人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第206話 帝国は一つとなり戦う! 戦姫シルヴィアの声

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 会議が終わった後。
 クリスは面談をしていた。
 相手は・・・。

 「フラム閣下」
 「なんでしょうか。クリス殿」

 二人だけの会話をするには身分の違いがある。 
 ダーレー家に所属している者と、ドルフィン家の大将。
 その違いが明らかなのだが、フラムは、自分を助けてくれたクリスに恩義を感じているために、話が来た時からすぐに許可を出していた。
 それに、彼の感謝の思いは、この話し合いの前から、常に感謝を伝えるほどであった。
 生きているのはクリスのおかげであると。 

 「クリス殿など・・クリスでお願いします。閣下。あなた様はドルフィン家の総大将です。こんな一介の兵に丁寧であっては・・・」
 「いえ。そんな肩書なんて今は恥ずかしい。兵を全滅させた情けない男です」

 フラムの首がうな垂れた。
 部下を失い、兵を失い、自信すらも失っている。

 「それは違います。相手は英雄。私どもが協力して初めて抑えることが出来る相手。それなのにあなた様は一人で戦っていらっしゃる。正直な話だけをします。あなただけが、あの家の中で戦える将であります。なので、手足となる将がいないのに、11日間も戦えたあなたの指揮能力が素晴らしいのです」
 「ふっ・・褒めてもらえているのに、嫌味に聞こえるとは・・・酷い精神状態だな私は・・・」

 せっかくの褒め言葉なのに。
 被害妄想のような状態になっているとフラムは首を振り続けた。

 「わかっています。意気消沈なさっていることも・・・ですが、それでも本題に入りたい」
 「本題?」

 クリスは伝えたいことがあったようだ。

 「フラム閣下。夜を彷徨う蛇ナボルをご存じですか?」
 「ん? 夜を彷徨う蛇ナボル???」
 「聞いたことがないですか? ご存じない?」 
 「さあ。何のことでしょうか。聞いたことがありません。それは何ですか? 商会名?」
 「やはり、そうでしたか。軍部は関係ない・・・それはなぜだ・・・そうか掌握するのに・・・邪魔か・・・それに閣下は真面目・・・知ると足枷か」
 「クリス殿、どうしましたか?」

 フラムの顔が本当に知らないと言っていた。
 感情の揺らぎも、声の揺らぎもないので、本当のことを言っているとクリスは感じた。

 「え。いや、こちらの話です。では、閣下に一つ質問よろしいですか」
 「な、なんでしょうか」
 「フラム閣下。あなたは帝国の軍人ですか」
 「ん?」
 「ドルフィン家を考えて、次に帝国のことをお考えですか? それとも帝国を考えてから、ドルフィン家をお考えですか?」
 「それは・・・優先順位ということでしょうか」
 「そうです。私はそういう意味で聞いてます」
 「・・・待ってください」

 フラムは十分に悩んだ。自分は何に忠を尽くしているのか。
 国か。家か。それとも、皇帝か、その子供か。
 最終的な結論を出すためには深く心の中に入るしかなかった。
 そして、数分後。
 真っ直ぐな目でフラムは答えた。

 「私は、ガルナズン帝国の将です。やはり第一は、国の将だと思っています」
 「わかりました。では、こちらの提案。聞いていただけますでしょうか」
 「・・な、なんでしょうか」
 「こちらの紙をご覧ください。そして、悩んでから私に会いに来てください。お願いします」
 「・・わかりました。そのようにしましょう」

 クリスはメモ書きのような紙をフラムに渡した。
 フラムはここから一晩悩んだのだった。 

 ◇
 
 秘密の会談後。
 クリスはまた会談を行っている。
 陣に呼んだのはスクナロだった。

 「スクナロ様。私に会ってくださり、ありがとうございます」
 「おう。いいぞ。お前は面白いからな」
 「ありがとうございます。それでいきなりですが、お願いしたいことがあります。よろしいでしょうか」
 「なんだ? いいぞ。遠慮なんてするな。同じ帝国の人間。それにお前はフュンの軍師だ。叶えられるものなら叶える! それがフュンへの恩返しだ」

 この漢気が心地よい。
 部下があれほど信頼しているのがよく分かる男。
 それがターク家の当主スクナロである。

 「ありがとうございます。では、あとでサナリアから補填をしますので。スクナロ様に全体の兵糧をお願いしたいのです」
 「ん?」
 「全体の軍が減って、使用する兵糧は大きく減少しました。しかもドルフィン軍が全滅したことで、彼らの分も浮きました。それで、フラム閣下から許可を頂いたので、ドルフィン家の兵糧も全体で使用できます。それらを振り分けて、ある程度の余裕が生まれました。ですが、あちらはまだまだ攻めて来ません。それも長い間です」
 「ん? 攻めてこない?」
 「はい。まだです。おそらく十日から、二週間。このくらいまで攻めてこないでしょう」
 「なんだと。そんなにか」
 「はい。私の予想ではアスターネ。パールマン。両名の回復とその編成のために時間を置くと思うのです」
 「なるほど。そうか。俺たちと同じことをするつもりか」
 「そうです。再編成したことにより、指示を通す訓練をしないといけません」 
 「そうだな。その通りだ」 

 同じことを互いにする。
 戦争を再開させるにも準備期間が必要だった。

 「なので、時間を要するので。今浮いた兵糧を全部使っても、軍の腹を満たすのに足りないと思うのです」
 「そういうことか。だから、ビスタから兵糧が欲しいと」
 「そうです。一番近いビスタからです。ターク家が所有しているビスタから食料を配給して欲しい。帝国軍に!」
 「・・・わかった。やろう。だがその際の計算を二人にやってもらいたい。内政のことだ。レイエフとナタリアに計算して欲しいんだ。もう一度二人をこっちに呼んでもらってもいいか」
 「当然です。お二人を派遣します」
 「ありがたい。それではこの俺が全体の食料を何とかしよう」
 「ありがとうございます。感謝します。スクナロ様」
 「いいや。こちらこそ、恩を返せるのだ。それにまだ一つしか返せていない。俺はもっと返すからな。クリス」
 「はい」 
 「お前も遠慮するな。お前に返しておけば、フュンに返したことになるだろう。だから俺に遠慮するなよ。帝国の皇子だからとかは考えるな。俺はいち将として、この軍を勝利に導いて見せる。それに俺はフュンの義兄弟なんだ。兄だぞ! なんでも言え! 遠慮しないでな!」
 「はい。では我が主。フュン様のお兄様として、今後はこのクリスが頼りにしたいと思います」 
 「ガハハハ。まかせろ。俺にな! どんとこい。兄弟の腹心よ」
 
 ついつい頼りたくなる豪快な男性。
 それがスクナロ・タークという漢である。


 ◇

 それから・・・・。
 帝国歴 524年 6月26日

 この日が第七次アージス大戦の再開の日である。
 此度の英雄はもう判明しているでしょう。
 王国の英雄ネアルが認めた怪物。
 クリス・サイモン。
 帝国軍の軍師となった男である。
 一つとなった帝国軍の真の力を引き出すことになる人物だ。

 しかもこれが初陣である。
 強靭メンタルの持ち主であるクリス。
 普通の心の持ち主であれば、その重圧に心が押しつぶされて、戦う前から心が負けるであろう。
 だが、クリスの心は鋼で出来ている。
 どんな事があっても、心が押しつぶされることがない。
 あの皆の兄貴分であるザイオンが死んでも彼の心は乱れなかった。
 悲しい気持ちが心のどこかにあっても、全てはダーレー家が勝つこと、帝国が勝つこと。
 そしてなによりも主フュン・メイダルフィアが勝つことだけを考えている。
 
 フュンの勝利の為ならば、どんな手を使っても勝つ。
 それがクリス・サイモンの体に染みついたもの。
 これは思考などではない。彼の体が勝手に反応するのだ。

 相手の指定した時間の一時間前。
 クリスは全体を見つめてから、シルヴィアに話しかける。

 「シルヴィア様。お願いします。やはりここはひとつ。あなた様の声が必要でしょう。形式上一つとなった軍でも、実際はまだ一つになりきれていないはずです」 
 「わかりました。クリス。私がやってみます」

 本陣から、皆の陣を見つめて、シルヴィアは声を張り上げた。
 帝国軍全体がシルヴィアを見る。
 日の光を一身に浴びるシルヴィアは、神々しいほどに輝いていた。
 銀色の髪が、強烈な太陽の日差しを反射させて、眩い白光を生み出す。
 兵たちは彼女こそが、勝利の女神ではないかと感じ始めた。
 
 「聞きなさい。ガルナズン帝国の兵士たちよ。私が今回の戦争で帝国軍の総大将となったシルヴィアです!」

 シルヴィアの声が兵士ら一人一人の心に響く。
 
 「我らは、ドルフィン。ターク。ダーレーを越えて、今。一つとなりました!」

 兵士たちには、この事実が実感のないことだった。
 だが、現に今、隣に立つ人が別な家の兵である。
 互いに顔を突き合わせて、苦笑いをしていた。
 かつては同じ国の兵であっても、仲間ではなかったのだと。

 「御三家のそれぞれの軍は今。帝国を守るために、一つの軍となりました。皆さん。この戦争は、国を守るため。そして、家を守るための戦いなのです。私たちは、家に帰ればいる暖かな家族を守るために戦っています………愛する家族。大切な仲間。身近な友達。それら全てを含めて家族です。ですから、私たちは隣にいる兵士たち。たとえそれが別な家の兵士だとしても、それは仲間で家族なのです。なぜなら、ガルナズン帝国という一つの大きな家の中にいる仲間だからです。だから、私たちは……自分たちの家にいる家族だけじゃなく、帝国の為にも戦うのです。私たちは一つの軍。一つの大きな家族なのです!」

 帝国兵たちが、隣に立つ者と肩を並べて大きな声を上げる。

 「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
 
 一つの盛り上がりを見せる帝国軍。
 士気が上がってきた。

 「皆さん。私たちは兵士であり、家族であり。そして、帝国人という名で結びついた仲間なのです。御三家のドルフィン。ターク。ダーレーなどの小さな区分ではない。私たち、一人一人が帝国人! 私たち、一人一人が帝国を守る柱です」

 シルヴィアの言葉に深く頷き、兵たちはもう一度声を出した。

 「「「「ああああああああああああああああ」」」」

 二つ目の盛り上がるを見せる頃には、もう士気は最高潮であった。

 「そう! 我々は帝国人! ガルナズン帝国を守るために戦う一人の戦士なのです! だから、この私。ガルナズン帝国。皇帝陛下の最後の子。第五皇女シルヴィア・ダーレーが・・・ここで皆に誓おう」

 嵐の前の静けさのように、兵士たちは一言も話さなくなり、帝国の本陣は静かになった。

 「私は最後の時まで、家族である皆さんと共に戦う事をここに誓います! なので皆さん、この戦姫シルヴィアと共に、この戦争を戦いましょう。あなたたちが支えるのは国。でもそのあなたたちを支えるのはこの私。戦姫シルヴィアであります! 苦しくなったら背には私がいると思ってください! 必ず私が皆さんを支えてみせます」

 シルヴィアは少しの間を使って呼吸を整えて、ここ一番の声を出した。

 「私たちは一つの帝国軍として、ガルナズン帝国を守りましょう。そして王国に見せつけるのです。ガルナズン帝国の方が、イーナミア王国よりも遥かに強いのだと! 私たちの絆の方が、遥かに強いのだと! 両国に魅せてやりましょう! 我が軍の力をです!」

 兵たちは、両手を広げて懸命に話すシルヴィアに、次第に魅了され始めた。
 彼女が拳を天に突き上げる。

 「帝国の兵士たちよ。私の家族たちよ。共にこの危機を乗り越えましょう。勇気を持って敵に立ち向かっていきましょう。隣にいる大切な仲間たちと、ガルナズン帝国で暮らす大事な家族たちのために我々は戦うのです。ガルナズン帝国の兵士たちよ。今、我々が一つとなり、我々の底力を見せる時です! 今が本当の意味で王国に立ち向かう時なんです! 我々はついに真の帝国軍となったのですから・・・私と共に完全な勝利を手に入れましょう」

 目を瞑り、掲げた拳を降ろさないシルヴィアは、最後に目を見開いた。
 握っていた右拳を敵の方向に突きつける。

 「帝国兵の諸君! 死力を尽くす時が来た! 目の前の敵をただひたすらに倒すのみ!!! 全軍、出撃!!!」

 無風から、暴風雨のような音が巻き起こる。
 軍の中心地から突風が吹き荒れた。
 その風は軍の行軍と共に爆風となる・・・・。

 「「「「・・・おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
 
 最高潮を越えた士気。
 爆発したその声が、遠くの相手の陣まで届いたと言われている。
 シルヴィアの声が帝国人の心を掴んだ瞬間だった。
 今、この時が、帝国軍が真の帝国軍となった時である。
 
 ガルナズン帝国対イーナミア王国。
 ここからが本当の戦いのはじまり。
 ガルナズン帝国の真の力が発揮される時がようやく訪れたのだ。

 こうして、歴史の表となる戦いは激化の道を辿る。
 しかし実は、この戦い以外にも帝国には危機が訪れていた。
 この戦いの裏で、事件は起きていたのだ。
 辺境伯フュン・メイダルフィアの帝国を守るための戦いはこの裏ですでに始まっていたのだ。

 
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