上 下
153 / 358
第二部 辺境伯に続く物語

第152話 辺境伯就任パーティー 嵐の前

しおりを挟む
 帝都の牢の警備は、他の都市とも見張りの数や厳重さでは変わりがない。
 ただ帝都の牢は、地下牢であり、施設中央にある螺旋階段を降りていく形式で、やや豪勢な作りとなっている。
 地下一、二、三とここらまでが通常の犯罪者が収監される牢であるのだが、四からは階段の場所も、部屋の作りも違っていて、四は重要犯罪人、五は特別犯罪人が収監されている。
 それらの主な収容者たちの身分は、貴族や王族だ。
 国家転覆罪などの特殊な罪に対して、地下四階と五階が存在するので、ここはほぼ使用することがないのだ。
 それに今の帝国の貴族や王族たちは、犯罪を起こすことが少ない。
 御三家戦乱などを乗り越えた彼らが、今の地位を捨てるようなやり方は滅多にしないからだ。
 だから現在、ほぼ誰も入ってこない場所なので、部屋を広々と使えたりする。
 意外にも快適に有意義に過ごせたりもするのだ。

 「わ。私は・・・で、出来るのか・・・・」

 地下五階の奥深くにいるヌロは、近い将来を不安視していた。
 ここから生きのびれるのか。
 それともこんなところで死んでしまうのか。
 不安が自分を埋め尽くして、この暗闇の恐怖も相まり、体に震えが出て来る。
 と一般的な犯罪者が収容された時の様子から予測しても無駄である。
 ヌロの精神状態なんて、ヌロにしか分からない事なのだ。
 
 「しかし・・・やらねばならんことを・・・しなければ・・・帝国は・・・終わるのだな。それだけは避けねばならない・・・私は王家の前に帝国人なのだ。計画を実行しなければ・・・」

 地上の光を得られないのに、ヌロは地下牢の天井を見つめて、決心を口に出していた。
 表情が絶望していても、目だけは絶望していない。
 なぜか彼は、まだ諦めていないのだ。


 ◇

 最初のフュンの挨拶から数時間が経った会場は、最高潮の盛り上がりを見せている所だった。
 踊り子たちが優雅な踊りを披露し、フュンの辺境伯の就任を祝う。
 艶やかな舞いは、会場中の人々を魅了していった。

 「いや、綺麗な踊りですね……何の踊りか知りませんがね。僕、田舎者ですからね。ハハハハ」
 「あれは龍舞じゃないでしょうか?」
 「龍舞??」
 「ええ。昔にあった祈祷の舞だった気がします。王家に伝わる伝統の踊りのひとつですね」
 「へぇ・・・伝統なんですね・・・あの足運び、独特ですね。動きが滑らかに見えます。しかしあれ、なにか・・・見覚えがある気がしますね・・・どこで見たんだろ」

 龍という名称があるのに、どこか蝶のような、軽やかな舞いにも見える踊り。
 幾重にも重なった艶やかな衣装を何重にも着込んでいる踊り子たちなのに、彼女らの動きは、武芸にも通じるような所作があり素早い。
 左右への移動のスムーズさ。上下へ移動する際の警戒具合。
 空間を大切にする動きをしていた。

 そんな独特な踊りを、ここでも二人は並んで見ていた。
 楽しそうにしているフュンの顔が見れてシルヴィアは嬉しそうに微笑んでいた。
 ・・・なのに!?

 「あ。あの人! マイアさんだ!」

 フュンは失礼ながらも踊り子の一人を指さした。

 「なるほど、踊り子さんだったんですね。いや、なんであの人。いつ見ても綺麗な人だろうと思ってたんですよね。どうりで……なるほどなるほど。踊りも綺麗ですね。ねえ、シルヴィア」
 「・・え!?」
 
 微笑んでいたのに急に怪訝そうな顔になった。
 心の中にモヤモヤが生まれる。
 
 「ん? どうしました?」
 「いえ・・・なんでもありません」

 少し怒った口調だ。
 フュンは踊りに夢中でその変化に気付かない。

 「そうですか?……あ、あの人は、カイレンさんだ。あ、ステラさんもいる! そっか、あの人たちも踊り子さんだったんだ。そっか。やっぱりお綺麗ですもんね。踊り子の衣装もよく似合っていて、より綺麗ですね。ああ、だからあれほどお肌をね。うんうん。気を付けていたわけですね。そういうことですか。ふむふむ」

 フュンは、常連さんの名前を呼んでいた。
 サティの会社メイフィアに顔を出せる時は、働くことにしているフュン。
 お客さんとのやりとりを覚えていることが多いのだ。
 特に、二回ほど会えば、顔や名だけじゃなく好きなことなどの個人の趣味すらも覚えるほどにフュンは人を覚えるのが得意なのである。
 人に興味がある彼は、とにかく人付き合いが上手いのだ。

 「こうなると、ファンデーションみたいなものも開発してあげたくなりますね。あの光とかに合わせて。そうですね。場面の明かりに合わせて肌のトーンを変えてあげるような化粧品が必要かもしれませんね。ただただお肌を綺麗にするだけじゃなくて、綺麗に見せる化粧品を開発するのもいいかもしれませんよね。うんうん。女性のニーズに合わせて、僕も考えないといけません。これはよく考えるべきでした。ええ‥‥‥どうでしょう。この考え! シルヴィア!」

 フュンの頭の中には、女性全体の笑顔が浮かんでいる。
 特定の誰かの笑顔ではないのだが。

 「・・・・知りませんよ。そんなこと。フン!」

 シルヴィアには、フュンが今あげた名前の人たちの笑顔が浮かんでいる。
 特定の誰かのために動こうとしているのかと一瞬だけ勘違いしたが、そんな不純な事を考えるような人でない事をシルヴィアだって理解している。
 でも、頭では理解していても、やっぱり自分を一番に見てほしいから少しだけ怒っていたのだ。
 乙女心を持つ戦姫なのだ。

 「え?? なんで、怒ってるんですか? なんで???」

 人に興味があっても、シルヴィアの嫉妬には気付かないフュンであったのでした。


 ◇

 【コンコン】

 自宅謹慎となっているリナの部屋にノックがあった。
 『こんな時間に何でしょうか』
 というチクチク言葉をついつい喉から出て来そうになる彼女は、部屋のドアに向かって返事をした。

 「どちら様で? なんの御用でしょうか」
 「お具合が悪いとお聞きしましたので、お部屋に入りたいのです。特別なものをお渡ししたいのですよ。リナ様、開けてもよろしいでしょうか?」

 ドアの向こうから女性の低い声が聞こえてきた。

 「え?・・・・特別な物? 私にですか?」
 「ええ。そうです。なので中に入ってもよろしいでしょうか。ご用意した物をお渡ししたいのです」
 「は、はい。開けてもいいですよ。どうぞ中へ」
 
 返事を聞いた相手がドアを開ける。
 服の色彩が黒多めのメイド服で、目立つ特徴的なオレンジ髪が綺麗に纏まっていない珍しく身なりを整えないスタイルのメイド女性が、ドア前で仁王立ちのようにして立っていた。
 そこから彼女はすぐに部屋に入る。
 
 「な、なんですの!?」

 ニヤニヤとしながら、オレンジ髪のメイドは内ポケットにある小物を取り出す。

 「では、こちらをご用意したので、あなた様には飲んで頂けると嬉しいですね……それと・・・」

 物を手渡した後に、謎のメイドの女はリナに耳打ちをした。

 「・・・え? わ、私が!?」

 話を聞いた瞬間、リナの全身の毛が逆立った。
 怖くなり、震えだす。

 「ええ。そうです。なのでその通りの手順でお願いしたい。それでは。そのようになりましたら、お願いします・・・失礼しました」

 女はリナの目の前で消えた。
 闇に溶け込むようにして、いなくなったのだ。 
 
 「き、消えた!? え、こ、これから一体何が起こるのですか・・・」
 
 しばらくリナは呆然とした。

 ◇

 帝国のどこか。
 とある一室にて。
 暗い部屋の中にいる男性は、豪勢な椅子に腰かけて、片手にワインを持ち、夜空を眺めていた。

 「ドス様。用意が出来ました」

 そのやや後ろの壁際に影が現れた。

 「・・・そうか。どのようになった?」
 「はい。ヌロはいつでも。リナはあなた様の許可次第ですと」
 「トレスはなんと言っていた?」
 「トレス様は、最後は赤きによると・・・・それが合図である。と言ってました」
 「そういうことか。わかった」
 「え、何がでしょうか?」

 ワインを持つ男は、影にいる男性を近くに呼ぶ。

 「フールブール。こっちに来い」
 「は、はい」

 フールブールが表に姿を現してから、ドスに近づく。
 彼の隣に立つ。

 すると、ドスは持っていたグラスを机の角で割った。
 そして、流れるようにそのグラスのギザギザの部分を使って、フールブールの喉を切り裂いた。

 「な!? なぜ。ドス様」
 「貴様は知りすぎたらしい。赤きによるのだ・・・。すまんな。フールブール」

 喉を押さえてその場に倒れたフールブール。
 呼吸が消え始めている。
 そこにドスは、冷酷な目を向けた。
 
 「・・・そ、そんな・・・ぐ・・」

 フールブールが息絶えると、もう一つ影から人が出てきた。

 「ドス」
 「トレス。いたのか」
 「ああ。最初からな。合図したから、実行するぞ」
 「頼んだ」
 「両方殺るぞ。お前は・・・本当にいいんだな」
 「ああ、いい。頼んだ」

 ドスが新しく入れてくれたワインをトレスが持つ。
 両者は無言で乾杯した。

 「これが新たな時代の幕開け……王家の弱体化だな」
 「そうだな。ヌロは、ダーレー家によって暗殺されることになり。ターク家は一枚人材を失う。そして、ドルフィン家は情報部の女が死ぬとなるか。御三家も全員が不利益を被るわけだ」
 「そういうことだ。トレス。それで、ヌロの死はどうやってダーレーに向けるのだ?」
 「ああ。それは、ダーレーの家紋のついた剣を使って、刺殺する予定だ。剣はすでに用意されているしな」
 「そうか。それでは、ダーレーも言い逃れ出来まい」

 互いにワイングラスを合わせて、乾杯をした。

 「それで、リナは?」

 ドスがしぶしぶ聞いた。

 「毒殺する。体調が悪い事になっているのだろ?」

 トレスが淡々と聞いた。

 「ああ。そうみたいだ・・・まあ、自分のやってきたことで不安になっただけだろうがな」
 「なら、そのまま毒で死んでもらおう。俺の謀略部隊が殺しに行く。薬と一緒に持っていくコップの水の方に毒を仕込んで殺す。でも本当にいいのか。ドス?」
 「ああ、別にいい。やってくれ」
 「では実行部隊に指示を出す。ついでにヌロの方にも指示を出しておく。あっちは暗殺部隊のクアトロに任せることにしているからな」
 「ああ。頼んだよ。トレス」
 「まかせろ。それじゃあな」
 
 トレスはワイングラスをテーブルに置いて、闇に消えていった。

 「そうか。ついに御三家も動き出すな。パワーバランスはここで一気に傾くだろう。力を失う二家。名誉を失い、勢いが失墜する一家か。ふはははははは」

 ドスは笑った後にワインを飲んだ。

 「あとは、皇帝。あれが邪魔か。しかしあそこの周辺はな。謎があるからな。殺し方が難しい。暗殺も簡単には出来ない上に、謀略もかけられないからな。ふっ。寿命で死んでもらうか。でもまだまだ生きていきそうだからな・・・邪魔だな。やはり殺すしかないか」

 最後にドスは、夜空を眺めてそう言っていた。

 時代は、動き出す。
 それは、夜を彷徨う蛇ナボルの一手から始まるようだ。
 巻き込まれる御三家は、この時代をどう生き抜くのか。
 帝国に潜む闇は、次第に表に出て来ることになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ
ファンタジー
兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。 本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。 俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。 どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。 だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。 ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。 かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。 当然のようにパーティは壊滅状態。 戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。 俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ! === 【第16回ファンタジー小説大賞】にて一次選考通過の[奨励賞]いただきました

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...