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第二部 辺境伯に続く物語
第198話 戦うお姫様は思いを繋ぐ
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「髪が銀・・・なら、貴様が戦姫だな」
「あなたがパールマンですね。大きいです・・・無駄に。あなたはもう少し筋肉を落とした方がいい」
見下ろすパールマンと見上げるシルヴィア。
この右の戦場の中で、最も身長差がある。
「言ってくれる。この女!」
「ええ。人を威嚇するために、筋肉がついているのなら意味がありません。筋肉なんてものは必要量で十分ですからね」
「ザイオンも俺と同じだろうが!!!」
「ザイオンは……ザイオンの骨格に合っている筋肉量です。でもあなたは違います。無駄にあります・・・それはいいとして、忠告を聞かないようですし、別にいいです。敵ですしね。しつこく言う事もない。この話も終わりましょう。どうせ私が倒しますし」
身長差や筋肉量などの違いなんて、ほんの些細な事。
勝つ自信があるシルヴィアは、淡々と勝利宣言をしていた。
一対一の戦闘で負けるなど微塵も思っていないのだ。
「こ、この女……俺を倒すには、女では出来んぞ」
「真剣勝負に男女なんて関係ありませんね。そこを気にしているあなたは小物ですね。肝っ玉が小さい。そんな大きな体をしているのに、どこについているのですか? 家にでも置いてきましたか? 取りにでも帰りますか」
「……き、貴様。この小娘のような女がぁ」
「パールマン。落ち着きなさい。これくらいの問答で・・・・まあいい。では、私の剣技をとくと見なさい。その身に高速で刻んであげましょう。かかってきなさい」
「舐めるなよ! 戦姫!」
シルヴィアとパールマンが戦闘に入った。
パールマンは自分の中での最速を出す。
走ってくるシルヴィアに対して、薙ぎ払う攻撃を仕掛けた。
振り切った剣が、彼女の体を捉える寸前にシルヴィアの体が消えた。
「なに!?」
パールマンは、彼女を完全に見失った。
「遅いです。あなたの中で速度を速めようが、私には届かないですよ。まだ遅い。あと三倍は、速くなりなさい。そうなってから、私に挑むべきでしたよ。パールマン!」
「は、速い。な!?」
自分の想像を超える速度で一気に距離を詰められたパールマンは、思わずのけ反った。
シルヴィアの顔が、自分の顔の前に現れる。
「速度対応をしてみなさい。ほら、これはどうですか」
今度はシルヴィアの一閃が、パールマンの首に入りかけた。
「うおおおおお。こ、この女」
反応速度を全開にして、パールマンは首を傾ける。
シルヴィアの剣をギリギリで躱した。
「よろしい。これくらいは出来ると・・・」
シルヴィアの鋭い剣に、頬を僅かに斬られても、パールマンは嬉しそうに笑った。
「強い。間違いない。この大陸でもトップクラスだ」
「そうでしょうかね。私以上など、ゴロゴロいますよ。ただ、あなたが速度型に弱いだけでしょう。ザイオンとは噛み合っていただけに過ぎない」
パワー型のザイオン。
どちらかというパワー寄りのバランス型のパールマンは、そのパワーがザイオンと互角だからこそ、次第に圧倒できた。
それに対してシルヴィアはスピード型。
それも極限の速度重視。
帝国一の最速の剣技を持つ女性なのだ。
「ほう。その自信。俺と戦ってもまだまだ言ってくるか!! イイ女だ。間違いない。俺の嫁候補だ」
「私はすでに人妻です。それにあなたのような男性が好きではありません。私が好きな男性は、彼のみです。私の目にはフュンしか見えません。あなたなど眼中にない。あなたの姿など蟻よりも見えませんよ」
そもそも家族と部下以外の男性を、男性と認識していない。
特に敵は敵である。人間とも見ていない。
「ほう。言ってくれる。だが、人の物だろうが。俺には関係ねえ。ここで倒せば俺の物だ」
「物? 彼ならそんなことは言いません。では、あなたが負ければ一生一人でいなさい。女性を物と呼ぶあなたに負けるわけにはいかない。フュンも怒ります。彼の分も私が戦いましょう」
彼女の顔に若干怒りが混じっていたのは、フュンも今の言葉で怒ると思ったからだ。
全ての女性に対して優しいフュンには、今の言葉を聞かせられない。
もし聞いたらどんな風に怒るのだろうかと、シルヴィアは想像して怯えた。
フュンが怒るなど、滅多にない事である。
二人の戦いはここから激化した。
◇
「ザイオン。肩を貸すよ」
「リアリス。すまん」
「いや、ザイオンのおかげで、結構削ったよ。周り」
「そうか・・・なら、負けてもよしではあるか・・・悔しいけどな」
「そうね。でも見てよ。お嬢凄いよ」
「ああ。お嬢は俺たちの中でも最速だからな。パールマン如きの速度じゃな、ああなる。それにパールマンは初対戦だ。お嬢の弱点を攻められないぜ。このまま一方的に・・・ん!?」
ザイオンがリアリスの肩を借りて立ち上がる。
二人が、シルヴィアに言われたとおりにこの場から下がろうとした所、体の大きなザイオンだったからこそ別の戦場が見えた。
一騎打ちで出来た円形の外。
円の左奥を見ると。
そこで、挟撃にあっているミシェルが見えた。
「あれは……まずいか。おい。リアリス」
「なぁに?」
「俺の肩に乗ってあそこを見てくれ」
「わかった。乗るよ」
「おう」
ザイオンの肩に乗ったリアリスが、ミシェルの戦場を確認。
劣勢状態の彼女を見た。
「まずい。ミシェルが囲まれてるよ。このままじゃ、絶対に死ぬ。まずいよ。どうする。あそこまでは遠い。姐さんなら届くけど、あたしの弓じゃ届かないよ」
「・・・そうか。わかった」
ザイオンは全てに納得した。
目を閉じて戦場を整理して、作戦を考えた。
その姿は今までの彼ではない。そして、その行動もまた今までの彼ではなかった。
「すまないな。リアリス。一人で立つ」
「え? どうしたの。ザイオン??」
「生意気娘。ミシェルに負けるなよ。戦いも生活もだ。ハハハ」
「ど、どういうこと? なによそれ??」
「ふん。あとで意味をわかれ・・・よし、お嬢! こっちに来い」
ザイオンは、ただ今絶賛戦闘中のシルヴィアを呼びつけた。
◇
「お呼びなので、一旦離脱です」
「なに。させるか」
「あなたでは、私を捉えることは出来ません」
「うるさいわ。死ね!! な、なに!?」
パールマンの一撃は空振りに終わった。
シルヴィアが言ったとおりに、彼の攻撃はすり抜けたのだ。
目の前で、姿が消えていく。反応速度の違いで起きた現象。
こんな事は初めてであった。
「奴は・・・俺の目を超える速度で動くのか・・・なんていう女だ」
パールマンはその速度の違いに、唖然としてその場に留まってしまった。
◇
「なんですか。ザイオン」
「お嬢。あっちを頼む。お嬢の足でしか、もう間に合わん」
「はい? 何のことですか」
「ミシェルだ。あいつがあのままだと死ぬ。頼むお嬢。あっちに行ってくれ」
「ですが、こちらも・・・」
「ああ。そうだ。俺がもう一度やる。お嬢はあっちにいけ」
「・・それは、ザイオン」
もう一度、パールマンと戦ってザイオンが勝つ。
そのイメージがシルヴィアにもザイオンにもない。
「シルヴィア」
「え? は、はい」
ザイオンが初めて名前を呼んだ。
「ミシェルを頼む。俺からの頼みだ・・・頼む」
ザイオンがシルヴィアに頭を下げた。
「・・・・・ザイオン?」
「シルヴィア。お前に必要なのは次の世代だ。俺の世代じゃない。だからもう一度言う。ミシェルを頼む。あとはな。俺があいつを育てるんじゃない。あいつが自分で成長して、お嬢を助けるんだ」
「……わかりました。ザイオン。頑張りなさい」
「おう! 俺が見せてやる。お前たちに俺の背中をな」
ザイオンは一歩分、シルヴィアよりも前に出た。
「お嬢、いいな。何かに迷ったら、お前はフュンと共に進め! その道は間違ってないぞ。二人で進めばな」
「ええ、わかりました。必ずそうします。ザイオン・・・・またですよ。また会ってくださいよ」
「おう。あっちでシゲマサと一緒に待ってるぜ。でもすぐに来るなよ。来るんだったら、夫婦二人で寿命で来い!」
全てを悟り。ザイオンの覚悟を尊重したシルヴィアは、生きなさいとは言わずにザイオンから離れた。
今生の別れを済ませて、全身の力を足に集中させたシルヴィアが、戦場を横断する。
邪魔になる目の前の敵を斬り伏せながらミシェルの元へと向かった。
「ザイオン!」
いつもと違う表情のザイオンに向かって、心配そうな顔をしているリアリスが叫んだ。
「リアリス。俺は無視だ。全ての矢をこの周りの兵に向けろ。いいかリアリス。こいつ一人をだ。本当の意味の一人にする」
「・・・わ、わかった」
「いいか。俺に何が起ころうが、お前のやるべきことは将としてだ。いいな。ミシェルと同じ次世代よ。俺はおまえにも期待している!」
「……うん。わかった」
「ふっ。いいぞ。生意気娘。ちょっとは成長したじゃねえか。俺は嬉しいぞ。じゃあ、出る」
満身創痍のザイオンは、再びパールマンとの決闘に挑んだのだ。
勝ち目のない戦いだとしても、ここが俺の戦うべき時。
花を咲かせるのはここである。
ザイオンは自分の体と心に言い聞かせて、前へと進んでいった。
◇
「限界でしょう。あなた」
「そ、そんなことはありません。まだ負けません」
「へぇ。強がりね。うちの攻撃に反応できなくなってるのにね」
アスターネの曲剣に次第に押され始めるミシェルは、全身に傷を負っていた。
深手はない。だが、細かく傷を負い、ダメージが深く残る。
だから彼女の攻撃を防ぐことが出来なくなってきた。
「ま、まだまだ。私は負けられない。この場を切り抜け。もう一度戦場・・に。な!?」
アスターネの攻撃速度が上がったように感じているミシェル。
実際は変わらないのだが、疲労感のせいで速く感じるようになっていた。
そんな状態の彼女に、ここで一番の最速の剣が向かってきた。
自分の槍で相手の剣を叩くことが出来ない。
これをもらえば死は確実。
だったら相打ちだと、ミシェルは槍を伸ばそうとすると、握力が無くなり槍を落としてしまった。
「これは・・・もう限界が・・・すみません。ザイオン様。お嬢・・・フュン様・・・ゼファー殿。せめてあなたに思いを・・・好きですと・・・言えば、後悔しなかったのかな」
ミシェルは、最後の最後にゼファーの笑顔が浮かんだ。
思いを伝えればよかったのかも。後悔が一瞬頭の中をよぎっていた。
「死にな。あんたは強かったよ。ミシェル」
アスターネの刃がミシェルに届く。
その時。
「死なせませんよ。この子は託されたのです。意志と思いと命を……そして、あなたも思いをいい加減に伝えなさい。今、この瞬間……後悔として現れるのなら、出来るだけ早くです。ミシェル」
「え!?」「お。お嬢!?」
アスターネもミシェルも同時に驚く。
シルヴィアの声が聞こえた直後、アスターネの刃が止まった。
「なに!? うちの攻撃が・・・」
「まあまあ鋭い攻撃ですよ。あなたがアスターネですね。素晴らしい武将です」
シルヴィアがアスターネの剣を弾き返した。
「なぜここに。戦姫が」
アスターネが後ろを振り返ると、数十名が全滅していた。
首、心臓の位置に剣で斬られた形跡がある。
「まさか。あなたが。うちの兵を・・・」
「良き兵たちでした。ですが、私の速度に対応できていませんでした。それではこうなるに決まっています。では、あなたを倒しましょう。彼女の大事な師に頼まれましたからね」
一つ呼吸を置いて、シルヴィアは攻撃に出る。
「いきます」
「な、なに!? 何だこの速さ」
シルヴィアの全力。
それは、ミシェルとアスターネクラスの強者であっても、見えなかった。
彼女の剣技は美しい。
それは誰もが知っている事だったが、それ以上に彼女自身が速いことに誰も気づいていなかった。
アスターネの目では、彼女の無数の剣を止めるどころか捉えることも出来ない。
連撃の速度が、彼女が生きてきた中で見た剣技で一番の速さだったのだ。
「ぐはっ。な、なに?! ど、どうして」
「ええ。斬らせていただきました。全てをです」
シルヴィアが剣をしまうと、アスターネの全身から血が噴き出る。
一瞬の出来事にアスターネ自身もどうしたらいいのか分からなかった。
意識はあるが、体が動かない。倒れるしか出来ない。
うつ伏せで地面に倒れると、あとは負けを認めることしか出来なかった。
「ミシェル隊。この方を捕えなさい。私は他の全てを斬ります。あなたたちの中で、まだ動ける者は私に続きなさい。この包囲戦を終わらせます」
まだ囲んでいる敵兵の方に、シルヴィアは狙いを切り替えた。
銀色の輝きは、この戦場を支配する光となった・・・。
「あなたがパールマンですね。大きいです・・・無駄に。あなたはもう少し筋肉を落とした方がいい」
見下ろすパールマンと見上げるシルヴィア。
この右の戦場の中で、最も身長差がある。
「言ってくれる。この女!」
「ええ。人を威嚇するために、筋肉がついているのなら意味がありません。筋肉なんてものは必要量で十分ですからね」
「ザイオンも俺と同じだろうが!!!」
「ザイオンは……ザイオンの骨格に合っている筋肉量です。でもあなたは違います。無駄にあります・・・それはいいとして、忠告を聞かないようですし、別にいいです。敵ですしね。しつこく言う事もない。この話も終わりましょう。どうせ私が倒しますし」
身長差や筋肉量などの違いなんて、ほんの些細な事。
勝つ自信があるシルヴィアは、淡々と勝利宣言をしていた。
一対一の戦闘で負けるなど微塵も思っていないのだ。
「こ、この女……俺を倒すには、女では出来んぞ」
「真剣勝負に男女なんて関係ありませんね。そこを気にしているあなたは小物ですね。肝っ玉が小さい。そんな大きな体をしているのに、どこについているのですか? 家にでも置いてきましたか? 取りにでも帰りますか」
「……き、貴様。この小娘のような女がぁ」
「パールマン。落ち着きなさい。これくらいの問答で・・・・まあいい。では、私の剣技をとくと見なさい。その身に高速で刻んであげましょう。かかってきなさい」
「舐めるなよ! 戦姫!」
シルヴィアとパールマンが戦闘に入った。
パールマンは自分の中での最速を出す。
走ってくるシルヴィアに対して、薙ぎ払う攻撃を仕掛けた。
振り切った剣が、彼女の体を捉える寸前にシルヴィアの体が消えた。
「なに!?」
パールマンは、彼女を完全に見失った。
「遅いです。あなたの中で速度を速めようが、私には届かないですよ。まだ遅い。あと三倍は、速くなりなさい。そうなってから、私に挑むべきでしたよ。パールマン!」
「は、速い。な!?」
自分の想像を超える速度で一気に距離を詰められたパールマンは、思わずのけ反った。
シルヴィアの顔が、自分の顔の前に現れる。
「速度対応をしてみなさい。ほら、これはどうですか」
今度はシルヴィアの一閃が、パールマンの首に入りかけた。
「うおおおおお。こ、この女」
反応速度を全開にして、パールマンは首を傾ける。
シルヴィアの剣をギリギリで躱した。
「よろしい。これくらいは出来ると・・・」
シルヴィアの鋭い剣に、頬を僅かに斬られても、パールマンは嬉しそうに笑った。
「強い。間違いない。この大陸でもトップクラスだ」
「そうでしょうかね。私以上など、ゴロゴロいますよ。ただ、あなたが速度型に弱いだけでしょう。ザイオンとは噛み合っていただけに過ぎない」
パワー型のザイオン。
どちらかというパワー寄りのバランス型のパールマンは、そのパワーがザイオンと互角だからこそ、次第に圧倒できた。
それに対してシルヴィアはスピード型。
それも極限の速度重視。
帝国一の最速の剣技を持つ女性なのだ。
「ほう。その自信。俺と戦ってもまだまだ言ってくるか!! イイ女だ。間違いない。俺の嫁候補だ」
「私はすでに人妻です。それにあなたのような男性が好きではありません。私が好きな男性は、彼のみです。私の目にはフュンしか見えません。あなたなど眼中にない。あなたの姿など蟻よりも見えませんよ」
そもそも家族と部下以外の男性を、男性と認識していない。
特に敵は敵である。人間とも見ていない。
「ほう。言ってくれる。だが、人の物だろうが。俺には関係ねえ。ここで倒せば俺の物だ」
「物? 彼ならそんなことは言いません。では、あなたが負ければ一生一人でいなさい。女性を物と呼ぶあなたに負けるわけにはいかない。フュンも怒ります。彼の分も私が戦いましょう」
彼女の顔に若干怒りが混じっていたのは、フュンも今の言葉で怒ると思ったからだ。
全ての女性に対して優しいフュンには、今の言葉を聞かせられない。
もし聞いたらどんな風に怒るのだろうかと、シルヴィアは想像して怯えた。
フュンが怒るなど、滅多にない事である。
二人の戦いはここから激化した。
◇
「ザイオン。肩を貸すよ」
「リアリス。すまん」
「いや、ザイオンのおかげで、結構削ったよ。周り」
「そうか・・・なら、負けてもよしではあるか・・・悔しいけどな」
「そうね。でも見てよ。お嬢凄いよ」
「ああ。お嬢は俺たちの中でも最速だからな。パールマン如きの速度じゃな、ああなる。それにパールマンは初対戦だ。お嬢の弱点を攻められないぜ。このまま一方的に・・・ん!?」
ザイオンがリアリスの肩を借りて立ち上がる。
二人が、シルヴィアに言われたとおりにこの場から下がろうとした所、体の大きなザイオンだったからこそ別の戦場が見えた。
一騎打ちで出来た円形の外。
円の左奥を見ると。
そこで、挟撃にあっているミシェルが見えた。
「あれは……まずいか。おい。リアリス」
「なぁに?」
「俺の肩に乗ってあそこを見てくれ」
「わかった。乗るよ」
「おう」
ザイオンの肩に乗ったリアリスが、ミシェルの戦場を確認。
劣勢状態の彼女を見た。
「まずい。ミシェルが囲まれてるよ。このままじゃ、絶対に死ぬ。まずいよ。どうする。あそこまでは遠い。姐さんなら届くけど、あたしの弓じゃ届かないよ」
「・・・そうか。わかった」
ザイオンは全てに納得した。
目を閉じて戦場を整理して、作戦を考えた。
その姿は今までの彼ではない。そして、その行動もまた今までの彼ではなかった。
「すまないな。リアリス。一人で立つ」
「え? どうしたの。ザイオン??」
「生意気娘。ミシェルに負けるなよ。戦いも生活もだ。ハハハ」
「ど、どういうこと? なによそれ??」
「ふん。あとで意味をわかれ・・・よし、お嬢! こっちに来い」
ザイオンは、ただ今絶賛戦闘中のシルヴィアを呼びつけた。
◇
「お呼びなので、一旦離脱です」
「なに。させるか」
「あなたでは、私を捉えることは出来ません」
「うるさいわ。死ね!! な、なに!?」
パールマンの一撃は空振りに終わった。
シルヴィアが言ったとおりに、彼の攻撃はすり抜けたのだ。
目の前で、姿が消えていく。反応速度の違いで起きた現象。
こんな事は初めてであった。
「奴は・・・俺の目を超える速度で動くのか・・・なんていう女だ」
パールマンはその速度の違いに、唖然としてその場に留まってしまった。
◇
「なんですか。ザイオン」
「お嬢。あっちを頼む。お嬢の足でしか、もう間に合わん」
「はい? 何のことですか」
「ミシェルだ。あいつがあのままだと死ぬ。頼むお嬢。あっちに行ってくれ」
「ですが、こちらも・・・」
「ああ。そうだ。俺がもう一度やる。お嬢はあっちにいけ」
「・・それは、ザイオン」
もう一度、パールマンと戦ってザイオンが勝つ。
そのイメージがシルヴィアにもザイオンにもない。
「シルヴィア」
「え? は、はい」
ザイオンが初めて名前を呼んだ。
「ミシェルを頼む。俺からの頼みだ・・・頼む」
ザイオンがシルヴィアに頭を下げた。
「・・・・・ザイオン?」
「シルヴィア。お前に必要なのは次の世代だ。俺の世代じゃない。だからもう一度言う。ミシェルを頼む。あとはな。俺があいつを育てるんじゃない。あいつが自分で成長して、お嬢を助けるんだ」
「……わかりました。ザイオン。頑張りなさい」
「おう! 俺が見せてやる。お前たちに俺の背中をな」
ザイオンは一歩分、シルヴィアよりも前に出た。
「お嬢、いいな。何かに迷ったら、お前はフュンと共に進め! その道は間違ってないぞ。二人で進めばな」
「ええ、わかりました。必ずそうします。ザイオン・・・・またですよ。また会ってくださいよ」
「おう。あっちでシゲマサと一緒に待ってるぜ。でもすぐに来るなよ。来るんだったら、夫婦二人で寿命で来い!」
全てを悟り。ザイオンの覚悟を尊重したシルヴィアは、生きなさいとは言わずにザイオンから離れた。
今生の別れを済ませて、全身の力を足に集中させたシルヴィアが、戦場を横断する。
邪魔になる目の前の敵を斬り伏せながらミシェルの元へと向かった。
「ザイオン!」
いつもと違う表情のザイオンに向かって、心配そうな顔をしているリアリスが叫んだ。
「リアリス。俺は無視だ。全ての矢をこの周りの兵に向けろ。いいかリアリス。こいつ一人をだ。本当の意味の一人にする」
「・・・わ、わかった」
「いいか。俺に何が起ころうが、お前のやるべきことは将としてだ。いいな。ミシェルと同じ次世代よ。俺はおまえにも期待している!」
「……うん。わかった」
「ふっ。いいぞ。生意気娘。ちょっとは成長したじゃねえか。俺は嬉しいぞ。じゃあ、出る」
満身創痍のザイオンは、再びパールマンとの決闘に挑んだのだ。
勝ち目のない戦いだとしても、ここが俺の戦うべき時。
花を咲かせるのはここである。
ザイオンは自分の体と心に言い聞かせて、前へと進んでいった。
◇
「限界でしょう。あなた」
「そ、そんなことはありません。まだ負けません」
「へぇ。強がりね。うちの攻撃に反応できなくなってるのにね」
アスターネの曲剣に次第に押され始めるミシェルは、全身に傷を負っていた。
深手はない。だが、細かく傷を負い、ダメージが深く残る。
だから彼女の攻撃を防ぐことが出来なくなってきた。
「ま、まだまだ。私は負けられない。この場を切り抜け。もう一度戦場・・に。な!?」
アスターネの攻撃速度が上がったように感じているミシェル。
実際は変わらないのだが、疲労感のせいで速く感じるようになっていた。
そんな状態の彼女に、ここで一番の最速の剣が向かってきた。
自分の槍で相手の剣を叩くことが出来ない。
これをもらえば死は確実。
だったら相打ちだと、ミシェルは槍を伸ばそうとすると、握力が無くなり槍を落としてしまった。
「これは・・・もう限界が・・・すみません。ザイオン様。お嬢・・・フュン様・・・ゼファー殿。せめてあなたに思いを・・・好きですと・・・言えば、後悔しなかったのかな」
ミシェルは、最後の最後にゼファーの笑顔が浮かんだ。
思いを伝えればよかったのかも。後悔が一瞬頭の中をよぎっていた。
「死にな。あんたは強かったよ。ミシェル」
アスターネの刃がミシェルに届く。
その時。
「死なせませんよ。この子は託されたのです。意志と思いと命を……そして、あなたも思いをいい加減に伝えなさい。今、この瞬間……後悔として現れるのなら、出来るだけ早くです。ミシェル」
「え!?」「お。お嬢!?」
アスターネもミシェルも同時に驚く。
シルヴィアの声が聞こえた直後、アスターネの刃が止まった。
「なに!? うちの攻撃が・・・」
「まあまあ鋭い攻撃ですよ。あなたがアスターネですね。素晴らしい武将です」
シルヴィアがアスターネの剣を弾き返した。
「なぜここに。戦姫が」
アスターネが後ろを振り返ると、数十名が全滅していた。
首、心臓の位置に剣で斬られた形跡がある。
「まさか。あなたが。うちの兵を・・・」
「良き兵たちでした。ですが、私の速度に対応できていませんでした。それではこうなるに決まっています。では、あなたを倒しましょう。彼女の大事な師に頼まれましたからね」
一つ呼吸を置いて、シルヴィアは攻撃に出る。
「いきます」
「な、なに!? 何だこの速さ」
シルヴィアの全力。
それは、ミシェルとアスターネクラスの強者であっても、見えなかった。
彼女の剣技は美しい。
それは誰もが知っている事だったが、それ以上に彼女自身が速いことに誰も気づいていなかった。
アスターネの目では、彼女の無数の剣を止めるどころか捉えることも出来ない。
連撃の速度が、彼女が生きてきた中で見た剣技で一番の速さだったのだ。
「ぐはっ。な、なに?! ど、どうして」
「ええ。斬らせていただきました。全てをです」
シルヴィアが剣をしまうと、アスターネの全身から血が噴き出る。
一瞬の出来事にアスターネ自身もどうしたらいいのか分からなかった。
意識はあるが、体が動かない。倒れるしか出来ない。
うつ伏せで地面に倒れると、あとは負けを認めることしか出来なかった。
「ミシェル隊。この方を捕えなさい。私は他の全てを斬ります。あなたたちの中で、まだ動ける者は私に続きなさい。この包囲戦を終わらせます」
まだ囲んでいる敵兵の方に、シルヴィアは狙いを切り替えた。
銀色の輝きは、この戦場を支配する光となった・・・。
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