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第二部 辺境伯に続く物語
第168話 サナリア人の誕生
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想定とは違い。
思った以上に大人しくなっている男がフュンの目の前に現れた。
「あなたは、ジャンダですよね……」
「そうだ」
「あなたはなぜ・・・こちらに来たのですか」
「俺は、ボイズ族の族長だ。貴様の父とは因縁の相手の一つ。あのジジイと同じ三大部族の一つだ」
ジャンダは質問に答えていなかった。
でもフュンは何も不満にも思わず、そこを蒸し返さないで、相手の話に乗って話を広げてくれた。
「ボイズ族? サナリアの少数部族ではないのですか?」
「貴様、何も知らんのか。サナリアの部族の事を」
「ええ。僕は前のサナリアに興味がありません。そもそも父上にも興味がありません」
「な!?」
「僕は、今の民が幸せになって欲しいと思っています。なので、過去とは重要なものですが。サナリアの過去はいりません。どうせ紛争の歴史しかありませんからね。それでは歴史がないのと同じなんです。僕らが唯一誇れるものは、騎馬民族である事だけですから。ここの歴史を勉強すること自体が無駄です。時間は有意義に使いましょう。どうせなら、帝国と王国の歴史を学んだほうがいいですよ。本当に意味がないです。今までのサナリアは!」
「・・・ふっ。それは一理あるな。歴史はともかく、俺たちも騎馬民族の誇りは大切にしている」
「そうですか。ならあなたもサナリアの民になれましょう」
「ああ。そこは同感だ。だが待て。前はどうでもいいだと」
「ええ。前はどうでもいいです。だから正直な話ですよ。あなたたちを賊と呼ぶのも良くないと思っています。この都市に住む、少数部族の一つに数えていた方がいいんですよ。あなたたちは賊ではなく族です。僕の父がたまたま統一したことで、たまたま賊と呼ばれてしまっただけ。それに、父ではなく、あなたが統一していたら僕が賊となってますしね。だから族です。決して賊ではない」
「・・・・貴様・・・その考え・・・アハトとは違うのだな」
濁りのない綺麗な瞳で、フュンを見つめるジャンダ。
憑き物が取れたかのように素直に会話が出来ていた。
「ええ。全く違います。父は父。僕は僕です。なので、僕はあなたと協力していきたい。あなたも族長だったなら、族長らしく他の方とも協力して暮せるでしょう? 無理ですか?」
「いいや、出来る・・・と思う」
「ならば協力してほしいですね。あなたのその大柄な肉体。他の方の特徴も同じでしょうか?」
「ん?」
「部族の方たちも皆。大柄な人が多いのですか? 筋肉とか身長の話です」
「まあ。割と体は大きいな。ボイズ族の特徴かもしれん」
ジャンダの肉体はゼファー並に大きい。
彼の部族の身長は2メートルが平均らしい。
それと横も厚みがあり、筋肉質の体型である。
「そうですか。ならば、あなたたちは土木関係の仕事をしてくれませんか」
「ん?」
「あなたは、土木の頭領になって欲しいです。サナリア側の建築士たちをまとめる人物になって欲しいです」
「なに。俺には戦うなと言いたいのか」
「いえ。そうではなく。あなたのような方には向いていると思うのですよ。体も大きいし強そうだし。資材関係の運搬の仕事も出来そうですしね。アン様の下で働けばすぐにでも仕事が出来そうですし、あなたならアン様を気に入ると思いますしね。物怖じしない人が好きなのでしょう?」
「む・・・まあ、そうだな」
実際、ジャンダはフュンを気に入り始めている。
物怖じせず、ずけずけと会話してくるフュンに惹かれ始めていた。
「ええ。僕には大体分かります。あなたは意外と話を聞いてくれます。あの時の喧嘩では頭が冷静ではなかったようですが、今は静かに話すことが出来る。だから、本来は理知的な人ですよね。ならば、建築のリーダーになって欲しい人材ですよ。腕っぷしも強いので、ちょっと反抗的な人も黙らせることが出来るでしょう。軟な人じゃないからこそ、そこに行ってほしいのです。アン様とかを守って欲しい。どうですか? 建築関係は嫌でしょうか?」
「自分で働いて、食べろ・・・・だったな。そうだな。向いていると言われるのであれば、やってみる価値はあるか」
あの時のジャンダは頭に血がのぼっていた。
自分たちだけが不幸な環境にいる。
自分たちだけが……と。
とにかく自己を卑下して他者に迷惑をかけてもいいと自暴自棄だったのだ。
しかし、あの後、元王都を巡り、住民から聞くフュンの演説の話や、民たちの暮らしの話を聞いてく内にそんなに自分たちと生活環境が変わりないのではないかと、冷静になれたのだ。
本来の自分になったことで、王都に来てからの行為を反省していたジャンダであった。
「本当ですか。ありがたい。では、あとでアン様を紹介します。あなたには、アン様の指導を受けてもらいましょう」
「承知した」
話してみれば、話の分かる男。
それがジャンダであった。
最初の出会いは最悪でも、相手が真剣であれば話が通じる。
フュンの熱心な態度があってこそだが、フュン特有の人たらしの部分もこの説得に影響を与えているのである。
おそらく他の面接官ではこう上手く相手の気持ちを乗せられないだろう。
◇
少し緊張気味の男性が、フュンの前に座った。
「お、俺は・・・あのぉ」
「えっと、あなたはパースさんですね」
「え? あ、はい。そうです」
「パースさんは元族長さんなんですか?」
「え。まあそうですね。俺の親父から受け継いだ形で、細々と生きてましたよ。爺さんに誘われる前は」
「爺さん?」
「アルザオの爺さんです。あの爺さんが、俺たち少数部族たちに声を掛けて、ちょっとした大きな組織にしたんですよ。だから、俺とジャンダが、爺さんに協力してる形になってるんですよ」
「なるほど……そういうことですか。それであなたたちが最後にやってきた賊だということですね」
「そうです。周りの賊の連中の動向を見張ると。あいつらここで楽しそうにやっているから、俺とジャンダで爺さんを説得したんですけど。それでも爺さんが拒絶してきて、だからソロンとかにも協力してもらって、何とかここに来たってわけで・・・そしたらああなっちゃって、ごめんなさい領主様」
あの時の騒ぎを謝ってきた。
フュンは別に気にしていないので、軽く笑顔を向けて、大丈夫ですよと言った。
ちょっとおどおどしているが、パースは誠実そうな人柄である。
「なるほど。ではあなたたちはこちらに来てくれる予定であったんですね。お爺さん以外は」
「そうです」
「・・・・あなた・・・調整力がありますね」
「・・・え?」
「あなたの部族。平原の民ですか? 元々は?」
「そ、そうです。なぜ、それを」
「そうですか。やはり」
フュンは予想として言った事だったが、当たっていた模様。
「いや、あなたからはトゲトゲしさや、荒々しい部分がない。僕の師と一緒の雰囲気がある。荒々しさの特徴は、山の民の方の特徴ですからね。なんとなくあなたは平原の人かなと思いました」
「そうです。俺の部族は、元々は平原で、賊になっちまってからは、山で暮らしていました」
「そうですか・・・たしかに賊が平原で暮らすのは難しいですものね・・・ということは馬の扱いにも慣れていらっしゃる?」
「もちろんです。忘れようにも忘れないですよ。俺たちは騎馬民族です」
「ですよね・・・じゃあ、あなたは厩舎の責任者になってもらいましょうか」
「厩舎?」
「ええ。今後僕らはお馬さんを育てて、サナリアの軍馬にするのと同時に、帝国に売りつけるお仕事をします。これをやってもらえますか。あなたの族長としての経験も活きていきますし、良いと思うんですよね」
「俺がその仕事を」
「嫌ですか? 戦いの方がよろしい?」
「い、いいんですか。馬に乗っても」
「ええ。いいですよ。自由に馬に乗ってもらって、育てましょう。立派なお馬さん!」
「ほ・・・ほんとう・・ですか。乗ってもいいのか。俺が・・・本当に・・・嬉しいです」
感無量。
その言葉が似合うくらいにパースは涙目になる。
このサナリアが統一されて以来、自由に馬に乗るなど許されるものではなかった。
敗れたために勝手に賊とされてから、馬に乗りたくても乗れなかったのだ。
「あなたは監督官という役割がいいかな。役職でいうと、騎馬監督官になってもらいましょう」
「騎馬監督官???」
「ええ。あなたは戦いに行くわけじゃなくて、戦うための騎馬を育てて、騎馬部隊の隊長となる人たちと位を同格にして、綿密に連携を取ってもらいましょう。僕らの切り札。騎馬。これを大事に大切に育ててほしいのです。どうですか。パースさん?」
「・・・や。やりたいです。俺でよければぜひ」
「ええ。僕はあなたがいいと思っています。絶対に向いてると思うんですよ。だから僕が保証しますよ。ね!」
フュンの明るい笑顔に、心が救われた気分になったパースはただただ感謝した。
もう一度平原を自由に駆けることが出来るかもしれない。
それだけでパースの気持ちは前を向いたのだ。
「では後でまた会いましょう。こちらのお仕事。意外と大変なお仕事になりますからね。あなたの部族の方も、部下にしてください。その方が連携がとりやすくなって、仕事がしやすいでしょう。なのであとで僕らにその人達を教えてくださいね。名簿を作りますから」
「わ。わかりました。ぜひやらせていただきます」
深い感謝と共にパースは深く頭を下げた。
◇
緊張していても真っ直ぐフュンを見ている女性が、席に座った。
「あなたは、ソロンさん」
「はい。一度しか会ってないのに・・・うちの名前を覚えているんですか!?」
「ええ。もちろん。あなたのような方がいることが非常に助かります。賊と呼ばれてしまう人たちの中にはですね。バランス感覚が悪い人が多いんです。誰かれ構わず迷惑をかけてもいいと思う人もいます。その中であなたのような人がいるのは貴重です」
「そ・・そうですか」
アルザオの側近であるソロンはあまり褒められたことがない。
ただ、アルザオの傍若無人な命令などを調整していた経緯がある。
バランス感覚に優れているのは、そこが起因している。
「ということで、あなたが嫌じゃなければ、いきなりですが。僕の家臣の幹部になってもらいたい」
「はい?」
「このクリスの部下になって欲しいのです」
フュンは背後に立つクリスを紹介した。
無表情を貫く彼は軽くソロンにお辞儀した。
「う、うちが!? 普通の仕事じゃ・・・」
「普通の仕事?」
「建築とか兵とかになるんじゃ」
「ああ。それを普通の仕事とは言ってはいけませんよ。大切なお仕事です。そして、あなたにやってもらいたいことも大切なお仕事なんですよ」
「うちに?」
「ええ。このクリス。これから膨大で重要な仕事をしなくてはならないのです。それに対して、彼は物事を一人で対処しようとします」
フュンはクリスの性格を見抜いていた。
天才である分。
戦闘以外はなんでもこなすことが出来るので、人には任せずに仕事をやってしまうのだ。
「でも、それではいけません。いかにクリスが優秀であろうとも一人では強くなれない。なので、あなたが秘書のような役割をしてほしいのです。彼を支える調整役になってあげてほしい。なので、戦では軍師補佐。内政では宰相補佐です。どうでしょう。なかなか大変ですが、あなたになら出来ると思うのです」
「う、うちが? な、なんで???」
どうして一度しか会っていない人物に、そこまで言い切れるのだろう。
ソロンは不思議そうな顔をした。
「あなたは、敵の地。ここに来ました。それも自分らを勝手に賊に仕立てあげたここにです。それなのに、あなたはそこの悔しい気持ちを我慢して、あそこでアルザオを宥めてくれました。その行為。立派です。まだ若いのに大人であります。なので、僕は彼の補佐官に相応しいのはあなたしかいないと思ったのです。これらは僕の勘です。でも僕の勘は結構あたるので、あなたはその仕事に向いていると思います」
「う。うちが・・・わかりました。やってみます」
「ええ。お願いしますね。それではさっそく彼の隣に立ってください。今日は見物でいいです。僕の面接を見ていてください」
「はい」
ソロンは、即採用となり、クリスの隣に立った。
チラッと横目で彼を見ると、何も話さず冷静な顔を崩さない。
この人とやっていけるのかな。
なんて不安もよぎったが、フュンには応援されたのでひとまず信じて仕事をしてみようと思ったのだった。
◇
「アルザオ」
「なんだ」
今までの面接よりも重苦しい雰囲気だった。
「あなたに任せたい仕事があります。先に了承してくれませんか」
「どんなのだ。そこからだ」
「いいえ。こちらからの提案はですね。先にあなたにこの条件を飲んでもらわないと説明できません。あなたは特別だ。覚悟を見せてほしいのです」
会話の流れの主導権を握らせない。
今までのフュンの面接とは一味違うものだった。
「覚悟だと」
「そうです。僕と協力する覚悟です」
「貴様とか」
「そうです。僕の父と敵対していても、僕はあなたと敵対していません。ですが、あなたが僕の事を父と同列に感じているのならば、残念ですがサナリアの地を去ってもらうしかない。僕らは恩。恨み。これらを越えて、サナリアを最強にするつもりだからです。この感情を越えられない者にはこの地を去ってもらうしかない」
この言葉は本気である。
あれほど人を大切にする人間でも、去って欲しい人がいるのが意外であった。
後ろに控えているゼファーとクリスに動揺が走っていた。
「・・・サナリアを最強だと・・・」
「そうです。僕はここを帝国一の大都市にするつもりなのです。その際。余計な事に体力を使いたくない。例えば、あなたが軍を編成して内乱を起こそうとするなどです。僕らはそこに時間を割きたくない。僕が割きたい時間は、ここを作り上げる時間だけなんです」
「時間・・・」
「そうです。無駄にしたくないんです。それと僕は人も無駄にしたくない。サナリアに住む人。全員が一致団結して最強都市を作りたいのです」
最強。
この言葉が気になったアルザオは決心する。
「・・・・・わかった。了承しよう。儂も仕事をしてみる」
「本当ですね。僕と協力してもいいのですね。あのアハトの息子でありますが」
「いい。アハトはもう関係ない。儂はお前さんに懸けてみることにした。サナリアが強くなるならば、儂もそれに追従したくなった」
「わかりました。それではアルザオ。これからは協力関係です。あなたもこのサナリアの民となってもらいます。そこで・・・」
フュンは、紙のリストを提示した。
「こちらが今回の元賊と呼ばれる人たちのリストです。あなたがこれを管理して欲しい。ここから皆をサナリアの民にしてほしい。あなたの仕事は、相談役であります」
「相談役???」
「はい。サナリアの民。一人一人の話を聞く。重要な役職です。あなたは元族長でしょう。本来は賊なんかではないのですよ。僕の父のせいで賊になったのです。ここは元族長として人をまとめてもらいたい。もし民に不満などが出てきたら僕と相談して解決したりですね。ご自身で話をつけてもいいです。こういう仕事なら、それは族長と変わりがないでしょう。だったら経験豊富なあなたにこそ任せたい仕事なのですよ」
フュンの嘘偽りのない言葉に、心が揺さぶられたアルザオは、目を瞑った。
自分がやるべき仕事が、昔自分がやっていたことの延長となる。
その配慮。
アハトとは違うやり方に、感銘を受けていた。
アハトはサナリア建国時に、話し合いを設けずに勝手にその他の族長たちを賊とした。
だから、自分たちはサナリアで暴れていた経緯がある。
でもこの息子は違う。
自分たちを信じて、同じサナリアに住まう人間だから協力出来るはずだと。
心から願っているような言い方で、自分たちを受け入れようとしているのだ。
「・・わかった。領主殿の意向通りに動こう。その任は儂が引き受ける」
「本当ですか。よかった。助かりますね。あなたのようなベテランの方に来てもらえれば、安心だ」
「・・でもいいのか。儂がそいつらをまとめて、領主殿と戦うかもしれんぞ」
「え? いや、それはないですよ。僕らの戦いはもうすでに始まっています」
「ん?」
「このサナリアを良くするって言う戦いです。だから、暇がないですよ。僕らには。いちいち武器持って戦っている暇がないですね!」
「く。はははははは。こいつは一本取られたわ。今ので儂は信じた! 儂は領主殿を信頼し、忠義を誓おう。必ず元部族どもをこのサナリアの民へと変えてみせよう。気持ちを一つとして、帝国一の人種にしようではないか。サナリア人の誕生だ」
「おお。いいですね。サナリア人ですか。それ、採用しましょうか。ここを愛する人。それだけで、サナリア人としましょう。元賊も。元族も、元々のサナリア王国民も関係ありません。条件は一つ。ここを愛する人間にしましょう。ね! アルザオ」
「うむ。賛成だ。ここから。サナリア人が一致団結しようではないか。ガハハハ」
こうしてフュンは、父が戦ってきたかつての敵たちを味方にした。
本来ならば、父がやらねばならなかったサナリアの民の意識の融合。
サナリア人という概念を生み出すこと。
それをフュンがやってのけたのである。
人を惹きつける魅力ある若者。
それが、サナリア辺境伯フュン・メイダルフィア。
彼と彼らサナリア人は、帝国一の大都市を築くために、共に前へと進むのである。
目指すはアーリアで一番の大都市である・・・。
思った以上に大人しくなっている男がフュンの目の前に現れた。
「あなたは、ジャンダですよね……」
「そうだ」
「あなたはなぜ・・・こちらに来たのですか」
「俺は、ボイズ族の族長だ。貴様の父とは因縁の相手の一つ。あのジジイと同じ三大部族の一つだ」
ジャンダは質問に答えていなかった。
でもフュンは何も不満にも思わず、そこを蒸し返さないで、相手の話に乗って話を広げてくれた。
「ボイズ族? サナリアの少数部族ではないのですか?」
「貴様、何も知らんのか。サナリアの部族の事を」
「ええ。僕は前のサナリアに興味がありません。そもそも父上にも興味がありません」
「な!?」
「僕は、今の民が幸せになって欲しいと思っています。なので、過去とは重要なものですが。サナリアの過去はいりません。どうせ紛争の歴史しかありませんからね。それでは歴史がないのと同じなんです。僕らが唯一誇れるものは、騎馬民族である事だけですから。ここの歴史を勉強すること自体が無駄です。時間は有意義に使いましょう。どうせなら、帝国と王国の歴史を学んだほうがいいですよ。本当に意味がないです。今までのサナリアは!」
「・・・ふっ。それは一理あるな。歴史はともかく、俺たちも騎馬民族の誇りは大切にしている」
「そうですか。ならあなたもサナリアの民になれましょう」
「ああ。そこは同感だ。だが待て。前はどうでもいいだと」
「ええ。前はどうでもいいです。だから正直な話ですよ。あなたたちを賊と呼ぶのも良くないと思っています。この都市に住む、少数部族の一つに数えていた方がいいんですよ。あなたたちは賊ではなく族です。僕の父がたまたま統一したことで、たまたま賊と呼ばれてしまっただけ。それに、父ではなく、あなたが統一していたら僕が賊となってますしね。だから族です。決して賊ではない」
「・・・・貴様・・・その考え・・・アハトとは違うのだな」
濁りのない綺麗な瞳で、フュンを見つめるジャンダ。
憑き物が取れたかのように素直に会話が出来ていた。
「ええ。全く違います。父は父。僕は僕です。なので、僕はあなたと協力していきたい。あなたも族長だったなら、族長らしく他の方とも協力して暮せるでしょう? 無理ですか?」
「いいや、出来る・・・と思う」
「ならば協力してほしいですね。あなたのその大柄な肉体。他の方の特徴も同じでしょうか?」
「ん?」
「部族の方たちも皆。大柄な人が多いのですか? 筋肉とか身長の話です」
「まあ。割と体は大きいな。ボイズ族の特徴かもしれん」
ジャンダの肉体はゼファー並に大きい。
彼の部族の身長は2メートルが平均らしい。
それと横も厚みがあり、筋肉質の体型である。
「そうですか。ならば、あなたたちは土木関係の仕事をしてくれませんか」
「ん?」
「あなたは、土木の頭領になって欲しいです。サナリア側の建築士たちをまとめる人物になって欲しいです」
「なに。俺には戦うなと言いたいのか」
「いえ。そうではなく。あなたのような方には向いていると思うのですよ。体も大きいし強そうだし。資材関係の運搬の仕事も出来そうですしね。アン様の下で働けばすぐにでも仕事が出来そうですし、あなたならアン様を気に入ると思いますしね。物怖じしない人が好きなのでしょう?」
「む・・・まあ、そうだな」
実際、ジャンダはフュンを気に入り始めている。
物怖じせず、ずけずけと会話してくるフュンに惹かれ始めていた。
「ええ。僕には大体分かります。あなたは意外と話を聞いてくれます。あの時の喧嘩では頭が冷静ではなかったようですが、今は静かに話すことが出来る。だから、本来は理知的な人ですよね。ならば、建築のリーダーになって欲しい人材ですよ。腕っぷしも強いので、ちょっと反抗的な人も黙らせることが出来るでしょう。軟な人じゃないからこそ、そこに行ってほしいのです。アン様とかを守って欲しい。どうですか? 建築関係は嫌でしょうか?」
「自分で働いて、食べろ・・・・だったな。そうだな。向いていると言われるのであれば、やってみる価値はあるか」
あの時のジャンダは頭に血がのぼっていた。
自分たちだけが不幸な環境にいる。
自分たちだけが……と。
とにかく自己を卑下して他者に迷惑をかけてもいいと自暴自棄だったのだ。
しかし、あの後、元王都を巡り、住民から聞くフュンの演説の話や、民たちの暮らしの話を聞いてく内にそんなに自分たちと生活環境が変わりないのではないかと、冷静になれたのだ。
本来の自分になったことで、王都に来てからの行為を反省していたジャンダであった。
「本当ですか。ありがたい。では、あとでアン様を紹介します。あなたには、アン様の指導を受けてもらいましょう」
「承知した」
話してみれば、話の分かる男。
それがジャンダであった。
最初の出会いは最悪でも、相手が真剣であれば話が通じる。
フュンの熱心な態度があってこそだが、フュン特有の人たらしの部分もこの説得に影響を与えているのである。
おそらく他の面接官ではこう上手く相手の気持ちを乗せられないだろう。
◇
少し緊張気味の男性が、フュンの前に座った。
「お、俺は・・・あのぉ」
「えっと、あなたはパースさんですね」
「え? あ、はい。そうです」
「パースさんは元族長さんなんですか?」
「え。まあそうですね。俺の親父から受け継いだ形で、細々と生きてましたよ。爺さんに誘われる前は」
「爺さん?」
「アルザオの爺さんです。あの爺さんが、俺たち少数部族たちに声を掛けて、ちょっとした大きな組織にしたんですよ。だから、俺とジャンダが、爺さんに協力してる形になってるんですよ」
「なるほど……そういうことですか。それであなたたちが最後にやってきた賊だということですね」
「そうです。周りの賊の連中の動向を見張ると。あいつらここで楽しそうにやっているから、俺とジャンダで爺さんを説得したんですけど。それでも爺さんが拒絶してきて、だからソロンとかにも協力してもらって、何とかここに来たってわけで・・・そしたらああなっちゃって、ごめんなさい領主様」
あの時の騒ぎを謝ってきた。
フュンは別に気にしていないので、軽く笑顔を向けて、大丈夫ですよと言った。
ちょっとおどおどしているが、パースは誠実そうな人柄である。
「なるほど。ではあなたたちはこちらに来てくれる予定であったんですね。お爺さん以外は」
「そうです」
「・・・・あなた・・・調整力がありますね」
「・・・え?」
「あなたの部族。平原の民ですか? 元々は?」
「そ、そうです。なぜ、それを」
「そうですか。やはり」
フュンは予想として言った事だったが、当たっていた模様。
「いや、あなたからはトゲトゲしさや、荒々しい部分がない。僕の師と一緒の雰囲気がある。荒々しさの特徴は、山の民の方の特徴ですからね。なんとなくあなたは平原の人かなと思いました」
「そうです。俺の部族は、元々は平原で、賊になっちまってからは、山で暮らしていました」
「そうですか・・・たしかに賊が平原で暮らすのは難しいですものね・・・ということは馬の扱いにも慣れていらっしゃる?」
「もちろんです。忘れようにも忘れないですよ。俺たちは騎馬民族です」
「ですよね・・・じゃあ、あなたは厩舎の責任者になってもらいましょうか」
「厩舎?」
「ええ。今後僕らはお馬さんを育てて、サナリアの軍馬にするのと同時に、帝国に売りつけるお仕事をします。これをやってもらえますか。あなたの族長としての経験も活きていきますし、良いと思うんですよね」
「俺がその仕事を」
「嫌ですか? 戦いの方がよろしい?」
「い、いいんですか。馬に乗っても」
「ええ。いいですよ。自由に馬に乗ってもらって、育てましょう。立派なお馬さん!」
「ほ・・・ほんとう・・ですか。乗ってもいいのか。俺が・・・本当に・・・嬉しいです」
感無量。
その言葉が似合うくらいにパースは涙目になる。
このサナリアが統一されて以来、自由に馬に乗るなど許されるものではなかった。
敗れたために勝手に賊とされてから、馬に乗りたくても乗れなかったのだ。
「あなたは監督官という役割がいいかな。役職でいうと、騎馬監督官になってもらいましょう」
「騎馬監督官???」
「ええ。あなたは戦いに行くわけじゃなくて、戦うための騎馬を育てて、騎馬部隊の隊長となる人たちと位を同格にして、綿密に連携を取ってもらいましょう。僕らの切り札。騎馬。これを大事に大切に育ててほしいのです。どうですか。パースさん?」
「・・・や。やりたいです。俺でよければぜひ」
「ええ。僕はあなたがいいと思っています。絶対に向いてると思うんですよ。だから僕が保証しますよ。ね!」
フュンの明るい笑顔に、心が救われた気分になったパースはただただ感謝した。
もう一度平原を自由に駆けることが出来るかもしれない。
それだけでパースの気持ちは前を向いたのだ。
「では後でまた会いましょう。こちらのお仕事。意外と大変なお仕事になりますからね。あなたの部族の方も、部下にしてください。その方が連携がとりやすくなって、仕事がしやすいでしょう。なのであとで僕らにその人達を教えてくださいね。名簿を作りますから」
「わ。わかりました。ぜひやらせていただきます」
深い感謝と共にパースは深く頭を下げた。
◇
緊張していても真っ直ぐフュンを見ている女性が、席に座った。
「あなたは、ソロンさん」
「はい。一度しか会ってないのに・・・うちの名前を覚えているんですか!?」
「ええ。もちろん。あなたのような方がいることが非常に助かります。賊と呼ばれてしまう人たちの中にはですね。バランス感覚が悪い人が多いんです。誰かれ構わず迷惑をかけてもいいと思う人もいます。その中であなたのような人がいるのは貴重です」
「そ・・そうですか」
アルザオの側近であるソロンはあまり褒められたことがない。
ただ、アルザオの傍若無人な命令などを調整していた経緯がある。
バランス感覚に優れているのは、そこが起因している。
「ということで、あなたが嫌じゃなければ、いきなりですが。僕の家臣の幹部になってもらいたい」
「はい?」
「このクリスの部下になって欲しいのです」
フュンは背後に立つクリスを紹介した。
無表情を貫く彼は軽くソロンにお辞儀した。
「う、うちが!? 普通の仕事じゃ・・・」
「普通の仕事?」
「建築とか兵とかになるんじゃ」
「ああ。それを普通の仕事とは言ってはいけませんよ。大切なお仕事です。そして、あなたにやってもらいたいことも大切なお仕事なんですよ」
「うちに?」
「ええ。このクリス。これから膨大で重要な仕事をしなくてはならないのです。それに対して、彼は物事を一人で対処しようとします」
フュンはクリスの性格を見抜いていた。
天才である分。
戦闘以外はなんでもこなすことが出来るので、人には任せずに仕事をやってしまうのだ。
「でも、それではいけません。いかにクリスが優秀であろうとも一人では強くなれない。なので、あなたが秘書のような役割をしてほしいのです。彼を支える調整役になってあげてほしい。なので、戦では軍師補佐。内政では宰相補佐です。どうでしょう。なかなか大変ですが、あなたになら出来ると思うのです」
「う、うちが? な、なんで???」
どうして一度しか会っていない人物に、そこまで言い切れるのだろう。
ソロンは不思議そうな顔をした。
「あなたは、敵の地。ここに来ました。それも自分らを勝手に賊に仕立てあげたここにです。それなのに、あなたはそこの悔しい気持ちを我慢して、あそこでアルザオを宥めてくれました。その行為。立派です。まだ若いのに大人であります。なので、僕は彼の補佐官に相応しいのはあなたしかいないと思ったのです。これらは僕の勘です。でも僕の勘は結構あたるので、あなたはその仕事に向いていると思います」
「う。うちが・・・わかりました。やってみます」
「ええ。お願いしますね。それではさっそく彼の隣に立ってください。今日は見物でいいです。僕の面接を見ていてください」
「はい」
ソロンは、即採用となり、クリスの隣に立った。
チラッと横目で彼を見ると、何も話さず冷静な顔を崩さない。
この人とやっていけるのかな。
なんて不安もよぎったが、フュンには応援されたのでひとまず信じて仕事をしてみようと思ったのだった。
◇
「アルザオ」
「なんだ」
今までの面接よりも重苦しい雰囲気だった。
「あなたに任せたい仕事があります。先に了承してくれませんか」
「どんなのだ。そこからだ」
「いいえ。こちらからの提案はですね。先にあなたにこの条件を飲んでもらわないと説明できません。あなたは特別だ。覚悟を見せてほしいのです」
会話の流れの主導権を握らせない。
今までのフュンの面接とは一味違うものだった。
「覚悟だと」
「そうです。僕と協力する覚悟です」
「貴様とか」
「そうです。僕の父と敵対していても、僕はあなたと敵対していません。ですが、あなたが僕の事を父と同列に感じているのならば、残念ですがサナリアの地を去ってもらうしかない。僕らは恩。恨み。これらを越えて、サナリアを最強にするつもりだからです。この感情を越えられない者にはこの地を去ってもらうしかない」
この言葉は本気である。
あれほど人を大切にする人間でも、去って欲しい人がいるのが意外であった。
後ろに控えているゼファーとクリスに動揺が走っていた。
「・・・サナリアを最強だと・・・」
「そうです。僕はここを帝国一の大都市にするつもりなのです。その際。余計な事に体力を使いたくない。例えば、あなたが軍を編成して内乱を起こそうとするなどです。僕らはそこに時間を割きたくない。僕が割きたい時間は、ここを作り上げる時間だけなんです」
「時間・・・」
「そうです。無駄にしたくないんです。それと僕は人も無駄にしたくない。サナリアに住む人。全員が一致団結して最強都市を作りたいのです」
最強。
この言葉が気になったアルザオは決心する。
「・・・・・わかった。了承しよう。儂も仕事をしてみる」
「本当ですね。僕と協力してもいいのですね。あのアハトの息子でありますが」
「いい。アハトはもう関係ない。儂はお前さんに懸けてみることにした。サナリアが強くなるならば、儂もそれに追従したくなった」
「わかりました。それではアルザオ。これからは協力関係です。あなたもこのサナリアの民となってもらいます。そこで・・・」
フュンは、紙のリストを提示した。
「こちらが今回の元賊と呼ばれる人たちのリストです。あなたがこれを管理して欲しい。ここから皆をサナリアの民にしてほしい。あなたの仕事は、相談役であります」
「相談役???」
「はい。サナリアの民。一人一人の話を聞く。重要な役職です。あなたは元族長でしょう。本来は賊なんかではないのですよ。僕の父のせいで賊になったのです。ここは元族長として人をまとめてもらいたい。もし民に不満などが出てきたら僕と相談して解決したりですね。ご自身で話をつけてもいいです。こういう仕事なら、それは族長と変わりがないでしょう。だったら経験豊富なあなたにこそ任せたい仕事なのですよ」
フュンの嘘偽りのない言葉に、心が揺さぶられたアルザオは、目を瞑った。
自分がやるべき仕事が、昔自分がやっていたことの延長となる。
その配慮。
アハトとは違うやり方に、感銘を受けていた。
アハトはサナリア建国時に、話し合いを設けずに勝手にその他の族長たちを賊とした。
だから、自分たちはサナリアで暴れていた経緯がある。
でもこの息子は違う。
自分たちを信じて、同じサナリアに住まう人間だから協力出来るはずだと。
心から願っているような言い方で、自分たちを受け入れようとしているのだ。
「・・わかった。領主殿の意向通りに動こう。その任は儂が引き受ける」
「本当ですか。よかった。助かりますね。あなたのようなベテランの方に来てもらえれば、安心だ」
「・・でもいいのか。儂がそいつらをまとめて、領主殿と戦うかもしれんぞ」
「え? いや、それはないですよ。僕らの戦いはもうすでに始まっています」
「ん?」
「このサナリアを良くするって言う戦いです。だから、暇がないですよ。僕らには。いちいち武器持って戦っている暇がないですね!」
「く。はははははは。こいつは一本取られたわ。今ので儂は信じた! 儂は領主殿を信頼し、忠義を誓おう。必ず元部族どもをこのサナリアの民へと変えてみせよう。気持ちを一つとして、帝国一の人種にしようではないか。サナリア人の誕生だ」
「おお。いいですね。サナリア人ですか。それ、採用しましょうか。ここを愛する人。それだけで、サナリア人としましょう。元賊も。元族も、元々のサナリア王国民も関係ありません。条件は一つ。ここを愛する人間にしましょう。ね! アルザオ」
「うむ。賛成だ。ここから。サナリア人が一致団結しようではないか。ガハハハ」
こうしてフュンは、父が戦ってきたかつての敵たちを味方にした。
本来ならば、父がやらねばならなかったサナリアの民の意識の融合。
サナリア人という概念を生み出すこと。
それをフュンがやってのけたのである。
人を惹きつける魅力ある若者。
それが、サナリア辺境伯フュン・メイダルフィア。
彼と彼らサナリア人は、帝国一の大都市を築くために、共に前へと進むのである。
目指すはアーリアで一番の大都市である・・・。
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