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第二部 辺境伯に続く物語
第212話 口撃の結果
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ミランダは、自分の部隊の中にいながら、フュンの声を聞いていた。
「恐ろしい弟子になったもんなのさ・・・」
我が弟子ながらあっぱれ。
ミランダは瞬く間に地に落ちていった相手の士気を見て思ったのだ。
フュンの作戦。
それは、まず敵を挑発することから始まっている。
そこから怒り出した指揮官に、無理やりな突撃命令を出させて、その狂った指示で兵を乱れさせるのが目的だった。
慌てたような指示では、兵たちも隊列を崩しながら前進してくるだろう。
特に騎馬は、突出してくれると睨んでいたのだ。
そう最初のフュンは、このような考えでいて、こちらの最速の騎馬部隊で敵の騎馬部隊を狩ろうとした作戦だったのだ。
フュンの当初の作戦はこうであったのだ。
とミランダは予想していて、しかもこれが正解であると信じていた。
そして実際にフュンもこの通りの手順を踏もうとしていた。
しかしながら、相手の将アステルは、挑発には乗らずに王の方に戻っていった。
彼が前線から戻った理由は、戦闘をしても良いかと王の許可をもらうためだ。
アステルの理性が怒りに負けない男であるのが計算外。
だからフュンはこの時、数を数えている間に作戦を変更したのである。
話し相手がいないのなら、相手を変えればいいと、柔軟に作戦を変えていた。
あそこで大勢を相手にして呼び掛ける事に決めたのだ。
でも、その大勢に挑発する。
これは意味がない。その上でやってもいけない。
挑発とは、相手の将に対して挑発しないと、相手に力を与えるだけなのだ。
相手の軍の士気になってしまうのだ。
何糞と負けたくないという士気に変わってしまうのだ。
だからフュンは兵士に恐怖心を与えた。
お前たちの国はこのまま行けば消滅するのだ。
お前たちの国と同じ環境にいたこの私が言うのだから信じなさい。
彼の話術と彼が歩んできた立場により、言葉の信憑性がますます確かなものになる。
それに本来ならば、この言い合いに、相手の将がいなければならない。
相手の意見を否定し続けて、自分の軍の士気を確保し続けなくてはいけないのだ。
兵を落ち着かせる役割をしないといけない。
でも、アステルは皆の前から消えてしまったのだ。
だからここでアステルがフュンとの言い合いをすれば、フュンとしてはなかなか難しいかじ取りを迫られていたのである。
今回、相手の将が我慢が出来る将だったからこそ、敵軍はフュンの罠に陥ったのだった。
◇
地まで落ちた士気。
あれを天にまで昇らせるには、どれくらいの口の上手さがなければいけないのだろうか。
ミランダは悩んでいた。
もし自分が相手の将であれば、お手上げに近いのかもしれないなと。
「そして、この士気の向上具合・・・やべえな。さすがはフュンだ」
サナリアの兵士たちは今か今かと戦いを待っていた。
相手よりも三分の一以下の兵数でも、この士気であれば関係がないだろう。
それに加えて相手の士気のなさが、この戦いに大いに響くのである。
「・・・やっぱ。最高傑作ってのは・・・・嘘じゃないな。マジで。育ててよかったわぁ。先生って呼ばれてよ。敵だったらいやだわ。こんなすげえ奴・・・戦いたくねえのさ」
弟子に対して最高級の絶賛をしていたミランダは大笑いして、敵を待っていた。
◇
馬上でそわそわしているフィアーナと、彼女の隣でどっしり構える男性。重たい瞼をしていて、眠そうにしているがそれが彼の基本スタイルである。
「ああ。まだかまだか。待ってらんねえな。あたしらの大将のあんな言葉を聞いたらよ。今すぐにでも戦いてえな」
「駄目っス」
「お! インディか」
「ええ。駄目っス」
「なにがだ」
「出撃がっス」
「んなもん。分かってるわ」
「ならいいっス」
フィアーナの隣にいるのは狩人部隊副将インディ。
昔からフィアーナの狩人部隊の副隊長を務めている男である。
フィアーナに対して遠慮しない発言をする人物で、発言が一言である。
そこにフィアーナはイライラしやすいが、遠慮しない性格の人間が大好きなので、彼女はインディを重宝しているのである。
「さてと。馬でぶっ飛ばせるか。インディ」
「余裕っス」
「そうか。じゃあ、あたしらの大将の命令が出たら、ぶっ飛ばすぞ」
「はいっス」
「最速でいくぞ」
「おうっス」
戦闘前が一番高揚しているフィアーナ部隊であった。
◇
「す。凄いですね。領主様。これほどの声になるのですね」
「ん? パース、どうしました?」
「いや。初めて軍の声というものを聞いて・・・感動と驚きがありまして」
「ああ。そうですか・・・そうですよね。サナリアでは聞けませんよね。これほどの声はね」
フュンとパースは、渦中の中の声を聞いていた。
間近で聞く軍の声は、腹に響く声となっていた。
体が高揚する感覚も得る。
これが本物の士気。
パースは、子供の頃の昔のサナリアしか知らず、本物の戦場の声を初めて聞いたのだった。
しかしこれは稀有な声。
信頼する領主であり、尊敬する総大将フュン・メイダルフィアでなければ。
発することが出来ない。サナリア軍の声である。
兵一人一人と、フュンが固い絆で結ばれているからこその声なのだ。
「しかしパース。これだと戦いが始まるかはわかりませんよ。相手がどう出るか。パース、僕はですね・・・」
フュンは淡々と相手の様子を見ていた。
隣にいるパースはいつもよりも落ち着いているフュンを見て安心していた。
「おそらく戦えないとみてます。どうするつもりでしょうか。アステルという将は・・・今の段階では、損切りを検討しながら、博打を打つ段階じゃないですからね。安定を求めるはずだ。数を確保したいと思うはずだ・・・」
僕ならば、ここまで落ちた士気では、戦う選択が出来ない。
それが兵の数が有利であってもだ。
士気を取り戻しながら戦うなんて、そんなことは歴戦の名将でも無理がある。
フュンは相手の落ちた兵士の姿を見て、そう考えていた。
◇
「王」
「なんだこれは。アステル!」
シンドラの王は感じていた。兵士の落胆のような感情を・・・。
「まずいです。これが罠だったとはおもいませんでした」
「どういう事だ」
「申し訳ありません。王。私が至らぬばかりに、相手の将にやられました」
「ん?」
アステルは自分の非を認めて王に謝った。
「これは戦えません。急ぎ会議を開きましょう。本陣まで後退して、兵を休ませるのです」
「なぜだ。目の前に、帝都があるではないか」
「無理です。この士気で戦闘をすれば、無駄に兵を死なせるだけです。我々が六万の軍だとしても、帝都には三万の兵がいます。六万の軍がほぼ残って、初めて相手の都市を落とせるのです。だから、奴らの軍を倒すのに、最低でも数千くらいの負傷で済まさないといけません。なのに、この状態で戦えば、勝ってもこちらに大損害が出る可能性があります。だから兵を休ませて、各隊隊長と話し合い、士気をリセットするしかありません」
「・・・・そうか。仕方ないな。下がろう」
「ありがとうございます。私が間違えてしまいました」
「よい。すぐにたて直せ。アステル」
「はっ」
何もしていないのに、シンドラ軍は後退を始める
なんと、この戦いの初日には戦闘が行われなかったのだ。
◇
帝都城。
南の城壁にいるのは皇帝。それとヒルダ姫である。
戦場を眺めるのなんて久しぶりだと楽しそうにする皇帝と、初めて見る戦場に緊張しているヒルダであった。
二人はサブロウ丸スペシャル改と呼ばれる集音器を使って、フュンの演説を聞いていた。
ちなみにこれもいつも通りサブロウの趣味。
サナリアの経費に、研究費という項目があるために、サブロウはお金を気にせずに大好きな工作をしているのである。
実用的な物から、意味の無い物まで、果たしてそれを研究と言えるのかは分かりませんが、フュンはサブロウに自由を与えていたのである。
「ヒルダ姫。覚悟はしているようですな」
「はい。母国であろうが、負けてもらわないと救われません」
「そのようだ。しかし、あのアステルという男。なかなか冷静であるな」
「アステル・・・あれは、私の国の大将軍です。彼は祖父の時代より戦ってきた将です」
「そうか。老獪さがあるのは年の功か」
皇帝は、冷静に自分たちの状態を把握して、引く判断をした相手を称賛していた。
「にしても婿殿。あれは上手いな。ふふ。あれはヒストリアにも、エステロにも出来ぬことだろう」
我が子には無理。
正々堂々と戦うしか出来ないあの二人では、あのような巧みな戦術は展開できない。
しかも口だけで相手を退けた手腕は、誰にも真似が出来ないだろう。
皇帝エイナルフは・・・。
「ふっ。今なら分かる。奇跡であるぞ。これはな・・・サナリアから帝国に、来てくれたのが婿殿だったことがな。帝国は本当に奇跡に感謝せねば・・・いや、それとも神の思し召しだったか。ハハハ」
フュンが来てくれたことを神に感謝していた。
◇
サナリア対シンドラの戦い。
のちに、『マールダ野戦』と呼ばれる戦いは、歴史書に『初日サナリア軍の勝利』とだけ書かれている。
たったの一行しかない文章の理由は、これである。
詳細が今の話の流れであったからだ。
ただの会話により戦争が止まった。
この事実により、歴史書にどう記載すればいいのか分からなかったというのが、後の歴史家たちの苦労である。
フュン・メイダルフィアの巧みな話術は、歴史家まで困らせていたのだ・・・。
そして、この初日で落ちてしまった士気を回復させるため。
シンドラ側は必死に立て直しを図っていた。
アステルを中心に開かれた会議で、解決方法を模索。
一時間以上に及ぶ会議の結論は、兵の十分な休息だった。
そして、そこからの食事であるとしたのだ。
美味しいものを食べて、一旦落ちた士気を上げる。
そして、更に時間。
これが必要だと感じたアステルは翌日すらも飛ばして、翌々日に戦争を設定した。
この決断は良い決断である。
実際に落ちた士気が上がって来たのは、翌々日だったからだ。
しかしそれはシンドラにとってであった。
戦場において、この決断は、正直に言って勝負の分かれ目であった。
でもまあ仕方のない話。
翌日ではまだフュンの演説の中身が、頭の中に鮮明に残っているから、日数を伸ばすしかなかった。
次第に記憶から薄れさせるにもちょうどよい時間であっただろう。
正しい判断をアステルはしていた。
だがしかし、その回復に要した休日が一つ増えたことが余計であることを後の戦いで思い知ることになる。
戦いは三日目。
一度も戦わずして、両軍は三日目にして戦うのであった。
「恐ろしい弟子になったもんなのさ・・・」
我が弟子ながらあっぱれ。
ミランダは瞬く間に地に落ちていった相手の士気を見て思ったのだ。
フュンの作戦。
それは、まず敵を挑発することから始まっている。
そこから怒り出した指揮官に、無理やりな突撃命令を出させて、その狂った指示で兵を乱れさせるのが目的だった。
慌てたような指示では、兵たちも隊列を崩しながら前進してくるだろう。
特に騎馬は、突出してくれると睨んでいたのだ。
そう最初のフュンは、このような考えでいて、こちらの最速の騎馬部隊で敵の騎馬部隊を狩ろうとした作戦だったのだ。
フュンの当初の作戦はこうであったのだ。
とミランダは予想していて、しかもこれが正解であると信じていた。
そして実際にフュンもこの通りの手順を踏もうとしていた。
しかしながら、相手の将アステルは、挑発には乗らずに王の方に戻っていった。
彼が前線から戻った理由は、戦闘をしても良いかと王の許可をもらうためだ。
アステルの理性が怒りに負けない男であるのが計算外。
だからフュンはこの時、数を数えている間に作戦を変更したのである。
話し相手がいないのなら、相手を変えればいいと、柔軟に作戦を変えていた。
あそこで大勢を相手にして呼び掛ける事に決めたのだ。
でも、その大勢に挑発する。
これは意味がない。その上でやってもいけない。
挑発とは、相手の将に対して挑発しないと、相手に力を与えるだけなのだ。
相手の軍の士気になってしまうのだ。
何糞と負けたくないという士気に変わってしまうのだ。
だからフュンは兵士に恐怖心を与えた。
お前たちの国はこのまま行けば消滅するのだ。
お前たちの国と同じ環境にいたこの私が言うのだから信じなさい。
彼の話術と彼が歩んできた立場により、言葉の信憑性がますます確かなものになる。
それに本来ならば、この言い合いに、相手の将がいなければならない。
相手の意見を否定し続けて、自分の軍の士気を確保し続けなくてはいけないのだ。
兵を落ち着かせる役割をしないといけない。
でも、アステルは皆の前から消えてしまったのだ。
だからここでアステルがフュンとの言い合いをすれば、フュンとしてはなかなか難しいかじ取りを迫られていたのである。
今回、相手の将が我慢が出来る将だったからこそ、敵軍はフュンの罠に陥ったのだった。
◇
地まで落ちた士気。
あれを天にまで昇らせるには、どれくらいの口の上手さがなければいけないのだろうか。
ミランダは悩んでいた。
もし自分が相手の将であれば、お手上げに近いのかもしれないなと。
「そして、この士気の向上具合・・・やべえな。さすがはフュンだ」
サナリアの兵士たちは今か今かと戦いを待っていた。
相手よりも三分の一以下の兵数でも、この士気であれば関係がないだろう。
それに加えて相手の士気のなさが、この戦いに大いに響くのである。
「・・・やっぱ。最高傑作ってのは・・・・嘘じゃないな。マジで。育ててよかったわぁ。先生って呼ばれてよ。敵だったらいやだわ。こんなすげえ奴・・・戦いたくねえのさ」
弟子に対して最高級の絶賛をしていたミランダは大笑いして、敵を待っていた。
◇
馬上でそわそわしているフィアーナと、彼女の隣でどっしり構える男性。重たい瞼をしていて、眠そうにしているがそれが彼の基本スタイルである。
「ああ。まだかまだか。待ってらんねえな。あたしらの大将のあんな言葉を聞いたらよ。今すぐにでも戦いてえな」
「駄目っス」
「お! インディか」
「ええ。駄目っス」
「なにがだ」
「出撃がっス」
「んなもん。分かってるわ」
「ならいいっス」
フィアーナの隣にいるのは狩人部隊副将インディ。
昔からフィアーナの狩人部隊の副隊長を務めている男である。
フィアーナに対して遠慮しない発言をする人物で、発言が一言である。
そこにフィアーナはイライラしやすいが、遠慮しない性格の人間が大好きなので、彼女はインディを重宝しているのである。
「さてと。馬でぶっ飛ばせるか。インディ」
「余裕っス」
「そうか。じゃあ、あたしらの大将の命令が出たら、ぶっ飛ばすぞ」
「はいっス」
「最速でいくぞ」
「おうっス」
戦闘前が一番高揚しているフィアーナ部隊であった。
◇
「す。凄いですね。領主様。これほどの声になるのですね」
「ん? パース、どうしました?」
「いや。初めて軍の声というものを聞いて・・・感動と驚きがありまして」
「ああ。そうですか・・・そうですよね。サナリアでは聞けませんよね。これほどの声はね」
フュンとパースは、渦中の中の声を聞いていた。
間近で聞く軍の声は、腹に響く声となっていた。
体が高揚する感覚も得る。
これが本物の士気。
パースは、子供の頃の昔のサナリアしか知らず、本物の戦場の声を初めて聞いたのだった。
しかしこれは稀有な声。
信頼する領主であり、尊敬する総大将フュン・メイダルフィアでなければ。
発することが出来ない。サナリア軍の声である。
兵一人一人と、フュンが固い絆で結ばれているからこその声なのだ。
「しかしパース。これだと戦いが始まるかはわかりませんよ。相手がどう出るか。パース、僕はですね・・・」
フュンは淡々と相手の様子を見ていた。
隣にいるパースはいつもよりも落ち着いているフュンを見て安心していた。
「おそらく戦えないとみてます。どうするつもりでしょうか。アステルという将は・・・今の段階では、損切りを検討しながら、博打を打つ段階じゃないですからね。安定を求めるはずだ。数を確保したいと思うはずだ・・・」
僕ならば、ここまで落ちた士気では、戦う選択が出来ない。
それが兵の数が有利であってもだ。
士気を取り戻しながら戦うなんて、そんなことは歴戦の名将でも無理がある。
フュンは相手の落ちた兵士の姿を見て、そう考えていた。
◇
「王」
「なんだこれは。アステル!」
シンドラの王は感じていた。兵士の落胆のような感情を・・・。
「まずいです。これが罠だったとはおもいませんでした」
「どういう事だ」
「申し訳ありません。王。私が至らぬばかりに、相手の将にやられました」
「ん?」
アステルは自分の非を認めて王に謝った。
「これは戦えません。急ぎ会議を開きましょう。本陣まで後退して、兵を休ませるのです」
「なぜだ。目の前に、帝都があるではないか」
「無理です。この士気で戦闘をすれば、無駄に兵を死なせるだけです。我々が六万の軍だとしても、帝都には三万の兵がいます。六万の軍がほぼ残って、初めて相手の都市を落とせるのです。だから、奴らの軍を倒すのに、最低でも数千くらいの負傷で済まさないといけません。なのに、この状態で戦えば、勝ってもこちらに大損害が出る可能性があります。だから兵を休ませて、各隊隊長と話し合い、士気をリセットするしかありません」
「・・・・そうか。仕方ないな。下がろう」
「ありがとうございます。私が間違えてしまいました」
「よい。すぐにたて直せ。アステル」
「はっ」
何もしていないのに、シンドラ軍は後退を始める
なんと、この戦いの初日には戦闘が行われなかったのだ。
◇
帝都城。
南の城壁にいるのは皇帝。それとヒルダ姫である。
戦場を眺めるのなんて久しぶりだと楽しそうにする皇帝と、初めて見る戦場に緊張しているヒルダであった。
二人はサブロウ丸スペシャル改と呼ばれる集音器を使って、フュンの演説を聞いていた。
ちなみにこれもいつも通りサブロウの趣味。
サナリアの経費に、研究費という項目があるために、サブロウはお金を気にせずに大好きな工作をしているのである。
実用的な物から、意味の無い物まで、果たしてそれを研究と言えるのかは分かりませんが、フュンはサブロウに自由を与えていたのである。
「ヒルダ姫。覚悟はしているようですな」
「はい。母国であろうが、負けてもらわないと救われません」
「そのようだ。しかし、あのアステルという男。なかなか冷静であるな」
「アステル・・・あれは、私の国の大将軍です。彼は祖父の時代より戦ってきた将です」
「そうか。老獪さがあるのは年の功か」
皇帝は、冷静に自分たちの状態を把握して、引く判断をした相手を称賛していた。
「にしても婿殿。あれは上手いな。ふふ。あれはヒストリアにも、エステロにも出来ぬことだろう」
我が子には無理。
正々堂々と戦うしか出来ないあの二人では、あのような巧みな戦術は展開できない。
しかも口だけで相手を退けた手腕は、誰にも真似が出来ないだろう。
皇帝エイナルフは・・・。
「ふっ。今なら分かる。奇跡であるぞ。これはな・・・サナリアから帝国に、来てくれたのが婿殿だったことがな。帝国は本当に奇跡に感謝せねば・・・いや、それとも神の思し召しだったか。ハハハ」
フュンが来てくれたことを神に感謝していた。
◇
サナリア対シンドラの戦い。
のちに、『マールダ野戦』と呼ばれる戦いは、歴史書に『初日サナリア軍の勝利』とだけ書かれている。
たったの一行しかない文章の理由は、これである。
詳細が今の話の流れであったからだ。
ただの会話により戦争が止まった。
この事実により、歴史書にどう記載すればいいのか分からなかったというのが、後の歴史家たちの苦労である。
フュン・メイダルフィアの巧みな話術は、歴史家まで困らせていたのだ・・・。
そして、この初日で落ちてしまった士気を回復させるため。
シンドラ側は必死に立て直しを図っていた。
アステルを中心に開かれた会議で、解決方法を模索。
一時間以上に及ぶ会議の結論は、兵の十分な休息だった。
そして、そこからの食事であるとしたのだ。
美味しいものを食べて、一旦落ちた士気を上げる。
そして、更に時間。
これが必要だと感じたアステルは翌日すらも飛ばして、翌々日に戦争を設定した。
この決断は良い決断である。
実際に落ちた士気が上がって来たのは、翌々日だったからだ。
しかしそれはシンドラにとってであった。
戦場において、この決断は、正直に言って勝負の分かれ目であった。
でもまあ仕方のない話。
翌日ではまだフュンの演説の中身が、頭の中に鮮明に残っているから、日数を伸ばすしかなかった。
次第に記憶から薄れさせるにもちょうどよい時間であっただろう。
正しい判断をアステルはしていた。
だがしかし、その回復に要した休日が一つ増えたことが余計であることを後の戦いで思い知ることになる。
戦いは三日目。
一度も戦わずして、両軍は三日目にして戦うのであった。
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