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第二部 辺境伯に続く物語

第194話 それぞれの成長

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 帝国軍左翼。ターク軍。
 
 以前の戦いとは一味違う。どっしりと構えるスクナロが本陣にいた。
 腕組みをして作戦司令部と化した本陣で、軍全体の動向を見守る。

 「エクリプス軍とはこうだったか? 以前の方が強く感じるな」
 「ええ。しかし、我々は苦しんだんですよ・・・今は楽に押し込めていますね」

 副将ハルク・スターシャが答えた。

 「次、左の部隊を斜めに入れるべきです」
 「む。そうなのか。レイエフ」
 「ええ。分析がでてます。ナタリアからです!」
 
 彼ら本部の人間の脇で、望遠鏡を使い戦場の流れを確認するナタリア。 
 動きの善し悪しを見極める力を持つ彼女は、戦場の地図から敵を分析する。
 それに対して、レイエフは、その分析された結果から予想していく。
 敵の動きと、こちらの動き。
 双方の動きの先を自分たちの頭の中で動かす。
 だから、この二人がやっているのは軍師とは違う。
 相手を誘導したり、思いもよらない行動を起こして乱したりするものではなく、敵の情報からこちらの最善手を生み出すという戦法である。
 フュンやクリスとは違う。
 新しい方式の戦術である。
 創造性豊かな戦術ではなく堅実な一歩ずつ前へと進む戦い方のやり方だ。
 これらの才を見出したのはルイスで、戦場盤面図の訓練でそちらの訓練を重点的に訓練したのだ。
 
 「わかった。左の部隊を入れ込もう。ハルク。指示を前に通せ」
 「はっ。殿下」
 
 スクナロの指示をハルクが出す。
 ターク軍は、彼の指示をすんなり通す規律性がある。

 前回よりも遥かに動きが良いターク軍は、数の違いをもろともせずに、相手を完封した初日を過ごしたのだ。

 ◇

 帝国軍中央ネアル軍。
 本陣にて。
 戦場の中、巨大天幕の前で優雅にお茶をしているのがネアルである。
 戦場の様子をつぶさに観察していた。

 「む、前回とは違うな」
 「ええ。そのようですね。反省を活かしたのではないでしょうか」
 「そのようだな。動きが良い。反省と勇気のある武将であったという事か。気骨があるな」
 「はい。そのようで」
 「フラムだったな。今回は覚えたぞ。対戦相手として良き武将だ」
 「ええ。終わった頃には生きているか知りませんがね。話せたらいいですね」
 「ふっ。辛辣だな。ブルー」

 ブルーと戦況を確認したネアルは、フラムの戦術を褒めていた。
 前回はもっと兵がいたのだ。
 2倍近くも兵がいたのに、殻に閉じこもったままのフラム軍だった。
 しかし今回はそれよりも少ない1.5倍の数の違いしかないのに、積極果敢に攻撃をしてきている。
 左右からの攻撃ではなく、正面突破を試みるあたりに、勇気を感じる。
 ネアルは、前回を反省して、今回で自分に挑む相手を褒めていたのだ。

 「一番良い手ではある。こちらの軍に対してな。そう思うだろ。ヒスバーン」
 「・・・う・・・ああ・・・・そうだな」

 ネアルの隣の席に座る寝ぼけ眼の男性が目を擦りながら話した。

 「なんだ。まだ眠いのか。お前」
 「・・・昨日、緊急で連絡が来たんだよ。眠らせろ馬鹿・・・ふわぁ」

 ヒスバーンがあくびをしながら答える。

 「なに? どこからだ」
 「王都からだ。えっと、用件はなんだっけ・・・ああ、そうだった。要塞都市に新しい大砲を設置したいってよ」
 「そうか。それで? なんで私に報告しない? そんな大事な事」
 「それがよ・・・・馬鹿糞高い! こんなもの何個も作ったら、国が破産する。お前に見せるまでもなく却下した」
 「そうだったか。どれくらい高いんだ。防衛に向いているなら、いくらかかっても良いだろ」
 「いや無理だ・・・一個で都市一年分だ。どこで言えばわかりやすいか・・・ルコットくらいかな」
 「は?」

 ネアルが飲んでお茶を置いた。
 あまりの高額に、さすがのネアルも戸惑った。

 「それを五個欲しいって言ってきやがった・・・絶対破産する」
 「…たしかに、それはありえないな」
 「だろう! だから、同じ質。同じ力。品質を保ちながらで、値段を抑えろ。そんな研究をしろと、ルコット一年分の研究費を出しておいた。それで出来ないなら諦めろってな。それ以上は出さんと言っておいた」

 良い指示だと思っても、ネアルは別のことを言う。

 「…ほう。私の許可なくか?」
 「お前・・・許可が必要かこれ? どうせお前もこういう風に許可するだろ。二度手間は嫌だ!」
 「まあ、私も許可する」

 自分と同じ考えのこの男は、食えない男である。
 一つ返せば二つ言葉を返してくるような曲者なのだ。

 「じゃあ、そういう風に聞くな。単純にそうか・・・で済ませろよ。無茶振り王子」
 「ククク。相変わらずだ、ヒスバーン。扱いずらいわ」
 「それを俺の前で言うな・・・酷い奴だ・・・王子なら家臣に気を使え」

 ネアルと対等に話すヒスバーン。
 彼の役割は、宰相もどきである。
 しかし、現在の役職は王子補佐官。
 まだ王子という立場のネアルなので、国家の人事をいじる事は出来ない。
 と言っても、現在のイーナミアに宰相はいない。
 このヒスバーンが全てをやっているのである。

 「眠い・・・んで、こんな戦に手をこまねくつもりなのか。さっさと潰せよ」 
 「いや・・・こちらの意図がある。お前も分かるだろ」

 二人は同時にお茶を飲んだ。

 「ああ。分かってる。実践だろ。こいつら経験の浅い新兵だぜ。お前の軍だけな」
 「そういうことだ。三万程は新兵。ベテランと組ませているからな。動きが良くない点がある。でも新兵どもも地獄の訓練をしているからな。実践に慣れてくれれば。あとはこちらの勝機がくるだろう」
 「お前。悪魔だな。可哀想な兵どもだ。こんな指揮官の下についてな」
 「ずけずけ言ってくるな。ヒスバーン。遠慮をしろ。遠慮を!」
 「あ? 遠慮したら、お前の無茶ぶりは終わるのか・・・終わるのなら黙るぞ」
 「・・・・ないな」
 「・・・だろ?」
 「「ハハハハハハ」」
 
 二人は同時に笑った。
 互いに扱いずらいと思っても似ている部分があるようだ。

 「んで。いつ攻めるんだ」
 「ヒスバーン。お前なら分かるだろう。攻めるタイミングがな」
 「そうだな・・・・一週間から・・・十日後かな。それくらいで新兵が覚醒する・・・と思う」
 「ああ。私もそう思う。さすがだ、ヒスバーン」

 戦うタイミングを見定める二人は、目の前の戦場の出来事の先を見ていた。


 ◇

 一日目が終了したダーレー軍本陣。
 幹部が集まり会議が行われていた。

 「すまない。俺のミスだな。ザイオンを前に上げていれば」
 
 ザンカが全体に対して謝った。

 「いや、俺がもう少し早く前に来ていれば。奴とエリナでは相性が悪かった。しまったわ。ああ、それと、ミシェル。大丈夫か」

 ザイオンは反省しながらミシェルを心配する。

 「はい。ザイオン様。大丈夫です。私の怪我はたいしたことないです」
 
 ミシェルは、大丈夫だと冷静に答えたのだが、その隣にいるゼファーもザイオンと同じように心配していた。

 「ミシェル殿。大丈夫だとしても後でクリスに診てもらった方がいい」
 「そ、そうですね。そうします」

 ミシェルは素直に頷いた。
 一旦会議をまとめるためにシルヴィアが話す。

 「皆、聞いてください。エリナは離脱させます。本陣が彼女を保護します。それで彼女の部隊をどうするか。ここが悩みどころです」
 「我に意見があります」
 「ん? ゼファーなんですか」
 「リアリスをそちらに派遣します」
 「え? なぜ」

 ゼファーは冷静に自分の意見を言い出した。

 「我が相手をしている兵ども。あれらは弱い。我とシュガ殿だけで粉砕できます。本陣の許可さえあれば、いつでもお見せできますが、今はその時ではないので粉砕はしません」

 ゼファーではないような意見に、シルヴィアは内心驚いていた。
 成長している。それも将として成長していると思ったのだ。

 「なので、とびっきりの遠距離攻撃能力を持つリアリスがそちらに行けば、そちらの戦場が助かるかと思います。ザンカ殿。どうでしょう。リアリスはエリナ殿ほど近距離は戦えませんが、中間距離と遠距離の達人であります。それならばそちらで活躍するかと思います。ザンカ殿が、上手く扱ってくれればいい線までいくはずです。それに、リアリスは元々ウォーカー隊ですから、ハスラの兵とも連携が取れるはずです。こちらの狩人部隊も少々送りますので、上手く使ってほしいです」
 「それは助かるが……いいのかゼファー?」

 端的に聞いておきながらザンカは驚いていた。
 理路整然とした意見が言える人物だったのかと。
 でもそれはザンカだけではない。
 周りにいた仲間たちも一緒に驚いていたのだ。

 「ええ。ザンカ殿。大丈夫であります。こちらは心配なさらずとも。必ずリアリスがそちらで活躍しますから」
 「・・・すまんゼファー。助かる」

 ゼファーに感謝を伝えた後。

 「お嬢。いいか? リアリスをこちらにもらっても」
 
 ザンカは、シルヴィアの方に申し訳なさそうな顔を向けて聞いたのだが、シルヴィアはそれを見ずに目を瞑り考え始めた。

 戦場バランスからいって、ゼファーの所から人を出すのが痛い。
 なぜなら彼の場所が一番不利な戦場なのだ。
 ほぼ二倍差のある戦場で、優秀な部下を一枚失う形となるのは、果たして良き判断なのか。
 それとも、副将候補のザンカの部下を繰り上げした方がいいのか。
 この二択の間で、彼女は悩んでいた。

 「たしかに。それが一番良い手にもみえます。ですが、ゼファー部隊からは・・・」
 「シルヴィア様。意見いいでしょうか」
 「ん。クリス? いいでしょう。どうぞ」

 クリスが前に出る。

 「今回。これは私のミスです。パールマンとアスターネが予想以上に強い事を想定すればよかったです。動きも皆さんに事細かく伝えればこのような事にはならなかったでしょう。特に、ザンカ殿は完璧な陣形で挑みました。そうですよね」
 「ん。ま、まあそうだな小僧。出来る範囲で最高だとは思ったが・・・」
 「ええ。一番いい陣形でありましたよ。エリナ殿は、相手の攻撃をいなすのが上手いので、先陣を切らせるのは正しいんです。ですが、これは私が見誤ったんです。パールマンは強すぎました。まさかザイオン殿を押し込むほど強いとは。それに奴の兵も突進力がありましたね。そこが想定外です」

 クリスは自分の反省を深くしていた。
 失敗であると結論付けても、彼は前を向いて次の策を考えている。

 「ここは、ザンカ殿。横陣の中で横並びの陣形にしてほしいです」
 「ん?」
 「縦に将を並べていたのですが、次はこのように並べてほしい。リアリス殿を使ってです」

 クリスは陣形を書き上げた。
 左にザイオン。右にザンカ。中央にリアリスを配置した横陣。
 初日の陣形は縦に将軍を配置したのだが、次回は横に将を配置して欲しいと書き上げたのだ。

 「このように並べると、おそらく敵は左に傾きます。ザイオン殿を目指してくると思いますので、リアリス殿が横からパールマンを狙います。この形になると、ザンカ殿が右から押せると思うのです。ザンカ殿の前。ここ一定以上圧力がかからないと思うので、右からへ前進できて、相手を切り崩す陣形になれると思います」
 「な。なるほど」
 「しかしこれは、相手がザイオン殿にご執心となった場合だけですね。相手が普通に正面に切り込んでくると苦しい陣形になります。リアリス殿ではパールマンを止められません」
 
 確かにと。
 ザイオンとザンカが同時に頷いた。

 「そこで、正面から相手が突撃してきた場合のみ。リアリス殿が後ろに引きます。彼女が囮となるのです。彼女は狩人です。サナリアの弓のフィアーナの弟子。だからそういう動きが得意であります。そして、そうなった場合は、左右のザイオン殿とザンカ殿が挟む。これで相手を封殺しましょう」
 「クリス。それだとリアリスは派遣した方がいいのですか?」

 黙っていたシルヴィアが聞いた。

 「はい。シルヴィア様。もし、決断に不安があるのならば、ゼファー殿の所に、ソロンを送ります。彼女もまた補佐的な指揮は取れます。でも私もですが、ゼファー殿とシュガ殿だけで、あの軍は倒せると思っています。心配はしなくてもいいかと」
 「・・・そうですか。いいでしょう。派遣しましょう! ザンカ。リアリスを頼みます。不慣れな所に行きますからね。あなたがフォローをしてください」
 「わかりましたお嬢。お任せを」
 「ええ。それでは、皆さん。まだ耐えて。私の攻撃指示が出た瞬間。相手を倒しましょう。よいですね」

 全員が。

 「「「了解です。総大将」」」

 シルヴィアに向かって跪いたのだった。
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