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第二部 辺境伯に続く物語

第161話 英雄の頭脳 クリス・サイモン

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 帝国歴520年7月中旬

 サナリア平原の北東。
 大規模農場エリアのサナリア草区域にて。
 フュンとアンの視察中の事。

 「どうフュン君。バッチリじゃない?」
 「そうですね。すでにサナリア草が植えられていますね」
 「うん。こっちの人たちさ。勤勉だよね。すぐ技術を吸収したんだけど。凄くない!」
 「アン様の元でしっかり働いてくれてるんですね。よかったです」
 「うんそうだよ。ボクらの建築技術もすぐに吸収してさ。もうボクたちと一緒に建ててるんだよ。ほら、あれ! いいでしょ!!」

 フュンとアンが来たのは、農場で働く人用の宿舎。
 立派な建築物がすでに建てられようとしていた。
 サナリアの内戦から僅か二か月ほどの出来事である。
 土台はもう出来て、後は柱と壁を作るところだ。
 
 「もう土台が・・・そうだ、あっちはどうなりました?」
 「あっち? ああ、南東の所だね」
 「はい。牧場ですね」
 「うん。あっちは簡単な作りだからね。すぐに出来たよ。ほら、あそこには兵士訓練所がもうすでにあるじゃない。だからボクらは、でっかい柵くらいが大変でさ。牛舎と厩舎はすぐに作れたんだ。馬はもう入っているみたいだよ。野生の馬とか、元々いるお馬さんたちを入れてみるみたい。あとはもう少し拡大したいとは言っていたね。あとでやっておくね。それと牛は、来るのを待つ段階だって・・・・まあ、そこら辺の詳しい事はボクにはわからないや!」

 アンは、建物や工事関係の仕事には興味があるが、細かい部分には興味がないのだ。

 「そうですか。いやぁ。さすがはアン様だ。仕事が早いですね。帝国に馬産地ってなかなかないですからね。貴重な収入源になりそうです」
 「そうだね。帝国に馬を育てる場所って、あんまりないもんね」
 「ええ。ほぼありませんね。他に草原地帯が少ないのでしょうね。あと安定した気候ですかね。涼しさですよね。馬は暑さに苦しみますから」
 「そうなんだ」

 サナリアは安定した気候である。
 四季は当然ある。
 でも、夏が猛暑になることがなく、冬が厳冬になることもない。
 程よい気候の場所であるのだ。
 なので、全力で農作物や動物を育てれば、安定した収入源にすることが出来る。

 「ええ。暑さはよくありません。だから夏とかは気をつけておかないといけませんよ。まあでもサナリアはそこまで夏が暑くなるわけじゃありませんからね」
 「そうなんだね。生き物の事はよく分からないや。それじゃあ、ボクはたくさんサナリアの人と話しておかないとね。建築した物が有効かどうかも確認しないといけないね」
 「そうですね。そこら辺は関係者の人と話し合わないといけませんね。お任せしますよ」
 「うん。まかせてよ。ボク、頑張るよ」
 「ありがたいです。アン様」
 「ん! ここはアン義姉さんだよ。公の場じゃないし」
 「そうですね。アン義姉さん。頼りにしてます」
 「任せたまえ。義弟よ! どんどん建物、建てちゃうよ!!」
 「お願いしますね」

 フュンとアンは、ここから視察と、建物状況の把握をしてサナリアを回った。
 生まれ変わっていくサナリアには、新たな産業が出来上がりつつある。

 ◇

 二人で一通り巡った後。
 最後にサナリアの王宮を訪れた。

 「それで、もう壊しちゃうの? フュン君とか、どこに住むの?」
 「ええ。宿を一件丸々借りることになったので、そこに住みます。でもそこも一時的な物ですね。あちらの大都市が完成するまでの繋ぎです」
 「そう。じゃあ、破壊するよ。いいのかな。この王宮」
 「ええ。お願いします。再利用できそうなものはそのままで、出来ないものは捨てましょう。それと、あの特別牢の場所を中心に、開拓可能な土を作り、そこを囲いましょう。外から監視が出来るようなガラス張りの囲い。人々からの監視付きの生活にしますからね。見世物にしますよ。一生ね」
 
 怒りが滲む表情。声は普通でもその顔は怒っている。
 でもその変化はほんの僅かなものだ。
 付き合いが長くなってきたアンだからその変化を読み取れた。
 非常に珍しい感情が爆発したかのような彼の姿に、アンは恐れることはなく、むしろ人としてマイナスの感情を持っていたんだと安心した。

 「そっか。じゃあ、ボク壊すね。たぶん。あれ。特別牢を基準にして作るとなると簡単だから、結構早く出来るよ」
 「そうですか。ありがたいですね。ではお願いします」

 こうしてフュンは過去と決別した。思い出はここにある。
 母との楽しかった思い出も。父との哀しい思い出も。弟との苦しかった思い出も。
 メイドや兵士たちと一緒になって喜んだ思い出も。
 全てがあるこの地との決別をして、フュンは新たなサナリアを生むのである。

 「それじゃあ、あとはアン様におまかせしてと。あと一か月ちょいだな。クリスの所に行こう」

 ◇

 フュンは訓練をしているクリスの元に来た。
 訓練の内容は、戦略盤面図での戦いをしていたようで、戦場は終盤に近付いていた。
 ミランダとクリスの模擬戦闘に対して、見守る形を取っているのはルイスである。

 「む! ミランダが押されているとはのう。これは逸材であるな。この子は内政面の方の成長も素晴らしいからな・・・これは異端児かもしれん」

 ルイスが驚いている隣で。

 「ああ、クソジジイの言う通りなのさ。こいつ、すげえのさ。この一か月で爆速で成長してやがる。なんだこいつ?」

 ミランダもまた驚いていた。

 「そうでしょうか。自分ではわかりませんね。お二人が遥か高みにおられるので、私が成長した実感がありません」
 
 戦局は、クリスの方が良いらしい。
 彼は戦略に戦術。戦いを学習し始めたようで、それをどのタイミングで使うと効果的なのかを完璧に理解しているようなのだ。
 あの王国を手玉に取れるミランダが相手であっても、戦いで押し込んでいる事実が、それらを確定させている。
 
 「ほんじゃ。これはどうなのさ」
 「そうなると・・・こうですか。兵を引きます」

 クリスは、ほぼ悩まずに判断を下した。

 「なに?」
 「ここは挟撃しません。場所が悪いです。おそらくミランダ様は、そこの茂みに兵を置いてます。こちらが前のめりになった時が反撃のチャンスなのでしょう。ここの前面に兵を並べているだけで、裏では兵が少ないと思います。なのでここは引きます。それの方がミランダ様は打つ手がないはずです」
 「こいつ・・・人読みもするのか。天才かよ」
 「私が? まさか。私は凡人です」
 
 フュンの想像を超える成長を見せているのがクリスだった。
 盤面図を上から見たフュンは、戦況を確認した。

 「どれどれ・・・おお。先生が負けてますね。凄いですね。クリスの策略は!?」
 「そうなのさ。まあ、あたしが全力じゃねえけど。こいつの実力はもう・・・」
 「そうですね・・・僕くらいはありますね。先生が混沌無しに戦って、この盤面になるのなら、大体僕と同じくらいの才だ。ということはもうすでに・・・」
 「そうさな。軍の大将としてやっていけるな。こいつ、かなりの天才だぞ。お前が修行した三年間を一か月でこなしやがったのさ」
 「私が大将ですか? いや、無理であります。私はただの人ですから」
  
 クリスは首を横に振った。
 そのクリスの肩にフュンが手を置いた。

 「いやいや。それはないですよ。クリス。僕が見立てをしてみるとね。これは一軍の将じゃなく、総大将としての器もあると思います。だから自信を持ってください。って、そんなことを急に言われてもね。たぶん持てないと思いますから、出来るだけ僕のそばにいてください。あなたは必ず僕よりも優秀な軍人になりますからね」
 「え。いや。私には無理かと。フュン様よりもなどありえません」
 「大丈夫大丈夫。クリス、僕のそばにいてくれますか? あなたは軍師としての才がありますよ」
 「はい。それは絶対におそばにいます。それだけはします。おそばにいさせてください」
 「え。あれ? 軍師の件は? あれれ???」

 無表情の彼が、ちょっとだけ微笑んでいる。
 その顔を見たら、フュンは自分を信頼してくれているのだと思ったのでした。


 『クリス・サイモン』

 のちに。英雄の頭脳となる男であり。
 内政では、鉄血の宰相と呼ばれ。
 戦争では、漆黒の魔術師と呼ばれることになる。

 彼はゼファーと並ぶ超重要人物となる男。
 辺境地に現れた異端の天才として、これから成長していくことになる。
 もし彼が、ズィーベに捨てられていなかったとしたら。
 もし彼が、フィアーナに拾ってもらわなかったとしたら。
 この運命はなかったであろう。
 フュンとの出会いがなければ、サナリアの小さな村で一生を過ごしたかもしれない。
 彼は埋もれていた可能性があったのだ。
 だからこそ、彼は自分の才を見出してくれたフュンに生涯を捧げることとなる。

 天才の頭脳を得て、フュンは更に大きく羽ばたくことになる。
 それはサナリアだけではなく、帝国との戦い、それと王国との戦いにおいてもだ。
 しかしまだこの時点での彼は成長の途中。
 これからを楽しみにしておこう。
 
 
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