人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第二部 辺境伯に続く物語

第172話 緊急事態発生

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 521年2月下旬。

 「あと少し、一カ月後くらいから馬の繁殖の時期が来ますね」
 「そうですな」
 「僕らがここの準備した時は終わってましたから、今度が本番ですね・・・」

 フュンとシガーは、サナリア平原南東エリアの厩舎に来ていた。
 現在、サナリアの騎馬は7千頭ほど。
 こちらの頭数は、元よりいた馬と野生馬、それと、他の小さな村にもいた馬をかき集めた結果である。
 飼育場所としては、平原に加えて、山も込みである。
 実は、サナリアの馬たちを育てるために、裏の山道も整備して、裏山を利用した巨大な馬産地にしようとしているのだ。
 
 「これは血統書を作成しないといけませんね。この先、交配を繰り返すにしても、近親にしてはいけません。馬の体を弱くしてしまいます。シガー、そこらへんを調べてますか?」
 「ええ。すでにクリスが主導でやっていました」
 「さ、さすがですね。あの子は修行もしているのでしょ?」
 「はい。あの子は、修行の傍らに雑務をこなします。あの子一人で、優秀な人間十人分ほどの働きをします」
 「・・・・そ、そうですか」

 やはり自分の想像の何倍もの思考速度をしているのだと、改めて思うフュンであった。

 「それでは管理を間違えないようにシガー。あなたにお任せします。軍務の事ともなるので、あなたが適任かと。それと彼を上手く使ってください。パースさんです」
 「はい。お任せを」
 「お願いします。あとは、牛舎にもいきますか」
 「ええ、お供します」

 二人は近くの牛舎にも向かった。

 ◇

 サナリアの南東エリアは今、兵士訓練所の隣にあります。
 厩舎は王都と兵士訓練所の間。
 牛舎は兵士訓練所の西側に存在しています。

 馬の扱いには慣れているサナリアの民たちは、厩舎は難なく使いこなしていますが。
 牛舎は、使いこなすのに苦労しました。
 現在牛は十頭。
 サナリアの民を牛のミルクで賄うには数が圧倒的に少ないですが、それでも最初の一歩としては多いでしょう。
 生き物を育てるのに、初心者たちが一度にたくさん飼うのは、その動物たちに対して、失礼で無責任である。 
 ちゃんと育てる実力を着けてからが本番であるのだとフュンが考えたためにこの頭数になっています。
 
 「皆さんでしっかり育ててますよね。大丈夫そうですね」

 兵士が交代制で牛の世話をしている。
 兼業の兵士であるのが今のサナリアである。

 「ええ。ルイス様の指導が良いですからね。連れてきてくれた酪農家の方が、とてもご丁寧な方でして。そのご子息のエリアンという方が、直接住んでくれています」
 「そうですか。それはありがたいですね。一応調べはついてますか」
 「はい。サブロウ殿とカゲロイ殿の調査では問題なしだと」

 フュンは、信用しているルイスの紹介だとしても警戒を怠らない。
 サナリアに敵を入れてはいけないのだ。

 「それでは長くここに住んでもらえたら嬉しいですね。そうですね。皆さんの協力のおかげで、サナリアは良くなってますね」
 「はい。一年前とは比べ物にならないですよ。信じられません」
 「それは皆さんが成長しようと努力してますからね。当然でしょうね」
 
 サナリアの成長は目を見張るものだった。
 少し前のサナリア平原は、ただの平原だったのに、今はもう半分が開拓地となっている。
 完成している施設は、厩舎。牛舎。兵舎。サナリア草の畑。
 これら四つだけでも十分な発展と言える。
 でもこれで満足しないのが、フュン・メイダルフィア。
 このくらいの発展は、ただの一地方都市レベルの話だからだ。
 彼が目指すのは帝国最強都市である。

 「では、帰りながら話しましょう。シガー、王都はどうなってますか。全体像は?」

 帰りの道中、二人は馬に乗りながら会話していた。

 「はい。新都市への移行の準備と並行して、二カ月後くらいには王宮が無くなります。あそこはもう更地となりますね。跡地には中央公園を作る予定だそうです」
 「公園ですか。最終的にはそのようになったのですね」
 「はい。クリスがその案を提出してきたので採用しました」
 「クリスが?」

 クリスの案。
 それは王宮跡地は憩いの場であるべきという案だった。

 サナリアの民の統一の象徴としての王宮は、民にとっての誇りである。
 だがしかし、サナリアの民の恨みの中心地とも言えるのも王宮だ。
 ズィーベのせいで民の中に様々な複雑な思いが生まれてしまった。
 だから、あそこを心安らぐ場所にして、次第にその感情を沈めていこうとしたのだ。
 
 「なるほどね。わかりました。ではシガー。そろそろ会議で進捗状況をまとめて、全体で共通意識を持ちましょうか。皆さんに連絡を入れてください」
 「わかりました。おまかせを」

 ◇

 四日後。
 サナリアの会議室。
 シガーの招集を受けた幹部一同がフュンを待つ。
 彼が入室すると自分の席から立ち上がり、彼を迎え入れた。

 「ん? あれ? 何もそんなに畏まらなくても・・・」
 「駄目です。我慢してください」
 「そうですか。仕方ありませんね」

 シガーに叱られて、しょんぼりしたフュンが席の前に立ち、指示を出す。

 「では皆さん、座ってください。僕も座りますからね」

 皆が言われたとおりに座り始めると、フュンも座った。

 「それでは会議を行います。報告から行きましょう。この一年。中々濃い内容でしたからね。皆さんで共通の意識を持ちましょう。僕らはまたここからサナリアを良くしていきます。ではまずは、アン様。お願いします。建物関連の現在の状況をお願いします」
 「は~い。えっとね。まずは北東ブロック『大規模農場エリア』あそこは完成だよ。次の南東ブロック『兵舎酪農エリア』あそこも完成だね。だからサナリアの事業は出来るはずだよ。ボクたち建築班から見ると必要な建物は作ったはずだからね」
 「そうですね……ではアン様。少しの間報告を待ってください。クリス。農場、酪農はどうなりましたか」
 
 フュンは一時、アンの報告を停止させた。
 立ち止まらせたのは、詳細を確認する為である。

 「はい。フュン様。農場はサナリア草を中心に、野菜と米を作っています。野菜は順調。米は田んぼを作成中です。作ろうと手を加えた時期が秋でしたので、田植えなどはありえなかったので、ゆっくり準備をしてました。田んぼの為の水路も作らないといけないのでね。そちらの準備がまだなので。米は、来年・・・または再来年あたりかもしれません」
 「それは当然ですね。わかりました。それで?」

 秋に田植え。出来たらどんなお米なのでしょうか。

 「酪農の牛の方はルイス様の協力のおかげで順調に育っています。来年には出産させるのと、また新たな牛を買い付けして頭数も増やします。そうやって順調に自分たちも経験しなければなりません。生き物を育てることは難しいです。経験が大切ですからね」

 牛も大切に育てなければならないことを皆が認識した。 
 クリスの意見に、全員が深く頷く。

 「それで、馬は私たちにとっては楽にお世話できます。育てる経験値が違いますから。ただ、これほどの一括管理は、サナリアの民にとっても初です。試行錯誤しながら育てています。でも、そこは彼が上手くやっています。パースを中心に、馬にはストレスがないような生活を送らせています。裏の山を開拓して、狩人部隊と連携して運動させたりしています」
 「そうですか。彼はそこらへんが上手だと思ったんですよね。ねぇ。ソロンさん」

 フュンはクリスの後ろに立つソロンを見た。

 「うぇ! わ・・わたぢぃですか。いたっ。舌噛んだ」

 ソロンは大物たちの会議で自分に発言権が来るとは思わなかった。
 自分で噛んでしまった真っ赤に腫れた舌をみせて、話し出す。

 「は・・はい。フュン様。パースは元々平地の部族です。馬の扱いにはなれてますし、クリスさんが用意したマニュアル本が役に立っているようで、管理がしやすくなっているみたいです」
 「マニュアル本?」

 フュンが首を傾げると。

 「はい。血統書とセットになった記録日誌ですね。馬房の脇に置いてます。馬がどのように成長したのかを厩務員となった者が入れ替わっても分かりやすくしたのです」
 「・・あ・・はい。そうですか。さすがですねぇ」

 自分でも思っていない管理方法を勝手に作り出していたクリスに脱帽するしかない。
 フュンは改めて、この子こそが怪物であると化け物認定していた。

 「それで続きを・・」

 あくまでも冷静なクリスは続きを話し出した。

 「なので兵士たちも、今は兼業で上手くやれています。しかし、このまま順調にいけば、いずれは専業の兵士になれます。パースが管理する厩舎は完璧になりつつありますし、牛舎もいずれは兵士が介入せずとも運営できるようになりましょう。私の見立てでは再来年頃には、それが可能だと思います」
 「わかりました。報告ありがとう。ではすみませんでした。アン様続きを」
 「謝んなくてもいいよぉ。ボクは平気~~。んじゃ、続きね」

 話を中断させられても、何も不満に思わずアンは続きを話し出した。

 「建築の話ね。まずここの事から。えっと、元王都の建物のほとんどは変えないでいるよ。だから溢れる人がいるんだけど、その人達は一時天幕を用意して待機してもらってる。あとで出来る新都市に入ってもらう事を約束してるから、あの人たちからは不満が出てないよ」

 元賊たちには家がない。
 だから大量にこちらに来られても、収容するような建物がないのである。
 彼らには、天幕に一時避難のような形で、今は暮してもらっているのだ。

 「そうですね。しかし今は我慢してくれている。そう考えた方が良さそうです」
 「うん。だから早めにあっちに遷都しないとね。それで、王宮はね。ほとんどを壊したよ。この会議室くらいが残っている程度だね。特別牢と王宮跡地によって出来た特殊な牢獄は、あの人たちが暮らせることが出来る建物と、暮らせる程度の農作物が採れる畑があるかんじでまとめているかな。あとは外から監視が出来るようなスタイルにもまとまったね。公園側からは見えないようにしたけど、他の三方向からは見えるようにしたよ」
 
 特殊な牢獄は西側にあり、公園は東側。
 隣接させたのだが、そこだけはお互いに見えないようにした。
 民の憩いの地から犯罪人が見えるのは悲しいと思ったフュンからの提案であった。
 出来るだけ憩いのスペースには、ストレスを持ち込みたくないのである。

 「はい。それでいいです。ここの簡易的な会議室だけはまだ残しましょう。こちらでも会議をしたい時に使用するためですね」
 「わかったよ。そうするね」
 「ありがとうございます。アン様。他の進捗状況は」
 「あっちの新都市。あっちはもうね。お屋敷がほぼ完成。メイン周辺も地盤を固めていて、盛り土している」
 「盛り土?」
 「うん。あそこさ。水路を作ろうって、クリスがさ」

 アンの言葉の後に、フュンはクリスを見た。
 君はまた何かを思いついたのですね。
 もう驚く心がないフュンは無表情でいる。

 「はい。フュン様。衛生面を考えた場合。都市に水路を作った方がいいと思ったのです」
 
 クリスの考えは、盛り土で土地を高く設定して、都市の外へ水を出すことを考えているのだ。
 この水路を上手く調整することで、衛生面をよくして、感染症などを防ごうとしている。

 「そこで、南側にため池を作る予定でしたが、それを取りやめて」
 「取りやめた?」
 「はい。北側にため池を作り、水路で南に流すことにしました。なので、都市にある水路はなだらかに北側が高く、南側が低いです。その際の盛り土の土は、こちらの厩舎の裏側の山の土を拝借しています。あそこの裏の山にも、いずれは厩舎や馬の遊歩道を配置して、大量に馬を管理できるようにしようと思います。そして話を戻しまして、南側の水路の終着地点を、牛舎の肥料作りの場所へ設定したので、管理をしやすくしました。衛生面を同時に管理するのです」
 「な、なるほど・・・たしかに理にかなってますね」
 「はい。今はこちらが管理しますが。いずれはその職種の人も誕生させて、スペシャリストを生み出して衛生管理と肥料作りの達人を作っていきます」
 「わかりました。そこはクリスに任せます」

 クリスは一つだけ頷いた。
 それだけで全てをお任せをと言っているように感じる。
 この頼もしさはどこから来るのでしょう。
 フュンは彼を見てそう思った。

 「それでさ。その盛り土も。ため池も。たぶんあと一か月くらいもかからないと思うし、水路もその頃に出来ると思うからさ」

 話の続きはアンから。

 「え!? 早くないですか」
 「うん。早い。でもね。建設業の人たちの手際の良さと、人数が確保できたからね。あっという間に作れるよ。農場も酪農場も出来たし、ここもほとんど作る物がないしで、あっちに集中できるようになったからね。益々早くなってる」
 「そうでしたか・・・」
 「んで、フュン君が言っていた役所さ。あれを中心地に建てるんだよね」
 「はい。そうですよ。あれを建てないと、皆さんがお困りの際に相談できる場所がありませんからね」
 「うん。それで。その建物自体は、大きな平屋にしようか?」
 「え?」
 「いや、王宮のイメージではないけど、皆が慣れ親しんだものが、新都市の一区画にあってもいいでしょ。だったら、役所がそういう建物でもいいかなってさ」
 「なるほど。見慣れた建物が一つくらいあってもいいと・・・わかりました。そうしましょう」
 「うん。そうするね。あそこにはサナリアの職人さんを中心にチームを組ませることにする。ボクらじゃない方がいい。サナリアの人たちの誇りで作った方がいいからね」
 「・・・そうですね。ありがとうございます。アン様」
 「ううん。いいんだ」

 アンの有難い配慮に、フュンはお礼を言った。
 サナリアの為の建物ならば、サナリアの民が中心になって建てた方がいい。
 それがアンの考えであった。

 「建物関係はこんな感じ。終わりだよ~」
 「わかりました」

 フュンの返事を聞いたアンは大人しく席に座った。
 自分の役目は終わったとホッとしていた。

 そして、フュンは次へと議題を進める。

 「次、軍です。まず、シガー」
 「はい。私の近衛軍は二千としてます。しかしこれも一時的なもので、いずれは一万にする予定です。それと予備軍が今はいます。これらが各軍に配置される予定です」

 「はい。わかりました。次。フィアーナ」
 「おうよ。あたしの軍は五千。この先、上下はするだろうが。万はいらねえな。狩人がメインだからよ」

 「はい。わかりました。次。ゼファー」
 「はい。私の遊撃軍は五千。この先は二万ほどまで増やしたいです。各隊長を作り、それぞれに兵を持たせて戦いに臨みたいです」
 「了解しました。それらをやるのは僕の役目ですね。準備を進めましょう。軍を賄えるくらいに、都市を発展させないとね。では増員は少々待ってくださいね」
 
 フュンの言葉の後。

 「「「はっ」」」

 三人は敬礼した。

 「さて、それをやるためにはと・・・・サティ様。都市の人々の暮らしや、経済の方は?」
 「はい。私の番ですね」

 サティが優雅に立つと話し出す。

 「経済は安定の一言です。サナリアの運営費は、安いです。それはこの王宮がほぼないからですね。昔のサナリアを調べましたが、あれは税の取りすぎです。それは、フュン様の弟君の話ではなく、お父上のお話ですね。食料などに税をかけ、売買にも税をかけていました。あとは、所得にもですね。しかし、なぜか土地に税がありませんでしたよ。なぜです?」
 「それは、僕らが少数部族国家ですからね。土地で争いをしたから、土地は皆で使おうと決めたのです。誰が住んでもいい。でも王に報告してくれ。これが条件でしたから、小さな村々が至る所にありました」
 「なるほど・・・では、その考えをやめましょう。これからは土地に税をかけます。地代です。サナリアの地に住まうには、その地にお金を納める。この精神を持ってもらいます。そして地代として高いのは、フュン様のお屋敷と、役所。これを二大看板にして、新都市の地価を決定していきます。安定収入をそこで得ましょう。こちらの元王都も同じようにします。ただ、これをする場合、食糧と売買の税を止めます。所得税だけを残して、しかもその所得税の負担も減らします。それでうまく都市運営を賄います。いいでしょうか」
 「はい。いいです。ですがなぜ? 所得税は残すのですか?」
 「税はいきなり大幅に減らしてはいけません。以前、私とルイス様が言った事が起きます。それと、所得税は景気が見えるボーダーとなります。土地の税は、ニーズが見えてきます。この二つの動向をチェックするために必須です。民への負担は出来るだけ減らすようにしますがね」
 「なるほど。お任せします。サティ様の得意分野でしょうし」
 「ええ。まかせてください。民の景気をコントロールしますから」

 フュンはお金関係は無頓着なために、経済音痴でもある。
 人に良くすることしか考えない人物は、お金の流れに疎いのであった。

 「それじゃあ、大体の事は聞きましたね。最後に、ナタリアさん。レイエフさん。敵とその他の情報はどうなりました」
 
 二人が立ち上がる。

 「はい。フュン様。私から・・・報告します」

 ナタリアから報告。

 「情報部での分析をしましたところ。こちらの・・・ぬ、ごほん。レイエフとの連携によって結論が出ました・・・あ、ごほん」
 
 情報管理のスペシャリストであるナタリアは、調査結果を詳細に話そうとしたが、言葉に突っ掛かる。

 「はい。どうぞ」

 なのでフュンが気にせず続けていいよと促した。

 「はい。敵の動きはあまりないです。やはり奴らも、皇子と皇女を殺害した事で大人しくなったのでしょう。派手には動いてきません。それと、ここまで敵の侵入はないと言えます。怪しい奴が何度か近づいているらしいですが、おそらく三カ所の影の配置がいいのでしょう。サナリアへの侵入経路がないようですよ」
 「そうですか。さすが、カゲロイ」

 フュンがカゲロイを見ると、カゲロイは黙って親指を立てて笑っていた。

 「こちらの情報は封鎖できています。しかしそれには、もう一つ原因があると思います・・」
 「もう一つ原因?」
 「はい。これは我が帝国の闇の力かと思います」
 「え。帝国に? 闇の力? 闇とは夜を彷徨う蛇ナボルのことじゃなく?」
 「いえ。皇帝には特殊諜報部隊があるようです」
 「特殊諜報部隊?」
 「はい。私も最近になって知った事ですが。その闇。こちらのサブロウ殿や、ミランダ殿のような戦いは出来ませんが、影に隠れる技だけを持つ部隊らしく。名を暁を待つ三頭竜ドラウドと言いまして、戦う技術よりも隠れる技術に特化した人間たちのようです。百年以上前に出来た組織だと言われています」
 「なるほど・・・・そんな組織が・・・そうか、あの時陛下が言っていた余の諜報部隊。それが暁を待つ三頭竜ドラウドですね!」
 「そのお話は知りませんが。私どもの情報分析でそのような結果になっていて。おそらくこちらの情報を全て封鎖していることで、こちらの成長力があちらに伝わっていないようです。だから、敵がこちらに部隊を送っていないかもしれません」
 「そうですか」

 ナタリアの隣の席にいるレイエフが手を挙げて立ち上がった。

 「少しよろしいかな」
 「ええ。どうぞ」
 「あなたがこうしていろいろ手を尽くしてくれたおかげもあり、こちらだけじゃなく、あちら側もあなたの策に期待しているということでしょう。おそらくそうだと思いますよ。私は過去を反省し、私の元諜報網も一度精査して、元のものを参考にこちらで再構築してみましたところ。その組織には、夜を彷徨う蛇ナボルクラスの諜報能力があると思います。我々の目も掻い潜る点がありますからね。ある場面ではサブロウ殿がお育てになった影を越えているかもしれません」
 「・・・本当ですか。それは厄介だな」
 「ええ。能力は敵方。ダーレー。そしてこちらの影。に匹敵すると思います。でもそれらの組織が味方だとしても、警戒度だけはしっかり上げて、油断せずいかないと皇帝に足元をすくわれる可能性があります」
 「わかりました。気をつけましょう」

 フュンはレイエフの助言を有難く受け取った。
 皇帝の諜報部隊の位置が分からない。
 どうやってサナリアの事を封鎖しているのかもわからないが。
 今は陛下を信頼しつつ、その組織は警戒をしていこうと皆で、共通意識を持った。


 「ではこれからも計画通りに行きましょう。順調だと思いますよ皆さん。でももし、問題が起きたら、その都度、調整しましょうね」
 「「「はい!」」」

 全員が返事をしたその瞬間。 

 誰も油断などしていない。誰も気を抜いていない。
 ましてやここに至る警備だってしっかりやっていたのだ。
 仲間たちの他に、この部屋に入れる者などいないはず・・・。
 それなのに。

 「あなたたちは、ただ気が付かなっただけ・・・この私に・・・」
 「「「!?!?!?!?」」」

 フュンの背後に、首筋に傷のある女性が現れた。
 驚きでフュンが後ろを振り返りながら立ち上がる。
 その間にミランダとサブロウが、同時に反応を示した。

 「影!? あたしらと動きが違うのさ。急に現れた!?」
 「ありえんぞ。おいらたちでも気配すら探知できないなんて・・・」
 
 二人は驚きのあまりに行動を起こせずにいた。
 こんな事は珍しい。
 しかし虚を突かれてもなお行動を起こせた人物がただ一人。

 「殿下! 下がってください」

 フュンと女性の間に、一瞬で移動して、背中でフュンを押し込んだゼファーだけが動けていた。
 彼だけが従者たる気概を、突然現れた女性に見せる。
 しかしその中でゼファーの背に押されたフュンは、立ち上がる寸前に押し込まれたので、大きな音を立てて尻餅をついた。
 
 「イテテテ」
 「殿下お下がりを。こやつは私が」
 
 二人の会話の最中、女性が忠告してきた。 

 「あらあら・・・それでも従者ですか。主君を守るどころから押し倒すとは。いけませんね。あなたは、従者の勉強をした方がよろしい。教えてあげましょうか。この私が」

 突然出てきた女性から、急に武の気配が出て来る。
 とてつもない強者の気配に、ゼファーの全身の毛が逆立つ。
 悪寒までするほどの圧倒的な武の気配・・・。
 張り詰める空気は重い。 

 「き。貴様!? 殿下を殺しに来たのだな・・・夜を彷徨う蛇ナボルだな!」

 女性は、口角をやや上げて不敵に笑った。 
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