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第二部 辺境伯に続く物語

第169話 来年のために

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 「土台がもう出来ているんですね。いやビックリです。計画を立てて、すでに着工しているのは知っていましたが、まさかここまで・・・早いですね」

 フュンはサナリア平原のど真ん中に来ていた。
 こちらに一緒に訪問しに来たのは、アンとシルヴィアとサティである。
 四人が見ている建物は、基礎工事段階のお屋敷。
 ここにはフュンが住むことになっているので、後々はシルヴィアも住めるようになるのである。

 「それがさ。サナリアの職人さんって建築上手みたい。手際がいいんだ。それにさ。この間の職業斡旋で人員が増えたからね。ガンガン建物を建てられるんだよね。それでさ。フュン君。サティの紙を見てよ。ほらサティ」
 「ええ。わかってますよ。急がせないでアン姉様。フュン様こちらですわ」

 サティが広げたのは、都市設計図。
 どこに何を建てるのかをあらかじめ決めておいた都市の地図である。
 フュンの都市のイメージが漠然としていたので、サティとルイスの二人が都市機能を、アンが実現可能性があるかをしっかり考えてくれていたのだ。

 「これは……凄いですね。僕の住む場所もすでに。ここに記されている」

 フュンは地図を見て、自分の住む場所を指さした。

 「はい。それとですね。フュン様の住む場所を、お城にするわけにはいかないので、お屋敷にしています。必要以上に大きくなく、かといって小さいといけませんから、こちらのサイズですよ」

 サティの言い方は、まだこれでも小さく設計したんですというような言い方だった。

 「え? なぜ??? 大きくないといけないのですか。これよりも小さい方が僕は・・・」
 「フュン様! ここを帝国一の大都市にするのでしょう?」

 サティは、少し叱ったような言い方だった。

 「そうです」
 「だったら、権威の象徴は、領主の住む家となります」
 「え? 家がですか???」
 「そうです。当たり前の話です。シルヴィ。そうでしょう?」
 
 サティはシルヴィアに聞いた。

 「はい。姉様の言う通りです。家の大きさの好き嫌いは別として、家にだって格があります。先生のお屋敷もあれだけ大きいのは、帝国の軍師の称号を持っているからです。我々王家のお屋敷が、貴族らよりも大きいのもそこが重要だからです」
 「そうなのです。いいですか。フュン様。質素が好き。それは分かります、ですが、あなたが質素すぎると、大した都市じゃないと周りに思われてしまうのです」
 「・・・あ、はい。そうですか」

 納得してなさそうな顔だった。

 「まあ、ここは我慢してもらってですね。アン姉様。どのくらいでこれらはいけますか」
 「うんとね。今、建築関係の人が一万近くいるでしょう。だとすると、街の中心地くらいは一年もかからずに出来るかもね。サナリアの人の手際がいいしさ。それに運搬の人たち、ジャンダたちの運び方が凄いからね。建築の人たちはそれこそ建物と睨めっこするだけでいいからね。どんどん作れるはずだよ」
 「そうですか。ならば、来年あたりにはこちらに移住しましょう。あとひとつ。都市機能を構築するために重要な事をしなければ」
 「重要な事?」

 フュンが首をひねると、シルヴィアが地図を指さした。
 
 「フュン。この都市。水の管理がないです」
 「あ!」
 「水は生命線。サナリアの王都がサナリア平原の東にある理由もそうでしょう。隣の山にある東方面に流れてしまう川が目的ですよね。反対方向に流れる川ですが、そこの水も活かそうと思っていたのでしょう。それと建物が平屋なのは、水を溜める為ですね。雨水の利用です」
 「・・・そうか・・・大都市にするなら水が・・・」
 
 フュンはそこを考えていなかった。
 サナリアの王都の水管理は住んでいる住民自身。
 でも莫大な人数が住むことになる大都市では、水管理は都市の方がしなければならない。
 シルヴィアとサティの指摘により気付いた。

 「フュン様。ため池を作りましょう。それと、ここからサナリア山脈。ユーラル山脈にある川の水も使えるように、のちに道路工事をした方がいいでしょう。新たな村との連絡路のついでです」
 「なるほど。それって出来るんでしょうか。技術的に問題とかは?」
 
 あっけらかんとしているアンが答える。

 「出来るよ。どっちがいいかな。南と北。ため池を作るにはどっちでもいいんだけど」
 「・・・そうですね。南にしましょうか。あっちは木こりを置くので、土砂崩れがしにくくなるはずです」
 「わかった。そうしようか。じゃあ、都市の最高値を設定するね」
 「最高値?」
 「うん。どこまで拡張するかのライン引きってやつ。大きくしたいのにさ、そこに池があったら、都市を大きく出来ないじゃん」
 「なるほど。そういうことですか」
 「うん。そこはボクらが勝手に決められないから、あとで会議か何かで決めておいて、ボクはそれに従うからさ」
 「わかりました。ありがとうございます」

 細かい面に不安のあるアンでも、彼女は都市設計をしっかり考えることが出来ていた。
 ここもフュンの適材適所の配置が光っている。

 「一年ですか。早いですね。ハスラでも二年を費やしましたからね。基礎を作るのには早いです」
 「シルヴィア。そうだったんですか。へ~」
 「ええ。フュンは知らないと思いますが、あの都市は、ダーレーの私財を全て出し尽くして作った堅牢な都市なんです。そのように、ミラ先生と兄様が設計しましたからね」
 「なるほど。あの都市はたしかに、強いですものね。壁なども」
 「はい。大砲数発くらいは跳ね除けます」

 シルヴィアは答えた。

 「・・・一年で基礎か」

 フュンは呟いてから、サティに話を聞く。

 「・・・そうですね。その頃にはサナリアが軌道に乗っているでしょうね。サティ様。経済はどうなりそうですか」
 「ええ。サナリア草。あれらが順調にいくとなると、おそらく。国家予算は獲得できます。最低限の運営は出来ましょう」
 「本当ですか」
 「はい。ただ、それは一回の収穫でのことです。あれらは年に四回作れます。なので国家予算は潤沢になります。サナリア草を基準にして、サナリアを発展させられます。しかしですね。色々赤字になる部分があります。初期投資から続く、事業拡大と建築物への投資の嵐のせいですね。それと道路にもお金がかかります。これらの分を賄っていかないといけないので、早く。牧場を軌道に乗せて、馬も牛も売っていきましょう。あとは作物もですね。あれらもなんとかしないといけません。それらを見積もって、私たちが油断をしなければ、五年。これで改善ができましょう」
 「五年ですか・・・果たして。奴らが待ってくれますかね。それと英雄ネアルも」

 フュンは遠くを見ていた。
 景色の先。
 未来を見て、フュンは考える。
 世界の変動は、これよりも速い気がする。
 もっと注視しなければならない事態に陥るのは必然。
 だから力をつける速度を速めないといけない。

 「急ぎましょう。僕らには時間がない」
 「フュン?」
 
 シルヴィアがフュンの真剣な顔に気付いた。
 いつもの穏やかな表情ではなかった。

 「まず、最初の区切りが必要です。アン様。サティ様。お二人の会社のお金を先にお借りしてもよろしいでしょうか」
 「ん?」「え?」
 「お二人の会社から借金をして、急ピッチで僕らの都市を作りたい。人員も帝都から少しだけお借りして、ハスラやササラからも建設作業員を借りましょう。勝負を決めたいです。この一年でね」
 「・・メイフィアは出来ます。投資しましょう」
 「ありがとうございます」

 社長という立場であるサティは、二つ返事で許可した。
 自分の一存でポンとお金を出せる立場の彼女とアンは立場が違う。
 アンにはもう一人上司がいるのだ。

 「ボクも・・・そうしたいけど。母ちゃんに言わないと駄目だね。どうしよ」
 「そうですか。なら、無理には言えませんね・・・」
 「……うん。でも、母ちゃん連れてこようか?」
 「え? アン様のお母様ですか!?」
 「うん。フュン君がいいなら、母ちゃんをここに呼ぶよ。ちょっと破天荒だから、気を付けてね」
 「破天荒???」

 シルヴィアが間に入った。

 「アン姉様のお母様は、面白い方なのです。フュンも気に入ると思いますよ」
 「そうですか。会ってみたいですね」
 「でも気を付けてね。母ちゃんは好き嫌いが激しい人だからさ。気に入らないと半殺しみたいにしてくるからさ」
 「え?」
 「うん。でもフュン君なら大丈夫かな・・・たぶん」

 とんでもない言葉に若干凍り付いたフュンであった。


 ◇

 そこからしばらく、ここで色々情報交換をした後。
 この場を後にする直前の話。

 「それじゃあ、一年後。シルヴィア。結婚しましょうか」
 「え? えええ?」
 「ちょうどここに都市の機能を移す時に、結婚しましょう。区切りとしても最高なはずです。ただ、ハスラで結婚式を挙げられないのが申し訳ないですね。こっちで、ささやかな結婚式になっちゃいます。身内だけになりますしね」
 「い、いいんです・・・う、嬉しいです。ようやく結婚できるのですね」
 「ええ。しましょう。シルヴィアがこちらでもよいのであればですが」
 「はい。どこでもいいのです。私は、あなたと結婚が出来れば。一緒に生きていけるのであれば・・どこでも」
 「はい。そうですね。シルヴィア」

 フュンは彼女の手を握った。
 これからは一緒ですよという意味をその温もりに与えていた。

 「ですから、あなたは一年後。またこちらに来てくださいね・・・ということでシルヴィア。そろそろハスラに戻らねばならないでしょ?」
 「ん???」
 「いや、そろそろ一か月が経ちますよ。帰らないとね」
 「ん????????」

 帰りたくなさそうな顔つきと声である。

 「帰らないとジーク様が拗ねちゃいますよ。帰りましょうね」
 「・・ま、まだいいでしょう。こちらにいても」
 「駄目ですよ。あなたは当主ですよ。ということで、アン様の件もありますし、僕もアン様と一緒にこのまま帝都に行きます。ニール。ルージュ」

 フュンは自分の後ろの影にいる二人を呼んだ。
 表に出て来る。

 「「殿下!」」
 「このまま、帝都に行こうと思うので、サティ様の護衛をルージュがしなさい。共に帰る護衛の兵の方たちと協力してね。ニールはこのまま僕と共に移動します。君が一人となるかわりに、君が守るのはアン様だけだ。いいね。僕は自分自身を守れますから。頼みます」
 「「了解」」

 サティとは建設予定の都市で別れて、フュンたちは帝都へと向かったのであった。

 ◇

 帝都ダーレーのお屋敷にて。

 「帰ってきました・・・シルヴィア・・・帰りました・・・」

 凄く暗いトーンの声をしているシルヴィアと。

 「ジーク様。いらっしゃいますかぁ。フュンが来ましたぁ」

 明るい笑顔のフュンがお屋敷のエントランスで、呼び掛けた。

 「シルヴィア様。フュン様。あれ? 連絡はなかったような気が………急ですね。お二人とも」

 奥から駆け足でこちらに近づいてきたのは、エメラルドグリーンの髪の女性。
 メイド長のマーリンである。

 「あ!? マーリンさん。ジーク様いらっしゃいますか?」
 「はい。本日はお屋敷にいますよ。お呼びしますか? それとも、こちらで団欒でもしますか?」
 「そうですね。僕らも少しお休みしたいですね。アン様も準備をしてくれているので、時間がありますし」

 アンは、この直前に別れて母親の元に向かっていた。

 「そうですか。ではお部屋にどうぞ。お茶や軽食の準備をしますね」
 「はい。お願いします・・・あ、そうだ。アイネさんやイハルムさんはどうしてますか」
 「働いてもらってますよ。お二人とも非常に優秀なので、こちらは助かっております。何も指導することなんてないお二人です。即戦力ですよ。ハハハ」

 マーリンはよく笑うメイド長である。
 
 「そうですか。それはよかった。あ、それとマーリンさん。これ。あっちで作った試作品なんですけど、どうでしょう。使ってもらえますか」

 フュンは、ロイマンの村のサナリア草で化粧品を作っていた。
 成育する場所で成分が違うかもしれない。
 その臨床実験を何度かしているのである。

 「あら。またいいんですか。フュン様」
 「ええ。また感想お願いしますよ。たぶん効果があると思いますがね。貴重な意見が欲しいんで、お願いしますね」
 「ええ。もちろん!」

 とびきりの笑顔でマーリンはお屋敷の奥へと移動していった。

 ◇

 家に帰って来てしまったと、うな垂れているシルヴィアの隣に座るフュンは、ジークを待っていた。

 「おお。フュン君。帰って来たのか。久しぶりだね」
 
 ジークが部屋に入って早々、フュンの方に話しかける。
 シルヴィアの落ち込み具合で察しているのだ。
 これはもうフュンと離れ離れになるしかない。
 そこから来る落ち込む具合だと気付いているのだ。

 「ええ。お久しぶりです。ハスラはいいんですか?」
 「大丈夫だよ。あそこにはヒザルスを置いてきたんだ」
 「そうですか・・・押し付けられたんだろうな」
 「いや、押し付けじゃないよ。あいつを領主代理に置いたのさ」
 「え!?」
 「あいつ。今は一人だからね。ルイス様のそばにいる仕事もなくなったからさ。ちょうどよい役職だろうと思うよ。あいつは意外にも領土運営は上手いはずだし、それに戦も出来る。もし王国が攻めてきても、上手く防衛出来るよ」
 「そうですね。ヒザルスさんは優秀な人ですものね」
 「ああ。そうだよ。あいつは人をおちょくるのも上手いけど、人を乗せるのも上手いからね。人心掌握は出来るタイプなのさ。意外に思うかもしれないけどね。ピカナさんと同じように上手くできる人間なんだよ」
 「ええ。わかってますよ。ヒザルスさんは気遣いの人ですからね」

 ヒザルスは、実は優秀である。
 影移動。内政。外交。戦争。
 全てをそつなくこなすことが出来る男である。
 それがジークと似ている所であり、しかし、ジークの方がより一層彼よりも秀でてるので、ヒザルスが嫉妬している面がある。
 ヒザルスはその事を嫉妬とは思わないようにしているようですが・・・・。

 「それで、なんで帰って来たのかな。急だったね」
 「それが、そろそろ一か月ですよね?」
 「ん? 一か月???」

 ジークは、マーリンが入れてくれたお茶を飲んだ。

 「シルヴィアが帰らないといけない日数ではないのですか? 一か月のお休みと聞いていたのですよ」

 フュンは、アイネが入れてくれたお茶を飲んだ。
 フュンが彼女に優しく目で合図すると、彼女は微笑んで後ろに下がっていった。
 会話の邪魔をしないようにメイドらしい動きをした。

 「あ、そうだったね。それじゃあ、フュン君が連れてきてくれたってわけだね」
 「そうです。シルヴィアに帰る気配がないのでね。少々強引に連れ出さないと、自分では帰ってくれませんから」
 「ハハハハ。そうだね。ありがとう。助かるよ」
 「ええ。ジーク様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんよ。シルヴィアは当主ですから」
 「その通りだ。まったくねぇ」

 ジークは顎に手をやって、横目でシルヴィアを見た。
 呆然としている彼女は、二人の話を聞いていない。
 帰って来てしまったという現実を受け入れていないのだ。

 「それとですね。ちょっと用事があってこちらに立ち寄ったのですよ」
 「用事?」
 「ええ。アン様のお母様にお会いしにね・・・」
 「アンの母親だと!? それを早く言ってくれ・・・まずい。警戒しないと」
 「え? どういうことです?」
 「それはだな・・・!?」

 ジークが慌てて立ち上がる。
 すると、女性の大声がダーレーの屋敷に響いた。

 「おい。クソガキ!!! オレの娘に何を吹き込んだんだ。出てこい。ジーク! フュンとかいう男もだぜ。ここにいんだろ!」

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