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第二部 辺境伯に続く物語

第178話 私の名が・・・

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 「へ~。それじゃあ、あなたは一国のお姫様なんだ」
 「なんだ。嬢ちゃん、知らなかったのか。私の名前も? 国も?」
 「知らない」
 「なんか、変だな。どっから来たんだ? もしかしてイーナミアからか?」
 「イーナミア?」

 カルゼンに研究所を案内されている最中なのに、二人で会話することに夢中になるヒストリアとソフィア様。
 まるで友達と話すように、盛り上がって会話していました。

 「王国の名も知らないのか。なんだ。嬢ちゃん、箱入り娘だったのか。いや、箱に入ってても、普通は知ってるけどな」
 「箱入り? ううん。島入り」
 「島入り???」

 ソフィア様は箱入りの勘違いを起こしてた。
 そういう意味じゃありません。

 「私、監禁みたいな生活だったの。だから嫌になって家出してきたんだ」
 「へえ。大変だな。そいつは。自由じゃないのは大変だ」
 「そうなのよ。自由じゃないの。父も酷いしね。閉じ込めてばっかでさ・・・・それでさ。ヒストリアもそうなの? お姫様だと大変じゃん」
 「私? ああ、そう言われたらそうかもな。自由じゃないかもしれんな。生きる道が決まっているようなものだ。だが、別に息苦しいとは思ったことはないな・・・でも、自由なのか? 私は???」

 第一皇女としての責務が彼女にはあった。
 だから、自由だと言っても真の意味での自由とはならないだろう。
 彼女は自問自答して少々悩んでいたのです。
 だから、彼女が自分の中に入ったことを察したソフィア様はカルゼンに話しかけました。

 「あ、これ見たことがあるよ。カルゼン。これ、サナリア草って奴だよね」
 「知っているのですか。この薬草を」
 「うん。一度図鑑で見たことがあるんだ」
 「図鑑?」
 「うん。私の故郷には、こういう薬学の本があるから、実物はあんまり見たことないけどね。本で知ってることが多いんだよ」
 「そうですか」

 ソフィア様は集中力が散漫だと思われがちですが、決してそういう人物ではありません。
 物事に一点集中しながらも全体に視野が入る動きが出来ます。
 ヒストリアと会話をしながらも、カルゼンがビジューに紹介していた薬草を見ていましたからね。
 
 「雑草なのにさ。薬草なのが珍しいもんね。それで覚えてたんだよ。へ~。これが実物か」

 ソフィア様は、好きなことに対する記憶力が良いです。
 こちらが覚えていないことも覚えていたりします。

 「それで、これを擦ったりして、薬にするんでしょ」
 「そうですね。傷薬にするのが一番ですが、最近の研究では胃腸などにも効くらしいですよ」
 「飲めるんだ。これ?」
 「ええ。そうらしいです。まだ研究の初期段階ですけどね。実証までは、いってません」
 「へ~。そうなんだぁ」

 カルゼンは優しく丁寧に教えてくれました。

 しばらくして。
 休憩時間になると、カルゼンとビジューはこの施設について話し合い。
 ヒストリアとソフィア様は談笑となった。

 「ヒストリア。あなた強いよね? お姫様なのになんで??」
 「え? 私がか。強いか?」
 「うん。強いよ。レヴィくらいかな。ねえレヴィ。あなたもそう思うでしょ」
 
 二人の会話なのに、私まで巻き込まれました。

 「ええ。まあ。そうですね。強いです。私と同じくらいですかね」
 「ほう・・・お前、相当な自信家だな。この私と同等だと言うのか」

 気配が変わりました。私はここで間違えたと思いました。
 この気配は、確実に私よりも強い。
 ですが、一度出した言葉を引っ込める事が出来ず、ならば腹を括って冷静に答えました。

 「ええ。同じくらいです」
 「ふっ。面白い。どの程度だ。お前は!」

 ヒストリアが剣を抜き、一撃加えるぞと言ってから攻撃してきた。
 彼女の攻撃から、豪胆さがみられる。
 剣先まで力が込められた破壊力のある一撃が私の頭上に降りてきた。

 「はい!」

 普段、太ももに隠している小刀二つを使って彼女の剣技を受け止めた。
 顔は平静をよそっていましたが、内心は焦ってました。
 手がかなり痺れたのです。こんな事は初めてでしたからね。

 「なに! 私の一太刀を」
 「ええ。鋭かったですね。この二つが無ければ死んでいました」
 「くっ。冷静だな。お前。名前は」
 「レヴィ・ヴィンセントです」
 「レヴィか・・・お前、私の騎士団に入らないか。私の一閃を受け止めるなんて、これは逸材じゃねえか」
 「入りません。興味ありません」
 「ふっ。即答か。面白いと思ったんだけどな。ウインド騎士団に入ってくれればな」
 「・・・・・」

 興味がなかった。
 それに戦うことが好きではない。
 誰かと戦う理由もないのに騎士団なんて無理だ。
 私が戦う理由はただ一つ。
 ソフィア様をお守りすることのみなのです。
 だから私は、本当にヒストリアの騎士団になんて興味がなかったのです。

 「駄目よ。レヴィは私の友達なんだからね! あなたの所に行ったら会えなくなっちゃうじゃない」
 「ん? 急にどうしたソフィア」
 「ヒストリアの所で仕事したら、私のそばにいてくれなくなるでしょ。だから。だ~め!」
 「ふっ。わかったよ。無理には言わんよ」

 威風堂々としているヒストリアという女性は、自分のやりたいことを邪魔して来る者にたいして、誰から構わず圧力をかけるような人間だと思ってました。
 たぶん、普段はそうなのだと思うのです。
 でも、ソフィア様に対しては、そのような態度を見せませんでした。
 彼女の持つ明るい笑顔と、天真爛漫さに当てられたのかもしれません。
 終始穏やかな態度を崩しませんでした。

 「そうか・・・そういやな。ソフィア。ってのは分かったが。姓は何なんだ? 聞いたことがある名前ならいいな。ここらの奴らって分かりやすいし」
 「私はね。ソフィア・ロベルト・トゥーリーズだよ。それが名前でさ、長い長い! もっと短いのがいい。覚えにくいし、言いにくい! ハハハ」
 「そうだな。長いな・・・そうか、ロベルト・トゥーリーズね。知らん名だな。どこの人間だ? 帝国の人間にはいないはずだ。聞いたことがない」

 そうです。これが間違いでした。
 知らなかったんです。
 ソフィア様の姓は、アーリア大陸で言ってはならないのだということを。
 無知であったのに外に出てしまった私は、この時のことを後で後悔しました。


 遠くで聞いていた二人の耳に、ソフィア様の言葉が届いた。
 一人は目を輝かせ、一人は沈んだ目をしました。

 「ソフィアさん! もう一度。もう一度お願いします」
 「え? どしたの。カルゼン?」
 「お願いします。お名前を」
 「私の。だから、ソフィア・ロベルト・トゥーリーズだよ」
 「ああ。そうですか・・・我らの竜よ・・・ついに・・・私たちの前に太陽が・・・太陽の人が・・・」

 カルゼンは詰め寄るようにしてソフィア様の元で、手を合わせて祈りました。
 何のことだか分からない私と、ソフィア様とヒストリアは首を傾げました。

 「竜? 太陽? 何のこと?」
 「あなた様が・・・私たちが待っていた人。太陽の人だ」
 「へ? 何言ってんの? ちょっと、分かる? ヒストリア?」
 「知らん。何言ってんだろうな。こいつ」

 二人でそんなことを言っていても、尊敬の眼差しのようなものをソフィア様に向け続けるカルゼン。
 皆が困っていても話は進む。
 
 「ついに我々の前に・・・表舞台に出て来てくれるのですね。太陽の人」
 「は? 何言ってんの」 
 「これは、父上にも報告して・・どうしましょうか。接待を最高ランクに・・・」
 「え。ちょっと・・・え? なに???」
 「カルゼン。どういうことだ。どうしたんだよ。おい!」
 
 ソフィア様とヒストリアの話も聞こえなくなったのか。
 カルゼンは、一人で勝手に話を進めていました。


 こうして、研究所の訪問は一時中断となり、カルゼンの屋敷に戻りました。
 お昼には帰る予定だった私たちは、島に戻ることが出来なくなりました。
 おかしな状態のカルゼンだったので、そこを心配してくれたヒストリアは、騎士団の人達を街中に待機させて、彼女は私たちと一緒に彼の屋敷までついてきてくれました。
 彼女も仕事があって忙しいというのに、友人の為だと言って付き合ってくれたのです。 
 漢気みたいなものを持ち合わせる女性でした。

 そして私たちは、ここでこの国のなり立ちと、それに関わる私たちの事を知ったのです。 
 知ったきっかけはラーゼのカルゼン。
 お人好しそうな明るい笑顔の青年が私たちの運命を変えた青年でした。
 そして彼の運命も私たちの過ちのせいで変えてしまったのです。
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