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第二部 辺境伯に続く物語

第200話 託した結果

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  その昔。ザイオンがまだ子供だった頃。

 「おい。そこのでかいガキ。面白い気配を出してるな。いいぞ。いい感じに強くなる」
 「え? 俺ですか」

 地元のスラムを牛耳っているような跳ね返りだったザイオンは、ウインド騎士団が敵対勢力の残党狩りをしている現場にたまたま居合わせていた。
 
 「ああ。鍛えろよ。自分を極限までな。強くなれるぞ」
 
 整った美しい顔立ちだけど、どこか恐ろしい。
 この人に逆らうのは危険だ。
 普段通りなんだろうが絶対的な風格を醸し出す女性に、誰にでも嚙みつくようなガキ大将だったザイオンが素直に頷いた。

 「そうだな・・・あと数年もすれば、ウインド騎士団に入れるんじゃないか」
 「・・・え。でも俺、スラム街・・・出身で・・・学がないです」 
 「学? そんなものは関係ない。いいか。入団条件は! 私を信じればいい。強ければいい。根性があればいい。この三つだ! 生まれも身分も関係ない! そうだろ。エス。ユー」
 
 振り返ったヒストリア。
 見つめた先にいるのは、綺麗な顔立ちの男性と、無骨な漢の顔をした男性。
 美しく輝く紫と銀色の髪であるから、周りから浮いて目立っていた。

 「姉上。この子。困ってるじゃないですか。それに誰かれ構わず勧誘しないでくださいよ。この騎士団はですね。どこよりもきついんですよ。皆辞めていくんです。姉上が厳しいですからね。君も姉上の言葉を鵜呑みにしちゃいけませんよ。この人すぐ忘れますから」

 優しい大きな男はエステロに助言した。

 「お前はぬるい! 軟弱な方が悪いんだ。なあ、ユー」
 「一理ある。気持ちは強い方がいい」

 無口そうな漢は、磨き終えた刀を納めて同意した。

 「だろ。やっぱり、ユーは分かってるな!」
 「まあな。お前の事は大体わかってる」
 「大体か?」
 「全部が良いか?」
 「……え? だ、大体でいい」
 「急に照れるなよ」
 「ちぇ。お見通しか」
 「当り前だ」
 
 仲の良さそうな二人の会話の後、ヒストリアが最後にザイオンに近づいた。
 
 「いいか! ガキ、お前は次世代だ! 私の騎士団に入って来ても、即戦力じゃない。次を担う若者だ。だから精進しろ。んで、たっぷり実力をつけたら私の元に来い! 次へと導いてやる。それが大人の役割ってもんなんだ。私はいずれな。私よりも強き者を作らねばならんのよ。この帝国を守るためにはな。強き意志を持つ子供が必要なんだ……うん! だからお前は私と共に戦う自信がついたら、ウインド騎士団に来い! 私が面倒をみてやろう。ハハハハハハ」
 「姉上、子供に無茶を言う。ついて来れる実力って……帝国トップクラスにならないといけないのですよ」

 エステロの後に、無骨な男性も続く。

 「まあそうだがな。でもエス。なんでも否定は良くない。若者の可能性を信じてもいいだろ。全てはこいつ次第なんだ。頑張るのは本人次第だ。それでこれから先。こいつがどこまでも頑張るという意思を持つのなら、それを手伝ってやるのが俺たちだ。そうだろ、団長」
 「そういう事よ。お前!! 頑張れ。それで、私らに会える実力がついたと思ったら、会いに来い。いつでも鍛えてやるからな」
 「わかりました。俺、最強になりたいです。あなたみたいな人になれるように頑張ります」

 子供の頃のザイオンは、ヒストリアに真っ直ぐに思いを伝えた。

 「私が最強だって!?・・・・たしかに。最強だな。誰にも負けたことがない」
 「いいえ。最強じゃなくて姉上は化け物です。人じゃないです」
 「そうだな。人間じゃないな。戦っている時のお前はな」
 「なんだと!? エス、ユー。私を馬鹿にしてるな!!!」

 最強と出会って憧れた。
 次の子供たちであると。次へと繋げてみせると。
 そう言ってくれたヒストリアが率いるウインド騎士団に入りたかった。
 しかし彼女たちが亡くなったことで惜しくも叶わなかった。
 ザイオンの夢であった。
 でもザイオンはもう一つの夢を叶えている。
 彼女らがなれなかった、次へと繋ぐ大人になれたのだ。
 この思いをミシェルへ託せたのである。
 自分が手塩にかけた弟子が、自分たちの主お嬢のそばにいてくれるのだ……。

―――――――――――――――――――――――――


 ウォーカー隊の最大火力ザイオン部隊の隊長。
 大柄の体から繰り出す大剣での攻撃は、岩をも砕く一撃。
 破壊力重視の戦闘スタイルで、皆を引っ張る兄貴的な存在の男性であった。
 
 後に評価された点。
 それは英雄の半身ゼファーを覚醒させた男性として記録されている。
 元がただの賊であった男が、英雄を導いたのだ。
 彼を育てた一人として数えられているのである。

 「ザイオン! ザイオオオオオオオオオオン!!!!!」

 泣き叫んだリアリスの隣に影が現れる。

 「リアリス。立ってくれ」
 「え? だ・・・か、カゲロイ!?」

 ザイオンを一瞬だけ見て、悔しそうな顔をしたカゲロイが言う。

 「立ってくれ。お前にしか出来ないことを言う」
 「カゲロイ! ザイオンが!!」
 「わかってる!! でも立ってくれ! お前がこの戦場を支配しないと勝てない」

 苦しいのは分かっている。でも分かってくれ。時間がないんだ。
 そう願ったような言い方のカゲロイだった。

 「え? どういうこ・・」
 「いいか。今からお前の指揮で、この周りの敵兵に圧力をかける。一気に前に押し出してくれ。弓も全開で。全員が陣形すら無視して前進してくれ。大将のザンカにも伝えている。でもお前が最前線の位置にいるんだ。お前がやらないと反撃が始まらない」
 「・・・なんで。私・・でもそんなことしたって・・ここは・・もう」
 「違う。ここでそれをしないと。負けるんだ。俺たちは負けるんだ」
 「…わ、わかった。ザイオンに託されたもんね」 
 「ああ。そうだ。頼むリアリス。お前しかいない」
 「…うん。やるよ。あたし」

 リアリスは右の袖で、大量の涙を拭った。
 ザイオンの死を悲しんでいたい。
 でもそれでは彼の意思を継いだことにはならない。
 リアリスは決意ある表情になり叫んだ。

 「ザンカ隊。前進する! 狩人部隊はあたしが狙っている奴に続け。さっきの続きだ! あたしと一緒にザンカ隊の前進を援護するんだ。だから進め、ザンカ隊! あたしらが援護する。とにかく前進だ!!」

 リアリスの指示に従ったザンカ隊は、目の前の軍へと進んでいく。

 ザイオンの作戦通りに動いてたリアリス。
 削っていった敵兵は、敵の主要の小隊長たちだった。
 だから、敵はこの前進を止められない。
 細かい指示を末端の兵に通せない敵では、ザンカ隊を止めるのは難しいのだ。
 全てはザイオンが生み出した時間のおかげである。

 ◇

 狂気の鬼と化したゼファー。
 本来ならばこの円は潰れてもいいのに、両軍の兵はここを通らない。
 恐ろしい鬼に触れないようにしていたのだ。
 下手に触って、自分の方にこの殺意が来たら。
 恐ろしすぎて手を出せないと震えていたのである。

 「死ね!」
 「ぐおっ。がはっ」

 馬乗りになってパールマンを殴るゼファーは未だに殴り続けていた。
 いつ死んでもいいが、死ぬまでにできるだけ痛めつけてやると思っている。
  
 「頑丈だな。まだ死なんか」
 「・・こ。殺されてたまるか・・・この野郎・・・」
 「まだ話せるのか。ならこれでどうだ」

 ゼファーは気付いているのだ。
 ザイオンの気配が消えたことに・・・。
 だから怒りにまかせて拳を叩きつけていた。

 「死ね」
 「待て」
 「ん!?」

 カゲロイがゼファーの振り上げた拳を止めた。

 「カゲロイ殿」
 「待て、ゼファー。こいつを捕えてくれ」
 「いいえ。殺します。こいつだけは殺します」
 「待ってくれ。ゼファー。この指示はクリスからだ」
 「クリスですと・・・しかし、それだけは聞けません」
 「・・・いいのか。クリスの命令はフュンの命令。そういう風にフュンから言われたはずだぞ」
 「む・・・で、ですが」
 「主の命令を守れんのか。お前は!?」
 
 カゲロイは非常にズルい言い方だと思っている。
 でも、こうでも言わないとゼファーが止まらないのだ。
 実際にフュンは彼らの出立前にこう言っていた。

 『クリスの指示は僕の指示です。いいですね。命令系統の一番上はクリスです。何があってもクリスの指示が一番であります。よろしいですか。皆さん』

 サナリア組は、このような指示を事前に受けていた。
 自分と同様。
 それがクリスであるとフュンは、皆に指示したのである。
 
 「わ、わかりました。このままにします・・が絞めます」
 「ああ。殺すなよ」 

 ゼファーは諦めたような顔になり、パールマンの首を絞めて落とした。
 
 ◇

 一方同時間帯でのクリス。
 パールマン部隊の背後にいる彼は、合流した六千の騎馬部隊の長シュガと話していた。

 「シュガ殿!」
 「はい。クリス殿、なんでしょうか」
 「このまま騎馬で横並びになって、パールマン軍の全体の背後に等しく突撃してください。リアリス殿が前線を押し上げているので、その背後での挟撃をします。そこから、相手を殲滅して。さらに円の中心。今はなくなっていると思いますが、そこにいるゼファー殿と合流するまで、とにかく騎馬部隊は前進してください。ゼファー殿と合流出来たら、あなたたちは、左の戦場へ即移動。ヒザルスさんと合流すれば、挟撃状態になります。そしてタイム殿ならその意図を分かって、彼ならすぐに完全な包囲攻撃に変換してくれるはずです。なので全てはゼファー殿の回収から始まります。お願いします。シュガ殿」
 「了解です。ここから全速力でいきます!」
 「お願いします。この二つ目の行動まで、全てがあなたにかかっています」
 「わかりました。おまかせを」

 この戦場の勝負を決めるのはシュガの騎馬部隊。
 クリスは彼に全てを託していた。
 
 ◇

 その頃。シルヴィアはアスターネを確保しながら、生き残ったミシェル部隊と協力して、周りにいたアスターネ部隊を殲滅。
 そこからミシェルが担当していたピカナ部隊にまで戻っていた。
 彼女がいなくなったことで、右翼は押し込まれていたのだが、そこをカバーしていたのがヒザルスで、前線の戦力だけは維持されていたのだ。
 ヒザルスがいてくれたおかげで、負けるはずの盤面が、引き分けの盤面に変わっていたのだ。
 そこにシルヴィアが入ることで盤面に変化が起きる。

 「皆さんはミシェルを頼みます。このまま連れて行きますが、あなた方が守ってください」

 シルヴィアは、ミシェル部隊に彼女を託すことで、自分の後ろを任せることにした。
 彼女の状態は、気絶に近い形で何も出来ない疲労状態。
 なのでシルヴィアが、彼女に代わって指示を出し続ける。
 
 「私の部隊も少々来たようですし、アスターネを私の部隊に渡してください。本陣に数名帰れと言い渡してください」
 
 ミシェル部隊の一人に、シルヴィアは指示を出した。
 気絶しているアスターネを捕えていたシルヴィアは、自分の部隊に彼女を閉じ込めておけと言っているのだ。
 つまり捕虜にする気である。

 「では、お願いします」

 全ての指示の後。
 ピカナ部隊の右翼に入ったシルヴィアは、叫ぶ。

 「ピカナ部隊よ。ここが勝負! 私に続きなさい。私が目の前の敵を切り裂きます。私がいるところ・・・・そこが勝機です。私に……この戦姫シルヴィアに続け、ピカナ部隊よ」
 「おおおおおおおおおおお」

 シルヴィアに呼応する右のピカナ部隊は、各自が担当する場所の状況を立て直してから、前進に成功する。
 どんどん前線を押し上げると、ピカナ部隊の左と中央が楽になった。
 そのまま盤面をひっくり返す勢いを手に入れた所。

 そこから、ゼファーとシュガが率いる騎馬部隊六千が、敵の背後に出現。
 その事に気付いた左のタイムが敵を包囲する動きを見せて、一気に大規模包囲の状態にして、アスターネ軍を壊滅させた。

 これらにより、ダーレー軍は敵を完全消滅させたのだ。
 パールマン軍の生き残りはパールマンとアスターネ。
 それと数百名の捕虜だけとなる。
 ザイオンという大きな犠牲を払ったことで、ダーレー軍は、左翼軍と中央軍の苦しい戦況を救う大きな成果を上げたのであった。






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