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第二部 辺境伯に続く物語

第145話 就任直前の大事な寄り道

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 帝国歴520年5月12日。
 この日。フュンは帝都城の玉座の間に呼ばれた。

 用件は。
 『サナリア辺境伯襲名』
 である。

 彼はついに人質からサナリア辺境伯となる時が来たのでした。

 ◇

 襲名の時まであと少し。
 帝都城の西廊下にて。

 「いやあ、ちょっとそこの兵士さん。これはどちらに行けばよいのでしょうか? 僕。帝都城には何回かしか来てないのでね。申し訳ない。こちらのルートからだと、玉座の間はどちらになるのでしょう?」

 着替え部屋から出てきたフュンは、見慣れない景色のせいで道に迷っていた。
 今までこちらに来た際は、帝都城の東側しか歩いたことがなかったフュン。
 玉座の間は東側で、皇帝陛下の部屋も東側。軍事会議室も東側である。
 正面の門から城に入って、東しか行った事がないのである。

 なのに、今回案内された着替え部屋は西側だったので、扉を開けた直後から、見慣れぬ景色で、来たことのない道から知っている道へと行くのが至難の業だった。
 迷子になるのも当然であった。
 フュンの話を聞いた兵士は、彼に緊張しながら答えた。
 伝説の役職に就く男があまりにも軽快に話しかけて来るものだから、戸惑いも混じっている。

 「え・・あ、はい。ここの道を真っ直ぐ行ってもらい、あそこのT字路になっている道を左に行くと、東西の連絡路となってますから。東の通路に出てしまえば、そこの兵士たちにでも、詳しい道案内を受けられますよ。フュン様」
 「ああ。そうですか。ありがとうございますね。ええっとお名前は?」
 「サランです」
 「サランさんですか。ご丁寧にありがとうございますね。それではまた~」

 と言ってフュンは、颯爽と歩いていった。
 彼の背を見るサランは、あんなに穏やかで優しそうな方が伝説の役職になる方なのかと驚きでその場で止まっていた。


 ◇

 ここからは彼サランの心の声と共に、フュンの行動の不可思議さを紐解いていこう。

 着替え部屋から目的地まで歩くフュン。
 颯爽と歩く姿は爽やかという言葉が良く似合う。

 そんな彼が廊下を歩いているとT字路の先から女性の声が聞こえた。

 「いたっ・・・うわぁあああ」
 『ドガン』

 声の後に遅れて聞こえてきたのは、爆発音のような音だった。
 とてつもなく大きな音に驚いたサランは、フュンが何者かに襲われてしまったのじゃないかと心配したのだが、とりあえず彼は無事。
 ではさっきの音は何なんだと、彼の周りを見ると、大量の服が散らばり、ひっくり返った洗濯籠があった。

 帝都城の西側にはメイドや執事たちの仕事場がある。
 それでメイドが東側から城の洗濯物を集めてきて、西側で洗濯するはずだったらしい。
 今の音は、運搬中の出来事の事故。
 一人でやるにはその仕事量が多く、大量の洗濯物を運んでいたせいで前が見えなかったのか。
 メイドの女性は、足元をよく確認できずに転んでしまい、辺りに洗濯物をばら撒いてしまったようなのだ。

 「ああ・・・これでは・・・皆さんのものが・・・がっくりですぅ」

 悲しそうな声の女性に。

 「いやいや。これは大変だ。今から洗濯をするのですよね。なら洗ったものじゃないのでがっかりしないで! 頑張りましょう。僕もお手伝いしますよ」

 笑顔でフュンは近づいて、片付け作業のお手伝いをし始めた。

 「え。いえ。いいですよ。これはメイドの仕事。執事さんはご自身の仕事をしてくださいよ」
 「いいんですよ。こういう困った時はね。お互い様ですからね。はいはいっと」

 ―――あの人・・・執事じゃないんだけどな・・・勘違いって怖いな。

 サランは心の中でそう思いながら、フュンたちの事を見ていた。
 二人はまき散らかしてしまった洗濯物を籠の中に入れ終わった。

 「ありがとうございました。・・・んんん。私、あなたをお見掛けしたことがありませんね・・あれ?」

 メイドの女性は見たことがない顔に疑念を持つ。

 「ええ。最近こちらに来たばかりでしてね。今まで帝都城には、ほとんど顔を出してませんからね。あ、でもこれからは顔を出すかもしれませんね。よろしくお願いしますね」

 ―――当然だ。この人は各地方に移動していた大将閣下。
    ここに常住しているわけがない。
    それとなぜ、メイドと普通に会話をしているのでしょうか。フュン様!
    あなた、辺境伯になられるのですよね!!!

 遠巻きで二人を見ているサランは戸惑っていた。
 
 「へえ。それじゃあ新人さんなんですね・・・お手伝いしてもらいありがとうございました。新人さんも大変でしょうけど、これから頑張ってください」

 メイドの女性は頭を下げた。
 
 ―――勘違いって恐ろしいね

 「はい。僕、新人ですからね。頑張りますよ。あなたも一緒に頑張りましょうね・・・ん?」

 ―――今の新人って言葉。まさか辺境伯の新人ってことか!?
    どんな新人だよ。執事とは全く違うじゃん

 フュンはお辞儀をしてくれた女性の手が気になった。

 「あの。手を見せてもらってもいいですか」
 「え? あ、はい。なんでしょうか?」

 フュンは女性の手を優しくそっと握った。

 「これは、あかぎれですね……洗濯が大変みたいですね。水回りの仕事のせいですね」
 「え!? あ、はい」
 「でもあなた。お顔はお綺麗ですよ。とても良い状態です。どうしてでしょう?」
 「え・・・そ。そんなぁ。褒めても何も出ないですよ」

 ――え、ここでナンパ? こんなところで?
   戦姫の婚約者じゃ・・・あれ???

 兵士サランは唖然として二人の様子を見ていた。
 
 「いえいえ。褒めてるんじゃなくて、実際にお綺麗なんですよ。お肌がきめ細かいです。何されているんですか?」
 「そ、そんな。口の上手い執事さんですね。ほんとに!」

 嬉しそうなメイドは、体を左右に揺らしていた。

 「いえいえ。それで、何かしてるんですかね? お綺麗ですよ」
 「あ、これはですね。メイフィアという会社のクリームを使ってるんですよ。最近、この国全体で流行っているんですよ。帝国の女性の間で大人気です。爆売れ商品なんですよ」
 「へえ、メイフィアですか!? あ、そうですかぁ。僕が作った化粧品を使ってくれているのですね。そうか。そうか。お役に立ったようで何よりだ」

 フュンは、彼女の使用している物が、他の会社の化粧品だったら参考にしようかなと思って、彼女に話を聞いたらしい。
 そしたら自分の商品だったので驚いたのである。

 「・・・ん?・・・あなたが作った?」
 「ええ。僕が元を作った商品ですね。まあ、販売する商品は、サティ様が大量生産してくださっていますよ」
 「・・・あなたが作った??・・・て・・・ててててて・・・てことは、あなた様が。あのフュン様!? 女性の味方、フュン様なの!?」
 「はい。フュンですよ。あのフュンが。まだどこかにいるのか知りませんがね。ねぇ。ハハハ」

 ―――有名なフュンなんて、他にいないだろ。

 と思う兵士サランはここ一番で呆れていた。

 「も。ももおおおおお。申し訳ありませんでした。てっきり新人の執事かと思い。大変無礼な態度でありました。おおおお・・・・お許しください。大貴族様。辺境伯様に対して、失礼でありました。どうか。お命だけは・・・ご勘弁を」
 「え? いや別に、あなたが無礼だったことがなかったんですけど」
 「そんなことはありません。偉そうな態度で申し訳ありません!!!」
 「全然、偉そうな態度じゃなかったですけどね・・・どうしましょう。普通にお話ししたかったのに・・・」

 彼女の態度が偉そうだと微塵も思っていないフュンは困っていた。

 「ごめんなさいです。申し訳ありませんでした。無礼をお詫びします。しかもフュン様に、こんなしょうもない事をお手伝いさせてしまい・・・これはもう罰して頂きたいです。こんなメイドの分際で、手伝ってもらうなど」
 「・・なにをおっしゃっているのやら。メイドの分際なんていけませんよ。あなたは立派に仕事をしていますよ。ええ、この手が証拠です。一生懸命だから、あかぎれができたのです。あなたがテキトーに仕事をしていたらここに傷は負いませんよ。偉いですね」
 「で・・ですが・・・」
 「そんなに罰して欲しいのですか」
 「は、はい」

 フュンは穏やかな表情を崩さずにメイドの女性を罰する。

 「では、これを使ってください! あなたの罪は、これであかぎれが治るかどうかを実験してください! はい」

 フュンはポケットから取り出した容器を彼女に手渡した。

 「え? な、なんですか。これは?」
 「これはですね。新作なんですよ。今度、商品として売り出そうとしている。薬用ハンドクリームです。べたつかないし、薬用でもあるので、お仕事している時にも使えるんです。かなり重宝しますよ。それとこれ、管理がしやすくなって、いつでも持ち歩いてもらってお肌に塗ってください。あなたは手を守りましょう。保湿しましょう!」
 「・・・ええええええ・・ええええ。し、新作をもらってもいいんですか」
 「ええ。それで、その手が治ったりしたら、サティ様の会社に言うか。僕の屋敷に遊びに来てくださいよ。使えるものになっているのかが気になりますからね。お願いします」
 「そ。そんな。破格な罰が」
 「破格?」

 フュンは首をひねっていた。

 「え。だって、このメイフィアの化粧品は、朝から並んでやっと買える代物なんです。下手をしたら前日に並ばないと他のお客さんに勝てない商品なんです。入荷した日は戦場となる。そこまで呼ばれている化粧品なんですよ。帝都だけじゃなく、他の都市からも人がやってくるんです。しかも値段が安いから、一般人でも買えちゃうし。貴族とかの制限もないので、争奪戦が激しくなってます」
 「へぇ。そうなんですね。サティ様は広く一般の方に売っているのですね。いいことですね。僕の理想の売り方だ。さすがだな。サティ様は」

 フュンは彼女の会社の運営についてノータッチである。

 「でも足りないんですね。商品?」
 「ええ。朝からスタートして、昼前には売り切れなんです。ですから、私たちメイドは、いつ販売になるか分からないから、交代で休みをもらって、見張るように買いに行くんですよ」
 「そうですか。んんん。足りないのか。それは嫌だな。皆に行き渡る感じがいいな・・・そうか。足りないのかぁ。増産出来ないかな・・・あ、良い事思いついたな」

 これは貴重な意見だとフュンは考え始める。
 こうやって普段のフュンは、一般人と何気ない会話をすることで、新しい発想を得ようとする人物であった。
 これはまさに母親にそっくりなのである。
 彼女もまた城下に勝手に行って、お喋りをするのが大好きであったのだ。

 「で、ですから。こんな貴重なものは頂けないというか。なんというか」
 「え? いやいや。これ、試作品なんで。ぜひもらってほしいですし、使ってほしいです。さっきも言いましたが、使った結果を教えていただきたいんですよ。僕の所に手紙でもいいので書いてくれませんか? そうだ。他のメイドさんにも渡して下さい。あと三つ持っているので。どうぞ!」
 「そ、そんなにですか」
 「ええ。お願いしますね。あ、僕。そろそろいかないといけないんだ。ごめんなさいね。失礼しました。そうだ。お名前は?」
 「ひ・・・ヒスイです。こちらこそ失礼しました」
 「ヒスイさんですね。ではまた~」
 
 フュンが数歩歩くと、彼女の方に振り返る。

 「あ。手紙。待ってますからね~。使ってくださいよぉ」
 「わ。わかりました」

 ヒスイは大事そうに容器を握りしめてフュンの背中を見ていた。

 ―――あんな人がいるのか・・・この世に存在してもいいのか。あんな優しい人・・・

 思わずサランは、彼女の方に近寄って聞いてみた。

 「あんた。よかったな」
 「へ?」
 「フュン様からそれを直接もらうなんて、滅多にないんじゃないか?」
 「そ。それはそうですよ。滅多じゃないです。絶対にないです」
 「だよな・・・あの人、気さくないい人だったな」
 「はい。とても話しやすい方でした。この帝都城にいる。王族。貴族の中で一番かもしれません」
 「そうかもな・・・珍しいよな」
 「はい。とても珍しいかと・・・」
 「手紙、書けるの?」
 「き、緊張しますが・・・書いてみます」
 「だよな。はははは」
 「笑い事じゃないですよぉ。書く時、絶対に手が震えますよ。どうしよう。もう緊張してる」

 二人は、誰にでも優しい。 
 お人好し辺境伯を尊敬したのでした。
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