人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

文字の大きさ
上 下
213 / 494
第二部 辺境伯に続く物語

第212話 口撃の結果

しおりを挟む
 ミランダは、自分の部隊の中にいながら、フュンの声を聞いていた。

 「恐ろしい弟子になったもんなのさ・・・」

 我が弟子ながらあっぱれ。
 ミランダは瞬く間に地に落ちていった相手の士気を見て思ったのだ。

 フュンの作戦。
 それは、まず敵を挑発することから始まっている。
 そこから怒り出した指揮官に、無理やりな突撃命令を出させて、その狂った指示で兵を乱れさせるのが目的だった。
 慌てたような指示では、兵たちも隊列を崩しながら前進してくるだろう。
 特に騎馬は、突出してくれると睨んでいたのだ。
 
 そう最初のフュンは、このような考えでいて、こちらの最速の騎馬部隊で敵の騎馬部隊を狩ろうとした作戦だったのだ。
 フュンの当初の作戦はこうであったのだ。
 とミランダは予想していて、しかもこれが正解であると信じていた。
 そして実際にフュンもこの通りの手順を踏もうとしていた。

 しかしながら、相手の将アステルは、挑発には乗らずに王の方に戻っていった。
 彼が前線から戻った理由は、戦闘をしても良いかと王の許可をもらうためだ。
 アステルの理性が怒りに負けない男であるのが計算外。
 だからフュンはこの時、数を数えている間に作戦を変更したのである。
 話し相手がいないのなら、相手を変えればいいと、柔軟に作戦を変えていた。
 あそこで大勢を相手にして呼び掛ける事に決めたのだ。
 でも、その大勢に挑発する。
 これは意味がない。その上でやってもいけない。
 挑発とは、相手の将に対して挑発しないと、相手に力を与えるだけなのだ。
 相手の軍の士気になってしまうのだ。
 何糞と負けたくないという士気に変わってしまうのだ。
 
 だからフュンは兵士に恐怖心を与えた。
 お前たちの国はこのまま行けば消滅するのだ。
 お前たちの国と同じ環境にいたこの私が言うのだから信じなさい。

 彼の話術と彼が歩んできた立場により、言葉の信憑性がますます確かなものになる。
 それに本来ならば、この言い合いに、相手の将がいなければならない。 
 相手の意見を否定し続けて、自分の軍の士気を確保し続けなくてはいけないのだ。
 兵を落ち着かせる役割をしないといけない。

 でも、アステルは皆の前から消えてしまったのだ。
 だからここでアステルがフュンとの言い合いをすれば、フュンとしてはなかなか難しいかじ取りを迫られていたのである。
 今回、相手の将が我慢が出来る将だったからこそ、敵軍はフュンの罠に陥ったのだった。


 ◇
 
 地まで落ちた士気。
 あれを天にまで昇らせるには、どれくらいの口の上手さがなければいけないのだろうか。
 ミランダは悩んでいた。
 もし自分が相手の将であれば、お手上げに近いのかもしれないなと。

 「そして、この士気の向上具合・・・やべえな。さすがはフュンだ」

 サナリアの兵士たちは今か今かと戦いを待っていた。
 相手よりも三分の一以下の兵数でも、この士気であれば関係がないだろう。
 それに加えて相手の士気のなさが、この戦いに大いに響くのである。
 
 「・・・やっぱ。最高傑作ってのは・・・・嘘じゃないな。マジで。育ててよかったわぁ。先生って呼ばれてよ。敵だったらいやだわ。こんなすげえ奴・・・戦いたくねえのさ」

 弟子に対して最高級の絶賛をしていたミランダは大笑いして、敵を待っていた。

 
 ◇

 馬上でそわそわしているフィアーナと、彼女の隣でどっしり構える男性。重たい瞼をしていて、眠そうにしているがそれが彼の基本スタイルである。

 「ああ。まだかまだか。待ってらんねえな。あたしらの大将のあんな言葉を聞いたらよ。今すぐにでも戦いてえな」
 「駄目っス」
 「お! インディか」
 「ええ。駄目っス」
 「なにがだ」
 「出撃がっス」
 「んなもん。分かってるわ」
 「ならいいっス」

 フィアーナの隣にいるのは狩人部隊副将インディ。
 昔からフィアーナの狩人部隊の副隊長を務めている男である。
 フィアーナに対して遠慮しない発言をする人物で、発言が一言である。
 そこにフィアーナはイライラしやすいが、遠慮しない性格の人間が大好きなので、彼女はインディを重宝しているのである。

 「さてと。馬でぶっ飛ばせるか。インディ」
 「余裕っス」
 「そうか。じゃあ、あたしらの大将の命令が出たら、ぶっ飛ばすぞ」
 「はいっス」
 「最速でいくぞ」
 「おうっス」

 戦闘前が一番高揚しているフィアーナ部隊であった。

 ◇

 「す。凄いですね。領主様。これほどの声になるのですね」
 「ん? パース、どうしました?」
 「いや。初めて軍の声というものを聞いて・・・感動と驚きがありまして」
 「ああ。そうですか・・・そうですよね。サナリアでは聞けませんよね。これほどの声はね」

 フュンとパースは、渦中の中の声を聞いていた。
 間近で聞く軍の声は、腹に響く声となっていた。
 体が高揚する感覚も得る。
 これが本物の士気。
 パースは、子供の頃の昔のサナリアしか知らず、本物の戦場の声を初めて聞いたのだった。
 しかしこれは稀有な声。
 信頼する領主であり、尊敬する総大将フュン・メイダルフィアでなければ。
 発することが出来ない。サナリア軍の声である。
 兵一人一人と、フュンが固い絆で結ばれているからこその声なのだ。

 「しかしパース。これだと戦いが始まるかはわかりませんよ。相手がどう出るか。パース、僕はですね・・・」

 フュンは淡々と相手の様子を見ていた。 
 隣にいるパースはいつもよりも落ち着いているフュンを見て安心していた。

 「おそらく戦えないとみてます。どうするつもりでしょうか。アステルという将は・・・今の段階では、損切りを検討しながら、博打を打つ段階じゃないですからね。安定を求めるはずだ。数を確保したいと思うはずだ・・・」

 僕ならば、ここまで落ちた士気では、戦う選択が出来ない。
 それが兵の数が有利であってもだ。
 士気を取り戻しながら戦うなんて、そんなことは歴戦の名将でも無理がある。
 フュンは相手の落ちた兵士の姿を見て、そう考えていた。

 
 ◇

 「王」
 「なんだこれは。アステル!」

 シンドラの王は感じていた。兵士の落胆のような感情を・・・。

 「まずいです。これが罠だったとはおもいませんでした」
 「どういう事だ」
 「申し訳ありません。王。私が至らぬばかりに、相手の将にやられました」
 「ん?」
 
 アステルは自分の非を認めて王に謝った。

 「これは戦えません。急ぎ会議を開きましょう。本陣まで後退して、兵を休ませるのです」
 「なぜだ。目の前に、帝都があるではないか」
 「無理です。この士気で戦闘をすれば、無駄に兵を死なせるだけです。我々が六万の軍だとしても、帝都には三万の兵がいます。六万の軍がほぼ残って、初めて相手の都市を落とせるのです。だから、奴らの軍を倒すのに、最低でも数千くらいの負傷で済まさないといけません。なのに、この状態で戦えば、勝ってもこちらに大損害が出る可能性があります。だから兵を休ませて、各隊隊長と話し合い、士気をリセットするしかありません」
 「・・・・そうか。仕方ないな。下がろう」
 「ありがとうございます。私が間違えてしまいました」
 「よい。すぐにたて直せ。アステル」
 「はっ」

 何もしていないのに、シンドラ軍は後退を始める
 なんと、この戦いの初日には戦闘が行われなかったのだ。

 ◇

 帝都城。
 南の城壁にいるのは皇帝。それとヒルダ姫である。
 戦場を眺めるのなんて久しぶりだと楽しそうにする皇帝と、初めて見る戦場に緊張しているヒルダであった。
 二人はサブロウ丸スペシャル改と呼ばれる集音器を使って、フュンの演説を聞いていた。
 ちなみにこれもいつも通りサブロウの趣味。
 サナリアの経費に、研究費という項目があるために、サブロウはお金を気にせずに大好きな工作をしているのである。
 実用的な物から、意味の無い物まで、果たしてそれを研究と言えるのかは分かりませんが、フュンはサブロウに自由を与えていたのである。

 「ヒルダ姫。覚悟はしているようですな」
 「はい。母国であろうが、負けてもらわないと救われません」
 「そのようだ。しかし、あのアステルという男。なかなか冷静であるな」
 「アステル・・・あれは、私の国の大将軍です。彼は祖父の時代より戦ってきた将です」
 「そうか。老獪さがあるのは年の功か」
 
 皇帝は、冷静に自分たちの状態を把握して、引く判断をした相手を称賛していた。
 
 「にしても婿殿。あれは上手いな。ふふ。あれはヒストリアにも、エステロにも出来ぬことだろう」
 
 我が子には無理。
 正々堂々と戦うしか出来ないあの二人では、あのような巧みな戦術は展開できない。
 しかも口だけで相手を退けた手腕は、誰にも真似が出来ないだろう。
 皇帝エイナルフは・・・。

 「ふっ。今なら分かる。奇跡であるぞ。これはな・・・サナリアから帝国に、来てくれたのが婿殿だったことがな。帝国は本当に奇跡に感謝せねば・・・いや、それとも神の思し召しだったか。ハハハ」

 フュンが来てくれたことを神に感謝していた。

 ◇

 サナリア対シンドラの戦い。
 のちに、『マールダ野戦』と呼ばれる戦いは、歴史書に『初日サナリア軍の勝利』とだけ書かれている。
 たったの一行しかない文章の理由は、これである。
 詳細が今の話の流れであったからだ。
 ただの会話により戦争が止まった。
 この事実により、歴史書にどう記載すればいいのか分からなかったというのが、後の歴史家たちの苦労である。
 フュン・メイダルフィアの巧みな話術は、歴史家まで困らせていたのだ・・・。

 そして、この初日で落ちてしまった士気を回復させるため。
 シンドラ側は必死に立て直しを図っていた。
 アステルを中心に開かれた会議で、解決方法を模索。
 一時間以上に及ぶ会議の結論は、兵の十分な休息だった。
 そして、そこからの食事であるとしたのだ。
 美味しいものを食べて、一旦落ちた士気を上げる。
 そして、更に時間。
 これが必要だと感じたアステルは翌日すらも飛ばして、翌々日に戦争を設定した。
 この決断は良い決断である。
 実際に落ちた士気が上がって来たのは、翌々日だったからだ。
 しかしそれはシンドラにとってであった。
 戦場において、この決断は、正直に言って勝負の分かれ目であった。
 でもまあ仕方のない話。
 翌日ではまだフュンの演説の中身が、頭の中に鮮明に残っているから、日数を伸ばすしかなかった。
 次第に記憶から薄れさせるにもちょうどよい時間であっただろう。
 正しい判断をアステルはしていた。
 だがしかし、その回復に要した休日が一つ増えたことが余計であることを後の戦いで思い知ることになる。

 戦いは三日目。
 一度も戦わずして、両軍は三日目にして戦うのであった。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売です!】 早ければ、電子書籍版は2/18から販売開始、紙書籍は2/19に店頭に並ぶことと思います。 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...