気配断ちと影移動よりも、太陽の戦士の技の方が覚えやすかったのだ。
 
 「いきます。タイローさんに会いにいきましょう」

 フュンたちは真っ直ぐ聳え立つ塔をよじ登っていった。

 ◇

 ラーゼの城。右の塔最上階の部屋。

 『コンコン』
 
 窓ガラスが鳴った。
 高さがある場所で窓ガラスが鳴るなんてありえない。
 鳥でもぶつかったかとタイローは不思議そうな顔で近づいた。

 『コンコン』

 再び鳴る。
 誰もいるはずもない外から音が聞こえて、タイローは思わず確認した。
 覗き込んでも外の景色しか見えない。
 だから、窓を開けた。

 すると、気配だけが三つ自分の脇を通り抜けた。
 入口の方に向かって一つ。自分の前に一つ。そして窓の脇に一つと移動していた。

 「ふぅ。タイローさん。お久しぶりです」

 突然フュンが光と共に出て来ると、タイローは後ろにのけ反って驚いた。
 声を出さない分、思いっきり後ろに行ってしまい、窓の壁に背中をぶつける。

 「フュンさん!? なぜここに」
 「ええ。時間がないので手短に。今の僕は無駄なことをしたくない。このままではラーゼが危険なんです。話を聞いてくださいね」
 「ら・・・ラーゼが危険。何の話で」
 「今、ラーゼは王国軍に攻められる直前です。今はあちら側。左の塔の部分であれば、見えるのですが、船がラーゼ近海にいます。待機している形です」

 タイローがいる場所の窓は、南を向いていた。
 これは大陸方面を見ているのである。
 タイローからは、海が見えないので、状況が分からなかった。

 「な……なに!? 攻められる? ラーゼが? なぜ???」
 「はい。でもまずは、あなたは今どんな状況なんですか。お父様にもお会いしていないでしょう?」
 「・・・なぜそれを・・父のことをどこから・・・」

 フュンはタイローの疑問には答えるつもりがない。
 時間がないので、次々と話を展開していた。

 「ええ。まずは整理しましょう。あなたはナボル! そうですね」
 「・・え・・・」
 「そして、ナボルの言う通りになっている人。そうでもありますね」
 「・・・え?」
 「それで、僕の予想は。お父上が人質だから、言う事を聞いている。そうですね。タイローさん!」
 「・・・・・・」

 最後まで正しかった。
 だからタイローは黙ってしまった。
 真実を見破られるとまずいからである。

 「タイローさん。大切なことを一つ教えます。僕は、どんな事があってもあなたの味方です。友達なんです。それだけは何があっても信じて。そして、僕はヒルダさんからあなたを託されました。だから僕はあなたを救いたいんですよ」
 「え? ヒルダ?」
 「ええ。それに僕はあなたを救わないといけません。これは義務にも近いです」

 母を救おうとしてくれたカルゼンの子であるタイロー。
 フュンは母の息子として、タイローに感謝と恩があるのだ。

 「・・・な、なぜ。私とあなたはただの知り合いで・・・」
 「いいえ。違います。だからですね。信じて! 僕はあなたを友達だと思っていますよ。最初の出会いの時からずっとです。それにタイローさん。僕は太陽の人なんです。僕のもう一つの名は、フュン・ロベルト・トゥーリーズなんです」
 「・・・え・・・え?? その名は、太陽の人と同じ。父上が待ち望んでいた人。う、うそだ。い。生きていた・・でもその名は・・・本物・・え、ど、どういうことでしょう」

 タイローが珍しく動揺していた。
 頭を抱えて同じ言葉を羅列する。

 「そうです。ソフィア・ロベルト・トゥーリーズが僕の母です。ご存じでしょう?」
 「それは・・・父上が教えてくれた太陽の人。父上の時代の太陽の人の名だ・・・」

 タイローは混乱しながらもフュンの話を聞いていた。
 
 「タイローさん。あなたの事情を知りたい。あなた側の話が聞きたいんです。おそらく特殊な立場なはずだ。まずはそこから知りたい。あなたはどうしてナボルに?」
 「それは・・・」
 「大丈夫。あなたが、僕のことを太陽の人だと信じてくれるならば、僕は最後まであなたと共に、ラーゼを救いますよ。そして一緒にお父さんも救います」
 「は、はい。そうですね。あなたが太陽の人ならば、説明しなくては・・・・私は・・・」

 タイローは重い口を開いた。
 自分の人生について、正直に話すことを決断したのである。
 太陽の人が目の前にいるのなら、太陽の人を待つ者として、信じなくてはいけない。
 それがラーゼの真の後継者の役割だからだ。





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