人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第174話 ソフィア、その秘密

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 ソフィア様は、サナリア出身の方ではありません。
 この私と同様、アーリア大陸の外れの孤島にある隠れ里『ドノバン』の出身です。
 そのドノバンは、アーリア最北端ガイナル山脈を越えて、海岸も更に無視して、海を越えた先の小さな孤島の中にあります。
 そして、そこの奥地には、小さな里が結成されていました。
 里の姫君。
 それがソフィア様です。
 
 幼い頃のソフィア様は、わんぱく小僧の様でした。
 いいえ、言葉を間違えましたね。
 幼くなくても、大人になってもわんぱく小僧でした。
 
 彼女がこの世に生まれた時からお仕えすることになっていた私は、常に身の回りの世話をしてきました。
 泣けばミルク、泣けば散歩、泣けば笑う。
 と言われるくらいに彼女の感情の最初は、とにかく泣くでした。
 おそらく負けず嫌いなんですね。彼女はね。
 それと、しょっちゅう脱走しました。
 閉じ込めるほどではありませんが、見張りを数人、部屋の前に用意してあっても、その目を掻い潜り外に出るくらいにお転婆でした。
 そばにいた人間にとっては迷惑極まりない女性でしたね・・・。


 子供の頃。

 「レヴィ。島の外に行きたい!」
 「駄目ですよ。あなた様は姫君です」
 「姫君ぃ!? どこが? これの? どこが姫君なの」

 部屋にいるのがとにかく退屈な彼女は、このような話を日に三回はします。

 「あなた様が、どんなに文句を言ってもですね。あなた様が姫君なのは変わりありません」
 「だって、日の当たらない場所で、小さくなっている私のどこが姫なのよ。こんなのただの囚人みたいな生き方じゃない。自由じゃないわ」

 ドノバンは、外から見て絶海の孤島に見えます。
 アーリア大陸のガイナル山脈の頂上から見ても、緑濃い木々が、密林地帯となっているおかげで、外から中の様子が見えないようになっているのです。
 ですから当時は、そこに孤島があっても、そこに人が暮らしているとは思わない場所でありました。
 今がどうなっているのかを知りませんが、当時はそうなっていたのです。

 「いやだ。いやだ。出たい!!! レヴィ。外に連れてって!!!」
 「はいはい。明日晴れたら出ましょうね」
 「今がいい。今!!! この間も、晴れたら出ましょうって言って出してくれなかったじゃん」
 「だって、晴れました?」
 「晴れてない」

 ソフィア様はムスッとした顔で答えた。
 その顔がたまらなく可愛らしかったです。

 「そうでしょう。私は約束を守ってますよ。ソフィア様も守りましょう」
 「んんんん」

 私は、天候をある程度読めます。
 雲の形や流れ、海の風の違いなどで、大体の天候を予想できます。
 なので彼女を宥める時は天気を使って、ソフィア様を言い聞かせていました。

 「ずるい気がする・・・なんだか」

 直感だけは異常に鋭い人でありました。
 彼女をお世話する際は、油断してはいけません。
 それはフュン様もご存じでしょう。
 彼女は、母となっても、そこらへんはほぼ成長してませんからね。
 精神が子供のままですからね!?


 ◇

 私たちが、なぜ大陸から離れた孤島に暮らしていたのかというと。
 それを説明にするのには、帝国の歴史ともうひとつ。
 アーリア大陸の外の歴史をお伝えしなければなりません。

 世界にはまだ大陸があります。
 アーリア大陸の外にある大陸。
 『ワルベント大陸』というものがあります。
 こちらの大陸は巨大です。
 アーリアを上回る大きさを持ち、群雄割拠の戦乱の世界であるのだそうです。
 ここの戦乱部分が予想となっているのは、今から二百年以上前にこちらに来たドノバンの民の口伝から伝えられているために曖昧となっています。

 二百年以上前の祖先が、その大陸からアーリア大陸まで逃げてきたらしいのです。
 しかしこの逃避行、命の危険と隣り合わせなのです。
 それは、アーリア大陸の近海は穏やかな風が吹く海であるのですが、ここより少し離れた先は、強風吹き荒れる魔の海として知られているのです。
 なので、アーリアの人々が知っているかは知りませんが、アーリアは魔の海に囲まれた大陸となっています。
 外から大陸に侵入してくる際、又はこちらから外に行こうとする際に、その魔の海の荒波を越えなくてはならないのです。

 なので、外から来る者たちは命懸けでこちらに来ます。
 その来る方法は、当時も今も、運が頼りになってます。
 そして、ドノバンの民たちは、この運の良さでこちらに渡ってきた中々のレアな人種となっているのです。
 ドノバンの民があちらにいた時に呼ばれていた名称が、アスタリスクの民だそうです。
 ワルベント大陸の一地方の名称らしいのです。

 それで、ソフィア様はそのアスタリスクの民の領主か国主。
 お偉い人の末裔であったとされています。
 
 そして、ここで帝国との関係が結び付かれるのは、この最初の頃。
 アスタリスクの民としてこちらに逃げた初代の方が、ヴィセニアと協力関係を持ったらしいのです。
 彼は、現在の属領ラーゼと鉄鋼都市バルナガンの間にあった。
 ロベルトという場所を治めました。
 だから彼の名は、こちらでは、『ソルヴァンス・ロベルト・トゥーリーズ』と呼ばれました。
 なので、あなた様の母君。
 ソフィア様の本名は。
 『ソフィア・ロベルト・トゥーリーズ』であります。


 
―――――――――――

 だいぶ長く話しましたと、レヴィがお茶を要求したのでここで話が中断となった。
 メイドらがお茶を用意する間。
 一段階目の話を聞いたフュンは、母から教えられたこともない話に、驚くことしか出来ていなかった。

 「なのでフュン様の本当の姓はトゥーリーズであります。メイダルフィアなど今すぐにでも捨ててほしいです。あの男の姓は嫌です!」

 レヴィの節々からくるアハトへの言葉だけが辛辣である。
 よほど嫌いなのだろうと、フュンの方が冷静であった。

 「そ、そうですか。てっきり母上の名はドノバンだと思ってましたね。サナリアではそう言っていたのに‥‥それは出身地のことだったのですね。でもたしか、その名は・・まさか」
 「そうだよな。そいつは。あの伝説の」

 ミランダは、フュンとお嬢が結婚できるように、ジークと共に帝国を調べていた過去がある。
 その際に見つけた。
 辺境伯の名。
 それが『トゥーリーズ』である。

 「そうです。帝国の初代辺境伯。それがソルヴァンス様であります。彼が我々の先祖であります」
 「僕の先祖が・・・辺境伯!?」

 フュンは伝説の役職を得ていた外から来た人間の子孫であったらしい。
 とんでもない内容の話に頭が追い付かない。

 「つうことはよ。なんだ。ソフィアは常識外れだったわけか。出生からいってもよ」
 「そうです。フィアーナ」
 「ちっ。あんたは相変わらず、あたしをそう呼ぶんだな。メイドだった癖によ」
 「ええ。もちろんです。あなたに遠慮して『さん』と呼んだ方がよろしいですか? フィアーナ」
 「けっ。いいぜ。その態度。あたしは好きだ! つうか戦えよ。昔もはぐらかされたよな。あんた強いのによ。戦ってくれよ」
 
 フィアーナは、レヴィに挑戦状をたたきつけた過去がある。
 彼女の直感が、レヴィの持つ強さを見抜いていたのだ。

 「嫌です。無駄ですからね。何遍と戦っても、私には勝てませんよ。あなたは弱い」
 「ちっ。相当な自信だな。あたしが弓を持てば」
 「弓を持っても、私には勝てません。やめておきなさいフィアーナ」
 「やってみっか!」
 「やりません。無駄な体力を使うだけです。私が! 面倒です。私が!!」
 「んだよ。お前が面倒なのかよ」

 挑発にも乗らないレヴィは、フュンを見る。
 彼の顔が、悩んでいるような顔だった。

 「どうしましたか。フュン様」
 「では、僕は帝国人の末裔でもあるのですか」
 「・・・そう言われるとそうですが、この話は少々複雑でありまして。説明するには第二段階が必要となっています」
 「そうですか。ならば、お茶が来てからがいいですね」
 「そういうことです」

 レヴィは、席に着きたいと言い、フュンの隣の席を用意してもらい座った。

 「そんじゃ。おいらの祖先! なんであんたが知ってんのぞ」
 「ああ。ヤマトの事ですね。あなたはどのタイミングで来た人間ですか?」
 「おいらは、ジジの時代ぞ。ジジどもが、命を懸けて海から渡ってきたって聞いたぞ。小舟で来たらしいぞ」
 「それはそれは・・・・大変運がよかったですね。命があったのが奇跡ですよ。小舟では粉砕ですからね。あの海で小舟はいけません」
 「そうかいぞ。出て行ったことがないから知らなかったぞ」
 「ええ。そうでしょう。ではあなたは、5、60年か。そこそこの世代ですね。それで逃げてくるということは……いまだに、ワルベント大陸は戦乱の世であると見ていいですね」
 
 レヴィはそう言って頭の中を整理しているようだった。
 目が斜め上を向いて、状況を確認していた。

 「ドノバンの民が、アスタリスクの民と呼ばれていたのは皆さんに説明したことで。アスタリスクの民がどの国を形成していたかまでは、我々に口伝が残っていません。ですが、我らは太陽の加護を持っているとされ、他の国と戦う際も太陽を以て戦うとされています。それはソルヴァンス様を中心に戦うと言う事を指しています。。そう呼ばれている彼を主とすることで、太陽の戦士はより強くなります」

 太陽の人。これが重要キーワードのようだった。

 「それと並行して、ワルベント大陸には、闇に隠れる里があると言われていました。傭兵集団ヤマト。影の中に生き、影の中に潜むとされています」
 「それが、おいらたち・・・なのかぞ?」
 「そうです。そして、それは今から話すこととも繋がっていきますが、このアスタリスクの民の中にヤマトがあって、我らと彼らは協力関係であったとされています」
 「なに!?」
 「ええ。だからヤマトはアスタリスクの民の一部であったとされ、太陽の力と類似したものを得た。ある意味特殊な力を持っている者たちであります」

 レヴィはサブロウに向かって言った後、フュンに顔を向けた。

 「あと、現在。敵対関係となる影の戦い。暁を待つ三頭竜ドラウド夜を彷徨う蛇ナボルについても、話しましょうか。続きを話します」

 レヴィは、用意されたお茶を飲んで、次の話を展開した。
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