上 下
172 / 358
第二部 辺境伯に続く物語

第171話 防御陣形

しおりを挟む
 臨時でお金を調達したフュンは、アンと共にサナリアに戻っていた。
 もちろんシルヴィアは、帝都に置いてきている。
 帰りたくないといつまでも文句を言っていた彼女を無視して、フュンはあとの事をジークに任せて帰った。
 まあ彼女のその後は・・・・大体誰でも想像がつくだろう。
 ジークの苦労が瞼の裏に映し出されるようだ。

 ◇

 「さて、最後の二人が揃ってますかね」

 フュンがサナリアの会議室に到着すると、二人の男女がサブロウの前にいた。
 お目当ての人物の前で、フュンは笑顔でいた。
 
 「フュンぞ。完成したぞ。ほれ」

 サブロウから挨拶が始まると。

 「この度は、申し訳ないことをした。感謝です。ありがとうございました」
 
 青い髪の男性が深く頭を下げる。

 「私もです。フュン様。命をありがとうございます」

 そばかすの女性も同じくらいに頭を下げた。

 「いえいえ。お二人のおかげで、僕は倒すべき人を見つけましたからね・・・お二人のおかげですから、そんなに低姿勢にならずともよいのですよ。ハハハ」

 軽く笑いながらフュンも頭を下げた。

 「それでお二人に名がないのはよくないので。今からお二人に名を与えます。ここ、サナリアの地では、あなたはレイエフで。あなたはナタリア。これになりきってください。偽装術も完璧だと聞きました。だからなりきれるでしょう。ですからレイエフとナタリアとして、これからよろしくお願いしますね」
 「「はい領主様」」

 再び頭を下げた。

 「では、役職も与えます。レイエフさんは、バランサーになってもらいます。内政調整役です。上手くいかない部分をマルフェンさんと共に補強してください。お得意ですよね?」
 「はい。お任せを」
 「ありがとうございます。次にナタリアさんは、情報部の長になってもらいます。シガーが領主代理になったので、あそこのポストが空いてしまったのでね。あなたの得意分野です。あなたにやってもらいたい。いいでしょうか?」
 「了解しました」
 「それとですね。負けたくないでしょう。お二人とも。夜を彷徨う蛇ナボルなんかにね。影の人物となっても負けないでいきましょうよ。奴らは僕らの力で倒しましょう! 一緒に倒しましょう!」
 
 ニヤリと笑いながらフュンが言った。

 「当り前です。やってやります」
 「必ずやりかえします。この命を懸けても・・・刺し違えてもです」
 
 レイエフとナタリアは力強く返事を返した。

 「ええ、そうでしょう。だから今度は、僕らがやり返しますよ。あっちの思うつぼにはならない。思いもよらない一撃をお見舞いしてやりましょう。夜を彷徨う蛇ナボルは、徹底的に潰します。帝国にいらない組織でありますからね。お二人とも、一緒に帝国を守りましょう」
 「「はい!」」

 フュンが組織するサナリアに新たな仲間が加わった。
 レイエフとナタリア。
 どこかで見たことがあると、シルヴィアが感じた二人。
 それがなぜ、彼女がそういう風に思うのかは、今後の出来事で知ることになるだろう。
 でも今はまだ、ただのレイエフとナタリアだ。
 二人の男女は、フュンを信頼し、夜を彷徨う蛇ナボルを倒すその時まで、影に隠れて生きて、死力を尽くすことを決意している。
 その固い決意。
 それがなぜかもいずれは分かる事だろう・・・。

 
 ◇

 帝国歴520年11月3日。

 「フュン」
 「お!」

 お昼休みの中。
 執務室で昼食を取っていたフュンの背後にカゲロイが立った。 
 
 「どうしました。カゲロイ」
 「影も育ってきたぞ。完成しているのがチラホラいる」
 「え? まだ、三か月ですよ。早くないですか?」
 「ああ。元々さ。才能がある奴だけを並べて育てたからな。呑み込みが早いのよ」
 「そうですか。ならば、今から配置しましょう。カゲロイ。準備をお願いします」
 「ん? 配置」
 「ええ。今の夜を彷徨う蛇ナボルは、僕らのサナリアの事を警戒しているとは思えない。ですが、ここから爆速で成長していけば、ここを無視できないと思うのでね。僕は奴らが入ってくるルートの全てを封鎖しようと思います」

 フュンの中では、元より敵の部隊をサナリアの地に入れない計画があったのだ。

 「サナリアの関所。ここはもう僕らが管理しても良い場所にしてもらいましたからね。あそこに影部隊を置きます。関所。そこが第一段階の場所です。相手の影を見抜きます」

 実は、この時の為に関所の管理をサナリア側に求めていたのだ。
 夜を彷徨う蛇ナボルがいなければ、別に帝都の兵士が関所を管理してもよかったのだが、夜を彷徨う蛇ナボルが帝国のどこかに潜んでいるので、こちら側が管理するしかないのである。
 フュンは抜け目なくこの関所の管理を要求していたのだ。

 「そして、あそこから移動できないと敵が悟った場合。山脈から移動してくると予想します。なので、ロイマンが管理する二つの村に影部隊を置きます。サナリア山脈とユーラル山脈にある村です。これで三方向からの侵入を防ぎます」

 実はこれも前から予定していた事。
 村をそこに作る予定だったのは、敵の侵入を防ぐ意味合いもあったのだ。
 影部隊をそこに常駐させて、警戒網を常に張り続けることとするためだ。

 「そして、滅多に来ないと思いますが、東からの侵入だけは中々防げないので、元王都。ここに影部隊を置いて、僕らの大都市にだけは敵を近寄らせません。相手はまさか影部隊が各方面にいるとは思わないでしょう。僕らは情報を相手に与えませんよ。カゲロイ。この仕事。サブロウではなくあなたに任せたい」
 「俺に?」
 「はい。君はもう。フィックスさんやナシュアさん並みに強い影です。それと、サブロウの後を継ぐ者として、この重大な任務を任せたい。後継者はあなたです。それに、本格的に僕の影になってもらいますよ。ニールとルージュと同じように」
 「・・・わかった。やるぞ」
 「ええ。お願いしますよ。頼りにしてますカゲロイ」
 「ああ。任せておけ」

 気合いの入ったカゲロイは、サナリアを守るための影部隊を編成し始めた。


 ◇
 
 サナリアの関所。
 サナリアの地を見回りに来たフュンとカゲロイは、最初の訪問場所を関所にした。
 ここがサナリアの正面玄関の様な場所だからである。

 「これはフュン様」
 「あ!? イールさん!!」
 「ええ。お元気そうですね。フュン様」
 「もちろんですよ。それにイールさんも顔色がいいですね。よかった! あと、こちらの任務に就いてくれたのですね」
 「そうです。ここは最初の関門ですよね。余計な人間は通しませんよ!」
 「って、そんな人はあんまり来ないですよ。張り切って、商人さんたちに許可しないで通さないのはいけませんからね」
 「もちろんわかってますよ。冗談ですよ」

 イールたち。
 関所の兵士たちは、帝都などから来る商人たちの許可をすればよいだけの仕事だと、シガーから聞かされているのだ。
 でもここは、影が来たら、一番最初に撃退しなければならない地である。
 だからこそ、カゲロイの部下を配置しようとしているのだ。

 イールとの談笑が終わったので、フュンとカゲロイはそこから少し離れた。

 「カゲロイ。何人配置しましたか」
 「5だ」
 「十分ですね。交代しながら、体調を万全にして敵を見極めるようにしてください。相手よりもコンディションを保つのです。そうなればこちらの影が負けることはないでしょう」
 「わかった。次に行くのか」
 「ええ。いきます。次はロイマンの村です」

 二人は移動を開始した。

 ◇

 サナリアの新都市から北西『フーナ村』
 
 ロイマンが形式上の村長ではあるが、ほぼこの村にはいないために代理が置かれている。
 それが。

 「ジャイキさん!」 
 「ああ。王子。よくお越しで。ありがとうございます」
 「ありがとう???」
 「ええ。サナリア草での事業。前よりも安定してますよ。あの化粧品のお手伝いが出来ているからですよね」
 「ああ。それですか。そうなんですよ。こっちもジャイキさんたちのおかげで、助かってます。臨時でお金を稼げるのは助かりますからね。こちらが多くお金を取っていますしね。助かってますよ」
 「いえいえ。そちらにお金を回しても、前よりも稼げてますからね。俺たち村人は大変満足してるんですよ。それに皆喜んでますよ。恩人に恩返しできるってね」
 「そうでしたか。それならよかったですよ。うんうん。それで、ジャイキさんにだけはお伝えしますので、こちらの五名を村に受け入れてください」
 「ん?」

 カゲロイの背後から五つの影が姿を現した。
 突然出てきた人にジャイキが驚く。

 「こちらが、影と呼ばれる人たちです。この村にも、もしかしたら敵が潜伏する可能性があるので、僕はここを警戒したくて、彼らを配置させてもらってもいいでしょうか?」
 「も、もちろん。いいですよ。ですが敵とは?」
 「ジャイキさん。あなたにはお伝えします。ただ、村人さんたちには伝えないでください。余計な不安を抱いて欲しくないですからね。それと、その敵は僕が必ず撃滅します。だから不安に思わないでくださいと、それを付け加えてお伝えしますよ。ハハハハ」
 「・・・そこまで・・・あなた様が言うのなら、俺は信じます・・・」

 ジャイキは言われたとおりに村人たちには言わないことにした。
 敵の正体も空想上に近い感じだなと思い。
 それに実際に見たことがない敵なので、余計な不安を与えるのもおかしい話かもしれないと判断してくれたのだ。

 「ではカゲロイ。影の皆さんに、ここを守る計画を」
 「うし。まかせとけ」

 カゲロイが村を視察し、監視強化する場所などを地図上で作成していった。
 
 その後。五人を配置して、フュンたちは。

 「次は新しい村に行きます。ジャイキさんたち。ではまた会いましょう~」

 ジャイキたちに挨拶をして去っていった。

 ◇

 サナリアの新都市から南西。
 フュンは、ユーラル山脈に作られる予定の村に到着する。

 「アンジーさん。サヌさん」
 「お! 王子だ」
 「お久しぶりです」

 アンジーとサヌが元気よく返事を返してくれた。

 「ええ。お久しぶりです。お二人はこちらに来てくれたんですね」
 「ええ。まあ、こっちは元ロイマン殿がいた村に近いですから、土地勘があります」
 「そうです。それで、護衛が出来ますからね」

 二人はロイマンがいた村のおかげで、こちらに派遣されたようだ。
 適材適所で人を配置できるシガーはやはり冷静に事態を把握できる人物なようだ。

 「こちらはどの程度、進捗しましたか。ロイマンはいますか?」
 「いえ。今はいません。王都の方で資材を調達して、こちらの村の作成に力を注ぐところですね」
 
 アンジーが答えた。

 「そうですか。でも建物はいくつかありますね」
 「はい! あとは、こっちで木こりになりたい人を募集するところですよ。徐々に人も増やしていくみたいですよ」

 サヌが答えた。

 「いいですね。順調ですね。それでは、お二人がここの護衛の責任者であれば、こちらも加えてください。カゲロイ」
 「うっす。出てきていいぞ」

 カゲロイの合図とともに、影から人が五人出てきた。
 
 「うわ!?」「な、なんだ!」

 アンジーとサヌが驚く。
 影移動を初めて見た人間の反応である。

 「こちらの人たちが、お二人と共にこの村を護衛することになります。仲良くやってもらえると嬉しいです」
 「「え?」」
 「こちらの人々は通常とは違う形の護衛が出来るので、普段は変な動きをするかもしれませんが、お二人と同じくこのサナリアを守るために動いてくれますから、ご安心を」
 
 フュンが二人に頭を下げると、後ろにいる五つの影も頭を下げた。

 「わ、わかりました」「よろしくお願いします」

 アンジーとサヌが挨拶をすると、五つの影は無言で頷いて軽く頭を下げた。

 「よし。では、カゲロイ。五つの影と共に警戒するべき場所を作成してください」 
 「おう。まかしとけ」

 こうしてフュンは、完璧な防御陣形をサナリアに構築し始めた。
 育成した一流の影たちで、周りを固め。
 重要な新都市を敵から守る。 
 相手に情報を与えない。
 これがフュンの第一の目標である。
 暗躍するには、こちらの情報を見せないのが吉であるからだ。
 
 フュンは、サナリアに引っ込んでいる振りをしながら、着実に力をつけていたのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ
ファンタジー
兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。 本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。 俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。 どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。 だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。 ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。 かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。 当然のようにパーティは壊滅状態。 戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。 俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ! === 【第16回ファンタジー小説大賞】にて一次選考通過の[奨励賞]いただきました

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...