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第二部 辺境伯に続く物語
第224話 ラーゼ潜入
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フュンは移動を開始する前に二人に指示を出していた。
シガーには、歩兵部隊でシンドラ軍とヒルダの護衛を任せて、フィアーナには騎馬部隊を帝都に待機させた。
連れていけない両名には、帝国の為に動けとしたのだ。
◇
そして、フュンが、ラーゼ入りを果たそうと帝都から北へ移動中。
途中の町のリスティアという場所で馬交換をしていた所。
ラメンテからサナリアを目指す連絡兵の影とたまたまかち合った。
サブロウが報告を受けてから、再度の移動を開始しながらフュンがその報告を受ける。
「フュンぞ。こりゃマズいぞ」
「ん? どうしましたサブロウ。さっきの影の報告のことですか」
「ああ。ハスラに攻撃が来たらしいぞ。二日前だそうぞ」
「ハスラに!?」
「ああ、そうぞ。ジークたちがフーラル川で海戦をしたみたいぞ」
「ジーク様が……ラメンテは。里は? 援護に回ると?」
「そうらしいぞ。ウォーカー隊の予備は、ガイナルの方からの警戒をすると」
「ガイナル……またあそこですか。これはまた大規模展開の戦争だ。王国はそんなに兵を用意できていたのか。ハスラの方の数は分かりますか?」
アージス平原。フーラル川。ガイナル山脈。
大陸の南北に渡る大戦争だった。
「船は分かるらしい。敵船300隻。小舟。前回サイズだ」
「こちらは」
「200だそうだぞ」
「それで、勝てるんですか?」
「そこまではわからんぞ。でもヴァンとララがいるからな。数が少なくてもいい勝負は出来るはずぞ」
「・・・山はどうです。数は?」
「わからんぞ。ただ来るのが確実ぞ。ラーゼへ向かう軍じゃない戦力がルコットに集まっているらしいぞ」
「・・・どうしましょうか・・・」
フュンは、移動中でも頭の中で今の戦況を考える。
ジークに任せっきりになっているハスラは、ダーレー家の防衛の要。
リーガやビスタと同じく帝国最前線都市のひとつだ。
西に巨大河川、北に巨大山脈。
ハスラは、天然の防衛設備があるために、アージス平原よりかは楽に防衛が出来る。
だが、今の話を聞く限り。
ここまでの大規模な戦争になると、防衛が難しくなっている。
ダーレー家所有の大切な場所がハスラなので、何が何でも守り切らないといけない。
現在ダーレーで将となれるのは、ジーク、ナシュア。マーレ。
この三人のみだ。
フュン。ミランダ。シルヴィア。ヒザルス。ザンカ。ザイオン。エリナ。
この七人がいない。
だから、二面で戦うかもしれない状態だと、将が圧倒的に足りないのである。
敵の兵数だって、どの程度の規模であるか。
分からないためにラメンテから兵を送って、ハスラを万全な状態にしようとしている。
でも肝心の将がいなくては話にならない。
そして、おそらくだが。将がいないから、全体をまとめて里の兵を移動させているのも、フュン親衛隊のメンバーだろう。
彼らならば、将がいなくとも自主的にウォーカー隊を率いても大丈夫だからだ。
「フュン。あたしがいくしかないのさ」
「先生。たしかに先生しかいない」
悩みどころだが、ここはミランダしかいない。
「……レヴィ」
レヴィは影に隠れながらフュンの背で馬に乗っている。
「なんですか。ミランダ」
消えたままレヴィは答える。
「あたしは離脱する。フュンを頼む」
「あなたに頼まれなくても守ります」
「ああ。わかってるのさ。いちおう、言ったのさ」
守ることは当然。それがレヴィの使命である。
「サブロウ。あたしの方にも連絡の影をくれ。戦況が大きく動くたびでいい。いいな」
「おうぞ。まかせろ」
「んじゃ、フュン。こっちは頼んだぞ。あたしは、ジークに加勢する。あっちも将が少なすぎるからな。守るのに厳しい」
「はい。むしろ、難しい戦場に送ってしまい申し訳ないです。先生」
「気にすんな。燃えるだろう。難しい方がな!!!」
ミランダは不敵に笑い、馬を左に回して、西を目指した。
一度ラメンテに向かい状況を整理して、移動しているウォーカー隊に追いつき、戦場前での合流をしようとしている。
彼女の背を見送った後、フュンが呟く。
「これは厳しいですね」
「フュン様。それでもやらねばいけません」
「そうですね」
「では、ラーゼ到着早々。私は太陽の戦士たちと共にタイローを探します」
「はい」
レヴィはフュンに話しかけた後にサブロウの方を向いた。
「サブロウ。フュン様の直接護衛を頼みます」
「おうぞ。やれるぞな」
太陽の戦士たちのラーゼ潜入が始まる。
◇
ラーゼ直前でフュンはレヴィと別れて、ガイナル山脈東で彼らの偵察を待った。
ラーゼの港と都市が見える場所で、そこから彼は海も確認した。
「船が三隻。大型船ですね・・・兵の数はどうでしょうかね」
敵の船が、ラーゼを見るようにして海にいた。
砲門は向けていないが、どっしりと構えた形でラーゼを見守っているようにも見える。
「攻撃は仕掛けていないぞ。ただ海にいるだけぞな……数は一隻に多くても二千くらいじゃないかぞ」
「六千くらいの兵ですね。その数だと、ここを落とすのが目的ではないでしょうね……やはり先生が言っていたようにバルナガンと連携をしてラーゼを落とすつもりなのでしょうか。それともなんだ。この動きは? ナボルが裏にいるとしても変だな・・・どういうことだろう」
サブロウとフュンは、戦場を観察して、この戦場がどのような形になっていくのかを予測していた。
◇
ラーゼに到着したレヴィは、太陽の戦士の二人と共に、タイローを探していた。
彼ら三人は、ラーゼの一番高い場所。
灯台の屋根に立っていた。
彼らは不安定な場所でもしっかり立てる強靭な体幹を持っているのだ。
「いったいどこに……カルゼンの屋敷がありません。それでは彼はどこにいるのでしょうか・・・」
カルゼンの屋敷が無くなっていた。
無くなる要因の一つして、カルゼンの死があるだろう。
だがそんな情報はどこにもない。
だから彼は生きているはずなのだ。なのに住む場所がない。
それはおかしい。
息子のタイローの為にも、ラーゼに帰ってきた時に家がないなどおかしい。
「レヴィさん。嫌な気配があります」
「ナッシュ、どうしました?」
レヴィの隣に立ったナッシュが指差す。
後ろに見える敵船ではなく、彼が指したのは城であった。
しかも城脇の小さな小屋のような場所である。
「そうですね。たしかに変な場所ですね。あんなところに小屋なんて、不自然です」
「レヴィさん。同じ感覚が後ろの船にも」
二人の後ろで、反対方向を見ていたママリーが船から同じ気配を感じていた。
「影ですね。たぶん、太陽の戦士たる感覚が鋭い二人を連れて来てよかったです。ママリーもナッシュもよくやりました」
「「はい。レヴィさん」」
彼女が育てた太陽の戦士は、ただの戦士ではなかった。
それは強さだけではなく、こういう感覚的な部分も鍛えられる者だけを選抜していたのだ。
第六感とも言うべき、フュンと似たような力を持つ者たちで構成されている。
「侵入寸前まで行ってみます。あそこを確かめましょう。調べます」
「「はい」」
三人は下へ降りていった。
◇
ラーゼの城の脇にある小屋のような建物の周りには、数本の木があった。
その中で一番大きな木の上に三人が影になり並ぶ。
太陽が登っていても完璧に姿を消すことが出来る戦士たちは闇の気配のする者たちを見下ろしていた。
「人がいますね。入口に・・・三人。玄関の先で二人」
ママリーが言った後。
「影の動きです。二人、あれで姿を消しているつもりなんだ。あれがナボルなんですね」
ナッシュが続いた。
「ええ、そうです。ナボルが五人。しかし、こんなに小さいのに建物が広いです。地下があるようだ。そこに人間がいくつもいます」
レヴィが冷静に分析した。敵の建物の構造を音で理解した。
「そうなんですか。そこまではさすがに・・・」
聞こえないとナッシュが言うと。
「あなたは、まだ聴覚訓練を重ねていないだけです。いずれは出来るようになるでしょう。建物の地下。そこの横に空洞があります。変です。この地下は?」
「空洞ですか?」
指摘されても、やはりナッシュには分からなかった。
「ママリーは分かりますか」
「音が抜けていく感じがあります。あちらの山に向かってです」
ママリーはガイナル山脈の方を指さした。
「そうです。あなたは聞こえているのですね」
「はい」
ママリーの聴覚は鋭く、音を聞き分けていた。
隣にいるナッシュには聞こえず、彼は自分の不出来さにがっかりしていた。
「では、フュン様に報告しながら、ガイナル山脈に向かいましょう。このナボルがいる所に、もしかしたらタイローがいるかもしれません」
「「いきましょう」」
◇
敵地潜入前。ガイナル山脈にて。
レヴィが今までの経過をフュンに報告すると、『だったら僕も行きます』となり、団体での移動となった。
山の麓にある小さな洞窟でもない。
ただの横穴のような場所に、下へと降りる階段があった。
整備された通路は東に向かっていて、ラーゼの方角だった。
「これは地下道。音が反響して遠くまで聞こえますね。長いです。この道」
「フュン様はそこまで音が聞こえるのですか」
ナッシュが言った。
フュンの耳は遠くの音まで拾えるのだ。元々五感だけは鋭く、太陽の戦士の訓練でその才能は爆発している。
「ええ。聞こえますよ。僕は五感だけはいいですからね」
「そうでしたか。俺はまだ聞こえなくて・・・」
「大丈夫。常人よりはいいはずです。君たちは選ばれただけで素質があります。だから焦らずに成長しましょう。あとですね。これができないからと言って、いけないという事はないです。君は他が優れているのですよ。いいですね。反省はしても、出来ないことに気持ちが引きずられないで下さい。努力をすれば、いずれ出来るようになります。しかし出来なくてもいいのです。他の方が出来ればよいのです。それが仲間というものですからね。あなたはね。仲間が出来ない。別なことが出来るようになれば良いのですよ。僕はそんな感じで生きていますよ。ハハハハ」
元々は何も出来ない男だったからこそのアドバイスである。
相手が気にするポイントを先に潰して、指導が出来るのがフュンという男だった。
「はい。フュン様。頑張ります」
少し明るい表情になったナッシュを見て、フュンは微笑んだ。
「ええ。頑張ってください。応援してますよ」
仲間にとびきり優しい男。
それがフュン・メイダルフィアという男である。
「フュン様。行き止まりです。おそらくこの先が、建物と繋がっています」
地下道の先にある土の壁の奥。
その先が敵地かもしれない場所である。
シガーには、歩兵部隊でシンドラ軍とヒルダの護衛を任せて、フィアーナには騎馬部隊を帝都に待機させた。
連れていけない両名には、帝国の為に動けとしたのだ。
◇
そして、フュンが、ラーゼ入りを果たそうと帝都から北へ移動中。
途中の町のリスティアという場所で馬交換をしていた所。
ラメンテからサナリアを目指す連絡兵の影とたまたまかち合った。
サブロウが報告を受けてから、再度の移動を開始しながらフュンがその報告を受ける。
「フュンぞ。こりゃマズいぞ」
「ん? どうしましたサブロウ。さっきの影の報告のことですか」
「ああ。ハスラに攻撃が来たらしいぞ。二日前だそうぞ」
「ハスラに!?」
「ああ、そうぞ。ジークたちがフーラル川で海戦をしたみたいぞ」
「ジーク様が……ラメンテは。里は? 援護に回ると?」
「そうらしいぞ。ウォーカー隊の予備は、ガイナルの方からの警戒をすると」
「ガイナル……またあそこですか。これはまた大規模展開の戦争だ。王国はそんなに兵を用意できていたのか。ハスラの方の数は分かりますか?」
アージス平原。フーラル川。ガイナル山脈。
大陸の南北に渡る大戦争だった。
「船は分かるらしい。敵船300隻。小舟。前回サイズだ」
「こちらは」
「200だそうだぞ」
「それで、勝てるんですか?」
「そこまではわからんぞ。でもヴァンとララがいるからな。数が少なくてもいい勝負は出来るはずぞ」
「・・・山はどうです。数は?」
「わからんぞ。ただ来るのが確実ぞ。ラーゼへ向かう軍じゃない戦力がルコットに集まっているらしいぞ」
「・・・どうしましょうか・・・」
フュンは、移動中でも頭の中で今の戦況を考える。
ジークに任せっきりになっているハスラは、ダーレー家の防衛の要。
リーガやビスタと同じく帝国最前線都市のひとつだ。
西に巨大河川、北に巨大山脈。
ハスラは、天然の防衛設備があるために、アージス平原よりかは楽に防衛が出来る。
だが、今の話を聞く限り。
ここまでの大規模な戦争になると、防衛が難しくなっている。
ダーレー家所有の大切な場所がハスラなので、何が何でも守り切らないといけない。
現在ダーレーで将となれるのは、ジーク、ナシュア。マーレ。
この三人のみだ。
フュン。ミランダ。シルヴィア。ヒザルス。ザンカ。ザイオン。エリナ。
この七人がいない。
だから、二面で戦うかもしれない状態だと、将が圧倒的に足りないのである。
敵の兵数だって、どの程度の規模であるか。
分からないためにラメンテから兵を送って、ハスラを万全な状態にしようとしている。
でも肝心の将がいなくては話にならない。
そして、おそらくだが。将がいないから、全体をまとめて里の兵を移動させているのも、フュン親衛隊のメンバーだろう。
彼らならば、将がいなくとも自主的にウォーカー隊を率いても大丈夫だからだ。
「フュン。あたしがいくしかないのさ」
「先生。たしかに先生しかいない」
悩みどころだが、ここはミランダしかいない。
「……レヴィ」
レヴィは影に隠れながらフュンの背で馬に乗っている。
「なんですか。ミランダ」
消えたままレヴィは答える。
「あたしは離脱する。フュンを頼む」
「あなたに頼まれなくても守ります」
「ああ。わかってるのさ。いちおう、言ったのさ」
守ることは当然。それがレヴィの使命である。
「サブロウ。あたしの方にも連絡の影をくれ。戦況が大きく動くたびでいい。いいな」
「おうぞ。まかせろ」
「んじゃ、フュン。こっちは頼んだぞ。あたしは、ジークに加勢する。あっちも将が少なすぎるからな。守るのに厳しい」
「はい。むしろ、難しい戦場に送ってしまい申し訳ないです。先生」
「気にすんな。燃えるだろう。難しい方がな!!!」
ミランダは不敵に笑い、馬を左に回して、西を目指した。
一度ラメンテに向かい状況を整理して、移動しているウォーカー隊に追いつき、戦場前での合流をしようとしている。
彼女の背を見送った後、フュンが呟く。
「これは厳しいですね」
「フュン様。それでもやらねばいけません」
「そうですね」
「では、ラーゼ到着早々。私は太陽の戦士たちと共にタイローを探します」
「はい」
レヴィはフュンに話しかけた後にサブロウの方を向いた。
「サブロウ。フュン様の直接護衛を頼みます」
「おうぞ。やれるぞな」
太陽の戦士たちのラーゼ潜入が始まる。
◇
ラーゼ直前でフュンはレヴィと別れて、ガイナル山脈東で彼らの偵察を待った。
ラーゼの港と都市が見える場所で、そこから彼は海も確認した。
「船が三隻。大型船ですね・・・兵の数はどうでしょうかね」
敵の船が、ラーゼを見るようにして海にいた。
砲門は向けていないが、どっしりと構えた形でラーゼを見守っているようにも見える。
「攻撃は仕掛けていないぞ。ただ海にいるだけぞな……数は一隻に多くても二千くらいじゃないかぞ」
「六千くらいの兵ですね。その数だと、ここを落とすのが目的ではないでしょうね……やはり先生が言っていたようにバルナガンと連携をしてラーゼを落とすつもりなのでしょうか。それともなんだ。この動きは? ナボルが裏にいるとしても変だな・・・どういうことだろう」
サブロウとフュンは、戦場を観察して、この戦場がどのような形になっていくのかを予測していた。
◇
ラーゼに到着したレヴィは、太陽の戦士の二人と共に、タイローを探していた。
彼ら三人は、ラーゼの一番高い場所。
灯台の屋根に立っていた。
彼らは不安定な場所でもしっかり立てる強靭な体幹を持っているのだ。
「いったいどこに……カルゼンの屋敷がありません。それでは彼はどこにいるのでしょうか・・・」
カルゼンの屋敷が無くなっていた。
無くなる要因の一つして、カルゼンの死があるだろう。
だがそんな情報はどこにもない。
だから彼は生きているはずなのだ。なのに住む場所がない。
それはおかしい。
息子のタイローの為にも、ラーゼに帰ってきた時に家がないなどおかしい。
「レヴィさん。嫌な気配があります」
「ナッシュ、どうしました?」
レヴィの隣に立ったナッシュが指差す。
後ろに見える敵船ではなく、彼が指したのは城であった。
しかも城脇の小さな小屋のような場所である。
「そうですね。たしかに変な場所ですね。あんなところに小屋なんて、不自然です」
「レヴィさん。同じ感覚が後ろの船にも」
二人の後ろで、反対方向を見ていたママリーが船から同じ気配を感じていた。
「影ですね。たぶん、太陽の戦士たる感覚が鋭い二人を連れて来てよかったです。ママリーもナッシュもよくやりました」
「「はい。レヴィさん」」
彼女が育てた太陽の戦士は、ただの戦士ではなかった。
それは強さだけではなく、こういう感覚的な部分も鍛えられる者だけを選抜していたのだ。
第六感とも言うべき、フュンと似たような力を持つ者たちで構成されている。
「侵入寸前まで行ってみます。あそこを確かめましょう。調べます」
「「はい」」
三人は下へ降りていった。
◇
ラーゼの城の脇にある小屋のような建物の周りには、数本の木があった。
その中で一番大きな木の上に三人が影になり並ぶ。
太陽が登っていても完璧に姿を消すことが出来る戦士たちは闇の気配のする者たちを見下ろしていた。
「人がいますね。入口に・・・三人。玄関の先で二人」
ママリーが言った後。
「影の動きです。二人、あれで姿を消しているつもりなんだ。あれがナボルなんですね」
ナッシュが続いた。
「ええ、そうです。ナボルが五人。しかし、こんなに小さいのに建物が広いです。地下があるようだ。そこに人間がいくつもいます」
レヴィが冷静に分析した。敵の建物の構造を音で理解した。
「そうなんですか。そこまではさすがに・・・」
聞こえないとナッシュが言うと。
「あなたは、まだ聴覚訓練を重ねていないだけです。いずれは出来るようになるでしょう。建物の地下。そこの横に空洞があります。変です。この地下は?」
「空洞ですか?」
指摘されても、やはりナッシュには分からなかった。
「ママリーは分かりますか」
「音が抜けていく感じがあります。あちらの山に向かってです」
ママリーはガイナル山脈の方を指さした。
「そうです。あなたは聞こえているのですね」
「はい」
ママリーの聴覚は鋭く、音を聞き分けていた。
隣にいるナッシュには聞こえず、彼は自分の不出来さにがっかりしていた。
「では、フュン様に報告しながら、ガイナル山脈に向かいましょう。このナボルがいる所に、もしかしたらタイローがいるかもしれません」
「「いきましょう」」
◇
敵地潜入前。ガイナル山脈にて。
レヴィが今までの経過をフュンに報告すると、『だったら僕も行きます』となり、団体での移動となった。
山の麓にある小さな洞窟でもない。
ただの横穴のような場所に、下へと降りる階段があった。
整備された通路は東に向かっていて、ラーゼの方角だった。
「これは地下道。音が反響して遠くまで聞こえますね。長いです。この道」
「フュン様はそこまで音が聞こえるのですか」
ナッシュが言った。
フュンの耳は遠くの音まで拾えるのだ。元々五感だけは鋭く、太陽の戦士の訓練でその才能は爆発している。
「ええ。聞こえますよ。僕は五感だけはいいですからね」
「そうでしたか。俺はまだ聞こえなくて・・・」
「大丈夫。常人よりはいいはずです。君たちは選ばれただけで素質があります。だから焦らずに成長しましょう。あとですね。これができないからと言って、いけないという事はないです。君は他が優れているのですよ。いいですね。反省はしても、出来ないことに気持ちが引きずられないで下さい。努力をすれば、いずれ出来るようになります。しかし出来なくてもいいのです。他の方が出来ればよいのです。それが仲間というものですからね。あなたはね。仲間が出来ない。別なことが出来るようになれば良いのですよ。僕はそんな感じで生きていますよ。ハハハハ」
元々は何も出来ない男だったからこそのアドバイスである。
相手が気にするポイントを先に潰して、指導が出来るのがフュンという男だった。
「はい。フュン様。頑張ります」
少し明るい表情になったナッシュを見て、フュンは微笑んだ。
「ええ。頑張ってください。応援してますよ」
仲間にとびきり優しい男。
それがフュン・メイダルフィアという男である。
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