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第二部 辺境伯に続く物語
第165話 強くなければ、人を守れない
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「終わりましたね」
「ええ。とても良い勝負でしたね。シルヴィア、感想どうです?」
「そうですね。ゼファーの課題点も見つかり、とても有意義な訓練です。ミシェルの狙いもそこでしょう」
「さすがはミシェル。ありがたい。ゼファーの事を見ていてくれてね。僕とミラ先生だけが目をかけるのは良くないですからね。良い仲間に囲まれて、僕らは幸せ者ですね」
そんな感想を言いながら、フュンとシルヴィアは戦い終えた二人の元に向かった。
フュンがゼファーの前に立つ。
「お疲れ様ですよ。ゼファー」
「申し訳ありません。殿下。失態をお見せしました」
「ん? 失態? いいえ、あなたは失態など見せてませんよ。あれはミシェルが上手かったのです。一枚も二枚もね」
「・・・それは・・・たしかにそうですが」
殿下がそばにいながら、華麗な敗北を見せてしまった事に無念さを感じている。
ゼファーは情けない気持ちで一杯だった。
◇
二人の会話が止まっている間、少し離れた位置の二人が話す。
「ミシェル。お疲れ様です」
「お嬢。どうでしたか。私の動きは」
「よいです。あなたはザイオンを越えたのでは……ザイオンも嬉しいでしょう」
「いいえ。お嬢。それはありえませんよ。ザイオン様の圧力は凄まじいものがありますからね」
「まあそうですけども。あのような部隊運用をすればザイオンも手玉に取れるでしょう。ゼファーもまたザイオンと似たようなタイプですからね・・・だから。あなたはああいう男に惚れるのでしょう。あなたはザイオンを心の底から尊敬してますからね」
様々なタイプの上司がいるウォーカー隊の中で、ザイオンを一番の師だと思ってるミシェル。
猛将で愚直、勢いで相手を圧倒しようとするタイプの人間が、ミシェルの好みである。
「・・・ん? 惚れる?」
「ええ。好きなのでしょ? ゼファーが?」
「・・・・いやいやいや。ま・・・まさか・・・まさかまさか」
「ふふっ。あなたが動揺するなんて珍しい。やっぱり好きなのですね」
「んんん。お嬢・・・お人が悪いです」
「ええ。もちろん、黙っていますよ。あなたらしく、彼を支えなさい」
「・・・はい」
ミシェルはお嬢の忠告を素直に聞いた。
こちらの話は、乙女の会話であった。
◇
「では、ゼファー。あなたが負けた原因がなんなのか。気付いていますか?」
「それは・・・・やはり部隊の運用の仕方が・・・」
こちらはこちらで反省会に入った。
「それは違います。あなたは自分の得意分野を駆使して戦いました。それに気付いていますか」
「得意分野?」
「ええ。あなたの部隊の得意攻撃。それはあなた自身が先頭に立つです」
「私・・・自身が?」
先陣を切る戦い方がゼファーの得意攻撃である。
「そうです。あなたは猛将の突撃型です。自分を中心に置いて、軍を操るようなタイプの知将じゃないことはご存じでしょう」
「もちろんです。殿下のようにはいきません」
「いや、僕もそっち側じゃないんですけど、まあいいでしょう」
フュンは自分を知将型だと思っていなかった。
「いいですか。あなたは自分が先頭に立って戦うタイプの将軍です。例えば、猛将であってもスクナロ様のようにどっしり本陣で構えて、攻撃タイミングを見定めるタイプではなく、ザイオンと同じ自らが先頭に立つ猛将ですね。ですから、噛み合うと圧倒的な攻撃力を見せます」
「噛み合うと?」
「そうです。相手の将との駆け引きに噛み合うと、こちら側が圧倒的に戦場を支配できるのです。あなたはそれを体験しているはずです。サナリアでの戦いのときにです」
「・・・なるほど・・・なるほど!!! そうでしたか。あの時はシュガ殿が」
色々な場面を思い出して、ゼファーの顔は明るくなった。
「そうです。あなたは補佐をしてくれる人がいるとさらに輝く。しかし今回は周りにそのような者がいない。そうなるとあなたは、完璧に実力を出したとしても、まだまだ上の実力を隠している状態になります。それでは、あのミシェルには勝てません。彼女はそこら辺が上手い。攻防バランスが絶妙で彼女は相手をよく見ている。とても優れた将なのです。あなたを封鎖する動きをしたら、あとはもう他の兵らは負けてしまいます。しかも、あなたの兵は、あなたの勢いを失うと、部隊の強さが半減するのです」
「・・・なるほど・・・殿下。ならば私が悪いというよりも」
「そうです。噛み合わせの問題が起きてます。しかし、だからと言って、このままではいけません。あなたも誰かの支えなしで戦わなければならない時が来ますからね。一人で兵を指揮する時が来ます」
フュンは優しく諭すように次の課題を突き付けた。
「いいですかゼファー。相手を深く理解する。相手の動きを。相手の意図を。両方を理解して、自分の強みを出していくのですよ。あなたは弱いわけじゃない。ミシェルに手玉に取られただけなのです。あと、一対一でミシェルに勝ち切れなかったのは、あなたの癖を読まれたから。彼女の観察眼は鋭い。だから、ゼファー。彼女に負けじと頑張りなさい。しばらくミシェルの指導をもらうといいです。彼女と二人三脚で頑張れば、あなたはもっと強くなります。指導をもらいなさいね」
「・・・はい! 殿下ありがとうございます。ミシェル殿にもう一度挨拶してきます!」
「ええ。そうしてください」
ゼファーの真っ直ぐな態度がとても愛おしい。
そう思うフュンは、ミシェルの元に急いで向かう彼の背を見つめていた。
◇
「お願いしたいです。私を強くしてください!」
「え? あなたの? なにをです?」
「指導が欲しいです」
「・・・あ、そういうことですか」
ミシェルは文脈がない言葉に驚きながらも、ゼファーが何が言いたいのかを理解した。
同じ武人。しかも憧れの師であるザイオンに似ている武人。
だがらこそできる離れ業だ。
ミシェルは、相手の気持ちを理解することに長けているのだ。
「いいでしょう。ゼファーさん。元気が出てきているようですから、厳しくいきますよ」
「はい。お願いしたいです」
二人の微笑ましい様子を、フュンとシルヴィアが笑顔で見守っていた。
「フュン。あの子たちは強くなりますね」
「そうですね。僕と一緒ですね」
「ん?」
「僕はあなたから学びましたよ。戦術も。剣術も。将としての在り方も。ただ、あなたはミシェル寄りの将で。僕は猛将じゃありませんけどね」
「そうでしたね。あなたは、知略寄りの将で、大将の器。総大将に相応しい人間性を持ってますからね・・・ゼファーとは違って当然です」
「……ですが僕も、強くなっていかないといけませんね」
「ん? なぜです? これ以上ですか」
「はい。なんだかですね。あの敵たちは僕も標的らしいんですよね・・・」
「え。例のですか?」
「はい。敵は何故か僕の命を狙っているように感じるんですよ」
「そんな馬鹿な・・・あなたを?」
「・・・んんん。過去を探るとですね。大体にして僕を標的にしている点がありましてね。僕は確実に相手のリストにいるような気がします。王家でもないのに・・・」
常に考えていることがある。
それは、自分が狙われている理由と当時の状況だ・・・。
辺境の王子であった自分が、敵の標的の一人として数えられているのは何故か。
これが領主となった現在でも考えている事である。
自分が思う殺害機会。
それは、あの誘拐事件。貴族集会。それとサナリアでの戦争時だ。
この三つの出来事が、自分を殺そうとした事件だと思っている。
そして、冷静に考えた結果。
貴族集会。
これが、最も複雑な動きをした攻撃だと認識している。
他の二点は明らかに自分を標的にしたのが分かるが、貴族集会だけは明確な殺意がなかった。
帰順することが話し合いの主であったからだ。
ヴァーザックまでが例の組織かどうかは分からないが、スカーレットは確実に組織の一員だった。
彼女の背にある刺青がその証拠。
それとあの家族の中で彼女だけがキレ者だ。
頭の回転が良い武闘派、厄介極まりない女性である。
そしてあの時フュンはタイローによって、ストレイル家との舌戦に入った。
あれは誘導だったと思う。
タイローとスカーレットが繋がっているからこそ、あちらに誘導されたのだ。
そしてもう一つ、あの時で一番の不可解な事件。
それが、ゼファーの件だ。
おそらく食事に毒を盛られたことから始まっている事件。
でも食事に毒が盛られているのならば、他の周りの者らも痺れてもおかしくないのに、ゼファーだけが毒で痺れた。
ということは、ゼファーに対してピンポイントに毒が盛られたのだ。
だったら彼に食事を与えた者が怪しい。
そしてゼファーに食事を与えた人物をフュンは知っている。
それがタイローである。
ヒルダらと話し込む自分を差し置いて、巧みな会話で彼を誘導して食事をさせた。
だからタイローが犯人かもしれないと、フュンは前から予想していて、今回の件でヒルダと話した際に彼には刺青があるのだという言葉により、犯人と確定したのだ。
でもフュンは、タイローから、例の組織の人間の匂いがしないと思っている。
あそこの組織の人間には独特のにおいがある。
闇特有の悪の波動のようなものを感じるのだ。
誘拐事件の時の毒使いの男。
シーラ村武装蜂起事件の時の色のない毒剣使い。
サナリア平原の戦いの時の影の集団。
これらの敵は、皆特徴が一致している。
それに加えて、特殊な訓練を受けた動きがあるのだ。
あれらは決して拭えない、ごまかすことが出来ないもの。
あのスカーレットにだって、一部それらの動きの特徴があった。
でも彼にはその特徴がない。
心がとても綺麗で、動きには別の武芸の洗練さがある。
タイローは違う訓練を受けているような動きをしているのだ。
彼をよく見ているフュンだから気付いている事である。
フュンは、タイローには何か事情があると思っている。
何か組織に入らないといけないような理由がだ。
だからこそあの時に会って話しておきたかったのだが、就任パーティー時で、会えるタイミングが会った時には、タイローがいなくなってしまった。
フュンはあのタイミングで会えるのであれば、気になる部分を聞き出そうとしていたのだ。
「世界は動いています。それも複雑に・・・僕はあなたを守るために。サナリアを守るために生きねばなりません」
自分とサナリアを強くしていかないと、ダーレーが勝つ帝国にはならない。
そして、最終的にはダーレーが勝たねば、帝国は消滅するのだ。
フュンは自らの予想の中で、これだけが確定している未来だと思っている。
帝国の未来を守るためには、シルヴィアが皇帝にならないといけないのだ。
「だから強くならないといけません。なのでシルヴィア、明日から修行をお願いします。あなたの技をもっと教えてもらわないとね。一個人としても強くあらねばなりませんからね」
「ええ。いいでしょう。でも覚悟してください。ここからの私は厳しいですよ。前よりも厳しくいきます。私はもうあなたを捕まえましたからね。正式に婚約者ですもの。私からはもう逃げられませんよ。修行でも遠慮しません。私は全力を出しましょう」
「・・・え・・・あれで全力じゃなかったの・・・あのぉ。そこはちょっと遠慮してくださいよ。僕にも無理というものが・・・」
「いいえ。強くなってもらうためには、限界を越えなければね! 私よりも強くなりましょうね」
「・・そ・・・そんなぁ」
ちょっと失敗したかもと思ったフュンはこの日を楽しく終えたのでした。
「ええ。とても良い勝負でしたね。シルヴィア、感想どうです?」
「そうですね。ゼファーの課題点も見つかり、とても有意義な訓練です。ミシェルの狙いもそこでしょう」
「さすがはミシェル。ありがたい。ゼファーの事を見ていてくれてね。僕とミラ先生だけが目をかけるのは良くないですからね。良い仲間に囲まれて、僕らは幸せ者ですね」
そんな感想を言いながら、フュンとシルヴィアは戦い終えた二人の元に向かった。
フュンがゼファーの前に立つ。
「お疲れ様ですよ。ゼファー」
「申し訳ありません。殿下。失態をお見せしました」
「ん? 失態? いいえ、あなたは失態など見せてませんよ。あれはミシェルが上手かったのです。一枚も二枚もね」
「・・・それは・・・たしかにそうですが」
殿下がそばにいながら、華麗な敗北を見せてしまった事に無念さを感じている。
ゼファーは情けない気持ちで一杯だった。
◇
二人の会話が止まっている間、少し離れた位置の二人が話す。
「ミシェル。お疲れ様です」
「お嬢。どうでしたか。私の動きは」
「よいです。あなたはザイオンを越えたのでは……ザイオンも嬉しいでしょう」
「いいえ。お嬢。それはありえませんよ。ザイオン様の圧力は凄まじいものがありますからね」
「まあそうですけども。あのような部隊運用をすればザイオンも手玉に取れるでしょう。ゼファーもまたザイオンと似たようなタイプですからね・・・だから。あなたはああいう男に惚れるのでしょう。あなたはザイオンを心の底から尊敬してますからね」
様々なタイプの上司がいるウォーカー隊の中で、ザイオンを一番の師だと思ってるミシェル。
猛将で愚直、勢いで相手を圧倒しようとするタイプの人間が、ミシェルの好みである。
「・・・ん? 惚れる?」
「ええ。好きなのでしょ? ゼファーが?」
「・・・・いやいやいや。ま・・・まさか・・・まさかまさか」
「ふふっ。あなたが動揺するなんて珍しい。やっぱり好きなのですね」
「んんん。お嬢・・・お人が悪いです」
「ええ。もちろん、黙っていますよ。あなたらしく、彼を支えなさい」
「・・・はい」
ミシェルはお嬢の忠告を素直に聞いた。
こちらの話は、乙女の会話であった。
◇
「では、ゼファー。あなたが負けた原因がなんなのか。気付いていますか?」
「それは・・・・やはり部隊の運用の仕方が・・・」
こちらはこちらで反省会に入った。
「それは違います。あなたは自分の得意分野を駆使して戦いました。それに気付いていますか」
「得意分野?」
「ええ。あなたの部隊の得意攻撃。それはあなた自身が先頭に立つです」
「私・・・自身が?」
先陣を切る戦い方がゼファーの得意攻撃である。
「そうです。あなたは猛将の突撃型です。自分を中心に置いて、軍を操るようなタイプの知将じゃないことはご存じでしょう」
「もちろんです。殿下のようにはいきません」
「いや、僕もそっち側じゃないんですけど、まあいいでしょう」
フュンは自分を知将型だと思っていなかった。
「いいですか。あなたは自分が先頭に立って戦うタイプの将軍です。例えば、猛将であってもスクナロ様のようにどっしり本陣で構えて、攻撃タイミングを見定めるタイプではなく、ザイオンと同じ自らが先頭に立つ猛将ですね。ですから、噛み合うと圧倒的な攻撃力を見せます」
「噛み合うと?」
「そうです。相手の将との駆け引きに噛み合うと、こちら側が圧倒的に戦場を支配できるのです。あなたはそれを体験しているはずです。サナリアでの戦いのときにです」
「・・・なるほど・・・なるほど!!! そうでしたか。あの時はシュガ殿が」
色々な場面を思い出して、ゼファーの顔は明るくなった。
「そうです。あなたは補佐をしてくれる人がいるとさらに輝く。しかし今回は周りにそのような者がいない。そうなるとあなたは、完璧に実力を出したとしても、まだまだ上の実力を隠している状態になります。それでは、あのミシェルには勝てません。彼女はそこら辺が上手い。攻防バランスが絶妙で彼女は相手をよく見ている。とても優れた将なのです。あなたを封鎖する動きをしたら、あとはもう他の兵らは負けてしまいます。しかも、あなたの兵は、あなたの勢いを失うと、部隊の強さが半減するのです」
「・・・なるほど・・・殿下。ならば私が悪いというよりも」
「そうです。噛み合わせの問題が起きてます。しかし、だからと言って、このままではいけません。あなたも誰かの支えなしで戦わなければならない時が来ますからね。一人で兵を指揮する時が来ます」
フュンは優しく諭すように次の課題を突き付けた。
「いいですかゼファー。相手を深く理解する。相手の動きを。相手の意図を。両方を理解して、自分の強みを出していくのですよ。あなたは弱いわけじゃない。ミシェルに手玉に取られただけなのです。あと、一対一でミシェルに勝ち切れなかったのは、あなたの癖を読まれたから。彼女の観察眼は鋭い。だから、ゼファー。彼女に負けじと頑張りなさい。しばらくミシェルの指導をもらうといいです。彼女と二人三脚で頑張れば、あなたはもっと強くなります。指導をもらいなさいね」
「・・・はい! 殿下ありがとうございます。ミシェル殿にもう一度挨拶してきます!」
「ええ。そうしてください」
ゼファーの真っ直ぐな態度がとても愛おしい。
そう思うフュンは、ミシェルの元に急いで向かう彼の背を見つめていた。
◇
「お願いしたいです。私を強くしてください!」
「え? あなたの? なにをです?」
「指導が欲しいです」
「・・・あ、そういうことですか」
ミシェルは文脈がない言葉に驚きながらも、ゼファーが何が言いたいのかを理解した。
同じ武人。しかも憧れの師であるザイオンに似ている武人。
だがらこそできる離れ業だ。
ミシェルは、相手の気持ちを理解することに長けているのだ。
「いいでしょう。ゼファーさん。元気が出てきているようですから、厳しくいきますよ」
「はい。お願いしたいです」
二人の微笑ましい様子を、フュンとシルヴィアが笑顔で見守っていた。
「フュン。あの子たちは強くなりますね」
「そうですね。僕と一緒ですね」
「ん?」
「僕はあなたから学びましたよ。戦術も。剣術も。将としての在り方も。ただ、あなたはミシェル寄りの将で。僕は猛将じゃありませんけどね」
「そうでしたね。あなたは、知略寄りの将で、大将の器。総大将に相応しい人間性を持ってますからね・・・ゼファーとは違って当然です」
「……ですが僕も、強くなっていかないといけませんね」
「ん? なぜです? これ以上ですか」
「はい。なんだかですね。あの敵たちは僕も標的らしいんですよね・・・」
「え。例のですか?」
「はい。敵は何故か僕の命を狙っているように感じるんですよ」
「そんな馬鹿な・・・あなたを?」
「・・・んんん。過去を探るとですね。大体にして僕を標的にしている点がありましてね。僕は確実に相手のリストにいるような気がします。王家でもないのに・・・」
常に考えていることがある。
それは、自分が狙われている理由と当時の状況だ・・・。
辺境の王子であった自分が、敵の標的の一人として数えられているのは何故か。
これが領主となった現在でも考えている事である。
自分が思う殺害機会。
それは、あの誘拐事件。貴族集会。それとサナリアでの戦争時だ。
この三つの出来事が、自分を殺そうとした事件だと思っている。
そして、冷静に考えた結果。
貴族集会。
これが、最も複雑な動きをした攻撃だと認識している。
他の二点は明らかに自分を標的にしたのが分かるが、貴族集会だけは明確な殺意がなかった。
帰順することが話し合いの主であったからだ。
ヴァーザックまでが例の組織かどうかは分からないが、スカーレットは確実に組織の一員だった。
彼女の背にある刺青がその証拠。
それとあの家族の中で彼女だけがキレ者だ。
頭の回転が良い武闘派、厄介極まりない女性である。
そしてあの時フュンはタイローによって、ストレイル家との舌戦に入った。
あれは誘導だったと思う。
タイローとスカーレットが繋がっているからこそ、あちらに誘導されたのだ。
そしてもう一つ、あの時で一番の不可解な事件。
それが、ゼファーの件だ。
おそらく食事に毒を盛られたことから始まっている事件。
でも食事に毒が盛られているのならば、他の周りの者らも痺れてもおかしくないのに、ゼファーだけが毒で痺れた。
ということは、ゼファーに対してピンポイントに毒が盛られたのだ。
だったら彼に食事を与えた者が怪しい。
そしてゼファーに食事を与えた人物をフュンは知っている。
それがタイローである。
ヒルダらと話し込む自分を差し置いて、巧みな会話で彼を誘導して食事をさせた。
だからタイローが犯人かもしれないと、フュンは前から予想していて、今回の件でヒルダと話した際に彼には刺青があるのだという言葉により、犯人と確定したのだ。
でもフュンは、タイローから、例の組織の人間の匂いがしないと思っている。
あそこの組織の人間には独特のにおいがある。
闇特有の悪の波動のようなものを感じるのだ。
誘拐事件の時の毒使いの男。
シーラ村武装蜂起事件の時の色のない毒剣使い。
サナリア平原の戦いの時の影の集団。
これらの敵は、皆特徴が一致している。
それに加えて、特殊な訓練を受けた動きがあるのだ。
あれらは決して拭えない、ごまかすことが出来ないもの。
あのスカーレットにだって、一部それらの動きの特徴があった。
でも彼にはその特徴がない。
心がとても綺麗で、動きには別の武芸の洗練さがある。
タイローは違う訓練を受けているような動きをしているのだ。
彼をよく見ているフュンだから気付いている事である。
フュンは、タイローには何か事情があると思っている。
何か組織に入らないといけないような理由がだ。
だからこそあの時に会って話しておきたかったのだが、就任パーティー時で、会えるタイミングが会った時には、タイローがいなくなってしまった。
フュンはあのタイミングで会えるのであれば、気になる部分を聞き出そうとしていたのだ。
「世界は動いています。それも複雑に・・・僕はあなたを守るために。サナリアを守るために生きねばなりません」
自分とサナリアを強くしていかないと、ダーレーが勝つ帝国にはならない。
そして、最終的にはダーレーが勝たねば、帝国は消滅するのだ。
フュンは自らの予想の中で、これだけが確定している未来だと思っている。
帝国の未来を守るためには、シルヴィアが皇帝にならないといけないのだ。
「だから強くならないといけません。なのでシルヴィア、明日から修行をお願いします。あなたの技をもっと教えてもらわないとね。一個人としても強くあらねばなりませんからね」
「ええ。いいでしょう。でも覚悟してください。ここからの私は厳しいですよ。前よりも厳しくいきます。私はもうあなたを捕まえましたからね。正式に婚約者ですもの。私からはもう逃げられませんよ。修行でも遠慮しません。私は全力を出しましょう」
「・・・え・・・あれで全力じゃなかったの・・・あのぉ。そこはちょっと遠慮してくださいよ。僕にも無理というものが・・・」
「いいえ。強くなってもらうためには、限界を越えなければね! 私よりも強くなりましょうね」
「・・そ・・・そんなぁ」
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