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第二部 辺境伯に続く物語

第188話 ささやかな結婚

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 帝国歴 521年 8月8日。

 サナリアの新都市『ローズフィア』にて。
 結婚式が執り行われた。
 通常、王家の結婚ならば、権威を見せつけるかのように盛大に行うのだが、ダーレー家のフュンとシルヴィアの意向により、身内のみの結婚式となった。
 皇帝も呼ばず、他家の兄らも呼ばない本当に小さい規模の結婚である。
 周りにいる人物たちは、強固な絆の家臣団だけであった。


 式が終わると、フュンのお屋敷から二人が出発して、パレードのような形で住民たちが祝福。
 この住民たちも一時こちらに来ている者たちである。
 建設などの作業員たちが主な参加者で、まだ都市としての機能が最小限であるから、集まれた人もサナリア人全員とまではいかなかったのだ。

 でも満足。
 それでも満足している。
 それがシルヴィアだった。
 彼女はフュンがそばにいるだけで、それだけでとても満足しているのだ!!!

 「フュン。幸せです。私は・・・いいんでしょうか・・・幸せになっても」
 「いいんですよ。僕はもう幸せですよ。なのに、君が幸せにならないのは悲しいですね。僕だけ幸せなのは申し訳ないですよ。ねぇ!」
 「・・・ええ・・・そうですね。あなたが幸せなら、私だって幸せです。負けません!」
 「そうですか。じゃあ、僕も!」
 
 変な張り合いをしながら、二人は一緒に都市を歩く。
 ウェディングドレスを着て泣くシルヴィアはとても綺麗であった。
 皆にもその幸せ具合は伝わり、アンやサティも泣いて喜んでいた。
 ジークだって幸せそうにしていて、皆はシルヴィアの幸せを喜んだのだ。

 都市を一周して、パレードが終わると、そのまま彼らはパーティーを開いた。

 フュン。シルヴィア。ジーク。
 この三人を囲うようにして、仲間たち全員が集まった環境。
 ハスラの重役たち。
 ラメンテの幹部たち。
 サナリアの家臣たち。
 それぞれが、朝から晩までの宴会を行う勢いだった。
 これが華やかな辺境伯就任の時のお祝いのようなものじゃなく、ハスラ防衛戦争の時のような、皆でお酒を飲んで食事をするパーティーのような宴会だったのだ。

 フュンの挨拶から始まった。

 「楽しいですよね。皆さん。今日は思う存分飲んで、食べてください! 暴れたっていいですよ。今日だけね。それにウォーカー隊もいますしね。暴れるでしょ。どうせ! じゃ、乾杯!」
 「よっしゃああああああああああ」

 と気合が入っていたのはミランダ。
 暴れ狂うように酒を飲んでいた。

 「おい。ミランダ。うるせえ。こっちこい。あたしが面倒見てやる」
 「頭領! 飲み比べか!」
 「おう。うっせいやつは、あたしがまとめて面倒見てやんぜ。ザイオンも来いや」
 「お、俺もか。飲むぞ」
 「ああ、まとめて飲み比べだ。あたしの飲みに負けんなよ」
 
 と言ってフィアーナの合図から始まる酒飲み大会が始まった。
 三人の前には酒樽が用意されて、浴びるようにして飲み始める。
 その周りには仲間たちもいて、笑いながら三人の酒を飲む姿を見ていた。
 
 「馬鹿だなあいつ。あの人に勝てるわけねえのにな。サブロウ」
 「とかいってるお前こそぞ。あっちに加わりたいんじゃないのぞ?」
 「あたいは無理だ。ザイオンでも勝てんぞ」
 「あいつが勝てないと思ってるのぞ?」
 「ああ。ただならねえ気配なんだわ。フィアーナっつう人はよ」
 「さすがはエリナだぞ。彼女の実力を見破るとは・・・」

 サブロウとエリナは並んで、食事をとってこの場を楽しんでいた。

 ◇

 「どうぞどうぞ。私、シガーと申します」

 挨拶しながらシガーが相手のコップにお酒を注いだ。

 「ああ。あなたが。そうでしたか。私がシルヴィアの兄のジークハイド・ダーレーです。よろしくお願いします」

 丁寧な方だとすぐに気づいたためにジークも低姿勢で挨拶をした。

 「いえ。こちらこそ。よろしくお願いします」
 「確かにね」
 「ん? はい?」
 「ええ。フュン君が言っていたんですよ。僕にはシガーがいるから、勝手に外に出て行っても安心だって。突然留守にしても必ずサナリアを守ってくれるはずだってね」
 「……フュン様がそんなことを・・」

 シガーは感涙していた。

 「ええ。あなたは信頼されてますよ。頑張ってください。まあ、そんなこと言われなくてもね。彼に信頼されると不思議と力が出てきますからね。そうでしょう? あなたも?」
 「ええ。そうですね。不思議な方ですよね。あの方は・・・まったく。なんででしょうね」

 シガーとジークは、フュンという男の持つ不思議な魅力を感じていた。

 ◇

 「あの」
 「はい?」
 
 真っ赤な美しき声の女性が、冷静沈着と呼ぶにふさわしい女性に声を掛けた。

 「今まで、あなたをお見かけしたことがないのですが、どなたでしょう?」
 「私は、フュン様のメイド。レヴィです」
 「レヴィさんですか・・・メイド?」
 「ええ。メイドです」
 「ほ、本当ですか。あなたからはそのような気配を感じませんが・・・」
 「へえ。どのような気配を感じるのでしょう」
 「音がありません」
 「ん?」
 「人間としての音がない。所作に無駄がない。心臓に乱れがない。それでメイドはありえません。闇の者ですね」
 「いいえ。私は光の者です」
 「そんなわけは・・・・・まさか、敵ですか!」
 「敵? それはあなたが、フュン様の敵なのでしょうか。ならば、私の敵であります。ここで・・殺してもいいですよ。私と戦う覚悟がありますか」

 最後の言葉を聞いた瞬間。
 ナシュアの背中から一気に汗が噴き出た。
 戦場でもそんな事は起きないのに、この問答だけで焦りが生まれる。

 「あ・・ありえません。フュン様はジーク様のご友人。だから私が、フュン様の敵となることはあり得ない」
 「そうですか。ならば、私の敵ではありませんね。あなたは・・」

 自分にだけ当てられた殺気が消えた。
 背中の汗が止まる。

 「・・・め、メイドなわけがない・・・これほどの殺気」
 「メイドですよ。フュン様に聞いてきてください。僕の母のメイドさんですと、言うはずですから」
 「・・・そ、そうですか・・・わ、わかりました。失礼しました」
 「ええ。あなた、気を付けてくださいよ。勝手に色々決めつけてしまうと、密偵としてはよくないですよ。影になる気であるならば、全てを疑いながら、柔軟に相手を読まないといけませんよ。あなたはもう少し精進が必要なようだ」

 誰も影であるとは言っていないのに、冷静な女性は相手の性質を見抜いていた。

 「・・は、はい」

 ただのメイドに諭されたナシュアであった。

 ◇

 主役の席に座る二人は、酒飲み大会の様子を見て話し合う。

 「あれま・・・いいのかな。危ないだろうな。二人とも」
 「ん? どうしました。フュン」
 「いや、フィアーナはまずいですね。二人でも勝てないと思います」
 「え? 先生とザイオンもかなり飲めるのですよ。大丈夫じゃないんですか?」
 「ええ。そうなんですがフィアーナ程は飲めません。彼女は酒樽五個分、飲んでも酔いませんから」
 「え!??!?」
 「水らしいです。お酒は」
 「そ、そんな馬鹿な」
 
 現在、酒樽一つを飲み切ったフィアーナに対して、二人はまだ半量らしい。
 必死になって飲んでいた。
 フュンの席の斜め向かいに座るゼファーが話しかけてきた。

 「殿下! おめでとうございます! ですが、なぜ。殿下のすぐそばが私なのでしょう。さすがに従者の席ではないかと思いますよ・・・」
 「はい。あなたは僕の家族同然でしょう。というかですね。あなたはもう僕と一心同体と言ってもいい。あなたがいなければ僕はここにいません。だからそばにいてください。結婚してもあなたを頼りますよ。ね、シルヴィアもですよね」
 「ええ。ゼファー。夫ともに、私も、よろしくお願いします」
 「はっ。お二人に仕える所存であります。必ずお守りします。お二人と・・・そのお子もです。ご家族を生涯守ります」
 「そうですか。ありがとうゼファー」

 フュンが礼を言うと。

 「え!? お子!??!?!」

 シルヴィアの顔が真っ赤になった。

 「ん? 当たり前では? シルヴィア様。殿下との間にお子は作らねば。当然です」
 「ふえ・・だ・・・だだだ・・・だって・・・そんな」
 「結婚したから当然ですよ。まあ、焦らずでいいですけどね。僕はしばらく二人でもいいと思っていますよ。あんまり焦ると、結果として子供って出来にくいですからね。大体そう言う人を見てます」

 フュンは医療の現場でいくつかの事例を見ていた。
 焦らないで、でも欲しいけど、出来たら大切にして、宝物だと思おう。
 それがフュンの子供に対する考え方だった。
 全ては自然に任せるという考えらしい。
 出来なかったら出来なかったで、シルヴィアと二人で暮らしたって構わないという精神である。

 「そ・・・そうですよね。いきなりそんなね」
 「ええ。まあ、深くは考えずに。僕らはまだ若いですし・・・それよりもゼファー。君は結婚はどうするのですか」
 「私ですか!?・・・考えたことがないですね」
 「それはいけませんね。あなたももう二十歳です。そろそろ考えましょうね」
 「・・・無理ですね。私の頭の中は殿下をお守りすることしか・・・考えられないですからね」
 「それはいけません!」

 フュンは強く否定した。

 「あなたはゼクス様を越えねばならない・・・そうなると、ゼクス様とは違う道を歩かねば」
 「叔父上を超える!?」
 「そうです。ゼクス様は結婚なさらなかったですが。あなたはしましょう。子供を作り、親になりましょう。ゼクス様も立派な方でしたが、親にはなってませんからね」
 「・・・そうですな・・・叔父上は独り身でしたからね」
 「ええ。なんででしょうね・・・なんで一人だったんでしょう」

 子供がいる状態の結婚生活の妄想を働かせるシルヴィアを置いて、フュンとゼファーの二人は悩んでいた。
 ゼクスは独り者だったのだ。
 あれほど律儀で誠実な男性であったので、妻となる女性がいたって不思議じゃない。
 なのに結婚もせずに彼女がいなかったのも不思議である。
  
 「おう。そいつは、知らんのか。お前ら」

 全然酔っていないフィアーナが二人の間に入った。
 彼女の右手にはまだ杯があって、お酒を飲む気である。

 「あれ。フィアーナ。先生とザイオンは?」
 「ああ。あそこ見ろ」

 フィアーナが指差した先で、ミランダとザイオンが酔いつぶれていた。
 酒樽の中に顔を突っ込んで死んでいるミランダと、酒樽を持ったまま気絶したザイオンがいた。

 「ありゃ。酷いですね。あれは」
 「なに。あれくらいでつぶれる方が悪い。あたしと勝負するにゃ早かったな」
 「フィアーナ。潰し過ぎです。手加減してあげてください」
 「武人に加減はないぜ」
 「フィアーナ様。先ほどの話は・・」
 
 ゼファーが聞いた。

 「ああ。そうだったな。ゼクスの話だな。あいつ。あれが好きだったんだ」
 「あれ?」「どれですか?」
 「あれだ。あれ」

 フィアーナが顔をクイクイっと動かす。
 フュンとゼファーがその顔が指している所を見ると。

 「レヴィさん!?」「レヴィ殿?」

 一人黙々と綺麗な姿勢で料理を食べるレヴィだった。

 「ああ。あいつ、レヴィが好きだったんだ。でもさ、あいつメイドじゃん。ソフィアが連れてきた従者でメイドにしたからさ。でもな一応王のメイドでもあるだろ。それにな、アハトってのはな。女好きだけど、女の言う事は聞くのよ。だから、ソフィアのメイドであるあいつに手を付けることはないのさ。だから名目上のメイドなのよ。でもよ。そうだとしてもだ」
 「なるほど・・・あのお堅いゼクス様では・・・」
 「そういうことだ。好きでも告白できねえ。主君の女に手を出すみたいな感じになるからよ。言えなかったのよ」
 「なるほど・・・それでか。レヴィさんもゼクス様を好きそうな感じがありましたよね」
 「ああ。そうだ。たぶんな・・・でもあいつの方から言ってくれないとな。レヴィは言えないだろ。結ばれねえだろ。だから、お前の影にいながら、あいつの死を見たのは・・・相当来たんじゃねのか。我慢したと思うぜ」
 「・・・たしかに。僕ら二人は、ゼクス様を死なせてしまった・・・その時にレヴィさんも・・なのに、僕を守ることを優先したから、あの時も影にいたんだ」

 フュンの首が下に落ちた。
 最愛の師を失った悲しみと、最愛の人を失った悲しみ。
 それはどちらかというと彼女の方が悔しかったのではないかという事だ。
 助けられたのに助けない選択肢を取ったのだ。
 それはフュンの影であることを公にしないためである。

 「しかし、それでも私たちは進まねばなりません。殿下。レヴィ殿も、叔父上の気持ちを汲んだのでは」
 「え?」
 「叔父上はあの時、死ぬことに微塵も恐れを抱いていなかった。殿下のために死ねるのならば、本望であると。武人と従者の魂を感じました。ならばその心を汲んだのではないですか。レヴィ殿も、戦士です。太陽の戦士なのです。ただのメイドじゃありません。覚悟を決めた叔父上を邪魔するような女性じゃない! レヴィ殿は」
 「・・・たしかに。そうですね。レヴィさんも、戦士ですもんね。覚悟が違いますね」
 「そうです。ですが殿下はそのままでいいのです。私たちに覚悟があればよいのです。どうせ殿下は悩むでしょう。お人が良いのですからね」
 「・・・バレてますね。あなたには。なにもかも」
 「もちろん。あなた様の従者でありますから」

 フュンとゼファーは笑い合った。
 固く結ばれた絆。
 それはソフィアとレヴィにも引けを取らない。
 フュンとゼファーはどんなことがあっても、どんな目に遭っても、前を見続けるのだ。



 ◇

 「三年の時が必要か・・・動きを考えねば」

 フュンは一人。宴会場にいた。
 皆の楽しそうな顔が、この場の余韻となり、フュンの心を喜ばせる。
 
 「三年? それがどうしました?」
 「あ、ああ。シルヴィアですか」

 気配断ちで近づいてきたシルヴィア。
 また驚かせようと急に現れて隣に座った。

 「シルヴィア……三年です。その期間で王国が動きそうです」
 「・・そうですか。意外にも短いですね。兄様の予想では五年と言っていましたが・・」
 「そうですか。ジーク様の予想も正しいです。ただ、それは奥地を計算に入れていません。こちらの情報分析班が分析した結果。三年で兵が完成するそうです。彼らは内乱時に内政部分に傷がつくような形で終わってませんから、結果として兵だけを整えるだけでいいですからね」
 「・・・たしかに。そうですね。あちらは兵が減っただけで、内政が悪くなったわけではありませんもんね」
 「ええ。ですから準備をせねば、ハスラとササラはどうなりました」
 「両方兵力の増強をしています」
 「そうですか。いくらです?」
 「ハスラで四万。ササラで四万。ウォーカー隊で二万となる予定です」
 「おお! 計十万ですね。それは凄い」
 「ええ。用意出来ますよ。おそらく三年後であればこれくらいは安定して確保できます」

 思った以上に兵が確保できる所に、ダーレーも順調に育っているのだと感じたフュンだった。

 「そうですか。シルヴィア。君は僕無しで、ダーレーを守れますか?」
 「え?」
 「おそらく王国の動きの際。僕は前線にいけません。それとこのサナリアの軍もです」 
 「ん? なぜ?」
 「僕はまだ独立した領土の領主だからです。皇帝陛下の意向に従わないとね。それで、もし大変な目に遭うのであれば・・・」
 「遭うのであれば?」
 「とっておきを派遣します」 
 「なんですかそれ? 先生ですか?」
 「いいえ。僕の仲間たちです。必ずあなたや、帝国を守ってみせますよ」
 「・・はい。信じてますよ。彼らはとても強いですから」
 「ええ。おまかせください。ダーレーの当主様」
 「あ。嫌な言い方ですね」
 「じゃあ、お姫様」
 「それも嫌な言い方ですね」
 「じゃあ。どれがいいんですか」
 「つ、つ・・ま・・・妻がいいです」
 「そうですね。じゃあ、僕の大切な奥さん。必ずお守りしますからね。シルヴィア」
 「・・・はい」

 ここから、世界が動き出すまで、三年の月日を必要とした・・・・。

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