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第二部 辺境伯に続く物語

第163話 続々 勘違いお姫様

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 帝国歴520年 8月5日。

 この日のフュンも、執務室で色々な調整をしていた。
 今後の計画を先へと進めるための書類を作成して、予定よりも前倒しで実行していきたいと意気込み、寝る間を惜しんで次々と計画を立てて実行しようとしていたのだ。
 忙しさは今までの比じゃない。
 それは子供の頃のミランダとの修行よりも忙しかった。

 「はぁ。終わらない。でもこれでも仕事は少なくなってると思うんですよね。本来なら陛下にいちいちお伺いをしないといけないんですよ。それが報告書くらいで済んでいるのです。もし、これらが免除されていなかったら、これの倍以上は忙しかったと思いますよね。だから、陛下。助かりますよ。ほんとに・・・僕を信じてくれてね。ええ・・・非常に助かってます」

 椅子の背もたれに、べったり背をつけて、顔を上に上げた。
 目を瞑り、ほんの一瞬だけの回復を図る。
 横になれば瞬時に眠りそうだったので、この姿勢でなんとかしようとした。

 「ん? 陛下があなたを信じる?」

 目を瞑っているフュンの真横から声が聞こえた。

 「ええ。僕を信じてくれるからこそ、あのような役割を任せてくれたんですよね……。陛下も懐が深い」
 「それはどんな役割ですか? 私は知りませんよ?」
 「それは・・・って、なんでシルヴィアがここにいるんですか!?」

 目を開けると隣にシルヴィアが立っていた。
 あまり寝てないから、夢であるのだろうと、フュンは目を擦る。
 それでも隣にいるので本物だと思った。
 
 「ええ。皆さんにお聞きしたらこちらにいると言っていたので」
 「そうですか。って、シルヴィア。気配断ちを使いましたね」
 「ええ。驚かせようとしてですね……それで、どうです。驚きました?」
 「まあ、驚きましたよ。あなたがこちらにいるとは誰も思いませんよ」
 「それはよかった。それで、陛下から貰った役割とは?」
 「・・・あ、それはですね。僕が陛下をお支えするってことですよ」

 具体的なことを言えないが、嘘も言えないので、当たり障りのない事と本当の思いを混ぜた。
 嘘が上手くなったフュンである。

 「それだけですか? 本当に???」
 「ふっ・・・僕を疑ってますね。僕が本当のことを言わないと思いますか。嘘つけますか? シルヴィアにね」

 フュンはシルヴィアの目を見た。
 意地でも目を離さない。
 ここで目を切ると動揺が走るので、正直で押し通る。

 「無理ですね。あなたは正直者です」 
 「そうでしょう。あなたを守ると、決めていますからね。全部正直に話してますよ」
 「・・え。はい。もちろん知ってます」

 表情が、一瞬で嬉しそうな顔に変わったので、何とかごまかせたと内心ほっとしているフュンは、話題を切り替える。

 「それで、なぜこちらに? お仕事は?」
 「兄様がハスラに向かいました。私は一か月ほどお休みです」
 「おお。そうですか。そんなに長くは珍しい・・・お? え? じゃあ、ジーク様はどうしてるのですか?」
 「一か月ハスラで、仕事です!」
 「あらま。それは大変だ・・・」

 押し付けられたんだろうな。
 と思うフュンは、苦笑いをした。

 「これから一か月一緒ですよ。いいでしょフュン」
 「まあ、それは嬉しいですけど。あまり一緒にいられませんよ」
 「どうして?」

 可愛らしく小首を傾げた。
 彼女にしては珍しいワンシーンである。

 「どうしてもなにもですね。僕、忙しいんですよ。死ぬほど書類を書いて、計画を立てないといけませんからね。それと実行もしないといけません。そうだ。あなたも来てくれたのなら、手伝ってください。これ、分類しておいてください。お願いします」
 「・・・え!?」

 シルヴィアの前に置かれたのは山積みになった書類。
 ハスラの自分の仕事量の三倍ほどの紙である。

 「これは・・・なんでこんなに」
 「僕はやることがあるのですよ。ただここを治めるのでは、都市の力が足りないのです。ここを強固に作り上げないといけないのです。なので、その仕事が終わりましたら、サティ様の所に行ってください。サティ様も忙しいだろうから、人手が欲しいでしょうからね」
 「え? そ、そんな」

 せっかく会いに来たのに。
 と言いたいところだが、忙しそうに書類と睨めっこするフュンを見たら言えなかった。
 シルヴィアは黙って分別作業をし始めた。

 「ああ。そうだ。せっかく来たんです。夜は一緒にご飯を食べましょう。僕の家族も紹介しますから」
 「・・・家族?」
 「ええ。小さい頃から僕の面倒を見てくれたメイドさんと執事さんですよ。今もお世話になっていますからね。だからもう僕の家族ですよね。彼女たちはお姉さんと言ってもいいです。あと。マルフェンさんはおじさんかな。ダンディな男の人ですから、すぐに馴染みますよ」
 「はぁ。そうですか・・・」
 「まあまあ。そんなにがっかりしないで。僕との時間はありますから、とりあえず今は忙しいということで、仕事しますよ」
 「・・・そうですね・・・私、せっかく仕事を終わらせて、こちらに休みに来たのに・・・仕事をやることになるのですね」
 「いいからいいから。ハハハハ」
 「しょうがないですね」

 フュンの笑顔を見たら文句が言えない。
 結局は、惚れた方の負けなのだ。
 フュンもシルヴィアが好きであるのだが。
 それ以上にシルヴィアの方がフュンを好きなのである。
 
 「ああ。そうだ。あとで、サナリアを一緒に見学に行きますよ。あなたが僕の婚約者だと。皆さんにお知らせしなければね。紹介しないと未来の奥さんですって」
 「・・・・・え!? そ、そうですか。なら気合いを入れて仕事しなければ!」
 
 シルヴィアは現金でもあった。
 
 ◇

 サナリアの王宮は、一階建ての平屋の作りで、白が基調で玉ねぎ頭の黄金がある不思議な王宮だ。
 その王宮の西側にある今の特別牢周辺には何もない。
 そこらは建物が完璧に壊されていて、今は特別牢を中心に囲いが出来ている。
 外から見物客が中を覗けるような形となっているのだ。
 この中に暮らすのは、重罪人のズィーベの側近たちと母親。
 それと体を動かせないラルハンだ。
 彼らは共に力を合わせて、現在はここで暮している。
 始めのうちは人から見られて気分を害していたようだが。
 今はそんなことを気にしている余裕がないほどに、厳しい生活を送っているのである。

 そして、それとは逆の東側は、まだ建物が残っている。
 雑務が出来る場所を確保しなければフュンたちが仕事をすることが出来ないからだ。
 サナリア平原のど真ん中に大都市が出来れば、ここもお払い箱であろう。
 その東側の廊下をフュンとシルヴィアは並んで歩いていた。

 「フュン」
 「はい?」
 「あそこの部屋はなんですか。なぜ、あんなに厳重に?」
 「ああ。あそこは秘密ですからね。僕らのとっておきです」
 「そうですか。なんだか怪しい・・・ですね」

 シルヴィアが指さしたのは、鎖で厳重にドアを塞いである扉だ。
 他は出入り自由のようなスタイルなのに、ここだけやけにおかしいのである。
 この場だけ、浮いていると言ってもいい。

 「怪しくないですよ。ここは特訓場になってますから。シルヴィアが入っても意味がありません。次に行きますよ。僕のお姉さんたちであるメイドさんと、マルフェンさんに会ってもらいたいですから」
 「……誰かいるんでしょ。何か隠してるんですか? まさか、あなたの女ですか!? 囲ってるんですか!!」
 「は??? 何を言ってるんですか。そんなわけないでしょ。僕にはあなたがいるんですから、女性を囲うわけがありません! それになんで僕が、こんな変なところに人を隠すんですか!」
 「私がいないからと言って、その女たちと・・・許しません」
 「妄想はやめなさい! 話を聞きなさいシルヴィア。想像のしすぎですって、あなたは・・・・もうそんなに嫉妬深いのですか・・はぁ」

 フュンは、ため息を連発していた。
 そんな彼をおいて、シルヴィアは戦闘態勢に入った。 

 「やましくないのなら、入ってもよろしいはず」
 「え?」
 「ふん!」

 フュン関連で知らないことがあるのが嫌なシルヴィアは、頑強な鎖を戦姫の剣技で切り裂いた。
 相変わらず鮮やかな剣技である。

 「失礼します!」

 シルヴィアが中に入る。
 そこは薄暗い明かりのない部屋であった。
 カーテンが締め切りになっていて、お昼なのに暗い。

 「暗いですね。何しているのですか・・・あ?」
 「シルヴィア。駄目ですよ。邪魔しないでください」

 フュンに肩を掴まれたシルヴィアが見たのは。

 「駄目だぞ! こいつらのように発声だぞ。ほれ」

 サブロウがとある指導をしていた。

 ニールが。

 「おえあいうおあ」

 ルージュが。

 「きゅうるるるるる」

 二人が奇声を発して声を裏がえしていた。
 戦う特訓というよりも、発声練習のようなものだ。

 サブロウらの特訓を受けているのは、二人の男女。
 青い短髪の男性が両手を広げて。
 顔にそばかすがついている女性は、小さな口を大きく開いて発声していた。
 
 「「おえあいうおあ」」「「きゅううるるるるる」」

 上手くできていないらしい。
 自分の出来の悪さにがっかりしている男女と共に、サブロウと双子も首を横に振り続けていた。

 「あれは・・まさか」
 「シルヴィアは得意じゃないんですよね」
 「ええ。私には出来ませんでしたよ。偽装術ですね」
 「そうです。偽装術の変声術です。ニールとルージュが得意なので先生になってもらってます」
 「そうでしたか。なら、ここは影の訓練場なのですね。だから厳重に鍵を……それは申し訳ない。私はお邪魔でありますね」
 
 それ以上部屋に入るのを躊躇したシルヴィアは、入口から出て行こうと二歩分後ろに下がる。

 「まあ、せっかく入っちゃったのだったら、しょうがない。しばらくいますか? サブロウの手ほどきでもらいますか?」

 フュンは、彼女の肩に手を置いて動きを止める。
 あそこまでやったのに見ていかないのですかと。

 「い。いえ。私は偽装術だけは得意じゃないので」
 「わかりやすいですね。嫌なんですね。この特訓」
 「ええ。まあ、幼い頃。これだけは出来ないと、先生に泣きつきましたから」
 「そうだったんですね。まあ、そうですよね。シルヴィアには無理そうですよ。心の綺麗なあなたには、誰かを騙す技なんて似合わないですしね」
 「・・・・・・」 

 恥ずかしそうにしたシルヴィアが部屋を背にして入口を目指した。
 その隣に立つフュンは、サブロウの顔を見る。
 するとサブロウがフュンと目を合わせる。
 何かの合図を出して、頷き合った。
 
 「それじゃあ。いきますよ。あとは僕の行きたい所でいいですね」
 「・・・はい。大人しくついていきます」

 しょんぼりしたシルヴィアはフュンの後をついていくことに決めた。

 シルヴィアが幼い頃。
 彼女は、ありとあらゆる武芸をミランダとサブロウの二人に叩き込まれた。
 二人の指導は厳しく激しいものだった。
 だからこそ様々な力を身に着けていったのだ。
 その際の彼女の成長速度からして、天才だとしてもよいとの評価をしたのだ。
 ただ一つ。
 彼女が唯一学べなかったものがある。
 それが偽装術である。
 偽装術は、ありとあらゆる潜入ミッションに置いての基礎。
 隠密術と合わせると、誰にも気づかれなくなるのは間違いないのだ。
 だが、彼女はこれが出来ない。
 声を変える変声術。
 これはニールとルージュがアージス平原で披露した技だ。
 動物や人の声も真似ることが出来る。
 次に変装術。
 顔や姿。仕草や態度をそっくりそのままにしていく技。
 潜入する際の第一歩目と言ってもいい。

 それで、これらの技が一切できないのがシルヴィアであった。
 それはおそらく、武人的性質があって、彼女にそれらが向いていないのだろう。
 工夫して修行をしても、習得は無理だったためにミランダとサブロウが諦めた経緯があるのだ。
 当時のシルヴィアは無表情で感情のない化け物に近かったので、真似事が出来なかったのではないかとも言われている。
 当時は人に関心がなかったようなのだ。
 母も幼い頃に失っていて、感情が薄いのも起因している。
 だがしかし、彼女はフュンと出会ってからは違う。
 彼との出会いで、彼女の顔には表情が生まれて。彼女の人生に色が付いたと言えるだろう。
 幼い頃のままであれば、これほどの笑顔で過ごす日々など想像ができない。
 それらの変化を、ミランダとサブロウは嬉しく思っている・・・。

 
 謎の部屋を後にしたシルヴィアは、笑顔で彼の隣を歩いていった。
 
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