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第二部 辺境伯に続く物語
第177話 帝国の至宝
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「へ~。王子さんなんだ・・・・ま、それはいいや。カルゼンさん。今回ありがとね。なんかわざわざさ。あなたのお家まで連れて来てくれてさ。でも、お邪魔になるからね。明日の朝にはここを出るよ。だからここで言っておくね。ありがとね!!!」
相手が王子だと分かっても、態度を変えることがない。
ソフィア様は、そんじょそこらの度胸ではないのです。
ある意味、異常な思考の持ち主ですよ。
「明日の朝!? 駄目ですよ。早い時間帯だって危険なんですよ。出て行くつもりならお昼が良いかと思います」
「え? 朝駄目なの」
「ええ。朝は、港が活発になりますので。海賊などが出るかもしれません。陸にも上がってくるかもしれませんよ。危険です」
「へ~、そうなんだ」
あなたに言ってくれているのに、肝心の人は他人事のような言い方をしました。
「最近の港町は危険なんです・・・まさか、あなたたちは船でこちらにきたわけじゃないですよね?」
「え!? う・・・う、うん。あ、歩きだよ!」
「それならよかった。船は危ないですからね」
カルゼンはとても良い青年で、嘘の下手くそなソフィア様の話を、素直に聞いてくれる人だったのです。
申し訳ありませんと、私はここで一言謝りたかった。
心配してくれてる素敵な人を騙しているのが心苦しかったです。
こんな下手くそな嘘で。
「うん。でもさ。やっぱ迷惑だからお昼に出て行くよ。それまではお世話になる!」
「ええ。そうですか。いいでしょう。ここでゆっくりしてくださいね」
「ありがとね!」
「はい。またラーゼにお越しの際はこちらに遊びに来てくださいね」
「うん。そうするよ。ありがと!」
偉い人なのに、偉そうにしない辺りに人の良さを感じる。
そして失礼であろうソフィア様に対しても、彼は平等に扱ってくれていました。
ここから談笑を少し挟んだ後。
かなり早いタイミングでソフィア様の態度が変化しました。
「カルゼン。幾つなの?」
この時にはもうすでに、ため口になっていたのです。
恐ろしいですこの速さ。
馴れ馴れしさ全開でありました。
彼女は図々しいのです。
「私は20です」
「へえ。お兄さんなんだね。カルゼンは」
お兄さんなら、カルゼンさんと言ってほしかったです。
「お兄さん? だとするとソフィアさんは幾つですか? 女性に聞くのも失礼ですが」
お兄さんのあなたならば、『ソフィア』でもよろしくありませんか。
『さん』がいりませんよ。『さん』が!
この現実がおかしい事に気付いていた私は、色々なツッコミが心の中で止まりませんでした。
だって、カルゼンは一国の王子様なのですよ。
ソフィア様はただの田舎の小さな里の姫君です。
なぜここで友達感覚なのでしょうか。対等なわけがないです。
「15!」
いつもの勢い良くする返事と同じ言い方でした。
「15ですか。世の中には、こんなにも可憐な15歳がいるのですね。てっきり私と同じくらいの方かと、大人びていますね。驚きですね」
「そう。美人に見える! やっぱり」
やっぱりが余計です。
「ええ。見えますよ。大変お美しいです」
カルゼンが褒めてくれたことで、ソフィア様は喜んでいました。
「へへへへ。だってさ。レヴィ」
私に同意を求めたので、私は即座に反応した。
「お世辞です。お転婆娘さん」
「ん!? なんですって」
「カルゼンさんが、とても良き殿方だから、口を合わせてくれているのですよ。お世辞です。気付きなさい」
「そうじゃないもん。カルゼンは心から褒めてくれたんだよ。レヴィには分からないんだよ」
「ええ、ですから本音と建て前を勉強しましょうね。ソフィア様」
「ああもう、うるさいな。もう。知らない! レヴィは小言大魔王だ」
「はいはい。大魔王からの助言ですよ。ありがたい小言を聞きなさい。世間知らずのお嬢さん」
「んんんんんん」
私とソフィア様はこういう口喧嘩をよくします。
これですぐに怒って、数分後にはケロッとしている。
それがソフィア様です。
「ふふっ・・・ハハハハ」
私とソフィア様の言い合いに、突然カルゼンが笑い出しました。
食事の手を止めて、お腹に手を当てて笑っていました。
「面白い人たちですね。主従関係ですよね?」
笑い終えたカルゼンが話しかけてきた。
「主従関係? 私と? レヴィが?」
「そうです。私の主がソフィア様です」
ソフィア様が私たちの関係を否定しないので、私が否定しました。
ですがなぜか、ソフィア様は私の言葉の方を否定してきました。
「違う! 違うわ。レヴィは、私の友人よ。友達! 家族のような人! 姉妹みたいに大切な人!」
「ありえません。私にとってあなた様は主です」
私も負けじと言い合いに入りました。
「いいえ。ありえない。私にとってあなたは友達で家族!」
「無理です」
「無理じゃない」
「駄目です」
「駄目じゃない」
「ありえません」
「ありえますぅ」
「はぁ」
「はい。私の勝ちぃ! 友達決定」
「くっ。何を子供みたいな事を・・・いえ、みたいじゃない。子供でしたね」
とにかく勢いを持って相手を圧倒する。
それがソフィア様でした。
「ハハハハハ。あなたは本当に珍しい方ですね。主従ではなく友達であると・・・」
「当り前よ。珍しい事でも何でもないわ。人類皆、平等。つまらない意地は必要ない。権力も興味がない。私があるのは知識欲。生存力だね。ということでこっちの毒草や薬草を調べたら、帰ろうかな」
「毒草に薬草?」
「うん。私、薬とか作るの得意なのよ。ここには勉強しに来たつもりでもいたんだ」
「そうだったんですね。なら、あとでお店にお連れしますよ。そこには研究所がありますから。一般部門の施設をお見せしますよ。見学していかれますか?」
「え! いいの! ありがと。カルゼン」
「ふっ。わかりやすい人ですね・・・あなたは」
カルゼンに見抜かれていました。
彼女が今までの会話で、一番楽しそうにしたことをです。
「じゃあ、明日を楽しみにすればいいんだね」
「ええ。そうですね。私も楽しみにしましょう。では今から許可を取って来るので。私は去ります。ここでごゆっくりしてくださいね」
「ありがと~~」
カルゼンが部屋を去っていく間、手を振って見送るソフィア様でした。
ここで、私たちは遠慮をするべきでした。
彼の優しさに甘えてはいけなかったのです。
ここでの私たちは、そこに気付くべきでした。
私も世間知らずだったのです。
◇
翌日。
ラーゼの薬局は、大陸でも有数の研究所がありながらの薬局でありまして。
販売場所。生成場所。研究施設。
三点セットのラーゼきっての重要拠点でありました。
「私どもが、研究している施設。どうです。中々のものでしょう」
内部にまで入れてくれたカルゼンは、ソフィア様の為にどんどん奥地まで誘導してくれました。
こんな所まで、簡単に案内してくれる彼。
さすがはこの国の王子だと思いましたね。
いくら私たちが世間知らずであっても、彼の力が素晴らしいことがすぐにわかりましたよ。
研究施設の手前。
一般研究をしている場所の扉前で、なぜか王子であるカルゼンが部屋に入れずに足止めされた。
「殿下! ちょうどよかった。今お呼びするところでした」
慌てている研究所の人がカルゼンとそんな話をしていた。
「あれ、私を呼ぶ? こちらのソフィアさんが見学したいとの話ですか?……ん、なぜ? 許可は取りましたよね??」
「いいえ。その話ではなくてですね、それが今・・・あそこに・・・いらっしゃる・・・」
研究所の人が廊下の脇にいる人物に顔を向ける。
長剣を背中に背負う女性が、難しい顔をしてこちらを睨みつけていた。
カルゼンを見つけると、パッと顔が明るくなってこちらに向かって来た。
「あれはまさか!?」
「おい」
鋭い眼光が彼を捉えて離さない。獲物を見つけたという眼をしていた。
「カルゼン。ここを通してくれ。見学したいんだ!」
「・・・ヒストリア様!?」
「ああ。通して欲しい。こいつが見学したいってうざいからさ」
「こいつ?」
「ビジュー・マルガンだ。薬の研究をしてるんだとさ。帝国の薬師だな」
ヒストリアの後ろにいた白衣の男の目的地がここだったらしい。
ニヤニヤ笑う姿を隠さずに二人の前に出てきた。
「ども・・・見たいのです。ぜひこちらの薬がね・・ひひっ」
不気味な笑い方でした。
「しかし、許可を出すには・・・」
「ん。こっちの嬢ちゃんには、許可を出してんだろ。だったらこっちもいいだろ」
ヒストリアがソフィア様を指さすと、すぐさまカルゼンが拒絶した。
「急すぎます。それに、こちらの方はただの見学者なのです。ですが、あなた様となると完全な許可がないと難しい。ここみたいな一般開放している場所でも厳しいのです」
「なんでだ。別にいいだろが」
「あなた様は、帝国の柱。第一皇女様ですぞ」
「ああ、そんなこと気にしてんのか。大丈夫だ。このヒストリアの名に置いて、別にここを食ってやろうとかの野心はないのよ。それになカルゼン。もしこいつが暴れでもしたら、ここですぐにぶっ殺すから安心しろ。証拠隠滅だ!」
ヒストリアは、同じ帝国人のビジューに向かって平然と殺すと言った。
指を指されたビジューもその事に動揺もせずにへらへらと笑っている。
その異常さに動揺もしないのだ。
だからこれがいつもの事なのだろうと、研究所の皆の方が苦笑いしていたくらいだった。
「い、いや。そ、それはそれで・・・こんな所では迷惑というか・・・なんというか・・・殺さないでほしいです」
当然の反応のカルゼンに対して。
前に出てきたのがソフィア様だった。
「へえ。じゃあ、あなた。興味がないの? 薬草とか研究、興味ないの?」
ヒストリアのそばにまで近寄って話しかけていた。
「ん? 何だこの嬢ちゃん。まあ別に、どうでもいいな」
「そうなの。じゃあさ。あなたさ! あなたはそこの部下の人の為にここを開けろって言ってんの?」
「ああ。そうだな。言われたらそうだな」
「っじゃあさ」
「なんだよ。さっきからうるさいな!」
そう言われたとしても、ソフィア様は身を引きません。
自分の意志を曲げることはしません。
相手の説得に応じて初めて彼女は意思を曲げることが出来ますからね。
「あなたじゃなく、そっちがお願いしたら? 見たい人が言えばいいじゃん」
「・・・・・」
彼女の言葉は真理でした。見事に皆の心に刺さりました。
あれだけうるさかったこの場がいったん静かになったのです。
「だってさ。こっちのおじさんが見たいんでしょ」
「お。おじさんですと!?」
「でしょ。おじさん!!!」
おじさんを否定しようとしたビジューの言葉に被せるようにおじさんを足す。
ソフィア様のペースに入れば、誰も反論できません。
「それにさ。あなた。別にここに興味がないんでしょ。だから、あなたのお願いに熱意がないんだよ。熱意がないと人は動かないよ。今のこれが、無理なお願いなんだからさ。熱意がある人がお願いした方が絶対いいよ!!! それか、あなたがおじさんの為に熱意あるお願いをするしかないんだよね・・・・・だよね。そうだよね?」
「・・・カカカカ・・」
しばらく黙った後、息が切れるくらいにヒストリアは笑った。
指摘に対して怒って来るかと思った私とカルゼンは、彼女の度量を読み間違えていた。
「そうだな。そうだよな。嬢ちゃん。そりゃあ、私が悪いに決まってる! ああ、嬢ちゃんの言う通りだ」
「そうでしょ。そうでしょ。あなたの熱意をカルゼンに見せればいいんだけなんだよね」
「ああ、わかった。助かるな。嬢ちゃん。助言感謝するよ」
「いえいえ」
なんでこの人は、帝国の第一皇女様と対等に会話してるんだろう。
それがこの現場にいた人間の全員の感想だった。
「カルゼン。すまない。さっきまでのやり方はまずかった。中に入れてほしいんだ。ビジューが今後の研究をしたいらしいんだ。帝国に薬学の知識を持っていきたいんだそうだ。頼む」
彼女は、ソフィア様が言ったように、素直に丁寧に今度はお願いをしました。
「そうですか・・・ええ、では、軽くでもいいのなら。どうぞ。あと、こちらのソフィアさんとご一緒でもいいですか?」
その姿勢に応えるように、カルゼンは許可を出しました。
「ん? いや、そいつは嬢ちゃんに悪いんじゃ」
「私は平気! 皆で見れば楽しいんじゃない! いいじゃん全員参加でも」
「だそうです。ヒストリア様。どういたしますか?」
「ああ。だったらこの嬢ちゃんと一緒でもいいぜ。むしろ、私はこっちに興味がある」
と言ったヒストリアは、ソフィア様の肩を叩いた。
彼女は、ソフィア様の純粋な眩しさに惹かれていたのです。
「わかりました。それではここから見学しましょう」
ラーゼの研究室に入ったことで、私たちの運命が決まりました。
そして、ヒストリアの運命も、カルゼンの運命も決まったのです。
ここが私たちの後悔の集約地点であります。
相手が王子だと分かっても、態度を変えることがない。
ソフィア様は、そんじょそこらの度胸ではないのです。
ある意味、異常な思考の持ち主ですよ。
「明日の朝!? 駄目ですよ。早い時間帯だって危険なんですよ。出て行くつもりならお昼が良いかと思います」
「え? 朝駄目なの」
「ええ。朝は、港が活発になりますので。海賊などが出るかもしれません。陸にも上がってくるかもしれませんよ。危険です」
「へ~、そうなんだ」
あなたに言ってくれているのに、肝心の人は他人事のような言い方をしました。
「最近の港町は危険なんです・・・まさか、あなたたちは船でこちらにきたわけじゃないですよね?」
「え!? う・・・う、うん。あ、歩きだよ!」
「それならよかった。船は危ないですからね」
カルゼンはとても良い青年で、嘘の下手くそなソフィア様の話を、素直に聞いてくれる人だったのです。
申し訳ありませんと、私はここで一言謝りたかった。
心配してくれてる素敵な人を騙しているのが心苦しかったです。
こんな下手くそな嘘で。
「うん。でもさ。やっぱ迷惑だからお昼に出て行くよ。それまではお世話になる!」
「ええ。そうですか。いいでしょう。ここでゆっくりしてくださいね」
「ありがとね!」
「はい。またラーゼにお越しの際はこちらに遊びに来てくださいね」
「うん。そうするよ。ありがと!」
偉い人なのに、偉そうにしない辺りに人の良さを感じる。
そして失礼であろうソフィア様に対しても、彼は平等に扱ってくれていました。
ここから談笑を少し挟んだ後。
かなり早いタイミングでソフィア様の態度が変化しました。
「カルゼン。幾つなの?」
この時にはもうすでに、ため口になっていたのです。
恐ろしいですこの速さ。
馴れ馴れしさ全開でありました。
彼女は図々しいのです。
「私は20です」
「へえ。お兄さんなんだね。カルゼンは」
お兄さんなら、カルゼンさんと言ってほしかったです。
「お兄さん? だとするとソフィアさんは幾つですか? 女性に聞くのも失礼ですが」
お兄さんのあなたならば、『ソフィア』でもよろしくありませんか。
『さん』がいりませんよ。『さん』が!
この現実がおかしい事に気付いていた私は、色々なツッコミが心の中で止まりませんでした。
だって、カルゼンは一国の王子様なのですよ。
ソフィア様はただの田舎の小さな里の姫君です。
なぜここで友達感覚なのでしょうか。対等なわけがないです。
「15!」
いつもの勢い良くする返事と同じ言い方でした。
「15ですか。世の中には、こんなにも可憐な15歳がいるのですね。てっきり私と同じくらいの方かと、大人びていますね。驚きですね」
「そう。美人に見える! やっぱり」
やっぱりが余計です。
「ええ。見えますよ。大変お美しいです」
カルゼンが褒めてくれたことで、ソフィア様は喜んでいました。
「へへへへ。だってさ。レヴィ」
私に同意を求めたので、私は即座に反応した。
「お世辞です。お転婆娘さん」
「ん!? なんですって」
「カルゼンさんが、とても良き殿方だから、口を合わせてくれているのですよ。お世辞です。気付きなさい」
「そうじゃないもん。カルゼンは心から褒めてくれたんだよ。レヴィには分からないんだよ」
「ええ、ですから本音と建て前を勉強しましょうね。ソフィア様」
「ああもう、うるさいな。もう。知らない! レヴィは小言大魔王だ」
「はいはい。大魔王からの助言ですよ。ありがたい小言を聞きなさい。世間知らずのお嬢さん」
「んんんんんん」
私とソフィア様はこういう口喧嘩をよくします。
これですぐに怒って、数分後にはケロッとしている。
それがソフィア様です。
「ふふっ・・・ハハハハ」
私とソフィア様の言い合いに、突然カルゼンが笑い出しました。
食事の手を止めて、お腹に手を当てて笑っていました。
「面白い人たちですね。主従関係ですよね?」
笑い終えたカルゼンが話しかけてきた。
「主従関係? 私と? レヴィが?」
「そうです。私の主がソフィア様です」
ソフィア様が私たちの関係を否定しないので、私が否定しました。
ですがなぜか、ソフィア様は私の言葉の方を否定してきました。
「違う! 違うわ。レヴィは、私の友人よ。友達! 家族のような人! 姉妹みたいに大切な人!」
「ありえません。私にとってあなた様は主です」
私も負けじと言い合いに入りました。
「いいえ。ありえない。私にとってあなたは友達で家族!」
「無理です」
「無理じゃない」
「駄目です」
「駄目じゃない」
「ありえません」
「ありえますぅ」
「はぁ」
「はい。私の勝ちぃ! 友達決定」
「くっ。何を子供みたいな事を・・・いえ、みたいじゃない。子供でしたね」
とにかく勢いを持って相手を圧倒する。
それがソフィア様でした。
「ハハハハハ。あなたは本当に珍しい方ですね。主従ではなく友達であると・・・」
「当り前よ。珍しい事でも何でもないわ。人類皆、平等。つまらない意地は必要ない。権力も興味がない。私があるのは知識欲。生存力だね。ということでこっちの毒草や薬草を調べたら、帰ろうかな」
「毒草に薬草?」
「うん。私、薬とか作るの得意なのよ。ここには勉強しに来たつもりでもいたんだ」
「そうだったんですね。なら、あとでお店にお連れしますよ。そこには研究所がありますから。一般部門の施設をお見せしますよ。見学していかれますか?」
「え! いいの! ありがと。カルゼン」
「ふっ。わかりやすい人ですね・・・あなたは」
カルゼンに見抜かれていました。
彼女が今までの会話で、一番楽しそうにしたことをです。
「じゃあ、明日を楽しみにすればいいんだね」
「ええ。そうですね。私も楽しみにしましょう。では今から許可を取って来るので。私は去ります。ここでごゆっくりしてくださいね」
「ありがと~~」
カルゼンが部屋を去っていく間、手を振って見送るソフィア様でした。
ここで、私たちは遠慮をするべきでした。
彼の優しさに甘えてはいけなかったのです。
ここでの私たちは、そこに気付くべきでした。
私も世間知らずだったのです。
◇
翌日。
ラーゼの薬局は、大陸でも有数の研究所がありながらの薬局でありまして。
販売場所。生成場所。研究施設。
三点セットのラーゼきっての重要拠点でありました。
「私どもが、研究している施設。どうです。中々のものでしょう」
内部にまで入れてくれたカルゼンは、ソフィア様の為にどんどん奥地まで誘導してくれました。
こんな所まで、簡単に案内してくれる彼。
さすがはこの国の王子だと思いましたね。
いくら私たちが世間知らずであっても、彼の力が素晴らしいことがすぐにわかりましたよ。
研究施設の手前。
一般研究をしている場所の扉前で、なぜか王子であるカルゼンが部屋に入れずに足止めされた。
「殿下! ちょうどよかった。今お呼びするところでした」
慌てている研究所の人がカルゼンとそんな話をしていた。
「あれ、私を呼ぶ? こちらのソフィアさんが見学したいとの話ですか?……ん、なぜ? 許可は取りましたよね??」
「いいえ。その話ではなくてですね、それが今・・・あそこに・・・いらっしゃる・・・」
研究所の人が廊下の脇にいる人物に顔を向ける。
長剣を背中に背負う女性が、難しい顔をしてこちらを睨みつけていた。
カルゼンを見つけると、パッと顔が明るくなってこちらに向かって来た。
「あれはまさか!?」
「おい」
鋭い眼光が彼を捉えて離さない。獲物を見つけたという眼をしていた。
「カルゼン。ここを通してくれ。見学したいんだ!」
「・・・ヒストリア様!?」
「ああ。通して欲しい。こいつが見学したいってうざいからさ」
「こいつ?」
「ビジュー・マルガンだ。薬の研究をしてるんだとさ。帝国の薬師だな」
ヒストリアの後ろにいた白衣の男の目的地がここだったらしい。
ニヤニヤ笑う姿を隠さずに二人の前に出てきた。
「ども・・・見たいのです。ぜひこちらの薬がね・・ひひっ」
不気味な笑い方でした。
「しかし、許可を出すには・・・」
「ん。こっちの嬢ちゃんには、許可を出してんだろ。だったらこっちもいいだろ」
ヒストリアがソフィア様を指さすと、すぐさまカルゼンが拒絶した。
「急すぎます。それに、こちらの方はただの見学者なのです。ですが、あなた様となると完全な許可がないと難しい。ここみたいな一般開放している場所でも厳しいのです」
「なんでだ。別にいいだろが」
「あなた様は、帝国の柱。第一皇女様ですぞ」
「ああ、そんなこと気にしてんのか。大丈夫だ。このヒストリアの名に置いて、別にここを食ってやろうとかの野心はないのよ。それになカルゼン。もしこいつが暴れでもしたら、ここですぐにぶっ殺すから安心しろ。証拠隠滅だ!」
ヒストリアは、同じ帝国人のビジューに向かって平然と殺すと言った。
指を指されたビジューもその事に動揺もせずにへらへらと笑っている。
その異常さに動揺もしないのだ。
だからこれがいつもの事なのだろうと、研究所の皆の方が苦笑いしていたくらいだった。
「い、いや。そ、それはそれで・・・こんな所では迷惑というか・・・なんというか・・・殺さないでほしいです」
当然の反応のカルゼンに対して。
前に出てきたのがソフィア様だった。
「へえ。じゃあ、あなた。興味がないの? 薬草とか研究、興味ないの?」
ヒストリアのそばにまで近寄って話しかけていた。
「ん? 何だこの嬢ちゃん。まあ別に、どうでもいいな」
「そうなの。じゃあさ。あなたさ! あなたはそこの部下の人の為にここを開けろって言ってんの?」
「ああ。そうだな。言われたらそうだな」
「っじゃあさ」
「なんだよ。さっきからうるさいな!」
そう言われたとしても、ソフィア様は身を引きません。
自分の意志を曲げることはしません。
相手の説得に応じて初めて彼女は意思を曲げることが出来ますからね。
「あなたじゃなく、そっちがお願いしたら? 見たい人が言えばいいじゃん」
「・・・・・」
彼女の言葉は真理でした。見事に皆の心に刺さりました。
あれだけうるさかったこの場がいったん静かになったのです。
「だってさ。こっちのおじさんが見たいんでしょ」
「お。おじさんですと!?」
「でしょ。おじさん!!!」
おじさんを否定しようとしたビジューの言葉に被せるようにおじさんを足す。
ソフィア様のペースに入れば、誰も反論できません。
「それにさ。あなた。別にここに興味がないんでしょ。だから、あなたのお願いに熱意がないんだよ。熱意がないと人は動かないよ。今のこれが、無理なお願いなんだからさ。熱意がある人がお願いした方が絶対いいよ!!! それか、あなたがおじさんの為に熱意あるお願いをするしかないんだよね・・・・・だよね。そうだよね?」
「・・・カカカカ・・」
しばらく黙った後、息が切れるくらいにヒストリアは笑った。
指摘に対して怒って来るかと思った私とカルゼンは、彼女の度量を読み間違えていた。
「そうだな。そうだよな。嬢ちゃん。そりゃあ、私が悪いに決まってる! ああ、嬢ちゃんの言う通りだ」
「そうでしょ。そうでしょ。あなたの熱意をカルゼンに見せればいいんだけなんだよね」
「ああ、わかった。助かるな。嬢ちゃん。助言感謝するよ」
「いえいえ」
なんでこの人は、帝国の第一皇女様と対等に会話してるんだろう。
それがこの現場にいた人間の全員の感想だった。
「カルゼン。すまない。さっきまでのやり方はまずかった。中に入れてほしいんだ。ビジューが今後の研究をしたいらしいんだ。帝国に薬学の知識を持っていきたいんだそうだ。頼む」
彼女は、ソフィア様が言ったように、素直に丁寧に今度はお願いをしました。
「そうですか・・・ええ、では、軽くでもいいのなら。どうぞ。あと、こちらのソフィアさんとご一緒でもいいですか?」
その姿勢に応えるように、カルゼンは許可を出しました。
「ん? いや、そいつは嬢ちゃんに悪いんじゃ」
「私は平気! 皆で見れば楽しいんじゃない! いいじゃん全員参加でも」
「だそうです。ヒストリア様。どういたしますか?」
「ああ。だったらこの嬢ちゃんと一緒でもいいぜ。むしろ、私はこっちに興味がある」
と言ったヒストリアは、ソフィア様の肩を叩いた。
彼女は、ソフィア様の純粋な眩しさに惹かれていたのです。
「わかりました。それではここから見学しましょう」
ラーゼの研究室に入ったことで、私たちの運命が決まりました。
そして、ヒストリアの運命も、カルゼンの運命も決まったのです。
ここが私たちの後悔の集約地点であります。
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